召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~
◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ⑧ー①
腹が立つ言い方だと思った。
蝶華を喪った事、自分が仙人の血を持つかもしれないという事、白龍公主の解らない真意…全部がごちゃまぜになって、羊の脳裏を埋め尽くした。それは怒りだ。
「わたしは一緒になんか行きません」
「地上は辛いことばかりだぞ?」
「それでもです!」
一番の矛先は大好きな光蘭帝に向いてしまう。
以前の自分なら、一緒に逃げたと思う。でも、逃げても、逃げなくても同じ。地獄なら、自分が変えればいい。いつしか、きっと・・・・・・変わると思う。蝶華は言っていた。もっともっと辛いことがある。それはきっと、この大好きな人との別れだろう。
***
光蘭帝は静かに聞いていたが、やがて重かった最後の秘密を口にした。
「明琳、父と祖父が済まなかった…」
「光蘭帝さま…知ってたんですか!」
「貴妃の素性はすべて調べられる。そなたの素性もだ。だからこそ、傍に置いた。幽玄にして、安心した暮らしを与える事がすべてだった。それなのに、そなたはそれは嫌だと言う。そなたの両親と祖母は処刑されていたのを知らず、私もまた、そなたに恐怖を味あわせてしまった…それに、そなたの祖母の事も伝えておらぬ」
「おばあちゃん…知ってるの…?」
光蘭帝は頷いた。
「以前父のお気に入りの貴妃の一人が病に伏したせいで、近隣の医者がすべて狩られた事がある。…その時、不老不死の饅頭を作る婆がいると聞いた父は、すべての饅頭を10個ずつ集めさせた。だが、肝心のその饅頭は届かず、結果「届かなかった饅頭」が隠れて暮らしていた華仙人の末裔を見つけ出してしまったんだ。それがそなたの祖母。母親・父親も反逆の意志があるとして処刑された。だがその貴妃が持ち直した事で、残っていたそなたと祖父、それから弟は処刑を免れた。その後、母と仙人により父とその妃賓は死に…私が即位した…あの事件の残骸は今も祥明殿に残っている。今は華仙人の白龍公主に任せている」
―――おばあちゃんが仙人さま?! おばあちゃんが自分に饅頭を託したのは……その力を譲るため…?
すべては白龍公主の言う通りだった。
明琳は自分の小さな手を見つめた。
まさか。
明琳の心に一つの疑問が生まれた。
―――だから、皇帝さまは逃げるのだろうか。
私を苦しめたから?
父と同じことをしてしまったから?
「民衆に対して、皇族はまるで神であるかのように選民意識を持つものだ。くだらないが、それが皇族の誇りだ。人を見下し、頂点に立ち続ける事だけが…私はそんなものに縛られず、ただの飛翔として生きたかった。だが、この世界では無理であろう。母が父と祖父を追い詰めた事実も、私には衝撃だった。そして母が私だけを栄華につけるために命を絶ったこともだ。私には先日の事のように思えてならない」
言っている事は最もだった。自由になりたい―――――
自分もそんな風に思って、生活を恨んだ。羨んで、結果父と母と祖母を追い詰めた。
「後悔に神も、皇帝も、御饅頭娘もないと思います」
誰だって後悔をする。酷い事をしてしまったと、涙する。
それは取り返せなくて、時には遅いことだってある。だけど、逃げちゃいけないの……どんなに辛くっても、逃げちゃだめなんだ。明琳は泣きじゃくりながら光蘭帝に届くように訴え続けた。
―――それでも、光蘭帝の背負うものと闇は深すぎるのだ。
(おばあちゃん、力をください)
目を瞑って、明琳は息を吸った。
「光蘭帝さま、泣かないんですね」
「涙?……流した事はないな。私の中の魔は感情を吸い取る。蝶華がまた、それを増幅させていたんだ。…泣きたいと思った事はない。安らぎたいとは思うが…到底私には」
「じゃあ、何でいっつも泣きだしそうな眼をするんですか!」
「上瞼が下がっているのは生まれつきだ。そなたのように皇帝が軽々しく涙は見せない。後悔はしない。そなたが受け止めてくれたであろう?これで心置きなく私は」
「ばーか」
白龍公主の口調で思わず言ってしまった。
「馬鹿だと…?」
「貴方は、馬鹿です。……大切なものも分かってくれない…っそんな人、勝手にどっか行っちゃえばいいんですよーだ!」
明琳、もう御饅頭なんか作ってあげません。と付け足して、明琳は涙目で頬を膨らませた。そんな小羊の精一杯の反抗すら、皇帝は軽く笑って受け流してしまった。
「ひとつだけ頼みがある」
「聞きませんから」
「―――蝶華妃の亡骸に、毎日花を添えてやって欲しい。彼女が好きなのは蓮華だ。春になったら、この黄鶯殿は蓮華でいっぱいになる。よくその庭で嬉しそうに微笑んでいたからな。きっと喜ぶだろう」
「……」
言い尽くしたと言うように、光蘭帝は襦袢の裾を翻して、明琳を抱き上げると、頭を撫で、何かを言いたげに瞳を覗き込む。言いたい事は分かっている。
(言わないよ!一緒に連れてってなんて!)
暫く見つめていた光蘭帝は元通りの長袍と肩掛けを羽織ると、俯いたままの明琳に一言礼を言った。そしてその長い肩掛けを引きずり、廊下に出て行く音がして。
朝の耀に姿が透けていく。
―――あんたは、後宮のルールなんて気にせず、あんたらしくいればいい。
蝶華に支えられて、瞬間的に走り出す。後宮の衣装が長いから、裾をたくし上げて走ったのに、足が縺れて転がった。
「飛翔さま!」
ぴたり、と光蘭帝の足が止まった。
「わたしは、貴方が好きです!だから、行かないで」
ゆっくりと皇帝の首が左右に動く。
「ありがとう。こんな弱い私を愛してくれて…私の最期の貴妃」
いつしか薄明の夜明けが訪れていた。
やっぱり…駄目だった…と明琳は涙枯れ果てた頬を擦ると、空を見上げた。
―――神様、どうして光蘭帝さまを奪おうとするんですか…。
この場合は神様、とは華仙人二人を指すのか…誰を指すのか。だが、人の世を玩具にする神様なんて、もう信じられない。明琳はもう一度空を見上げ、濡れた眼を耀に輝かせる。
「おばあちゃん……おばあちゃんが…仙人さまだったの?」
どんな時でも、おばあちゃんの作った御饅頭を食べた人たちは元気になった。だからこそ、皇帝さまたちはおばあちゃんの饅頭を欲しがったのかも知れない。
光蘭帝さまはすべて、知っていた…!
でも、その力は光蘭帝には効かなかった。
―――――蝶華に花を添えてやって欲しい。
(それが最後の願いだなんて。やっぱり光蘭帝さまは意地悪だ。仙人そのものだよ)
明琳は庭に顔を見せた蕗の薹の花を見つける。小さく、白く咲く花は春の訪れか。
風も今日は暖かい。
久方ぶりに姿を見せた太陽は、固まったままの雪解けを導き、ゆっくりと春の兆しを見せる。
それでも、明琳の心は逆に沈んでしまったのだった。
蝶華を喪った事、自分が仙人の血を持つかもしれないという事、白龍公主の解らない真意…全部がごちゃまぜになって、羊の脳裏を埋め尽くした。それは怒りだ。
「わたしは一緒になんか行きません」
「地上は辛いことばかりだぞ?」
「それでもです!」
一番の矛先は大好きな光蘭帝に向いてしまう。
以前の自分なら、一緒に逃げたと思う。でも、逃げても、逃げなくても同じ。地獄なら、自分が変えればいい。いつしか、きっと・・・・・・変わると思う。蝶華は言っていた。もっともっと辛いことがある。それはきっと、この大好きな人との別れだろう。
***
光蘭帝は静かに聞いていたが、やがて重かった最後の秘密を口にした。
「明琳、父と祖父が済まなかった…」
「光蘭帝さま…知ってたんですか!」
「貴妃の素性はすべて調べられる。そなたの素性もだ。だからこそ、傍に置いた。幽玄にして、安心した暮らしを与える事がすべてだった。それなのに、そなたはそれは嫌だと言う。そなたの両親と祖母は処刑されていたのを知らず、私もまた、そなたに恐怖を味あわせてしまった…それに、そなたの祖母の事も伝えておらぬ」
「おばあちゃん…知ってるの…?」
光蘭帝は頷いた。
「以前父のお気に入りの貴妃の一人が病に伏したせいで、近隣の医者がすべて狩られた事がある。…その時、不老不死の饅頭を作る婆がいると聞いた父は、すべての饅頭を10個ずつ集めさせた。だが、肝心のその饅頭は届かず、結果「届かなかった饅頭」が隠れて暮らしていた華仙人の末裔を見つけ出してしまったんだ。それがそなたの祖母。母親・父親も反逆の意志があるとして処刑された。だがその貴妃が持ち直した事で、残っていたそなたと祖父、それから弟は処刑を免れた。その後、母と仙人により父とその妃賓は死に…私が即位した…あの事件の残骸は今も祥明殿に残っている。今は華仙人の白龍公主に任せている」
―――おばあちゃんが仙人さま?! おばあちゃんが自分に饅頭を託したのは……その力を譲るため…?
すべては白龍公主の言う通りだった。
明琳は自分の小さな手を見つめた。
まさか。
明琳の心に一つの疑問が生まれた。
―――だから、皇帝さまは逃げるのだろうか。
私を苦しめたから?
父と同じことをしてしまったから?
「民衆に対して、皇族はまるで神であるかのように選民意識を持つものだ。くだらないが、それが皇族の誇りだ。人を見下し、頂点に立ち続ける事だけが…私はそんなものに縛られず、ただの飛翔として生きたかった。だが、この世界では無理であろう。母が父と祖父を追い詰めた事実も、私には衝撃だった。そして母が私だけを栄華につけるために命を絶ったこともだ。私には先日の事のように思えてならない」
言っている事は最もだった。自由になりたい―――――
自分もそんな風に思って、生活を恨んだ。羨んで、結果父と母と祖母を追い詰めた。
「後悔に神も、皇帝も、御饅頭娘もないと思います」
誰だって後悔をする。酷い事をしてしまったと、涙する。
それは取り返せなくて、時には遅いことだってある。だけど、逃げちゃいけないの……どんなに辛くっても、逃げちゃだめなんだ。明琳は泣きじゃくりながら光蘭帝に届くように訴え続けた。
―――それでも、光蘭帝の背負うものと闇は深すぎるのだ。
(おばあちゃん、力をください)
目を瞑って、明琳は息を吸った。
「光蘭帝さま、泣かないんですね」
「涙?……流した事はないな。私の中の魔は感情を吸い取る。蝶華がまた、それを増幅させていたんだ。…泣きたいと思った事はない。安らぎたいとは思うが…到底私には」
「じゃあ、何でいっつも泣きだしそうな眼をするんですか!」
「上瞼が下がっているのは生まれつきだ。そなたのように皇帝が軽々しく涙は見せない。後悔はしない。そなたが受け止めてくれたであろう?これで心置きなく私は」
「ばーか」
白龍公主の口調で思わず言ってしまった。
「馬鹿だと…?」
「貴方は、馬鹿です。……大切なものも分かってくれない…っそんな人、勝手にどっか行っちゃえばいいんですよーだ!」
明琳、もう御饅頭なんか作ってあげません。と付け足して、明琳は涙目で頬を膨らませた。そんな小羊の精一杯の反抗すら、皇帝は軽く笑って受け流してしまった。
「ひとつだけ頼みがある」
「聞きませんから」
「―――蝶華妃の亡骸に、毎日花を添えてやって欲しい。彼女が好きなのは蓮華だ。春になったら、この黄鶯殿は蓮華でいっぱいになる。よくその庭で嬉しそうに微笑んでいたからな。きっと喜ぶだろう」
「……」
言い尽くしたと言うように、光蘭帝は襦袢の裾を翻して、明琳を抱き上げると、頭を撫で、何かを言いたげに瞳を覗き込む。言いたい事は分かっている。
(言わないよ!一緒に連れてってなんて!)
暫く見つめていた光蘭帝は元通りの長袍と肩掛けを羽織ると、俯いたままの明琳に一言礼を言った。そしてその長い肩掛けを引きずり、廊下に出て行く音がして。
朝の耀に姿が透けていく。
―――あんたは、後宮のルールなんて気にせず、あんたらしくいればいい。
蝶華に支えられて、瞬間的に走り出す。後宮の衣装が長いから、裾をたくし上げて走ったのに、足が縺れて転がった。
「飛翔さま!」
ぴたり、と光蘭帝の足が止まった。
「わたしは、貴方が好きです!だから、行かないで」
ゆっくりと皇帝の首が左右に動く。
「ありがとう。こんな弱い私を愛してくれて…私の最期の貴妃」
いつしか薄明の夜明けが訪れていた。
やっぱり…駄目だった…と明琳は涙枯れ果てた頬を擦ると、空を見上げた。
―――神様、どうして光蘭帝さまを奪おうとするんですか…。
この場合は神様、とは華仙人二人を指すのか…誰を指すのか。だが、人の世を玩具にする神様なんて、もう信じられない。明琳はもう一度空を見上げ、濡れた眼を耀に輝かせる。
「おばあちゃん……おばあちゃんが…仙人さまだったの?」
どんな時でも、おばあちゃんの作った御饅頭を食べた人たちは元気になった。だからこそ、皇帝さまたちはおばあちゃんの饅頭を欲しがったのかも知れない。
光蘭帝さまはすべて、知っていた…!
でも、その力は光蘭帝には効かなかった。
―――――蝶華に花を添えてやって欲しい。
(それが最後の願いだなんて。やっぱり光蘭帝さまは意地悪だ。仙人そのものだよ)
明琳は庭に顔を見せた蕗の薹の花を見つける。小さく、白く咲く花は春の訪れか。
風も今日は暖かい。
久方ぶりに姿を見せた太陽は、固まったままの雪解けを導き、ゆっくりと春の兆しを見せる。
それでも、明琳の心は逆に沈んでしまったのだった。
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