召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~
◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ⑥ー⑤
「な、何で怒ってるんですか~~~~…」
光蘭帝が立ち上がり、ズイと部屋から姿を見せてしまった。
「貴妃が怒鳴るな……何があった。そなたが声を荒げるのは珍しい」
そうですかぁ?と明琳は首を傾げる。蝶華は涙目で睨むと、皇帝の足の影にいた小羊を引きずり出した。
「い、いたっ…痛いです!」
「あんたのせいよ!あんたの…………っ」
「蝶華さま!」
「光蘭帝さま!」
遥媛公主と准麗に見つかった光蘭帝は半ば無理やり国事に引きずられて行き。
「これ以上惨めにしないで!」
蝶華は顔を覆って、しゃがみ込んでしまった。靑蘭殿を走り抜けたのだろう。纏足の麗しい足袋と靴はボロボロで、見れば顔も土で汚れている。
「と、取りあえず顔を」
いつもの綺麗な貴妃とは思えない。顔は涙で濡れているし、服も所々汚れている。
「……一度とて、白龍公主さまは私の事など見ていない。あのひとはね、もうあんたと、光蘭帝にしか興味がないんだわ!…取りすがって伝えたわ!…なのに……」
蝶華は震えて明琳にしがみついた。
「結局、あたしなんか見てくれない・・・・・・なら、死んだ方がいい・・・そう思ったの。でも、その前にあんたに恨み言っ……っ」
「ごめんなさい!」
ぎゅうっと明琳は蝶華を抱きしめた。
白龍公主が何を言ったかなど聞けるはずもない。ただ、あの冷淡な仙人もまた蝶華が好きなのは分かる。そうして、その感情を持て余している事実も。
(どうしよう……わたしのせいだ)
人の恋愛感情なんて、分からない。明琳が背中を押せるはずもなかった。
それでも。
明琳は眼を閉じた。
――蝶華に、幸せになって欲しかった――……。
「傷つけてごめんなさい!それでもわたしは蝶華さまにどうしても言って欲しかった……」
余計なお世話よ、と蝶華は言うと、がっくりと首を下げて、クス、と笑った。
「それでも、言わなければ伝わらなかったから……ねえ、明琳、あたしはもう華仙人なんか好きになんないわ……ちゃんと、光蘭帝を好きになって子供を授かるわ……」
蝶華は唇を噛みしめた。先程の狼藉の痛みが下腹を突き抜けていくのだ。
「『暇つぶしには丁度いいな。捨てる仔猫を甚振るのも悪くない』耳を潰してしまいたいような雑言よ。指が自分を好きにかき回したわ。「何故に子を宿せない?」と言いながら、触れられたの。その手を「汚れた」と言い切り、「これで満足か?」と無理矢理絶頂を迎えさせられたわたしはバカよね」
「ぶん殴って来ます!」
「でも、すっきりした…あんたに泣いて貰えて…ちょっと救われたよ」
明琳はぐしっと眼を擦り、一生懸命な瞳を煌めかせて言った。
「と、友達になりましょう!蝶華さま」
「ともだち…?」
「わたしと、蝶華さまなら、素敵に友達になれると思うんです!今みたいに、いっぱい白龍公主の悪口ゆっていいんです!あたしもいいます。光蘭帝さまの悪口を」
蝶華の眼が輝いた。恰も孤高を見るような、気高い瞳。吊り上り気味の目元は凛と見えて、キツいと思った口角は揺るがない自尊心を現している。そうしてうっすらと塗った頬紅をさらに赤くさせて、蝶華妃は微笑んだ。
「うふふ、白龍公主さまの悪口?そして、あなたは光蘭帝の悪口を?」
「はい。わたしもいっぱい聞いて欲しいんです」
天女の微笑―――――嫣然とした美姫の珠玉の笑みは天艶で、美しかった。
「素敵ね……」
「でしょ?」
蝶華は微笑むと、明琳の頭をゆっくりと撫でた。まるで妹みたいに、愛おしく指が明琳の解れた髪をまとめ始める。
「やっぱり蝶華さまはお上手です」
「ん…貴妃として身支度も出来ないのは、あんただけよ」
出来た、と手を離されて明琳は頭を触って違和感に気が付く。
「あの…この髪型って…」
「あんたはそっちのが似合ってる。気取った貴妃の結い方なんて似合わないから、それがいいわ。その頭で、また御饅頭を作って持って来なさいよ」
――――――おばあちゃん。
少しずつ、蝶華の心に棲んでいる魔が消えてゆく。それでも、この愛は終わらないから。
蝶華は真横に締まり上げた羊頭を満足そうに眺めて、立ち上がった。
「あたしにはまだまだやることがあるから、またね。―――――明琳」
明琳がえ?と思う。
(蝶華さま…初めてわたしの名前をちゃんと呼んだ…)
「お、御饅頭持って行くね!蝶華」
蝶華は最後に振り返り、貴妃たる気品ある微笑を振りまいた。それはかつての君臨した女帝の最期のようにも見えたが、天女さま…と言いたくなるような神々しい微笑だ。魔をすべて振り払った蝶華妃の本当の笑顔はあどけなく、美しかった。
明琳だけに見せた愛に焦がれた微笑だ。光蘭帝の分と、あと一つ。明琳の仕事が増えた。
明日、最高の御饅頭を持って行こう。お友達になった蝶華さまに。
しかし、明琳が蝶華に饅頭を届ける事は、二度となかった。
翌日、氷の張った靑蘭殿の池の中で蝶華はその姿のまま発見されることになる。
その手には、あれほど探した白龍公主の羽衣。光蘭帝と、華仙人遥媛公主だけが知っている秘密だった。
光蘭帝が立ち上がり、ズイと部屋から姿を見せてしまった。
「貴妃が怒鳴るな……何があった。そなたが声を荒げるのは珍しい」
そうですかぁ?と明琳は首を傾げる。蝶華は涙目で睨むと、皇帝の足の影にいた小羊を引きずり出した。
「い、いたっ…痛いです!」
「あんたのせいよ!あんたの…………っ」
「蝶華さま!」
「光蘭帝さま!」
遥媛公主と准麗に見つかった光蘭帝は半ば無理やり国事に引きずられて行き。
「これ以上惨めにしないで!」
蝶華は顔を覆って、しゃがみ込んでしまった。靑蘭殿を走り抜けたのだろう。纏足の麗しい足袋と靴はボロボロで、見れば顔も土で汚れている。
「と、取りあえず顔を」
いつもの綺麗な貴妃とは思えない。顔は涙で濡れているし、服も所々汚れている。
「……一度とて、白龍公主さまは私の事など見ていない。あのひとはね、もうあんたと、光蘭帝にしか興味がないんだわ!…取りすがって伝えたわ!…なのに……」
蝶華は震えて明琳にしがみついた。
「結局、あたしなんか見てくれない・・・・・・なら、死んだ方がいい・・・そう思ったの。でも、その前にあんたに恨み言っ……っ」
「ごめんなさい!」
ぎゅうっと明琳は蝶華を抱きしめた。
白龍公主が何を言ったかなど聞けるはずもない。ただ、あの冷淡な仙人もまた蝶華が好きなのは分かる。そうして、その感情を持て余している事実も。
(どうしよう……わたしのせいだ)
人の恋愛感情なんて、分からない。明琳が背中を押せるはずもなかった。
それでも。
明琳は眼を閉じた。
――蝶華に、幸せになって欲しかった――……。
「傷つけてごめんなさい!それでもわたしは蝶華さまにどうしても言って欲しかった……」
余計なお世話よ、と蝶華は言うと、がっくりと首を下げて、クス、と笑った。
「それでも、言わなければ伝わらなかったから……ねえ、明琳、あたしはもう華仙人なんか好きになんないわ……ちゃんと、光蘭帝を好きになって子供を授かるわ……」
蝶華は唇を噛みしめた。先程の狼藉の痛みが下腹を突き抜けていくのだ。
「『暇つぶしには丁度いいな。捨てる仔猫を甚振るのも悪くない』耳を潰してしまいたいような雑言よ。指が自分を好きにかき回したわ。「何故に子を宿せない?」と言いながら、触れられたの。その手を「汚れた」と言い切り、「これで満足か?」と無理矢理絶頂を迎えさせられたわたしはバカよね」
「ぶん殴って来ます!」
「でも、すっきりした…あんたに泣いて貰えて…ちょっと救われたよ」
明琳はぐしっと眼を擦り、一生懸命な瞳を煌めかせて言った。
「と、友達になりましょう!蝶華さま」
「ともだち…?」
「わたしと、蝶華さまなら、素敵に友達になれると思うんです!今みたいに、いっぱい白龍公主の悪口ゆっていいんです!あたしもいいます。光蘭帝さまの悪口を」
蝶華の眼が輝いた。恰も孤高を見るような、気高い瞳。吊り上り気味の目元は凛と見えて、キツいと思った口角は揺るがない自尊心を現している。そうしてうっすらと塗った頬紅をさらに赤くさせて、蝶華妃は微笑んだ。
「うふふ、白龍公主さまの悪口?そして、あなたは光蘭帝の悪口を?」
「はい。わたしもいっぱい聞いて欲しいんです」
天女の微笑―――――嫣然とした美姫の珠玉の笑みは天艶で、美しかった。
「素敵ね……」
「でしょ?」
蝶華は微笑むと、明琳の頭をゆっくりと撫でた。まるで妹みたいに、愛おしく指が明琳の解れた髪をまとめ始める。
「やっぱり蝶華さまはお上手です」
「ん…貴妃として身支度も出来ないのは、あんただけよ」
出来た、と手を離されて明琳は頭を触って違和感に気が付く。
「あの…この髪型って…」
「あんたはそっちのが似合ってる。気取った貴妃の結い方なんて似合わないから、それがいいわ。その頭で、また御饅頭を作って持って来なさいよ」
――――――おばあちゃん。
少しずつ、蝶華の心に棲んでいる魔が消えてゆく。それでも、この愛は終わらないから。
蝶華は真横に締まり上げた羊頭を満足そうに眺めて、立ち上がった。
「あたしにはまだまだやることがあるから、またね。―――――明琳」
明琳がえ?と思う。
(蝶華さま…初めてわたしの名前をちゃんと呼んだ…)
「お、御饅頭持って行くね!蝶華」
蝶華は最後に振り返り、貴妃たる気品ある微笑を振りまいた。それはかつての君臨した女帝の最期のようにも見えたが、天女さま…と言いたくなるような神々しい微笑だ。魔をすべて振り払った蝶華妃の本当の笑顔はあどけなく、美しかった。
明琳だけに見せた愛に焦がれた微笑だ。光蘭帝の分と、あと一つ。明琳の仕事が増えた。
明日、最高の御饅頭を持って行こう。お友達になった蝶華さまに。
しかし、明琳が蝶華に饅頭を届ける事は、二度となかった。
翌日、氷の張った靑蘭殿の池の中で蝶華はその姿のまま発見されることになる。
その手には、あれほど探した白龍公主の羽衣。光蘭帝と、華仙人遥媛公主だけが知っている秘密だった。
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