召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~
◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ③ー④
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袂を合わせて、短い脚をすり合わせながら、まだ明琳は白龍公主を睨んでいる。
「そう睨むな」
男の足を晒したまま、白龍公主は呟き、すぐに立ち上がった。もう興味が為いとばかりに、瞳は平静に戻っている。
「興ざめした。おまえは何者だ、小羊貴妃」
「めいりん、です!」
「では明琳。これはおまえが作ったのか?」
皇帝の笑顔が硝子のように脳裏に崩れてゆく。もう、饅頭を作るのは無理だ。せっかく作った饅頭は自分で壊してしまったから。
「調子が狂いやがる。分かったよ、食ってやる」
白龍公主はかりかりと頭をかき上げ、その饅頭をばくりと口に含んだ。
親指の餡を舐め取って、白龍公主は少し遠くに視線を這わせる。大股で座り、足を広げたまま、完食してしまった。
「久方ぶりに食えるものがあったという感じだ。天界の味がした」
襲った相手が自分の崩れた饅頭を平らげてしまった。明琳はいつしか泣き止み、外の扉を叩く音に気が付く。
「ふん、遥媛の飼い犬がきゃんきゃん喚いているのさ。いくら得意な武術とて、華仙人の結界が破れるものか。せいぜい足掻いていればいい」
長い髪を器用に縛り上げ、頭上で盛ると、白龍公主はさて、と明琳の前に膝をついた。
「光蘭帝の子を欲しいか」
「………いりません」
明琳はムカムカしながら言い返す。子ども子供、蝶華も口にする。だが、白龍公主は首を捻ったりしている。
「何故だ? 女は皆、光蘭帝の種を欲しがるのだろう? 俺も同じだ。光蘭帝には俺の種を受け取らせる。遥媛公主に負けてたまるか。そのためには、お前に光蘭帝の子を宿されると困るのだ。その場合の子供の母体は蝶華でなければ。分かるな? 命が惜しければ、決して光蘭帝と抱き合うな。でなければ、今度こそ、犯す」
「抱き合うって何ですか」
「男女の睦みを知らない? 何れ自分から受け入れるようになる。それが女だ」
「そんなことはしません」
「どうだか。女は裏切るものだ。信用出来ないな」
ぱっと浮かんでいた華が消え、ドアの前で小さな破裂音が聴こえた。とたんにどかっと大きな音とともに扉があいた。月光が眩しい。その中から准麗が転がり込んでくる。
「准麗さま!」
准麗はすぐに飛びのくと、悠々と立っていた華仙人に向かって歯ぎしりするほど怒りを滲ませて、名を口にした。
「白龍公主芙君! かように華仙人というものは横暴だ」
「羊、約束を忘れるな」
怒りで睨みつけて来る准麗には目もくれず、白龍公主は夜空に飛び上がり、見えなくなった。
明琳はへたりと座り込んだ。
恐怖は去ったのだ。ほっとして、涙が浮かんだ。
「ご無事か」
「無事じゃない。御饅頭だめにしちゃったし……今日はもう帰ります…」
「では送ろう。遥媛公主に言っておく。それから、星翅が心配していた。光蘭帝に確かめるべきだったと。蝶華が知っていたのでね」
「蝶華さまが助けてくれたの?」
「それは違うと思うがな。あの勝気な猫はいつか飼い主に爪を立てるのか、それとも爪をもぎ取られるのか」
「今度、蝶華さまにも御饅頭を持っていきます」
呟きながら、明琳はもう一度着物の合わせ目と袂を強く掴んだ。
――女は皆、光蘭帝の種を欲しがるのだろう?
そうなのだろうか。
いつか、自分も光蘭帝の種を欲しがるのだろうか――…
その言葉は落とされた後宮の黒い闇となって、何も知らない明琳を蝕んでゆくのだった。
袂を合わせて、短い脚をすり合わせながら、まだ明琳は白龍公主を睨んでいる。
「そう睨むな」
男の足を晒したまま、白龍公主は呟き、すぐに立ち上がった。もう興味が為いとばかりに、瞳は平静に戻っている。
「興ざめした。おまえは何者だ、小羊貴妃」
「めいりん、です!」
「では明琳。これはおまえが作ったのか?」
皇帝の笑顔が硝子のように脳裏に崩れてゆく。もう、饅頭を作るのは無理だ。せっかく作った饅頭は自分で壊してしまったから。
「調子が狂いやがる。分かったよ、食ってやる」
白龍公主はかりかりと頭をかき上げ、その饅頭をばくりと口に含んだ。
親指の餡を舐め取って、白龍公主は少し遠くに視線を這わせる。大股で座り、足を広げたまま、完食してしまった。
「久方ぶりに食えるものがあったという感じだ。天界の味がした」
襲った相手が自分の崩れた饅頭を平らげてしまった。明琳はいつしか泣き止み、外の扉を叩く音に気が付く。
「ふん、遥媛の飼い犬がきゃんきゃん喚いているのさ。いくら得意な武術とて、華仙人の結界が破れるものか。せいぜい足掻いていればいい」
長い髪を器用に縛り上げ、頭上で盛ると、白龍公主はさて、と明琳の前に膝をついた。
「光蘭帝の子を欲しいか」
「………いりません」
明琳はムカムカしながら言い返す。子ども子供、蝶華も口にする。だが、白龍公主は首を捻ったりしている。
「何故だ? 女は皆、光蘭帝の種を欲しがるのだろう? 俺も同じだ。光蘭帝には俺の種を受け取らせる。遥媛公主に負けてたまるか。そのためには、お前に光蘭帝の子を宿されると困るのだ。その場合の子供の母体は蝶華でなければ。分かるな? 命が惜しければ、決して光蘭帝と抱き合うな。でなければ、今度こそ、犯す」
「抱き合うって何ですか」
「男女の睦みを知らない? 何れ自分から受け入れるようになる。それが女だ」
「そんなことはしません」
「どうだか。女は裏切るものだ。信用出来ないな」
ぱっと浮かんでいた華が消え、ドアの前で小さな破裂音が聴こえた。とたんにどかっと大きな音とともに扉があいた。月光が眩しい。その中から准麗が転がり込んでくる。
「准麗さま!」
准麗はすぐに飛びのくと、悠々と立っていた華仙人に向かって歯ぎしりするほど怒りを滲ませて、名を口にした。
「白龍公主芙君! かように華仙人というものは横暴だ」
「羊、約束を忘れるな」
怒りで睨みつけて来る准麗には目もくれず、白龍公主は夜空に飛び上がり、見えなくなった。
明琳はへたりと座り込んだ。
恐怖は去ったのだ。ほっとして、涙が浮かんだ。
「ご無事か」
「無事じゃない。御饅頭だめにしちゃったし……今日はもう帰ります…」
「では送ろう。遥媛公主に言っておく。それから、星翅が心配していた。光蘭帝に確かめるべきだったと。蝶華が知っていたのでね」
「蝶華さまが助けてくれたの?」
「それは違うと思うがな。あの勝気な猫はいつか飼い主に爪を立てるのか、それとも爪をもぎ取られるのか」
「今度、蝶華さまにも御饅頭を持っていきます」
呟きながら、明琳はもう一度着物の合わせ目と袂を強く掴んだ。
――女は皆、光蘭帝の種を欲しがるのだろう?
そうなのだろうか。
いつか、自分も光蘭帝の種を欲しがるのだろうか――…
その言葉は落とされた後宮の黒い闇となって、何も知らない明琳を蝕んでゆくのだった。
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