召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ①ー④

「良い事?我らは妃賓と呼ばれますの。妃妾のことで、四夫人(貴妃、淑妃、徳妃、賢妃。正一品)、九嬪(昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛。正二品)、二十七世婦(婕妤、美人、才人。正三品~正五品)、八十一御妻(宝林、御女、采女。正六品~正八品)…」

(眠くなってきた)

 明琳がうんざりした吐息とあくびをして見せたせいか、蝶華は話を止めてしまった。

「お話はきちんと聞くものよ。脳まで羊なの?」

 准麗と別れ、やはり女官や貴妃がぐったりと倒れているのを横目に、蝶華は扇を揺らしながら、颯爽と廊下をすり足で歩いている。

 黒塗りの渡り廊下には女官が平身低頭の姿勢で出迎えてくれた。

「蝶華さま、そちらには穢れがございます」

「また白龍公主さまが? 仕方がない方ね。遠回りしましょうか」

 優雅に微笑んで、蝶華の名の由来なのか、綺麗に結い上げた髪を揺らし、蝶華と明琳は廊下を右折し、歩いている。やがて完全に人の気配はなくなった。

「このくらい来ればいいかしらね」

 くるり、と蝶華が振り返った。ほっそりした手が明琳の服を突いた。え?と思った瞬間、土が手に触れた。――庭に突き飛ばされた。

「勘違いするんじゃないよ! お前の事を誰が歓迎などするものか!」

 ぽかんと口を開けた明琳に扇をぶつけて、蝶華は袖で口を覆った。

「光蘭帝さまに得体の知れないモノを食させるなんて。考えるのも嫌。荷物はまとめてやるわ。とっとと出てお行き! 羊は牧場で身ぐるみ剥がされてりゃいいのよ」

 侮蔑の口調。明琳は必死になって食い下がる。

「それは誤解です!」
「さあどうかしらね? 光蘭帝さまを狙う女はたくさんいる。知れたものではないわね。後宮にお前の居場所はなくってよ」

 居場所が、ない。

 何でこんな言葉をぶつけられるのだろう。明琳は目を擦ると、蝶華から背中を向けた。逃げ出したい。帰りたい…ああ、これは罰だ。父母が残してくれた御饅頭作りを馬鹿にした。だから御饅頭の神様が怒ってしまった。

 ――当然の罰だ。当然の罰だ。小さく震える肩に、蝶華が焦ったように訊いて来た。

「泣いてるの?おまえ」

 羊の頭を左右に揺らした。

「元々ここにいたくなんかないです!出て行けるものなら出て行きたい。こんな場所は嫌です」
「死ぬことになるわよ?」

 目を少しだけ吊り上げた蝶華妃は明琳の後ろで再度繰り返した。扇を返す音に混じる冷たい声――。

「貴方が逃げれば、町の家族が殺される。貴妃を断るという事は皇帝への反逆と見做される。覚えておくことね、小羊」
「わたしにはちゃんと名前がありますっ」

「覚えてもどうせすぐにいなくなる。後宮はそういう場所。あたしはおまえが貴妃だなどと認めていない。すぐに消えるか、朝の拝謁に出て来ない幽玄になる事ね!」
「――そう言えば……さっきお召しがなかったと」

 かっとなった蝶華が腕を振り上げた。叩かれる! と明琳がきつく両目を瞑るが、平手は振って来なかった。蝶華は涙を浮かべて腕を下ろした。

「この屈辱はあんたには解らない。羊はとっとと帰って草でも食べてりゃいいわ」

 失礼、と蝶華は身を翻そうとし、明琳は慌てて言った。

「ちょ、蝶華さまっ、有難うございました。案内戴いて」

 くい、と蝶華の整った細眉・柳眉が動いた。

「……だから、頭まで羊なの?」

 再度「勘違いしない事ね」と言い残し、蝶華はすいっと姿を消してしまい、明琳はひとりぽつんと取り残された。

 ――遥媛公主派の我々の常識は通じない…准麗の言葉を思い出す。

 敵地のど真ん中に放り出されてしまった。准麗を探して歩き回って、やがて歩き疲れて、明琳は膝を抱え、膝小僧にぽふんと顎を乗せた。
 もう嫌だ。こんなところ。それにみんな働いていない。

(帰りたい。帰って、一生懸命働いて、そしてシアワセになるんだ。そうだ、帰ろう)

 明琳は唇を噛みしめて歩き出した。が、逆に宮殿内部に入り込んでしまったらしく、装飾はまずます煌びやかになって行き、最奥までたどり着いて、行き止まりの大きな城壁に言葉を失った。

 門衛たちがじろじろと明琳を見やり、クスクスと何かを話しては笑って、頭に手を置いてぶらぶらさせてからかってきた。

「わたしは羊じゃないです! 明琳ですっ!」

 ヒューヒューと馬鹿にされながら、宮殿に戻ってきた。どこを歩いているのかもう分からない。准麗に出会うまで歩くしかない。


 ……こんなことばっかり。もう、哀しいのか疲れているかもわからない。これは、何の罰だろう。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品