召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

第二章靑蘭の軍師 束の間の平穏

 黒蓮華率いる靑蘭の進軍はないまま、早くも一週間が過ぎ、芙蓉国には束の間の平穏が訪れていた。

噂は飛び交う。
皇帝も皇太子も暗殺されたのではないかと人々が囁きだしたのである。その皇帝の寵姫の恐ろしさと共に。

靑蘭にはいくつもの闇が巣食っているというがそのうちの一つが後宮だ。それを掌握していた夫人の名前は黒い歴史に埋もれていたが、ようやく表舞台に出現したのである。ここに黒蓮華対白牡丹、靑蘭対芙蓉国という図式が明らかになったことになる。


 勿論、後宮銀龍楼閣においては「富貴后もさしもの靑蘭の悪女には適わなかった」という失墜の声も広まっている。そうして皇太子は暗殺されたに違いないと。


愛琳はそれを聞く度、不安に苛まれていた。

 梨艶に逢わなければ皇太子さまにお会いして、聞き届けてもらえたかも知れない。いや、自分が後宮に踏み入らなければ、あの香炉を渡さなければ。梨艶に恋しなければ。そんな心の後悔の音色に耳を貸しては、落胆する。

梨艶は顔には出さないが、少し焦っていた。
華仙界に行き、もう一つの香を手に入れる。そこまでは決まったものの、富貴后こと母親の白牡丹がその方法を思い出せないために、梨艶は行動を起こせないのである。

 芙蓉国にまで見える程の靑蘭の不気味な陰妖広がる空は、華仙人である富貴后の力で、見事な冬空に戻され、「不吉」だなどと口にしていた民衆たちも少しずつ、落ち着きを取り戻していた。

 従って梨艶は無理に靑蘭に戻ろうとする事はなく、賓客として後宮に居座っている。

 もう一つ梨艶には気がかりがあった。愛琳を見る貴妃の眼が刻々と女の醜悪さを持って変わった事だ。靑蘭の後宮で育った梨艶にはその醜悪さと行き着く先が見えていた。

 愛琳は女官だ。女官は本来は貴妃に従うもの。今までは均衡だったその関係が自分の出現で微妙に傾倒し始めている……杞憂であればいいが。

(かといいこの俺が全員に好い顔など出来るわけがない。靑蘭の女ならまだしも、芙蓉の女なぞ抱けない…以前に役に立たん。だが愛琳の為に、誘うべきか? 屈辱を堪え?)

 手には木々に結び付けられた赤い紐が3本。聞けば貴妃たちのお誘いのサインだという。何を彼女たちが欲しがっているかは明らかだった。

「梨艶」

 ――隣に立ったのを気づいているのかいないのか、空を美しい白龍が泳ぐのを見ながら、「いつかと逆だな。今度は俺が囚われの身か」と梨艶が呟いた。

美しい蓬莱産の着物は碧く染められ、柔らかく梨艶を包んでいる。満たされる事のない横顔。その横顔を見つめていたら思いついた。

「愛琳?」
「ちょっと待ってるね!梨艶元気つけるよ!」

 愛琳は足早に銀龍楼閣を進みながら、涙を振り切る。梨艶を苦しめた自分に出来る事は、梨艶の横では悩まない事。むしろ、悩みなんか見せないように振る舞う事。


――辛いけど、やるしかない。大切に思ってくれている梨艶に報いるために。

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