「初心者VRMMO(仮)」小話部屋
男のロマン―現実世界において― 良平の場合
「……ふぅ。久しぶりに楽しめそうだな」
「TabTapS!」からログアウトした良平は思わず呟いた。現教え子の古瀬 美玖の才能は面白い。出来ることなら伸ばしてやりたい。保があそこまで構う理由もわかる気がした。
それにしても……と思い出す。カナリア状態でのあの服だ。「彼シャツは萌え! 萌えは正義!!」と声高らかに叫んでいた晴香。それを馬鹿に出来ないと思った。
そして、出来ることなら自分のシャツを妻である悠里に着せたい! と心の底から思った。
悠里も隣でヘッドギアをして横たわっている。悠里がしているのは「World On Line」という世界でも有数のVRMMOだ。良平は自分のキャラクターのネームバリューにつられてやってくる連中に嫌気が差し、解約をした。現在はそちらで月額課金していたのと同じくらいの額を「TabTapS!」に使っている。こちらも飛行機が作れたらやめようかと思っていたが、もう少し続けようと思い始めている。
繋いだ時間が同じ位なら、もう少しで一度ログアウトしてくる頃だ。
悪戯心がむくむくと良平の中に出てきた。
確か、昨日洗濯してくれたシャツはあそこにあったはず。思い出して取りにいく。あとはネクタイ。昨日使ったやつでいいかな? そんなことを思いながら用意していくと、悠里が目覚めた。
「お疲れさま、悠里」
「遅くなりました」
「いんや。俺のほうの用事が早く終わったからログアウトも早かっただけだよ」
良平たちが使うヘッドギアは医療用と遜色のない代物だ。
「ごめんなさい。ご飯を作ったら『冥土の洞窟』にお父様たちと行かなきゃいけないの」
ということは最低でも、こちら時間で三十分はお預けか。
「今回一度行ったのだけど、四時間かけても終わらなくて、しかも『死に戻り』しちゃったの」
「あれま。おそらく保と正芳に護衛頼むけど、どうする?」
「いいのですか!?」
「あぁ。保は少し仕事して、それから飯食べてそっちにログインするって言ってたし」
「お父様に聞いてみますね!!」
よほど大変だったのだろう。悠里の顔が明るくなった。
保と正芳に頼めば、「『安楽椅子』で待ってますから、装備をしっかり整えてから着てください」と言われた。
保の仕事上、二時間後になると悠里に伝えると、すぐに了承してきた。
「で、その間にお願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
不思議そうに首を傾げる悠里に、良平はにっこり微笑んだ。
「えぇぇぇ!? りょ良平さん! いったいどういう風の吹き回しですか!?」
「ん~~他できてた子がいたんだけど、なかなかによかった! もし、これを悠里がしたらどんな風になるかと思ったら、かなり興奮した!」
着ているワンピースを手際よく脱がしていく。そしてシャツを羽織らせた。
「あ……目の毒」
悠里は身長も百七十近くあるのを忘れていた。すらりとした足が、ほとんど隠されることなく、さらけ出された。だが、これはこれでいい! 思わず抱きしめた。
「良平さん! 目の毒なら着替えます!」
「意味が違う。興奮するから目の毒と言ってるだけだ!!」
そしてネクタイを渡す。
「目隠しですか? それとも拘そ……」
「誰? それ教えたの」
悠里の言葉を遮って訊ねる。とりあえず今回はそれを望んでいるわけではない。
「晴香さん、です。良平さんのシャツを着て出迎えた、らきっと結んでいたネクタイを解いてするかもって」
あの馬鹿は、なんという知識を可愛い奥様に教えているのか。
「しかもこういうの『彼シャツって言って男のロマンだから』って」
「うん。そうだね」
それは間違いない。
「今日はね、悠里が俺のシャツ着てネクタイもつけて欲しいと思っただけだから」
そんな言葉に、悠里は恥ずかしがりながら頷いた。
「あれ? えっと??」
「悠里?」
「ネクタイが結べません」
今まで良平がスーツを着ると、楽しみながらネクタイを結んでいて何を言う。
「良平さん、ちょっといいですか?」
そして良平の首にネクタイを結んでいく。
「やっぱり出来る。どうして出来ないんだろう?」
どうやら対面では結べるが、自分には結べないということが発覚した。
このときの良平の顔を形容するなら「にやり」だろう。
「じゃあ、俺が結んであげる」
「えぇぇぇ!? でもっ」
ぎゅっと後ろから抱きしめ、悠里の手ごとネクタイをつかむ。
「覚えてみよっか」
手取り足取りのネクタイ結び講座が開始された。
そのあと、その格好で料理を作ってもらい、ご飯を食べた。
悠里が慌てていたので、そのままの格好で再度ログインしたのは「嬉しい誤算」だった。
ただし、煩悩と欲望にさいなまれたが。
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