「初心者VRMMO(仮)」小話部屋

神無乃愛

一弥(いちや)と周一郎 2


 その一つへ向かう間、周一郎はイッセンと呼ばれた男をひたすら観察していた。
 己と同じか少しばかり上か下か。それくらいしか変わらない男だ。この男が何故、美玖と接点があるのか知りたかった。
「そんなに不思議? 俺と美玖が接点あるの」
 部屋に着くなりイッセンが言う。
「あ、平野から苗字は聞いてるでしょ? 俺は浅木。浅木 一弥。母親の旧姓は磯部。……さすがに分からないのか。母親の妹の名前は穂波。ここまで言えば分かる?」
 穂波という名前に、周一郎は覚えがなかった。
「へぇ。物分りがよくて自分の味方って言ってたわりに、名前知らないんだ。美玖の母親の名前だよ。だから、父方、母方は分かれるけど、美玖の従兄になる」
「……美玖の……従兄?」
「あんたってかなり間抜けだね。どうして母方の親族がいないと思うのさ」
「だ……だって、話に……」
「話に出ないから、いないと思ってた? ふざけてるよね。どこまで美玖を馬鹿にすれば気が済むわけ? 美玖は俺らにあんたたちのこと、一度も言ったことないよ」
「馬鹿にしていない!!」
「あんたのその態度が馬鹿にしてるって言ってるだけだよ」
 一弥が突き放してきた。
「俺と二つしか変わんないんだってね。美玖の方があんたよりよっぽどしっかりしてるよ」
 そう言いながら、一弥は手にもっていた袋から色んなものを出していく。
「ジャッジさんからの差し入れ。……やっぱ、あのヒトが買うとブラックコーヒーだけになるんだよなー。あんたはコーヒー大丈夫?」
「……あ、あぁ」
 周一郎の答えを聞くなり、一弥は袋ごと渡してきた。中に一つだけ毛色の違う飲み物が入っていた。イチゴミルクである。一瞬それに驚いたが、ブラックコーヒーを同じように取り出し、蓋を開けた。
「……イチゴミルク、昔から美玖が好きな飲み物だからね。無意識に籠に入れたんだろうね」
 何に驚いたのか知っているかのように一弥は周一郎に告げた。
「……知って……いるのか?」
「あぁ。ジャッジさんと美玖が付き合ってるの? 本人から直接聞いたよ。かなり驚いたけど、美玖が笑ってられるんだったら、それでいいっていうのが俺らの考え。……このあたりはばあちゃんたちのほうが怖いから、俺は放置」

 暫く沈黙が続いた。

「話したい事って、なんだよ」
「……いいや。あんたは自分が悪いって思っていないのはよく分かったから」
「俺はっ!!」
 ネットでも散々悪口を書き込まれた。少しばかり目にして、あっという間に閉じてしまったが。
「俺さ、内定貰ってた会社から一方的に切られた。今からじゃ就職浪人になるのは決定。理不尽だと思ったけど、それが社会の反応なんだよ。身内に犯罪者がいるってってことが、全てに支障をきたすんだ。言っちゃ悪いけど、あんたが叔母さんたちに美玖がゲームしているって伝えなかったら、もう少し違った結果をもたらしたんだけどね」
「何が言いたい!!」
「別に。あんたのせいにしたいわけじゃないし」
 そう一弥は言うが、どう聞いても周一郎のせいにしたいのだと取れた。
「俺らにだって非はあるんだ。あそこまで酷くなる前に、『叔母さんたちが俺らと美玖をあわせない』とかいうふざけた理由なんか無視して、助けりゃよかったんだ。だったらもっと早くに美玖は救えた。そしたら、あんな暗い表情の美玖にならずに済んだ。
 ぶっちゃけさ、今回の一件で誰よりも後悔してるのって叔父さんなんだよね。一番われ関せずのヒトだったからさ。娘にまで怒られて、散々みたいだったよ」
 くつくつと一弥が笑い出した。
「そういや、美玖は人殺しってあんたの家で呼ばれてたって本当? 嘘だよね?」
 それに対して周一郎は答えられない。実際そう美玖を蔑むやからがいたのは事実だ。
「沈黙は肯定と取るからね。
 美玖は小さい頃から怖がりで、夜一人でトイレも行けない子だったよ。祖父母の家に泊まると、いつも俺かりりかを起こして一緒に行った。木登りも怖くて出来ないし、俺らと一緒にいるころは、どんなに魅力的なものがあろうとも、山になんて絶対に行かなかった。母親べったりで、叔母さんが妊娠してからは、自分が「お姉ちゃん」という立場になるから、しっかりしようとしてたけど、それ以上に叔母さんのお腹に声をかけてたよ」
 出てきたら一緒に遊びましょうね。可愛い弟さん? 妹さん? お姉ちゃんはあなたを守れるようになりたいです。つたない言葉ではあったが、そう言っていたという。
 その事実すら、周一郎には初の見聞だった。
「叔母さんまでお腹の赤ちゃんが死んだの、美玖のせいにしてたってばあちゃんから聞いたよ。どうしてそうなったのか、あんたは知ってる?」
「……いや」
「あんたの家で起きた出来事だろ? 何で知らないんだよ」
「美玖を古株の使用人たちが『人殺し』呼ばわりしているのは知ってた。……だけど叔母さんたちまでしてるとは知らなかった」
 美玖たちがきたときは、誰一人その話題に触れないのだ。それは叔母を慮ってだと思っていた。
「ふざけんなよ!! それで美玖がどれ位傷ついてたと思う? お前が連れ出したせいで美玖はあんな風になったんだろ!?」
「……あんな……風?」
「叔父さんたちが無理矢理ヘッドギア取ろうとして、昏睡状態に陥ったのもあんたは知らないのかよ!! 警察だってお前の家に行ってるだろ!?」
「……来た。だけど虐待の事実と、俺がどうして美玖を連れ出したのかって話しか……」
 激昂する一弥とは逆に、周一郎はただうろたえるしかない。
「あれだけ騒がれてて気付かないって、どんだけ鈍感なんだよ! あんなの虐待じゃない! 殺人未遂だ!!」
 ギャクタイジャナイ、サツジンミスイダ。一弥の言葉が周一郎の胸に突き刺さった。
「でも、あいつが、鈍くさいからって……」
 不器用だから躾けてるんだって、叔父夫婦は言っていた。
「あんた、それを信じてたんだ。……俺らも助けなかったって意味では、同罪だけどさ。何で、あんたはあの人たちに美玖がゲームしてたの教えたんだ?」
「名の知れたプレイヤーだって知れば、少しは考えも変わるかなって……」
「大きなお世話だったんだよ。逆に俺だったら、『どうしても一緒にやりたいから誘った』って言うね。外聞が大事なあの人たちだ。あんたに言われたら『迷惑かけるな、誘われたら何をおいても繋げ』って言うはずだからさ」
 己の叔母だというのに何と酷いことをいう男なのだろうか。
「美玖が味わった苦しみに比べたら、可愛いもんだろ。昏睡状態にまでなって、あんたに色々責め立てられて、散々じゃないか」
 どこまでも軽蔑した眼差しの男だ。
「あの……美玖は、元気か?」
「元気なんじゃないか? 俺はあの事件のあと入院中に一度見舞いに行っただけだし」
 そのあとは全く会っていないという。
「ってか、しっかり意識が戻ってからはマスコミのこととかもあって、難しかったし」
 己は今でもマスコミや心無い人間の中傷で、自宅に行けないというのに。
「……俺らのところには、あんまり叔母さんたちが連れてこなくなってたからね。ばあちゃんは今もホテル暮らしだけど」
 コーヒーを飲み終わった一弥が、おもむろに袋を持って部屋から出て行こうとしていた。
「用事って、あれだけか?」
「……馬鹿らしくなった。あんたはどこまでも自分に非が無いと思ってる。話すだけ無駄。こんなやつ殴って前科者になるなんて馬鹿らしいね」
「なっ!?」
「あ、それから二度とゲームでも現実でも美玖に関わるな。仕方なく関わった時はあんたから離れろ。それが美玖に対する償いだ」
「ふざけんなっ!!」
「ふざけてない。……それから俺は『TabTapS!』を暫くやるつもりはない。美玖が元気になって、俺らを誘ってくれるくらいになったらやる。あそこには美玖を大切にしてくれる人が集まる場所と、友達、それからやりたいことが出来る場所だから。話は終わり。あんたはじっくり考えれば? 俺はあと帰るし」
 そう言って取り出した古ぼけた携帯には、少しばかり見覚えのあるストラップがついていた。
 それは「TabTapS!」内で美玖の所属する「カエルム」のメンバーが携帯やスマホにつけていたストラップに似ていたのだ。
「……それって……」
「これ? 美玖が俺らに作ってくれたやつ。……会ってお別れ言いたかったけど出来なかったからって、代理人通してもらった」
 己にはそんなもの一切なかった。
「これが作れても、あんたには『不器用な従妹』に写るんだろ? 俺から見たら、誰よりも優しくて、可愛い、守るべき従妹だ」
 そこまで言うと、電話をかけ始めた。
「……終わった。ってか、何もしてないよ。……うん。話し合いだけ。……後で話すよ。……うん。じゃ」
 電話を切るなり、そのまま出て行った。

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