レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第七章 第十話「旅立ち」

 魔女が死んだ――


 魔女が死んだ――


 魔女が死んだ――





 ――姐さんが、死んだ。





 陽太は気が触れそうだった。
 心が黒く塗りつぶされていった。
 暗かった。
 全部が暗くなった。
 月も星も、湖も地面も、自分の手も足も、何もかもが。

 ――暗い。

 孤独だ。
 ひとりぽっちだ。

 人の死に触れたことはある。

 しかし、親しく想う人の死が、これほどまでに苦しいものだとは。

 ――そうか。

 初めてハリルの辛さが分かった気がする。

 苦しくて、憎い。

 貴女のために頑張るよ――

 なんて、そんな気になれるわけがない。


 憎い。

 魔女を幽閉した精霊族が憎い。
 魔女を殺した王たちが憎い。
 魔女をいいように使った長が憎い。


 憎い、憎い、憎い。


 魔女に何もしてやれなかった、自分が憎い。
 悔恨が胸をかすめる――



 一方、魔女が消滅したことで、精霊族の長もその生を終えた。
 安らかな死に顔に、後悔の色は感じられなかったという。
 しかし、残された精霊族たちは、混乱していた。
 絶対神のような存在であった長、そして秩序を統制する魔女。
 この二人を失った彼らには、まるでもう世界が終わるようにさえ感じたのだろう。
 そして、誰からともなく結界が解かれた。
 瘴気はゼダエンド大陸から漏れ出す。
 それはゆっくりと、だが確実に世界を穢していくこととなる。


 ルナディは魔女を探していた。
 魔女と長とが魂を分け合っていることを母親から聞いた彼女。
 険相な顔で魔女の姿を探す。
 だが沢山の部屋が存在する神殿であったため、なかなか見つからずにいた。
 そこで陽太から預かっていた魔本でココを呼び出す。
 二人で探すためだ。

 そして屋上の隅でうずくまっている陽太をココが発見する。
 ルナディも駆けつけ陽太に声をかけた。

「……姐たんは?」

 すると陽太は、ルナディたちの方を見ることもなく呟いた。

「……消えちゃったんだ」

 ルナディは地面に転がる鎌を見て、泣き出しそうな顔をする。
 魔女の死を悟ったのだろう。

「……」

 胸が締め付けられる思いに違いない。
 彼女もまた、魔女の温かさに触れた一人だったから。

「……俺のせいなんだ……俺のせいで……」

 陽太は肩を震わせながらそう呟いた。

「……どうして陽たんのせいなの?」
「俺にかけた魔法の代償で……肉体が消滅した……」
「肉体? ああ、そんな魔法があるって聞いたことがあるにゃ」

 ココは続ける。

「でも、魂を入れとく器がなくなっただけで、案外近くにいるんじゃないにゃ? その鎌に宿ってるかもしれない。その服に宿ってるかもしれない。ここで見てるんじゃない?」

 ココなりに励まそうとしているのだろうが、陽太は放心状態のまま三角座りで空を見つめ、微動だにしない。

「おーい……お前さあ、自分のせいで誰も傷つけたくないって誓ったとこだにゃ?」
「……ああ、そうだね。……だったら俺も消滅したほうがいいのかもしれない」
「なんでそうなるにゃ!」
「それでもう誰も――」

 陽太がそう言いかけた瞬間、ココは声を震わせながら怒鳴った。

「うちが傷つく……!!」

 それを聞いてハッとなり、自分に嫌気がさしてまた涙が出そうになる陽太。
 膝の間に顔をうずめる。

「うちが傷つく! ルナも傷つく! ご主人様も傷つく! そして魔女の姐さんも……きっと傷つく……!!」
「でも俺は……俺は、姐さんに何も返せなかった……あんなに良くしてくれたのに。守ってくれたのに……もう真っ暗だよ……道が見えないよ……きっとハリルもこんな気持ちだったんだよな……俺が憎いだろうな……」

 そこへルナディが陽太の肩に手をやり、口を開く。

「それでも、ハリルは立ち上がったよ……?」
「……!」

「姐たんに返せなかったぶん、ルナを助けて? ハリルを助けてあげて? したら、巡り巡っていつか姐たんのところまで……届くよ」
「ルナ……」

 陽太は思い出す。
 魔女はその身を捧げて……腕も目も胸も捧げて、願っていた。
 あたたかい風をこの地に吹かせてと。

「ルナ…………それで……姐さん、笑ってくれるかな……?」
「うん……きっと見てくれてる、陽たんのこと。ルナのことも」
「うっ……うっ……姐さん……寂しいですよ……」

 ルナディはそっと陽太の頭を抱きしめる。

「それが……生きてるということ」

 二人は泣いた。
 赤ん坊のように泣いた。
 幽世の空に二人の泣き声だけがいつまでも木霊していた。


    §


 翌朝、陽太たちは旅立ちを決意する。
 魔女のお陰で上級以下の魔法を習得できるようになった。
 そして究極の代償もまた、彼らを強くした。
 彼らの心を。
 ルナディはハリルの元へ行くことに決めた。
 母との再会を果たせた今、家族と暮らすという選択肢もあったのだが、ハリルを放っておけないと言う。
 確かに邪鬼がもし、王殺しを始めるなら竜王ハリルの身が心配である。
 彼のことだから操られたりしない心を持っているだろうが。
 陽太もそうしてやってくれとルナディに託した。
 大切な友達だから。
 結界が解除された今、【世界の欠隙】によって幽世からならどこへでも飛べる状態になっている。
 一度行ったことのある場所でないと行けないなど、多少のルールはあるらしいが。
 こうしてルナディは竜族の街ロキアへと旅立った。
 当の陽太は、ココと共に海を渡ることに決めた。
 まだ見ぬ大陸へ。
 もっとこの世界を知りたいから。
 瘴気が世界を包んでしまう前に、魔女に誓った約束を果たすため。
 そして邪鬼を倒す力をつけるためにも。
 陽太は魔女の鎌を手に、新たな決意で旅立つのであった。

「姐さん。四百年、お疲れ様でした。でもまだ寝かせませんよ。そこで見といてもらわないと。俺が創る、この世界の行く末を――」

 この先どんな未来が待ち受けているか、誰も知らない。
 世界にはまだまだたくさんの国があり、たくさんの争いがある。
 陽太はどんな世界を見て、どんな夢を描くのか。
 そして守るべき人を守れるのか。

 レジス儚記。

 これは一人の男がその身をかけて、世界の運命に抗う強くも儚い物語――

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