レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第七章 第六話「温もり」

 聖堂の両脇には階段があり、そこから屋上や地下へ行けるようになっていた。
 この神殿は瘴気を外へと漏れないようにするための結界を張っている場所であると聞いている。
 魔女に連れられ地下への階段を降りる陽太たち。
 ついにその結界を張っている精霊族、すなわちルナディの家族たちがいる場所へと向かう。
 地下はいくつかの部屋に分かれていた。

「ここをまっすぐ進んだ先におりんすえ。行ってきなんし」
「姐さんは?」
「わっちゃ、長と話をして来んす」

 そういって反対方向へと向かう魔女。
 長とは何者であろうか。
 気にはなるものの、ルナディも気が焦っているようだから、二人は魔女と別れ、奥の部屋へと進んだ。
 するとそこには、十数人が円になり中心の魔法陣に手を向けて何かを唱えている姿があった。
 髪の色は違えど、みな耳の尖った精霊族のようだ。
 その中の一人が手を止め、こちらを見て呟く。

「……ルナディ……なの?」

 その女性を見てルナディが叫びながら駆け寄る。

「お母さん……!!」
「ルナ……おお……こんなに大きくなって……」
「ずっと……会いたかったの……」
「私もよ……愛する娘……」

 抱き合う二人。
 母親の頬を伝う涙。
 ルナディも顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いている。

「ルナ、良かったね……」

 その光景を見つめる陽太も、胸が熱くなる。
 そこへ隣に立っている精霊族がルナディの母に話しかけてきた。

「少しなら抜けても大丈夫よ。娘さんと話して来なさい」
「すみません……ありがとうございます」

 こうしてルナディの母親は円陣を抜け、ルナディと陽太を連れて隣の部屋へと移動した。
 仮眠室のようなその部屋で腰かける三人。
 ルナディはまるで幼稚園児になったかのように甘えながら積もる話をする。
 学校のこと、旅のこと、陽太やハリルのこと。
 母親はときに微笑み、ときに涙を浮かべながら、うんうんよく頑張ったわねと耳を傾ける。
 ――とっても優しそうなお母さんじゃないか。
 陽太はその光景を見て安心しながら、部屋を出ようとする。
 親子水いらずで話したいこともあるだろうと。
 そこへルナディの母が声を掛ける。

「お待ちになって……貴方にも聞いてもらいたいことがあるの」

 呼び止められた陽太は、その真剣な面持ちに誘われるように椅子へと腰かけなおす。
 そしてルナディの母はまず、ここまでルナディを連れてきてくれてありがとうと陽太に感謝を述べ、自分たちがここへ連れて来られてからのことを話し出した。
 魔女に転移させられたのは間違いないそうだが、結界を張ることにしろ、全ては族長様のおぼしだと彼女は言う。
 これは世界を救うためであり、世界から戦を無くすという教義に基づいた行動だと。
 そして魔女についても、族長の手足として従順に働いてくれているのだと。
 彼女の話を聞いていると、結局ここで何が行われてきたのかハッキリしない。
 とにかく精霊族こそが正しい行いをしている、族長こそが信ずるに値する方だと。
 瘴気から守ってくれているのは有り難い話だが、どこか宗教めいた話にすんなりとは受け入れられない陽太。
 宗教で儲けようとか言っていたお前が何を言ってるんだという話だが。
 どんな理由があれ、親が子を一人残したままにするのは正直どうなのかと思ってしまう。
 それと、魔女についてのくだりが少々納得いかない部分がある。
 彼女は言う。
 あれは長が作られたのよ、私たちの世界をずっと守ってくれてるのよと。
 アレとはなんだ。

「まるで物みたいに言うんですね、魔女のこと」

 もちろんルナディの身内であるし悪い人たちではないと思う。
 否定したいわけではない。
 だが彼女が返してきたのは、耳を疑うような言葉だった。

「そうね、少なくともここにいる精霊族は、彼女を同じ人として見てないでしょうね。だからずっとここに幽閉されてきたの」
「幽閉……?」
「貴方も一緒にいたなら分かるでしょう。あの恐ろしいまでの魔力と……顔色ひとつ変えず人を殺せる冷たい瞳」

 確かに凄いとは思う。
 出逢った時は本当に恐ろしかった。
 マネキンのように美しい顔は、この世のものではないんじゃないかとさえ思ったこともある。
 でも今は違う。
 人として強いだけだと。
 彼女の感情に何度も触れた。
 彼女の優しさに何度も触れた。
 陽太もルナディも、包み込んでくれるあの温かさを知ってる。
 血の通った温かさを、知ってるから。

「私たちと違って心が無いのよ。彼女はきっと、人の形をした化け――」

 ルナディの母がそう言いかけた瞬間、陽太は両手で机をバンと叩き、立ち上がった。
 驚き目を丸くする母親。
 ルナディも俯いて唇を噛みしめている。

「……」
「……すみません。俺、上で待ってます」

 陽太はそう呟き、部屋を後にした――


 §


 一方の魔女は、長と呼ばれる者の部屋へ来ていた。
 ベッドとテーブル、他には何もないようなその場所は、まるで独房だ。
 知らなければ族長の部屋だとは誰も思わないような処だった。
 ベッドに横たわる老婆。
 痩せ細り、ただ天井を見つめるその目に視力はもう残っていなかった。
 彼女が精霊族の長である。

「お前か……邪鬼は捕らえられたのか」
「申し訳ござりんせん。あやつ、なかなか姿を見せよりやせんすにえ。しかも勝手に王殺しを始めよったようじゃ……」
「早くせい……このまま手がつけられんくなる前に討たんと、この世界は」

 すると魔女は膝をつき、老婆の手を握ってこう呟く。

「もう……止めにせんかえ」

 老婆はその手を払い、怒ったような声で言い放つ。

「それはならん! それだけは……!」
「……ぬしさまももう、限界でありんしょう」
「なんのためにこの寿命を延ばしてきたと……」
「ただ屍のように毎日を過ごして、ぬしさまは幸せなのかや」
「それで沢山の命が救われるのじゃ! 儂はどうなろうと構わんと言っておろう!」
「……わっちの気持ちはどうなりんす」

 魔女はまた膝をつき、老婆の手を握りなおした。

「わっちは目の前におる友をも幸せにできんのかや? 王を殺せと言われれば殺す。国を落とせと言われれば落とす。ぬしと魂を共にした者じゃからな。でもわっちゃあ……いったいなんのために強くなりんしたのかえ……なんのために強い心を手にしたのかえ! 教えてくりゃれ!」


「……」


「ぬしのそんな姿、わっちゃあもう見とうない……」

 魔女はそう呟き、部屋を後にする――

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