レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第七章 第三話「誰がために」

 陽太のふところから一冊の本が落ちた。
 魔本だ。
 落とした衝撃で開かれたページには魔法陣が描かれている。
 発光しだす魔法陣。
 すると中からもくもくと白い煙が出てくる。

「にゃー?」

 だんだん薄れていく煙。
 すると魔法陣の上には子猫のような動物が座っていた。
 黄色と白のしましま模様。
 スコ座りで片手を挙げている。

「ココたん!!」

 その光景を見て、大声で叫ぶルナディ。

「お願い……助けて……!」
「これはどうなってるにゃ!?」

「陽たんが……操られてルナたちを……」
「その詠唱が完遂されたら……わっちらは終わりでありんす」
「ったく、何してんだテメエ!」

 ココは詠唱中の陽太に駆け寄り、思い切り体当たりした。
 吹っ飛ぶ陽太。

 幸いなことに【三叉の激流】には詠唱に時間がかかる。
 邪鬼は陽太が無詠唱で放てることを知らないようだから、とりあえず今は中断させるしかない。
 しかし陽太はすぐに起き上がるとまた正座をし、詠唱を始めた。

「止めねえのにゃ!?」
「無理じゃ……心を操られておる……」
「この野郎!!」

 陽太を蹴り上げるココ。
 それでもまた起き上がると、詠唱を始める。
 ココは陽太を思いきり殴り飛ばす。
 また正座をして詠唱を始める陽太。

 何度も何度も繰り返し、陽太は立ち上がれないほどボロボロになっていた。
 腫れあがる顔。
 それでも詠唱をやめない。

「もう止めて! 陽たんが……死んじゃう……!」

 しかし手を止めると詠唱を完遂させてしまう。
 だからココももう、どうすればいいかわからないのだろう。
 詠唱を止めないなら、殴って止め続けるしかない。

「仲間に手出してんじゃねえよ!!」

「……」

「命に代えても……守るんじゃなかったのかよ!!」

「……」

「アメリアちゃんを……守るんじゃなかったのかよ!!」


 すると陽太の動きが急に止まった。
 ボロボロになった体が、ぷるぷると震えだす。

「陽太……!!」


「コ……コ……」

「陽たん!!」


「……姐……さん…………ル……ナ……」

「わっちらのことが……わかるのかえ……?」


 そして陽太は、体を震わせながら立ち上がる。


「アメ……リア……を……みんなを……守る……」


 次の瞬間、陽太を中心に大きな魔法陣が出現した。
 それは橙色に発光し出し、地面が盛り上がってくる。
 【樹嶽の統馭】だ。
 陽太やココのいる場所だけでなく、魔女とルナディがいるところまで全てが膨らんでいく。

「何が起きてるの……?」

 ぐんぐんと視界が上がっていくルナディたち。
 何百メートル……いや、何千メートル上がっただろうか。
 それは大きな山となり、枯れ木林は遥か下のほうへと遠ざかっていた。

「……なんという魔力でありんしょう……」

 その後、地面の動きが止まると、ドスンと倒れこむ陽太。
 駆け寄るルナディたち。

「陽たん……!」
「ああ……俺、またやっちまったんだな……」
「いいの! ちゃんと戻ってきた……! 自分の力で戻ってきたの!」

 そして陽太は仰向けのまま、ココの小さな手を掴む。

「ありがとう……お前の手、痛かっただろ……ごめんな」

 陽太はボロボロの体で、ボロボロの顔でココを抱きしめた。

「……うるせえ!! テメエの心配してろや!!」
「ははっ、相変わらず……口悪いな」
「こんなこと……こんなこと、二度とさせんなよ……!!」
「ああ……ごめん」



「二度とさせない……自分のせいで、もう誰も傷つけたくない……」


 こうして陽太はココやみんなの想いにも助けられ、心の支配から逃れた。
 魔女いわく、一度乗っ取られてしまえば、邪鬼が一定距離以上離れるか、死ぬかしないと解除できないものらしい。
 ただ、魔女のように精神力が高い、いわば心が強い者は操られることもないという。
 陽太は戦いの最中にそこまでの精神力を出したわけだ。
 もちろん仲間がいたからであって、陽太自身の心が強いわけではないのだが。
 ちなみに、ココの魔本はルナディが預かることになった。
 陽太に万が一のことがあった時、また呼び出して殴ってもらうためだ。
 まあ、もう二度とさせないと誓ったから大丈夫だろうが。

 陽太を操ったと思われる当の邪鬼は、最後まで姿を見せることなく去っていった。
 探し回る力も残っていない三人は、小屋へ戻り寝床につくことにしたのだった――



「ちなみにこの山、いくらかかってんですかね……」
「……言うでない。はぁ……ほんに戦は金がかかりんす……」


 この後、借金地獄で悲惨な目に合うことになるのだが、それはまた先のお話で――

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