レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第四章 第五話「皇帝」 ※地図有

「アメリア……!」
「叔母さん!」

 幽世へ飛ばされた学生寮では、食堂から魔女が消え、二人は抱き合って安堵のため息をもらしていた。
 特に聞きたいことも聞けず、恐怖感だけを残して魔女は煙のように去っていったのだが。

「とにかく無事でよかった」

 幽世に街ごと転移させられている、そう聞いた兵士たちも戸惑った様子で、ざわついている。
 そこへ、外へ様子を見に行った兵士がかえってきた。

「マジだった……門から外は怪しい枯れ木林に包まれ、血のように赤い川が流れていたよ」
「うそだろ、どうなってんだ」

 地図を取り出す兵士。

「ここ闘技場を中心として、ぐるっと円状にすっぽり転移させられたようだ」

<a href="//19210.mitemin.net/i216886/" target="_blank"><img src="//19210.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i216886/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>

「じゃあ、城もか!? 王はご無事でいらっしゃるのか?」
「ああ、ご無事だ。それに魔女が現れた時点で同盟国である【ロキア】へ応援を要請してあるから、竜族が駆けつけてくれるだろう」
「しかし駆けつけたところで、この街に辿り着くことができるのか? 今、幽世にあるんだろ?」
「わからん。でも我が王はこの大陸を統べるような皇帝様だぞ。不可能はないだろ」

 その話が聞こえたアメリアは、叔母に問いかける。

「叔母さん、大陸を滑るってどうゆうことですか? スキー? スノボ?」
「ああ、この世界は四つの大陸に分かれているのだけれど、ここ【ミア大陸】を統括していらっしゃる王様なんだよ。四百年前にあの魔女が現れ、各国がこぞって戦ったそうなんだけど、あまりの強大な力に誰も太刀打ちできなかったそうなんだ。しかしその時に撃退した四人の王のうちの一人が、うちの初代皇帝様なんだよ」
「ここ以外にもお国があるんですね」
「もちろんだよ。そっか、アメリアはハーリオンから出たことなかったもんねえ」
「四百年前ですか……さっきの魔女さんも四百年前に何かあったような口ぶりでしたね。戦いとか怖いです」
「そうだねえ、でも当時のことを知ってる人たちはもうこの世にはいないし、何があったかは知らない人ばっかりだけどね。歴史のことも学べるような授業があったらいいんだけどねえ」

 そんな話をしていると、寮生や学校の先生たちが戻って来た。

「あ、先生! みんな!」
「アメリアちゃん!」
「おお、みんな無事だったかい……よかったよかった。とにかく学校どころじゃなくなってしまったねえ」

 こうして転移した街と一緒に飛ばされた者たちは、幽世での生活を余儀なくされた。
 とはいえ、街ごとごっそり転移させられた訳で、生活に必要な施設などは揃っている。

「なんか幽世っつっても、特に不自由はしねえな」
「ああ。外に出なきゃ、問題ないんじゃね?」
「外にも偵察部隊が出動しているらしいぞ。皇帝様、このまま幽世をも統べてしまうんじゃねーの?」
「ははっ、ありえるかもな」

 しかし、そんな冗談を言い合えるのは始めだけだった。
 水に関しては、魔法で空気中の水分を利用し、生活が可能だ。
 だが、二週間も経つ頃、食料問題が出てきた。
 生鮮食品は腐り、商人も外から来ないため、供給不可。
 探索部隊が周辺を散策したようだが、ゴブリン一匹見当たらず肉や魚も得られない。
 さらには幽世自体の環境が悪いせいか、都内の植物も枯れ始めたのだった。
 食中毒、疲労、ストレスもピークに達してくるころである。
 ここ四百年、何事もなく裕福に暮らしてきた国民は、はじめて味わう飢餓に苛立ちを覚える。

 そんな中でもアメリアは、天族の得意な光属性治癒魔法を使って献身的に看護などに努め、街の人たちからは慕われていた。
 しかし、些細なもめごとから喧嘩が始まり、窃盗や略奪が増える。
 災害からの二週間というのは、どんな世界でもそうゆうものであった。

「どうなってんだ!」
「例の人族の仕業らしいぞ」

 陽太が人族であり、今回の転移事件を起こした張本人であることは、どこからか知れ渡っていた。
 闘技場には大勢の生徒や先生がいたから、仕方がない。

「こんなときに、皇帝様はなにもしてくれないのか!」

 その矛先は城へも向かった。
 畜産や水産、農業にも恵まれ、今まで誰も不自由なくぬくぬくと暮らせてきた国。
 貧富の差も少なく、もちろん奴隷制度もない。
 攻め入る敵国もなく、稼ごうと思えば誰でも成り上がりのできる国であったため、帝国とは名ばかりで、ほぼ直接民主制になりつつあった。
 つまり国民の権力が強まり、王という地位はそんなに高いものではなくなっていたのである。
 しかし、困った時には誰かのせいにしたくなるのが人のさが
 こうゆう時は、いや、こうゆう時こそのための王だ。
 城へ押しかける民衆。
 爆発しそうな不満のよりどころを求める。
 だが、ここで国民にとって絶望的な知らせを聞くことになった。

「皇帝陛下は……ご逝去せいきょされました」

 なんと王は、何者かによって暗殺されていたのだ。

「皇帝が、死んだ……?」
「なんだと」
「うそでしょ!」
「誰がそんなこと!」
「漆黒の髪をした、怪しい人影を見たって噂だ」
「例の人族じゃねえのか?」

 四百年に渡る平和の象徴、それを失ったことの重大さはまだ理解できない。
 しかし言葉にできない不安だけは、更に大きく膨れ上がる。
 やがてその不安は憎しみへと変わる。

「人族の子が殺したのか」
「きっとそうだ!」
「人族、許さねえ!」
「ぶっ殺してやる!」
「まず、人族を呼びだした天族を探し出すんだ!」
「天族を捕らえろ!」

 何か行動していないと、やりどころのない不安が爆発してしまうから。
 そして、陽太のいた寮へと向かう国民。

「大変だ、兵士や街のみんなが玄関に押しかけてきてるわ! 人族を連れてきた天族を出せと」
「私のことです……誤解を解いてきます!」
「待ちなさいアメリア。今行ってもいきり立ってる兵士たちの前では、最悪処刑されるかもしれないよ」
「でも、陽太様が疑われてるんですもんっ!」
「ほんとに陽太は悪ではないんだね?」
「信じて!」
「わかったよアメリア。とにかく私に任せな。お前は黙ってなさい。命を共有しているのなら、それこそ何をされるかわからないよ」
「けどっ、叔母さんだって危ないですっ! 天族だから!」

 声を荒げるアメリア。
 叔母はその両肩に手をやり、落ち着かせるように語り掛ける。

「……いいかいアメリアや、今から叔母さんの部屋へ行きな。戸棚の奥に一冊の本がある。それを使いなさい。これからは自分の身を自分で守らなければならない」
「叔母さんは……?」
「大丈夫。だてに寮母やってないよ。これでもタフなほうだよ」

 腕まくりして力こぶを見せる叔母。

「わかりました……でも、きっと陽太様が助けに来てくださるから! それまでどうかご無事で……!」
「ああ。私も信じて待ってるよ」

 その時、ガシャンとドアが崩れる音がする。
 連中が蹴破って中へと入って来たのだ。

「さあ、お行き」

 アメリアを逃がした後、どんと椅子に構えて待つ叔母。
 連中は叔母を発見し、声を荒げる。

「貴様か! 人族をこの街へ引き入れたのは!」
「そうだよ! なんのようだい!」
「こいつを城へ連れて行け!」
「離しな! 自分で歩けるよ!」

 こうして叔母は連行され、地下牢へ閉じ込められることとなってしまった。
 階段の隅で怯えるアメリア。

「陽太様……助けてください……」

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