レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第四章 第三話「全属性」

 切り取られたキノコ岩は、魔女を追うようにふわふわと飛んでいく。
 陽太の横には今にも孵化しそうな不死鳥の卵。
 海を越え、とある孤島へと運ばれた。
 上から見下ろすと、火山の噴火口みたいな形をした、周りが岩で囲まれた小さな孤島。
 もう日も傾き、夕日に照らされた岩々からは長い影が伸びていた。
 中にはいくつかの森と湖があり、中央に寺院のような和風の家が建っている。
 家の前に降り立った魔女は、陽太たちが乗っている岩の結界を解き、どすんと降ろす。

「わわっ、ここはどこだよ!」
「わっちの別荘じゃ」
「俺をどうする気だ!」
「お黙りなんし。お前はわっちの質問にだけ答えておればよい」

 鎌を突き付け、蔑んだ目で陽太を見つめる魔女。
 その冷たい眼差しは、それ以上動くと殺すとでも言っているようだ。

「まず、お前の使える魔法を全て言いなんし」
「そ、そんな、手の内明かすようなことはできない!」

「……言いなんし」

 魔女はそう呟くと、鎌の先から風の矢を放った。
 それは陽太の顔をかすめ、たらりと血が頬を伝う。

「ひっ……化け物……!」

 腰を抜かし、しりもちをつく陽太。
 おびえて後ずさる。

「化け物……かえ」
「ととと、とって喰う気なら早くしてくださいよ! もう怖いんです!」
「……わっちゃ、お前を」

 一瞬視線を落としたあと、鎌を下ろし、話を続ける魔女。

「お前を、元の世界へ帰してやりんす」
「なんだってー!?」

 ――元の世界ってことは、日本に帰れるってことか!
 ――わーい! もう旅は終わりー!
 ――帰ってアダルトビ……じゃなかったアニメの録画、まとめて見るぞー!

「ただ――」
「ただ、なんですか? ははあん……またそれには代償が、とか言うんじゃないでしょうね! もうこりごりっすよ!」

 最上級の魔法には最上級の代償を。
 これがこの世界の理。
 召喚の反対だから、召還になるのかな。
 きっとそれにも代償が必要なんでしょ。

「元の世界に帰るには、全属性の紋章が必要でありんす」
「……全属性?」
「そう、九つの属性――水、火、風、雷、地、時、闇、光、そして召喚。全属性の刻印を体に刻まねばならん」
「へえ……てか、属性って九個あるんですね。それすら知らなかった」

「して、お前のまだ使えん魔法を教えてやろうと言っておりんす」
「マ、ジ、デ、ス、カ!! さすが魔女! 天才! 姐さんと呼ばせてくだせえ!!」

 天才と言われて気をよくしたのか、にっこりと微笑む魔女。

「うむうむ、良い心がけじゃ。では――」
「……なんて言うと思いますか!? ちょっと待ってくださいよ。そんなうまい話がありますか! 何を企んでいるんですか!」

「……まことでありんすえ」
「はい嘘ー! まずなんで担任の先生を殺したのか、そこから説明してもらいましょうか!」
「はあ……」

 魔女はひとつ、大きなため息をついた。
 めんどくさくなったのか、呆れた顔で近くの岩場へと腰をかける。

「それにアメリアたちは無事なんですか! 幽世の一部と入れ替わったってこと、ネタは上がってるんですよ!」
「はあ……お前のせいでありんしょうに。ほんに与太郎よの。もう話すこともありんせん」
「第一、俺は助けを求めている人がいるっつーから来たんだ! それを放り出してぽいぽい帰れるかっつーの!」

 帰ってAVアニマルビデオだよでも見ながらポテチりたいのはやまやまだが、どうも魔女の言う通りにするのは納得がいかない陽太。
 ――こんな人を人とも思ってないような冷酷で非道で残忍で美人で爆乳の言うことなんか!

「このたわけ。わっちの言うことをただ黙って聞いておればよいのじゃ」
「俺はあんたの奴隷じゃないっす! 帰してください! それか胸を揉ませてください!」
「……は?」
「もう! いくら出せばいいんですか!」
「どっちの話じゃ……」
「どっちもです!」
「最低じゃのう……」
「うへへ! アダルトなところだけが取り柄ですから! 周りが子供ばっかでオープンスケベも発揮できず溜まってたんですよねー」

 手をワキワキさせる陽太。
 もうヤケクソである。

「クズが……初めからこうしておけば、よござんした」

 そう言うと魔女は鎌を天へと振りかざし、何か詠唱を始めた。
 すると空にドス黒い雲が発生。
 直後、陽太に向かって雷がズドーンと落ちる。

「うぎゃあああ!! せめて、おっぱいだけでも……!!」
「しつこいのう、ええ加減にしんす。もう一発、喰らうかや?」

 再度、鎌を掲げる魔女。

「すんません……」

 雷に打たれ全身の力が抜けたせいで、突っ伏したまま謝る陽太。
 まるでぺしゃんこになった廃車のようだ。

「そうそう、そうやって這いつくばって生きればよいのじゃ。ただし顔は上げるでないぞ。キモいから」
「キモいとか! そんな言葉どこで覚えましたか!?」
「ま、強い魔法を簡単に覚えられるんじゃ。感謝しなんし」

 感謝か。
 その時、陽太は地面を見つめながら思い出していた。
 アメリア父や叔母さんに言われた言葉を。

「でも……強大な力はときに、人を幸にも不幸にもするんすよ。俺なんかが――」
「それはちと、違うじゃろ」
「え?」
「……強大な力がそうするのではない。お前の使い方次第でありんしょう」

 ――使い方次第。
 ……そうだよな、言い換えれば強大な力も正しく使ってやれば人を幸せに出来るってことだ。
 それなら俺は、幸福を与えられる使い手になりたい。
 みんなを守れる強さが欲しい。

 まあその前に、この罵倒魔女から逃れられるのかが心配なところであるが。

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