レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第三章 第五話「尋問」

 時はさかのぼり、陽太が魔女の前で【世界の穴隙】を発動させた時分のこと――

「陽太様ーっ!!」

 魔法陣の中の陽太たちが、アメリアにはぐねぐねと捻じれて見える。

「このとんちきが……やはり人族なぞ……好きいせん……」

 担任を殺した銀髪の女がそう呟いた。
 その言葉も陽太に届いているのかいなか、プツリという音と共に三人の姿はその場から消えてしまった。
 消えゆく魔法陣の跡には、三人の代わりに枯れ木が数本出現し、そこだけが異質な空間となっていた。
 その始終をぼーっとため息をつきながら見ていた銀髪の女。
 彼女に向かって、アメリアは怒鳴る。

「ちょっとお! 陽太様を返してくださいっ!!」
「や、わっちゃまだ何もしておらん。探しておったのは間違いありんせんが」

 そう言いながら、すーっと地面に足をつける銀髪の女。

「ぬしはあれの知り合いかえ?」
「陽太様は……私の夫ですっ!」
「弟?」
「夫ですっ! 夫!」
「はて……二人ともまだ童子でおざんしょう。夫婦の契りは齢十六じゃないのかや」
「でもあの子は……じゃなかった。あの人はああ見えてもう成人してるんですっ!」
「うそをおつきなんし。それともなにかえ? 体だけ……」

 ――ぎくっ!
 あからさまに動揺を見せるアメリア。

「……まさか【星霜の途絶】でありんすか」
「ぎくっ、ぎくっ!」
「そんな分かりやすい驚き方がありんすかや……わかった。それ以上はここで言いなんすな」
「はわわ……」
「場所をかえて話しんしょう。天族の娘や、わっちについて来なんし」

 銀髪の女はくるりと向きを変え、アメリアに向かって顎で合図した。

「ちょっと待ってくださいっ!」
「なにかや? まさかわっちと戦うと申すのかえ? そんなに死に急ぎ――」
「まだ飛べないので、おんぶしてくださいっ!」
「おんぶかえ! はぁ……なんと肝の座った娘でありんしょう」

 そして銀髪の女は持っていた鎌の柄に座り、呆れた顔でアメリアを後ろに乗せた。
 宙に浮く二人。
 不思議な力で闘技場の空を飛ぶ。
 明るさを取り戻した空は、雲一つない晴天。
 これがほうきに乗っていたのであれば、なんとかの宅急便のように爽やかな絵になるのであろうが。

 やがて学生寮の上に差し掛かった時、下から大声で叫ぶ女性の声がした。

「くおのやろおー! うちのアメリアをどうする気だー! 返せ―!」
「あ、叔母さん!」
「ぬしの叔母……かえ。しかし近頃の天族はなんて気合の入ったをなご女の子ばかりでありんしょう。昔はもっとひ弱な種族だと思うとりやんしたが」
「あそこでお話ししましょうっ!」
「……人族のことを知られると、お互いやっかいではないのかや?」
「叔母さんは事情を知ってるから大丈夫ですっ! お願いしますっ!」

 そうしてアメリアと銀髪和服の女は寮に降り立ち、食堂で話すこととなった。


「で、なんだこの奇妙な組み合わせは! この女、渦中の殺人犯じゃないかい!」
「それが、いろいろとありまして……みんなは無事ですかっ?」
「ああ、他の寮生は皆避難させたよ。一部動転して街の外へ逃げた者もいるようだけどね」

 食卓にはさっき人殺しをした怪しい女と、子供と、それに寮母。
 ただならぬ空気感が、静まり返った食堂に漂う。
 そっとアメリアに耳打ちする叔母さん。

「……安心しなアメリア、すでに城へ助けを呼んである」
「……ありがとうございますっ」

 われ関せずと、食堂の椅子に足を組んで座っている銀髪の女。
 和服から覗く脚は白く美しく、不気味さと妖艶さを持ち合わせた女である。
 アメリア叔母は、彼女に向かって怒鳴る。

「とりあえずその物騒な鎌を置いてくれるかい!」
「……そんな大声出しなんすな。聞こえていんす」

 叔母を座った目で睨む銀髪の女。
 アメリアは堪らなくなったのか、立ち上がり間に入る。

「すみません、怖いのでお話ができません……鎌だけでも置いてもらえませんか? ええと……」
「名かえ? わっちの名は……もう忘れんしたな。ぬしらの大陸で、不老不死の魔女といえばわかるかや」

 そう言いながら食堂のテーブルに鎌を置く女。
 箒ではなく、等身大ほどの血のついた鎌である。

「なんと! 幽世の魔女かい……!」

 眉間にしわを寄せ驚く叔母をよそに、魔女はアメリアに問いかける。

「あれ《人族》はいつ召喚されんしたのかえ? どこの天族の島でありんすか?」
「私たちのですっ! ハーリオンの祭壇でっ! 何か文句ありますかっ!」
「ハーリオンかや。すぐ上でありんすな……召喚のために命を捧げた天族の、冥福を祈りんす」

 魔女は目を瞑り、手を合わせてそう呟いた。

「いえ、その天族が――」

 自分がその術者であり【分魂の接吻】で蘇生してもらったことを言いかけたようだ。
 だが、とどまるアメリア。
 もし、この魔女が陽太の命を狙っているなら、自分を殺せばそれで済んでしまう。
 アメリアはそのことに気付いたのだろう。

「なにかや?」
「いえ、なんでもないですっ……」

「さて……わっちも人族とおたのは四百年ぶりでありんす。わっちの血が戻るまで、いろいろと聞かせてくりゃれ」

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