レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第三章 第二話「現世と幽世」

 三人が目を覚ました時、辺りは闘技場のそこではなかった。
 霧が立ち込め、ぬかるんだ地面。
 傍には血のような赤い池。
 枯れ木が立ち並ぶ森の中に、三人は倒れていたのだった――

「ルナ! 大丈夫か?」
「うっ……うん」
「良かった、目が覚めたか」

 一番に目覚めたハリルはルナディを揺すり起こし、無事を確かめ安堵あんどのため息をついている。

「陽たんは?」
「まだ意識が戻らねえ」
「そんな……」
「でも、息もしてるし、心臓も動いている。大丈夫だろう」
「人工呼吸するの!」
「っておい! 呼吸をしてる人に人工呼吸するバカ、どこの世界にいる!」

 この世界にいましたけど……


「ううっ……」

 そこへ陽太が目を覚ました。

「陽たん!」
「陽太! 大丈夫か!」
「ああ……だいじょ――」

 そう言って立ち上がろうとした陽太だが、膝から崩れ落ちる。

「おい! 無理すんな!」
「ダメみたい……すまん」
「もうちょっと休んでろ」
「横になって」

 ルナディに膝枕をしてもらう陽太。
 ちっこい太ももだが、血の通った温かい体温に安らぎを感じる。
 そこで陽太はさっきまでの出来事を回想してみた――

 期末テストを闘技場で受けていたんだ。
 対戦相手は魔法クラス四年の担任。
 最上級魔法を教えてもらいたくて挑んだ戦い。
 先生は強かった。
 あれが地属性魔法なのだろうか。
 攻撃が全く効かない防御壁を作り出してたっけ。
 勝ち目がないと悟った陽太たちだが、無我夢中で飛びかかろうとしていた。
 その瞬間、辺りが暗くなり――次に明るくなった時には、頭上に銀髪の女が出現していた。
 さらに、いつのまにか担任の先生が殺られていた。
 顔に滴る血。
 陽太は感触を思い出し、ぞわっと身震いする。
 そしてあの薄暗くなる現象は――
 あれはそうだ、ドラゴンを倒す時に陽太が使った……

「【星霜の途絶】か……?」
「でもそれって……陽たん以外には……」
「なんだお前ら? 何を知ってるんだ!? オレにも教えてくれ!」

 時属性最上級魔法、時を止める魔法だ。
 銀髪の女は【星霜の途絶】を発動中に担任を殺し、陽太たちの頭上でディスペルを唱えた。
 だから突然現れたかのように見え、担任が殺されている時も誰も気づかなかった。
 そう考えるとあの状況にも納得がいく。
 ということは――

「不老不死の魔女……」

 この世で時属性最上級魔法を使えるのはただ一人だけ、そうルナディが言ってた。

幽世かくりよの魔女のことか? さっきの女が?」
「ああ、おそらく」
「そういえばこの景色、親父から聞いた魔女のお伽噺とぎばなしとそっくりじゃないか!」
「そのお伽噺って、どんな話なんだ?」
「んー、ざっくりいうとだな、悪いことすると幽世から魔女がやってきて殺されちゃうぞーってな感じだ」
「ふむ、幼児教育によくありそうなネタだな。で、その魔女が実在したと」

 ――俺はまた、やっかいな魔法を使っちまったんじゃないのか。
 ――でも、消えてくれと願ったのに、なぜ俺らのほうがこんなところへ飛ばされてるんだ。
 ――どっちにしろこの状況、おそらく何かの最上級魔法なんだろう。
 そう思った陽太は服をまくり、体に新しく刻まれているかもしれない紋章を探す。
 すると案の定、おへその周りに黒い紋章が浮かび上がっていた。
 最上級魔法を発動した証だ。

「じゃあ、ここが幽世……なの?」

 ルナディが突然立ち上がり、膝枕をしてもらっていた陽太は後頭部を地面にぶつける。

「ちょ、ルナ! いきなり落とされたら痛いじゃん!」
「ずっと探してたの……」

 ルナディは急に一人で駆け出す。

「おい! 待てって! どこ行くんだよ!」
「お母さんに会いにいくの!!」

 ハリルが追い駆け、ルナディを捕まえる。

「なんだよお前ら! なんなんだよさっきから! オレだけ仲間はずれか!」
「ああ、ハリル。すまん、ちゃんと説明するから」
「……ごめんなさいなの」

 こうしてまず陽太から、ハリルとルナディに今までの出来事を話した。
 自分が人族であること。
 全部の最上級魔法を使えるように、能力を授かっていること。
 紋章のこと。
 ただ、元が大人だったってことだけは言ってない。
 せっかく同い年の学友、気を使わせてしまいそうだから。

「なるほど! それで陽太はオレと一緒に風呂に入るのをずっと嫌がっていたのか!」
「まあ、紋章を見られたくなかったからな」
「なんだ、水くせえなあ。てっきりオレは、ちんちんがちっこいのを気にしてたのかと――」
「ちっこいの?」
「わーわーわー! いらんこと言わんでいい! てかハリル、見たことないくせに適当なこと言うなよ!」
「わかったわかった! そうゆうことにしといてやる! でも帰ったら絶対一緒に風呂入ろうぜ! 男と男は昔から裸の付き合いでって言うじゃん!? あれ、憧れんだよ! 晩酌しながらよー!」
「その裸って意味じゃないと思うけど……まあでも、酒を酌み交わすってのはしたいかもな。大人になったら」

 茶化してくるハリルだが、この不気味な幽世で彼なりに場を盛り上げてくれているのかもしれない。
 さっきまで顔をこわばらせていたルナディも、ふふと笑みを零している。

「……オホン。とにかく、それで俺はポセイドンとも契約できたんだ」
「え、ポセイドンてお前……」
「ああ、もしかしたらあの魔女は、俺を探しにやってきたのかもしれない」
「てか、陽太の魔法でオレたちだけこの幽世に逃げてきたってこと!? あんなヤバそうな魔女を残して」
「……ごめん。こんなことになっちまって」
「ごめんってお前、学校にはアメリアさんもいるんじゃないのか!?」
「ああ。でも、今のところ無事のようだ。あの子が死んでたら俺も死ぬはずだからね」
「それってもしかして、分魂の接吻……」
「陽たん、大人……なの!」
「ちっくしょー! オレより先に大人の階段上ってんのか! うらやましい!」
「と、とにかく……あれがどうゆう魔法だったのかわからねーけど、俺ら三人だけが幽世に来てしまったわけだ」
「ルナ、わかるの」
「え?」
「陽たんが使った魔法」
「まじか! そういえばルナ、お母さんがどうのって」

 驚く陽太たちに、精霊族のルナディが話し出す。

「あの魔法陣はたぶん、ルナが探してた魔法【世界の穴隙】なの」
「世界の穴隙……?」
「あの魔法陣で……ルナの目の前で……村のみんなが消えたの」
「精霊族が一夜にして消えたって事件なら、オレも聞いたことがある。確か一年経って捜索も打ち切られ、全員死亡扱いになっていたような……」
「絶対、生きてるの!」
「ああ、そうだな! 今なら言えるな!」
「なんせ、こうして俺らも生きてるから」

 そう言いながら辺りを見回す陽太。
 ――あの真っ赤な池の水なんて、飲めたもんじゃないだろうな。
 ――生きていけるのだろうか。
 そんなことを考える。

「けど陽太、お前大丈夫なのか?」
「ん? 何が?」
「最上級魔法の代償だよ」
「……そうだった」
「お前もしかして、このまま立ち上がれくなってしまったとか……」
「それは嫌だな」
「名付けて、『永久に膝が笑う病』どうだ!」
「確かに膝がガクガクだけれども!」
「『生まれたての小鹿病』のほうがいいか?」
「ちょっと黙れハリル」

 こいつ、場を盛り上げるというよりただ不謹慎なだけかも。

「ルナ、あの魔法陣のこと、いっぱい調べたの。代償は『術者の血液』で間違いないと思う。ただ、全属性の紋章を揃えたら使える魔法って聞いてたんだけど違ったみたい……」
「なるほど、それでルナは紋章を集めてたわけか。そしてそれで俺は貧血になっているのか。こりゃあ相当血液取られてるんじゃないかな。当分使えそうにない」

 日本なら、献血したあとは甘いお菓子をくれたりするんだが。
 当然そんなサービスも無いわけで。

「じゃあ、魔女自身もこの魔法でオレたちの世界へやって来たってことか? すぐ戻ってくるんじゃねーの? お前を探して」
「どうだろ? 血液の量も限られているだろうから、例え魔女でも続けて使える魔法じゃないと思うな。追い駆けてくるのは時間の問題だろうだけど」
「ま、そうと分かれば少し安心だな。陽太の血が戻れば、またさっきの魔法で元の世界へ帰ればいいってことだし」
「お母さんたちを探すの……」
「ああ、わかってる。もちろんそれもだ。ここにいたらいつ魔女が戻ってくるかわかんねえから、危ないしな」
「血ぃ、吸うたろかぁ」
「は?」
「いや、なんでもない。ちょっとしたジェネレーションギャップの確認」

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