レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第三章 第一話「魔女」

「人殺しだ!!」
「逃げろ! みんな逃げるんだ!」

 その光景を目の当たりにした観客席の生徒たちは、慌てふためきだす。
 悲鳴をあげる者、押せよ押せよと逃げ惑う者。

 陽太たちの頭上には、不敵な笑みを浮かべた女。
 奇抜な柄の着物に、眩しいほどの銀髪。
 美しく整った顔立ちと、マネキンのようにどこか冷たい瞳。
 片手には鎌、もう片手には担任の首。
 まるで死神のそれだ。
 したたり落ちる血液。

「あら、ごめんなんし。殺してしまいんした」
「なんだ……こいつは!?」

 ハリルは空に浮いている女を見上げながらそう呟き、しりもちをついていた。
 ルナディも正座したまま茫然と見上げている。

 ――何が起こっているんだ?
 陽太の思考は追いつかない。
 人の血液を浴びるなんて、今まで何十年か生きてきて初めて体験だ。
 人が人の形でなくなっていることなんて、初めて見た光景だ。

「お前……なんで……先生を!」
「仕方ありんせん。この者は道理に逆らおうとしておりんした」

 ハリルが問うと、銀髪和服の女は担任の生首を手に持ったまま、そう呟いた。

「ねーえ、そこの青い禿かむろのをなごや。ぬしも最上級魔法を撃とうとしていたでありんしょう。あれは【三叉の激流】かえ?」
「……」

 ルナディはおびえているのか、言葉を発することができないでいる。
 そこへ微笑みながら言葉を続ける銀髪の女。

「じれっとおす。黙っておいでなんすと……」

 そう言って女は、担任の首をルナディの前に放り投げた。

「ひっ……」
「うっかり殺してしまいんすえ?」
「やめろ! 怖がってるだけだろ!!」

 ルナディのもとへ駆けつけ、かばうように立つハリル。

「まあ……威勢のよいをのこ男の子でありんす。うふふ、竜族じゃあおっせんか?」
「そ、そうだ! オレは誇り高き竜族! や、やるか!」

 そう言ってハリルは、震える手で槍を掲げる。

「ねーえ坊や? ちと教えておくんなんし。こなたでポセイドンを顕現した水魔法の使い手がおりんしょう。それもそこにおる人族の仕業かえ?」
「な、なんだそれは! 知るか!!」
「……」

 当の陽太は抜け殻のように茫然と立ち尽くしている。
 ――ポセイドン。
 ――水霊の長だったっけなあ。
 ――まるで神話のようだなあ。
 ――これは何かの撮影かなあ。

「おい陽太! ボサッとしてんじゃねえ! ここはオレに任せて逃げろ!」
「ハ……ハハハ……」

 未だ現状を受け入れられないでいる陽太。
 そこへ場内へ駆けつけてきた先生たちが叫ぶ。

「三人とも早く逃げなさい! 先生たちが相手するわ!」

 その声でルナディも我に返ったのか、立ち上がった。
 そしてハリルとルナディは、未だ立ちすくんでいる陽太のもとへ駆け寄ってくる。

「お前なにやってんだよ! アメリアさんを守るんだろ!?」

 ――アメリア。
 ――俺をこの世界へ呼んだ女の子。
 ――観客席にいたっけ。
 ――ちゃんと逃げられたのかなあ。

「……そうだ俺は…………アメリアを」
「陽たん! 逃げるの!」
「アメリアを……守らなきゃ……」
「陽太!」
「学校を……この街を守らなきゃ……」

 そう言って陽太は、虚ろな目で銀髪の女を見つめる。
 元の世界ではありえない光景に――顔から浴びた血液に、我を失っている陽太。

「どっかいけ……どっかいけよ……」
「何してんだよ陽太!」

 呟く陽太の肩を掴み、ぐいぐいと揺らすハリル。
 そこへ銀髪の女は、陽太を目掛けてふらふらと近づいてくる。

「おお……汚らわしき人の子よ、そんな目でわっちを見ないでくりゃれ…………殺してしまいんす」
「よ、陽太に近づくんじゃねえ……!」
「陽たん……早く!」

 ルナディも陽太の手を無理やり引っ張る。
 しかし陽太は一心不乱に叫ぶ。

「消えろ……どっかに……消えてくれ……!!」

 ――消えてくれ。
 ――消えてくれ。
 そう心の中で何度も念じる陽太。

 その瞬間――


 陽太の足元にぶわっと大きな魔法陣が出現した。
 赤黒く輝き、眩い光を放つ魔法陣。
 それと共に、陽太の目の前の空間が歪んで見えてくる。
 銀髪の女も、駆けつけた先生たちの姿も、ぐねぐねと捻じれて歪んでいく。

「なんだ! なにが起きたんだ!?」
「周りの様子がおかしいの!」

 陽太に触れていたハリルとルナディ、二人の姿ははっきりと目視できた。
 どうやら魔法陣から外の空間が全て、奇妙に波打ちながら歪んでいるようだ。

「陽太様ーっ!!」

 そこへアメリアの声がした。
 アメリアの声は陽太の方へと近づいてくる。

 ――あの子、まだ逃げてなかったのか。
 ――きっと俺のことが心配で降りてきたんだろうな。
 ――魂を分け合っているので、俺が死ぬとアメリアも死ぬから。
 ――いや、それだけじゃないんだろうな。
 ――あの子は本当に俺の事が心配で迎えに来てくれたんだ。
 ――優しい子だから。

「俺は……君を……守るんだ……」

 しかし、アメリアの姿も、モザイクのように陽太の視界から消えていく。

「このとんちきが……やはり人族なんぞ……好きいせん……」

 そう銀髪の女の声が聞こえるも、どんどんと遠のいていく意識。
 きつい耳鳴りと立ちくらみ。
 銀髪の女が放った言葉は途中で聞き取れなくなり、プツンという音と共に三人はその場に倒れた。

 その後、空間の歪みは落ち着きを取り戻し、魔法陣は薄く消えていった。
 三人の姿と共に――

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