レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第一章 第十話「水の球」

 アメリアが指さした方向を見てみると、小さな子供があっぷあっぷと湖でもがいていた。
 さっきの水流に巻き込まれたのだろう。

「待ってろ! 今行く!」

 陽太は咄嗟とっさに湖へ飛び込み、その子のもとへ向かった。
 決して泳ぎが得意なわけではないが、一心不乱に向かう。
 そしてなんとかその子の元へ辿り着き、片腕で抱えて立ち泳ぎする陽太。

「うぷっ……」
「もう大丈夫だ……大丈夫だからな……」

 そう声を掛ける陽太だが、なにぶん小学生の身、思うように力が入らない。
 必死で浅瀬を目指す陽太。
 すると、陽太たちを浅瀬の方へ押し出すような波が、不思議と起こった。
 おかげで二人はぎりぎりのところで浅瀬に打ち上げられたのだった。

「陽太様っ……!」
「俺は大丈夫……! この子を!」

 助けた子供をアメリアに引き渡す。
 アメリアは今度こそ人工呼吸をほどこした。
 息をしてなかったからだ。

「けほけほっ……」

 そして無事に息を吹き返す子供。
 それを見た陽太は愁眉しゅうびを開く。

「良かった……」

 改めて見ると、陽太より少しよわい幼いであろう女の子だった。

「みんな……助かったの?」

 うつろな目をしてアメリアを見る少女。
 ショートボブな空色の髪に、透き通るような白い肌。
 ささやくようなウィスパーボイス。

「まるで妖精だな……」
「私は人工呼吸をしただけで、このお兄ちゃんが助けてくれたんですよっ」
「ありがと……なの」

 そして少女はふらりと立ち上がり、陽太に近づいた。

「それ……」

 少女は陽太の手首を指さしてつぶやく。
 紋章【星霜の途絶】のことを差しているようだ。

「ああ、これは時属性の――」
「陽太君!」

 そこへアメリア父が会話をさえぎった。

「すまん。でも、そうゆうのは、あまり他人に話していいものではないんだ」

 そういえば、出発の前にアメリア父が言ってたっけ。
  ――最上級魔法が使えることや、君が人族であることは、あまり他人に知られないようにしたほうがいいぞ。
 ――なぜですか?
 ――強い力を持っているということは、頼られる存在であると同時に、恐れられる存在にもなるということだからだ。

 なるほど……例えば今、この少女をおびえさせたくはないと思う。
 そんなところだろうか。
 高価なものをむやみやたらに自慢してもろくなことが無いってゆーしな。

「よし、お嬢ちゃん、俺がおうちまで送っていってやろーか!?」
「ううん、大丈夫なの」

 濡れた群青色のワンピース、そのすそを絞りながら、そう呟く少女。

「そか、なら気を付けて帰れよ!」
「ありがとなの。それと……お嬢ちゃんじゃなくて」
「ん?」
「ルナディ……なの」

 そう名乗ったあと、少女はくるりと向きを変え、走り去っていった。


「不思議な雰囲気の子だったな」
「ですねっ。それにしても陽太様ってば、歳も変わらないような相手に、『お嬢ちゃん』だなんて。もうなんだか見ていて可笑しくってっ!」
「あはは、確かにそれもそうだね」
「しかし、二人とも、偉いぞ。よくやったな。よしよし」

 笑いあう陽太とアメリアを両脇からガシっと抱え、頭を撫でるアメリア父。
 こうゆうのをされると嬉しく感じるのは、陽太にもやはり子供心が残っているからか。

「お父様も、ここまで長旅ありがとうございましたっ!」
「ありがとうございました」
「いやいや、無事でなによりだ。人生なんとかなるもんだな。わっはっは」

 豪快に笑うアメリア父。
 天族、やっぱり軽いな……
 まあ確かになんとかなっちゃってるから、よしとするか。
 こうゆうスーパーポジティブ思考は、見習うべきところでもあるのだろう。

「よし、それじゃあ二人とも、健康には気を付けて、しっかり学んでくるんだぞ!」
「おじさんはもう戻られるんですか?」
「ああ。日が暮れる前には戻らないと、夜の飛行は危険だからな」
「おじさんでも、危険とか感じるんすね」
「ん? なにか言ったかい?」
「いえ……」
「じゃ、陽太君。アメリアを頼んだよ」
「承知しました。強くなります……彼女のためにも。あと、くれぐれも悪い虫が付かないように監視しておきます」
「あっはっは。君自身が悪い虫になったりして」
「ちょ、おじさん……」
「冗談だよー。未成年の陽太君を、し・ん・じ・て・る・か・ら・な!」
「はい……」

 陽太を見つめながらそう言い放つアメリア父の目は怖かった。
 ――しかし、こんな可愛い娘なら、確かに心配だろうな。
 ――学校なんて、不純異性交遊の溜まり場だろ、ああ、怖い。
 ――俺も学生の頃は……

 ――特に何にも無かったわ。


「では、達者でな!」
「お父様も、お体に気を付けてっ! お母様を宜しくお願いしますっ!」
「おじさん、お元気で!」

 そしてまた、アメリア父は翼を大きく広げ、空へ飛び立っていった。
 空に向けていつまでも手を振り続けるアメリアの横顔を、ふと見る陽太。
 彼女の瞳には涙が溜まっていた。
 それは針で刺しても破裂しない、大好きな父への愛が溢れた美しい水の球であった――

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