レジス儚記Ⅰ ~究極の代償《サクリファイス》~

すずろ

第一章 第七話「存在理由を」

 陽太は言語習得のため、ここ天族の街でホームステイすることにした。

 領主の家、すなわちアメリアと同居生活だ。
 ご両親と娘一人で暮らすアイゼンハート家、息子ができたよと喜んでくれているようだ。
 異世界の料理は元の世界とほとんど変わらない。
 むしろ野菜などが新鮮でとても美味しいのだ。
 陽太用の服も、アメリア母がつくろってくれた。
 布の貫頭衣かんとういだ。
 まさにロールプレイングゲームで最初に貰う、旅人の服って感じか。
 腰に紐でナイフを携えさせてもらって、ちょっとかっこいい。

「ほらっ、寝癖ねぐせがついてますよっ」
「いいって……」

 陽太の頭をヨシヨシと撫でるアメリア。
 敬語で話してくるわりに、完全に弟扱いだ。
 うやまいもくそもない。
 まぁ、見た目小学生だもんな。
 子供の頃は割と可愛いと言われていた陽太。
 この容姿を最大限利用させてもらおう。

「ア、ア、アメリアさぁ……」
「はいっ?」
「一緒にお風呂入ろ……?」
「どうしたんですかっ? 急に」
「産まれたままの姿を見たいんだ!」
「あ、紋章ですね、いいですよっ」
「ちっ、違うんだ、俺はただ女の子の裸に興味があるだけで――」
「あら、おませさんですねっ。じゃあ私が先に脱がしてあげますっ」

 と、陽太より少し背の高いアメリアはしゃがみこみ、陽太の服に手をかける。
 ふわっと女の子の甘い香りが鼻をかすめる。

「やっぱ、いい! 言ってみただけ!」
「えー、なんでですかーっ?」
「恥ずかしいわ!」
「いいじゃないですかーっ。減るもんじゃなしっ! 陽太様の全てを見せてくださいっ! ほーら、隠さないでっ」

 くそっ、どっちがエロオヤジだよ。
 完全に男として意識されてないのも少し腹が立つ。
 そう思いながら逃げる陽太。
 簡単に言うと、イモった訳だ。


 さて話は戻り、ここの言語についてだが。
 基本的にはそんなに複雑ではないようだ。
 それに他の街でもなまりはあるものの、公用語として万国共通らしい。
 これから街の外へも旅に出て、情報収集に向かいたい陽太としては、願ってもないことだ。
 それにネイティブな環境で暮らせば、日常会話ぐらいなら早そうである。
 まあ、子供に戻ってるからというのもあるかもしれない。
 なぜなら言語習得の臨界期は、十二歳頃であると聞いたことがあるから。
 いわゆる思春期を過ぎてから、英語を習得するのは難しいといったアレだ。
 代償の【逆成長】が功を奏したか。
 というか何よりアメリアと最初から話ができたことが、一番有り難かったことかもしれない。
 幼い家庭教師、アメリア先生に読み書きを教えてもらうのだ。

「コノヤサイハ、ブロッコリ、デスカ?」
「イイエソレハ、ブッコロリ、デスッ」
「物騒なネーミングだなおい!」

 この街には学校が無い。
 いや、正確には領主宅で寺子屋のように、子供たちに読み書きや下級魔法を教える短期講習などはやっている。
 しかし、ほとんど自給自足がメインであるこの街では、小さいころから家の手伝いに勤しむのが当たり前なので、ずっと通えるわけじゃない。

「都会に出れば、学校というところでもっと沢山のことを教えてもらえるんでしょうけど……大したことできなくてごめんなさいっ」
「いやいや、アメリアが謝ることじゃないだろ」

 そんな生活の中でもアメリアは、領主家に伝わる書物などから、独学で中級程度の魔法も習得しているほどの勤勉家だ。
 だからむしろ、学校に行きたいのはアメリアのほうなんじゃないかな、そう感じる陽太だった。
 本を読んでいるときのアメリアは、いつも目をキラキラさせているから。
 それにアメリアは料理もできる。
 まあ、この街の女の子はみんな小さいころから教わっているようだが。
 礼儀正しくて謙虚だし、本当に非の付け所がない子だな。

「きっと良いお嫁さんになるだろーな」
「陽太様のねっ!」
「ぐっ……純情すぎて直視できない」

 ……こんな良い子、俺なんかに命を拾われて可哀想だ、そう思ってしまう陽太だった。
 そうして言語習得まで、アイゼンハート家でのホームステイがしばらく続くことになる。


    §


「おはよう、おじさん!」
「おう、おはよう、陽太くん」

 この街で過ごして数か月、陽太はかなりの言語を習得していた。
 日常生活程度の会話なら余裕だ。
 畑を手伝い、土木を手伝い、ときに炊事洗濯をし、ときにアメリア母娘おやこのお風呂を覗きながら異世界に馴染んでいった。
 しかし魔法のほうは……下級魔法すらダメだった。
 アメリアが丁寧に教えてくれたのだが、全く成果なし。
 どうやら召喚の代償は、ほんとに最上級魔法だけ・・を使える仕様にしてくれやがったようだ。

「水の操作すらできないようじゃ、俺この世界で生きていけないんじゃねーか! 蛇口くれ蛇口!」

 ここいらには川や海もなく、水といえばもっぱら魔法に頼る生活であった。
 人は水を飲まなきゃ死ぬ。
 天族たちは空気中の水分を貯める魔法を、幼い頃にまず習得するのだとか。

「大丈夫ですよっ、私がいますからっ」
「ったく、魔法が使えない者にとっては不便な世の中だよ」
「陽太様は最上級魔法が使えるじゃないですかっ」
「使い方もわかんないけどね!」
「まあまあ、そうねないでくださいっ。ヨシヨシ」

 アメリアに頭を撫でられる陽太。
 小学生ポジションもだいぶ板についてきた。
 つか、本当に最上級魔法使えるんだろうか。
 ――最近では自分のダメっぷりに、ドラゴンを倒したことなど、もう幻想かに思えてきたんだけど。


「陽太君、ちょっと来なさい」
「あ、おじさん」

 アメリアの父親に呼ばれ、書斎へと向かう陽太。

「言葉、上手に話せるようになってきたな。偉いぞ。よしよし」
「えへへ」

 アメリア父に頭を撫でられる陽太。
 小学生ポジションもだいぶ板についてきた、び方まで。
 なるべく子供らしく振る舞おう。
 役得も多いはず。

「で、君のその手首の紋章についてだが、いろいろ調べてついに分かったよ」
「マジっすか」
「ああ。やはり、君が使ったのは時属性最上級魔法だ。しかもあの時、分魂魔法を上書きされたアメリアが動けたことによって解除魔法ディスペルを唱えることができたものの、もしあのままだったら」
「本当に鼻クソになって消えてた訳ですね……」
「そうだ。最上級魔法しか使えない君は、この魔法の効果を中断することができない。すなわち解除魔法が使えない君にとって、この魔法はもう二度と使ってはいけない死の魔法ってわけだ」
「二度と使えない!? そっか……勿体ないことをしました。女湯とか女湯とか女湯とか……」
「ちなみに紋章に刻まれているのは、その魔法の正式名称【星霜せいそう途絶とぜつ】だそうだ」

 ――おおっと、これまた中二病チックなのがきたな。
 何? 星霜の途絶だって?

「かっけーっす!!」
「発動条件は両手をかざし、一定のリズムで星霜の詩歌を詠唱すること」
「え、詠唱?」
「ああ、陽太君はどこで星霜の詩歌を覚えたんだい?」
「や、俺詠唱なんてしてないっすけど……ストーップって言っただけで……」

 確かに両手を翳した覚えはあるけれど、言葉も分からないのに詩歌なんて知りません。

「そんなまさか。おかしいな。伝承の記載が間違っているのだろうか……しかしそもそも、最上級魔法というのはその属性の下級から上級まで全てを習得した者のみが使える魔法。陽太君はイレギュラーだから詠唱もいらないのかも」
「まじすか。一応その詩歌、教えてもらえませんか?」
「ああ、実はその手首に刻まれている紋章自体が、詩歌を古代語で書いたものらしいのだ。解読するのは構わんが、二度と使うんじゃないんだよ」
「しませんよ、鼻クソになりたくないし」
「そう、その代償のことについてだが、やはりこう記されていたよ。『星霜の途絶、その代償は……術者の生きてきた時間を捧げること』」
「生きてきた時間か……それで幼児化した訳ですね。で、どうやったら元に戻れるかは分かりました?」
「それが実は……」

 神妙な顔つきに変わるアメリア父。
 こんな顔をされる時は、嫌な予感しかしない。

「代償として捧げたモノは……二度と返って来ないそうだ」
「……そうですか」
「まあ、また成長するわけだし! 心配いらんだろ! いつまでもうちにいたってかまわないんだぞ!」
「……ありがとうございます」

 正直そこまで幼児化したことは気にしてなかったのだが、見も知らぬ他人をそこまで気遣ってくれるアメリア父の優しさにちょっと感動。
 しかし、もっと気になっている代償がある。
 アメリアにもかかってしまった代償。

「つまり分魂魔法の代償も、解除不可能なんでしょうか……」
「ああ、おそらく」
「……すみません、おじさん。娘さんをこんな目に合わせて……」

 陽太と魂を共有することになってしまったアメリアが不憫ふびんだ。
 陽太が死ねばアメリアまで死んでしまう。
 そんな呪いのような代償。

「何を言っておる! 陽太君がいなければ娘は死んでいたんだ。いや、それだけでなく、街も皆もドラゴンにやられていたんだ! 感謝はすれども責める理由などこれっぽっちも無いわ」
「……すみません。俺……この先、どうすればいいんだろ……」
「まあ、ここで調べられることは世界のほんの一部のことだけだからな。帝都にいけばもっと詳しい事もわかるかもしれんぞ。他の最上級魔法の使い方なんかもわかるかも」
「帝都……ですか」
「ああ。帝都には学校があるからの。なんなら推薦状を書いてやろうか?」
「学校……」

 学校といえば、図書室があったり博識な先生たちがいるのだろう。
 ――今の俺は無知すぎる。
 そう感じている陽太にとって、学ぶことはとても必要なことだと感じる。
 ほんと、自分から学校に行きたいなんて言い出すとは、元の世界では考えもしないことだろうな。
 そうして大人になってから、あの時もっと勉強していれば……なんて思うことがよくある。

「まあ、ゆっくり考えたらいい」
「いえ……俺、行きます」

 ――これは俺に与えられたチャンスなのかもしれない。
 遠回りしてでも得るものが沢山あるはず。
 きっとそれが本当の学生時代。
 また後悔しないように。
 もっと、もっと自分から動き出そう。

「元の世界へ帰るため、そして自分の存在意義を知るために」
「……そうだな。君ならそう言うと思った。さすが我が息子」


 こうして陽太は旅立ちを決意した。
 会話もできるようになったし、これ以上お世話になり続けるのも申し訳ない。
 ここでアメリアと共に育ち、結婚して仲良く暮らす……そんな生活も捨てがたいが。
 きっと甘えて暮らし、元の世界の自分と同じような大人になっていくのだろう、そんな人生を変えたい。
 立派な姿になってアメリアを迎えに来たい。
 そうゆう想いが、陽太の胸の中に芽生えたから。

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