気分屋文庫

有賀尋

OVER THE RAINBOW

いつもの日常。

研究室で研究をして、天の様子を見に行って、たまに外に様子を見に出る。

これが、いつもだと思っていたのに。

『─秋!』

ふとそんな声が聞こえた気がした。
あの2人の声が、未だに耳に残る。

「…とうとう俺も幻聴を聞くまでになったか」

落ちぶれたな、と苦笑する。

それに、ここ最近は天が前以上に目が離せなくなった。
体調が安定しないことに加え、研究室に篭りがちになったからだ。

…そろそろ研究室見に行くか。

秋の研究室はすぐ隣だ。
だが壁はそこそこ分厚く、秋の研究室の音は聞こえない。いっその事ぶち抜いてくれやしないかと思うくらいだ。
天の研究室を一応ノックする。大抵は返事が返ってくるわけがないから勝手に入る。

「天、大丈夫…天!」

研究室に入ってすぐに、天が倒れていた。
すぐに状態を確認する。
非常に不味い状況なのは間違いなかった。
俺は天を抱きかかえて医務室に駆け込む。天はすぐに処置が施された。

「やるだけやったが、戻るかどうか…」
「そんな…」
「…あとは本人次第だ」

そばにいてやれ、と医師に肩を叩かれる。
倒れていた時間が長く、脳の低酸素状態が続いたことに加え、最近のストレスがやはり関係しているらしい。そして、酷く栄養が足りていないとも言われた。
ここ最近「食欲がない」と食べる事が少なかったし、食べたとしてもすぐに吐いてしまうくらいまでだった。
とりあえず傍に座って手を握る。
指先まで冷たくなってしまった手を自分の両手で包み込んで額に当てる。

「…お前まで置いていくのかよ…」

3人いなくなるなんて、俺には耐えることは出来ない。

「勘弁してくれよ…」

ぼそっとつぶやく声は心電図の電子音にかき消される。

あのふたりを守ると天と決めたのに。
最後は結局守りきることは叶わなかった。

もっと研究を進めていれば。
もっと2人のそばにいて関わっていれば。

そんな後悔ばかりが募る。この時ばかりは願わずには居られなかった。

「ユウ…ソラ…頼むから…天を連れていかないでくれ…」

押し返してくれ。

それから1ヶ月、天は目を覚ますことは無かった。
俺は1ヶ月の間ずっと寄り添い続けた。医師が諦めを見せていた頃、その日も同じように天の手を握った。
相変わらず手は冷たいままの手は、本当に恐ろしくなった。

その時だった。

ふと、握り返すような感覚があった。

「…天…?」

呼びかけるとそれまで固く閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。

「天!」
「…ぁ…き…?」

少し掠れてしまっている声でもはっきり聞き取れる。

「具合はどうだ」
「…ゎ、から…な…」

そもそもの状況を分かっていないらしい天にざっくりと説明した。
研究室で倒れた事、1ヶ月眠り続けた事、1ヶ月そばに居続けた事。
すると、天は掠れた声で「ごめん」と言った。

「戻ってきたんだからいい、気にするな」
「…で、も…」
「いいんだ、ちゃんとお前が生きてる。…それでいいんだ。…本当に良かった」

それからしばらく点滴による治療や、リハビリが続き、ゆっくりではあるが歩いたりすることができるようになった。
やっと少し回復した頃に、2人の月命日が訪れた。
この日は必ず2人の墓前に行って花を供えることにしている。
2人の墓前につくと、俺達は花を供えた。

「…守れなくてごめん」

天はいつもそう呟く。
お前だけのせいじゃないのに。
俺のせいなのに。

「…天…」
『もう、結局出てこなきゃいけなくなったじゃん!』

ユウの声がして、ふと顔を上げる。
そこにはユウとソラが立っていた。

「…ソラ…ユウ…」
『…2人のせいじゃないよ』
『僕達自分で世界を見たかったんだ』
「けど…」
『外の世界を見たいと思った僕達のわがままの結果なんだよ』
『…だから、天も秋も、もう自分のこと責めないで?ね?』
『…僕達はずっとそばに居るし、また会えるから』
「…んだよそれ…説教出来なくなったじゃん…」

天が泣きながら2人を見つめていた。
嬉し涙なのか、悔し涙なのか、俺にはどちらにも取れた。

『泣かないでよ、抱きしめられないじゃん』
『…変わらないね、泣き虫なのも、優しいのも』
「…っせ、ほっとけ…」
『僕達が見れなかった世界』
『…沢山教えてね』
「…あぁ、約束する」
『来ちゃダメだからね?』
「…ってる…」

それだけ聞くと、2人は笑って消えていった。

消えた空の方角には、虹がかかっていた。
まるで、2人がかけてくれた架け橋だった。

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