気分屋文庫
風の末裔が選ぶ道-story1-
初夏の風に吹かれて少し長く伸びた芝は、緑の波になりうねっている。
年中風が途絶えることの無いこの街は通称「風読み神の住む街」と呼ばれていた。
それももう何百年も前の話だ。
今では新しい家が増え、たくさんの人が住みついた。
風の匂いは排気ガスの匂いに変わってしまったし、ニュータウンとして開発が進んでいる。
変わらないのは、年がら年中吹く風と古い風車と城くらいだ。
その街の一際高い丘の上、昔から伝わる「風読民の丘」と呼ばれる場所に風車と洋城が建っている。
昔その場所は、『風読民』が住んでいた丘で、風を読み、王に仕え栄えた。
風読人は若草色の双眸に、月光のような白銀の髪、スラリと高身長で手足が長い。
その容姿もあってかどこに行っても目立ってしまう。
だが、数々の戦いで散り散りになり、更には「読人狩り」まで起きたことによりたくさんの風読民が命を落とした。
そんな中でも、風読民に仕え続けた一族の元に、風読民の家族も家柄も違う幼なじみの少年少女がいた。
まだ小さかった2人を連れ、主の命令に従い、逃げ回った。
泣き叫ぶ幼子2人を連れ、どこまでも遠くへ、時には洞窟に身を潜め、時に森の中に姿を隠した。
そして、何十年も経ち、少年少女も大人になり、結ばれ、子供を授かった。
言い継がれてきた遺言を元に、数年前ここに戻ってきたのだ。
今年で16になる風間颯太は窓から入ってくる風に違和感を覚えた。
「……怪しい」
いつにもなく風がざわついている。
こんな日こそ何もしない方がいい。
が、生憎予定がある。
はぁ、とため息をつく。
「失礼します」
颯太を守ってきた一族の叶瀬勇翔が部屋にやってきた。
「颯太様、早くなさらないと遅刻なさいますよ」
「様付けすんなって言ってるじゃん?俺ら同い年っしょ。幼なじみみたいなもんだしさ、もーちょい気楽に…」
「いいえ、私は一族の掟に従わなければなりません。口伝遺言として受け継がれていますので」
「頭かってぇなー」
颯太と勇翔は同い年。
だけど、颯太の事は「様付け」で呼ぶ。
一族の掟なのだそうだ。
もう何百年も昔の事なのに、守り続けている。 
開け放した窓から風が吹き抜けた。
あぁ、嫌な予感。胸騒ぎがする。
颯太は風が騒いでいる事に違和感を隠せずにはいられなかった。
「…なにやら今日は風が騒ぎますね」
「分かる?」
もちろんです、と勇翔は言った。
「私だって一応風読民ですので」
「知ってるよ」
「…嫌な予感がします」
勇翔は窓を目を細めて見ながら言った。
「…奇遇だな、俺も同じ事を思ってた」
颯太も勇翔と同じ方を見て呟いた。
しゃーねーな、と颯太はカーペットを床から剥ぎ取った。
カーペットの下からは赤黒い魔法陣が現れた。
その魔法陣に向けて、颯太は呪文を唱えた。
『我、風読人として我が目前に出ことを命ずる。…いでよ、ボレアス、ノトス、エウロス、ゼピュロス!』
風読民の力が色濃く受け継ぐ颯太は風神召喚ができる。
勇翔は風を読む力はあるものの、颯太ほど色濃くは受け継がれなかった。
呼ぼうと思えば呼べる。
だが、颯太がそれをさせなかった。
風神を召喚するには対価と耐えられる力が必要となる。
風神を召喚するための対価は『風読人の血で描かれた魔法陣での召喚』だった。
勇翔には召喚に耐えられる力がなかった。
それなりの大きさの魔法陣は、颯太の血で描かれたものだ。
今でも貧血で倒れることがある。
何かあった時に伝令となれるように、勇翔は常に一緒にいるのだ。
呪文に応えるように魔法陣が光り、竜巻が起こる。
本棚の本は、竜巻で床に散らばり、家具もところどころに倒れた。
魔法陣の中からは、4人の風神が現れた。
『呼んだか、風読民よ』
腹の底に響く重さのある声でボレアスが一番に口を開いた。
「おー、いつもいつも悪いねぇ」
「颯太様…!」
勇翔が軽い颯太を叱る。
それをノトス、エウロス、ゼピュロスが宥めた。
『まぁまぁ、いつもの事だ、気にすることなかろう』
『これでこそ颯太様ですから』
『僕らは無駄に気を使わなくて楽だし』
勇翔はため息をついた。
「皆様は風神なのですよ!」
勇翔が風神を叱る。
異様な光景ではあるが、ここでは、日常茶飯事。
『構わん。わしらもこれで良いのだ』
「ボレアス!あなたまで…!」
どーどー、とゼピュロスが勇翔を宥めた。
『でー?僕らを呼び出したのはどーして?』
ゼピュロスが本題を切り込んだ。
「あー、それな。あまりにも風が騒ぎすぎてて気持ちわりぃから、どうなってんのか聴きたくて呼び出したんだわ」
「いつも街に吹く風ではないのです。何か嫌な予感がします」
4人の風神は苦笑していた。
互いに顔を合わせた後、ノトスが言った。
『…察しがいいな』
「…何が起こる」
颯太はさっきまでの軽い声ではなく、重く低い声で聞いた。
『街が1つ消える。星と、人間の作り出した飛ぶ金属の塊によってな』
「星…?」
「金属の塊って飛行機のことか?墜落事故で街が1つ消える…?」
『滅ぶ街の名前は…』
街の名前を聞いた途端、颯太の顔が青ざめた。
「ちょ、ちょっと待て!Xdayは今日なのか!?」
颯太はエウロスに尋ねた。
『そうだ。今日の18時だ』
「颯太様…!」
颯太は、拳を握り、唇を噛んだ。
いくら颯太が風読民といえど、昔の先祖の話など、現代では到底受け入れられない話だろう。
まして、街が1つ消えるなど。
現実味がなさすぎる。
どうしたらいい。
どうしたら救える。
「…どうしたらいい」
颯太は4人に問うた。
しばらく4人は顔を見合わせた後、ボレアスが答えた。
『お前ごときが動いたところでどうにもならん。国や政府に訴えを起こしたところで決定的証拠がないからな』
「じゃあ…。このまま街がひとつ消えるのを親指加えて見てろってか!?」
『そうは言っておらん』
ボレアスが言った。
それを引き継いでエウロスが答えた。
『救う方法はある。が、お前は選ばなければならない』
「選ぶ…?」
そうだ、とボレアスは言った。
エウロス、ノトス、ゼピュロスは察したかのように表情を曇らせた。
ゼピュロスは今にも泣きそうだった。
「何を選ぶ」
颯太の低い声が部屋に響く。
さらにボレアスの声が響いた。
『お前の命と引換に街ひとつを消すか、街ひとつと引換にお前が助かるか』
「…!」
「颯太様の命と…?」
天秤にかけるには重すぎる選択だった。
年中風が途絶えることの無いこの街は通称「風読み神の住む街」と呼ばれていた。
それももう何百年も前の話だ。
今では新しい家が増え、たくさんの人が住みついた。
風の匂いは排気ガスの匂いに変わってしまったし、ニュータウンとして開発が進んでいる。
変わらないのは、年がら年中吹く風と古い風車と城くらいだ。
その街の一際高い丘の上、昔から伝わる「風読民の丘」と呼ばれる場所に風車と洋城が建っている。
昔その場所は、『風読民』が住んでいた丘で、風を読み、王に仕え栄えた。
風読人は若草色の双眸に、月光のような白銀の髪、スラリと高身長で手足が長い。
その容姿もあってかどこに行っても目立ってしまう。
だが、数々の戦いで散り散りになり、更には「読人狩り」まで起きたことによりたくさんの風読民が命を落とした。
そんな中でも、風読民に仕え続けた一族の元に、風読民の家族も家柄も違う幼なじみの少年少女がいた。
まだ小さかった2人を連れ、主の命令に従い、逃げ回った。
泣き叫ぶ幼子2人を連れ、どこまでも遠くへ、時には洞窟に身を潜め、時に森の中に姿を隠した。
そして、何十年も経ち、少年少女も大人になり、結ばれ、子供を授かった。
言い継がれてきた遺言を元に、数年前ここに戻ってきたのだ。
今年で16になる風間颯太は窓から入ってくる風に違和感を覚えた。
「……怪しい」
いつにもなく風がざわついている。
こんな日こそ何もしない方がいい。
が、生憎予定がある。
はぁ、とため息をつく。
「失礼します」
颯太を守ってきた一族の叶瀬勇翔が部屋にやってきた。
「颯太様、早くなさらないと遅刻なさいますよ」
「様付けすんなって言ってるじゃん?俺ら同い年っしょ。幼なじみみたいなもんだしさ、もーちょい気楽に…」
「いいえ、私は一族の掟に従わなければなりません。口伝遺言として受け継がれていますので」
「頭かってぇなー」
颯太と勇翔は同い年。
だけど、颯太の事は「様付け」で呼ぶ。
一族の掟なのだそうだ。
もう何百年も昔の事なのに、守り続けている。 
開け放した窓から風が吹き抜けた。
あぁ、嫌な予感。胸騒ぎがする。
颯太は風が騒いでいる事に違和感を隠せずにはいられなかった。
「…なにやら今日は風が騒ぎますね」
「分かる?」
もちろんです、と勇翔は言った。
「私だって一応風読民ですので」
「知ってるよ」
「…嫌な予感がします」
勇翔は窓を目を細めて見ながら言った。
「…奇遇だな、俺も同じ事を思ってた」
颯太も勇翔と同じ方を見て呟いた。
しゃーねーな、と颯太はカーペットを床から剥ぎ取った。
カーペットの下からは赤黒い魔法陣が現れた。
その魔法陣に向けて、颯太は呪文を唱えた。
『我、風読人として我が目前に出ことを命ずる。…いでよ、ボレアス、ノトス、エウロス、ゼピュロス!』
風読民の力が色濃く受け継ぐ颯太は風神召喚ができる。
勇翔は風を読む力はあるものの、颯太ほど色濃くは受け継がれなかった。
呼ぼうと思えば呼べる。
だが、颯太がそれをさせなかった。
風神を召喚するには対価と耐えられる力が必要となる。
風神を召喚するための対価は『風読人の血で描かれた魔法陣での召喚』だった。
勇翔には召喚に耐えられる力がなかった。
それなりの大きさの魔法陣は、颯太の血で描かれたものだ。
今でも貧血で倒れることがある。
何かあった時に伝令となれるように、勇翔は常に一緒にいるのだ。
呪文に応えるように魔法陣が光り、竜巻が起こる。
本棚の本は、竜巻で床に散らばり、家具もところどころに倒れた。
魔法陣の中からは、4人の風神が現れた。
『呼んだか、風読民よ』
腹の底に響く重さのある声でボレアスが一番に口を開いた。
「おー、いつもいつも悪いねぇ」
「颯太様…!」
勇翔が軽い颯太を叱る。
それをノトス、エウロス、ゼピュロスが宥めた。
『まぁまぁ、いつもの事だ、気にすることなかろう』
『これでこそ颯太様ですから』
『僕らは無駄に気を使わなくて楽だし』
勇翔はため息をついた。
「皆様は風神なのですよ!」
勇翔が風神を叱る。
異様な光景ではあるが、ここでは、日常茶飯事。
『構わん。わしらもこれで良いのだ』
「ボレアス!あなたまで…!」
どーどー、とゼピュロスが勇翔を宥めた。
『でー?僕らを呼び出したのはどーして?』
ゼピュロスが本題を切り込んだ。
「あー、それな。あまりにも風が騒ぎすぎてて気持ちわりぃから、どうなってんのか聴きたくて呼び出したんだわ」
「いつも街に吹く風ではないのです。何か嫌な予感がします」
4人の風神は苦笑していた。
互いに顔を合わせた後、ノトスが言った。
『…察しがいいな』
「…何が起こる」
颯太はさっきまでの軽い声ではなく、重く低い声で聞いた。
『街が1つ消える。星と、人間の作り出した飛ぶ金属の塊によってな』
「星…?」
「金属の塊って飛行機のことか?墜落事故で街が1つ消える…?」
『滅ぶ街の名前は…』
街の名前を聞いた途端、颯太の顔が青ざめた。
「ちょ、ちょっと待て!Xdayは今日なのか!?」
颯太はエウロスに尋ねた。
『そうだ。今日の18時だ』
「颯太様…!」
颯太は、拳を握り、唇を噛んだ。
いくら颯太が風読民といえど、昔の先祖の話など、現代では到底受け入れられない話だろう。
まして、街が1つ消えるなど。
現実味がなさすぎる。
どうしたらいい。
どうしたら救える。
「…どうしたらいい」
颯太は4人に問うた。
しばらく4人は顔を見合わせた後、ボレアスが答えた。
『お前ごときが動いたところでどうにもならん。国や政府に訴えを起こしたところで決定的証拠がないからな』
「じゃあ…。このまま街がひとつ消えるのを親指加えて見てろってか!?」
『そうは言っておらん』
ボレアスが言った。
それを引き継いでエウロスが答えた。
『救う方法はある。が、お前は選ばなければならない』
「選ぶ…?」
そうだ、とボレアスは言った。
エウロス、ノトス、ゼピュロスは察したかのように表情を曇らせた。
ゼピュロスは今にも泣きそうだった。
「何を選ぶ」
颯太の低い声が部屋に響く。
さらにボレアスの声が響いた。
『お前の命と引換に街ひとつを消すか、街ひとつと引換にお前が助かるか』
「…!」
「颯太様の命と…?」
天秤にかけるには重すぎる選択だった。
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