気分屋文庫

有賀尋

流星群の奇跡

「おい、何やってんだよ!早く来いよ!」

遠くで急かす声に、僕は我に返った。

「う、うん!今行く!」

辺りは何も無かった。
ただ星の光と上弦の月が煌々と輝く約束の丘の近くに僕は立っていた。

丘の上で急かす君のもとへ急ぐ。
嘘のように体が軽い。
光が見える。
追いついても、光は消える事はなく、視界が開けていた。
月明かりに照らされ見えたのは、懐かしい顔。

「なにボサっとしてんだよ!早く行かねーと始まっちまうだろ!」
「ご、ごめん…!」

そう。
約束していた流星群を見に、この丘まで来ていた。
少し小高い丘は、僕らにとってはすごく素敵な場所だった。
街灯も、家の明かりもない、星空を見るのにはとっておきの場所。

だけど、僕はもうあの丘へは行けなくなってしまった。
窓の外には、星の代わりに街灯が煌々としているのだという。

僕は昔の約束を思い出していた。

いつかここで流星群を見に来よう。

それが幼かった僕らが交わした初めての約束。
どんどん成長していくにつれて、あの丘へは足が少しずつ遠ざかっていった。

僕はそれが少し悲しく、寂しかった。

流星群がやってくる日を毎年調べてはあの丘へ行った。

もしかしたら、君が待っていてくれるんじゃないか。

そう淡い期待を持って、丘を登った。
けれど、君は来なかった。

流れ星が流れる度、僕は願った。

いつかあの約束が果たせる日が来ます様に。

だが、その約束が果たされぬまま、僕は何回か夏を過ごした。

あの年もやってくる日を調べていた。
それが1年に1回のルーティンとなっていた。

君が待っていてくれるんじゃないか。

もうそんな期待もしなかった。
期待しても無駄で、君が来ないことを知っているから、分かってしまったから。

あの場所は、君との約束を果たすためだけに僕は登って、同じ願いをかける。

だけど。

その日をさかいに、僕の両目からどんどん光が消えていった。
光が消える事は、なぜかさほど怖くはなかった。
むしろ光が消える事に安心さえ感じていた。

光が完全に消えたのは、夏のとある日だった。

君は、今年も来ないんだろう。
もう僕は行く事さえも叶わない体になってしまった。
約束を果たせない体になってしまった。

そんな僕を君は怒るだろうか。
軽蔑するだろうか。

朝も、昼も、夜もわからなくなってしまった。
ドナーが見つからない限り、手術ができない限り僕の両目に光は一生戻らないらしい。
僕は眠りに落ちた。


目を開けると、そこにはたくさんの星が散らばり、散らばった星の間を縫うように星が尾を引いて消えていった。

神様。
たったひとつ僕の願いが叶うのだとしたら。
幼かった僕らが交わした約束を果たしたい。
この目に光がもう戻らないとしても、夢でもいい。
約束を果たさせてください。

そう願わずにはいられなかった。

「なぁ、知ってるか?ふたご座ってな、星座になってる星を線で繋ぐと、棒人間みたいな形してんだぜ!」
君の声で我に戻る。

あぁ、懐かしい顔と声だ。

「なぁ、お前聞いてる?」
「え、あ、うん、聞いてる」
「ぜってーウソ。明らかに明後日の方向向いてたぞ」
「向いてない向いてない。ちゃんと聞いてた」

ホントかよー、と君は疑いをかけたけどそう言いつつも信じてくれた。

「なぁ」

星空を見上げて、君は言った。

「…………………」

え?

彼の言葉が聞けぬまま、何を言っていたかわからないまま目が覚める。
目が覚めてもそこは真っ暗で、ただ目が覚めた「ような感覚」があるだけだ。

朝であろう時間も、もはや感覚でしかなく、正確な時間もわからなくなりつつあった。
すると。

「いいお知らせがありますよ!」

駆け込んできたのはコンサルタントの人だった。

「やっと、ドナーが見つかりました!」
「えっ…」

それは確かに嬉しい知らせだった。
ドナーが見つからなければ、光は戻らない。
でも、ドナーが見つかった。
それだけでも奇跡だというのに。

「すぐに手続きと準備しましょう!」

嬉々とした声に僕も嬉しくなった。
淡々と準備と手続きも終え、数日のうちに手術も終え、少ししてから包帯を取る日がきた。
何年も光を見なかったせいか、少し怖かった。

「ゆっくり目を開けてください」

医師からそう言われて、ゆっくり目を開く。

「う…わぁ…!」

見えた光はとても眩しくて、そしてとても綺麗だった。
目に入ってくるもの全てが新鮮に見えた。
部屋を見渡しているとカレンダーが視界に入った。
カレンダーを見て僕はハッとした。

今日は、流星群が降る日、忘れもしない、約束の日だ。
僕は先生に懇願した。
今日だけでいい、どうしても行きたい場所がある。許されることではないけれど、今日だけでいい。どうしても行きたい、と。
医師は、ひとつため息をつくと、諦めたように

「特別に1日だけ外出を許可しましょう」

と、外出する事を許してくれた。
遠くへ行かないこと、見たらすぐに帰ってくることを条件に外出を許可してもらった。

場所は体と頭が覚えていた。幸いなことに、変わりばえしない街と、道と景色が昔の記憶がそのまま目の前に広がった。

あの日から変わらない星空。
あの日から変わらない場所。
ただひとつ違うとするなら。

君がいないこと。

きっと君はいない。そう思いながら、歩を進めていく。

「おっせぇぞ!」

懐かしい声が聞こえた。
顔を上げると、そこには

「おっせぇんだよ、何してたんだよ!始まっちまうぞ!」
「うん…!」

君がいた。
僕は君に向かって走った。

「ギリギリセーフだな」
「うん」
「ごめんな、ずっとここに来ないで連絡もしないで」

僕は首を振った。
精一杯笑ってみせた。

「大丈夫。いつか来てくれるって信じてた」
「でも俺そんなに長くはいられないんだ」
「奇遇だね、僕もなんだ」

そこで言葉は途切れた。
上を向いて、ただ星が降るのを待った。

「目、見えるようになったんだな」
「え?」
「おばさんから聞いてたんだ。目が見えなくなったって」
「そうだったんだ…」
「良かったな、一緒に見ることが出来たし」

その時。星が一筋の尾を引いて頭上を通りすぎた。

「あ…!」
「始まったな」

お互いしばらく言葉を発することなくただただ尾を引いて落ちていく星を見上げていた。

「キレイだね」
「あぁ…」

すると、君の体が光り始めた。

「え…?」
「俺が夢の中で言ったこと、覚えてるか?」
「分からない…。聞こえなかったんだ…」

だろうな、と君は言った。

「俺はお前のことを上から先に見てるから。俺が見ることが出来なかった景色を見せてくれよって言ったんだ」
「まさか…」

そう、と君は言った。

「じゃあこの目も…?」

そう、と君は言った。

「そんな…。いつだったの…?」
「おまえがドナーが見つかったって報告を受けた日さ。俺の遺言だったんだ。俺の目をお前にって」
「僕に…?」
「お前になら、俺の目を渡してもいいと思ったんだ」

さて、もう時間だ、行かなきゃ。

君はそう言うと、立ち上がって、空を見上げた。
光っていた体は、どんどん薄くなっていった。

「待って…!」
「生きろ、俺の分まで。その目にたくさんの景色を映してこい。そして、いつかお前が俺のところに来た時たくさん話を聞かせてくれよ」

僕は涙を流しながら、頷いた。
君が僕の前に膝まづいて、抱き締めてくれた。僕も抱きしめ返した。

じゃあな。

それが僕が聞いた君の本当に最期の言葉だった。

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