初心者がVRMMOをやります(仮)

神無乃愛

現実世界にて<取調べの1コマ その2>


 取調室にその日入ってきたのは、一人の男だった。
 また頭が痛くなるのかと、刑事は思ってしまった。
「少しばかり聞きたいのですが、あなたにもう一人お子さんがいらしたと」
「いましたよ。あの出来損ないに殺された、哀れな跡取りが」
「……あと、あなた方ご夫婦に毎年百十万円の支払いが応仁会からあったようですが、そちらに関しては?」
「執刀してくださったのが、応仁会第二病院だったんです。俺の地元にある優秀な病院でね。跡取りが助けられなかったのは自分たちのせいだと、慰謝料として毎年振り込んでくれているのです。跡取りが二十歳になるまで、ずっとしてくださると仰っていたので、お言葉に甘えました。あ、あの痛ましいことを忘れないようにと、毎年の支払いにしたいとのことでした」
 この男はいつでも澱みなく嘘をつけるらしい。
「その、応仁会からですが、『犯罪を犯したあなた方に二度とお金は支払いません。また、婚約も破棄させていただきます』と言付けをいただきました」
「あの恩知らずが。古瀬で口利きをしたからこそ、あそこに病院を建てれただけだろうに。自分たちのミスを知らぬつもりをするつもりか?」
 憎々しげにぼそりと呟いていた。その呟きを聞き取れないような馬鹿はここにはいない。
「何か仰いましたか?」
「いえ。出来損ないを貰っていただけるとの事でしたので、喜んでいたのですが、残念です。あれの貰い手などどこにもないでしょうね」
 そうですね。あなた方が保護者のうちは無理でしょうね。刑事はそう言いたくなった。
「あなたは、自分の罪状を覚えておいでですか? まずは器物損壊。あれはゲーム会社の備品だそうですよ。それから公務執行妨害。逃げようとした時に我々を突き飛ばしましたからね。そして、お嬢さんに対する虐待と、殺人未遂です」
「器物損壊? あんなところに置いておく方が悪いでしょうに。……公務執行妨害って、俺が歩こうとしたのを塞いだのはあなた方でしょう? 虐待に殺人未遂? ふざけないでください。いつ俺が虐待をしたというんですか。殺人を犯したというんでしょうか」
 やったとしても、自分ではなく妻です。あっさりと言い切った。
「……殺人未遂はあの時に仰ってたでしょう? あなたがヘッドギアを壊した。あれだけVRMMOというゲームをやっていて、ヘッドギアを使っていたあなたが、壊した場合どうなるかをご存じなかったというのが不思議ですよ。
 それに、法律上もヘッドギアをつけているときにおきた事件は、通常の時よりも重く裁くようになっています。何せ、無防備な上多少のことでも危険が伴いますので」
「妻が取ってくれと言ったんです。俺はそれに従っただけです」
 ぶちっ、という何かが切れる音が盛大に響いた。後ろを向くと、溝内警視長とその娘、溝内 晴香警部が立っていた。
 モウ、オレトリシラベヤメテイイ? 心の中で刑事は思ってしまった。
 それに今日来るなんて聞いてないし! 聞いてたら別の日にして調書だけ見せるつもりだったし!
 前回の母親の調書をみた瞬間、二人のオーラがどす黒くなった。二人が来ない日に取調べをしよう。それが所轄内の一致した意見だった。

 やはり親子だ。その場にいた警察官は全員思った。
 頼むから、そのオーラは一人ずつにしてくれと。色々な修羅場を乗り越えてきた猛者たちとはいえ、あの親子の怖さは半端ない。晴香を部下に持つ上司は「警視長を部下にしているみたいでもの凄く嫌だ」と呟いたという。……分かる気がする。
 それに気付かぬ、この男がある意味凄いと思うが。
「奥さんなら、あなたのご実家での嫌味が凄くて心神喪失、本来であれば子育てが出来る状態ではなかったと、報告されています」
 晴香が唐突に口を出してきた。
「はぁ? 俺の実家のせいで心神喪失? あり得ない。あるとしたら、口煩く言ってきた妻の実家の方でしょ。監視するかのように我が家の近くに引っ越したりしてきて。出来損ないに余計なことばかり教えて」
「そうですか。余計なこととはゲームのことですか?」
「それもですがね、婚約者のいるあれに恋をしてみろだの、おしゃれをしてみろだの。余計なことだらけですよ」
 いや? それが普通ですよ。心の中での突っ込みが多くなるのは仕方がない。もう、この事件から降りたい!
「婚約者って、二十歳くらい歳が離れてますよね? よく了承しましたね」
「応仁会で仰ってくれたんです。繋がりも重視しただけのことです」
「おかしいですね。応仁会では『医療ミスを黙っているかわりに、娘を嫁にしろと言われた』と言ってましたが。これ恐喝ですよ」
 冷たく晴香が言う。
「ふざけるな! 俺は何も悪くない! 悪いのは出来損ないと、それを産んだあの女と、応仁会だ!!」
「そうですか。よく分かりました」
 黒い微笑で晴香が言う。そしてそのまま出て行った。

 そのあと、この場をおさめるのに、所轄の警察官たちは苦労したという。

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