老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

288話 10合の壁

 デリカは信じられなかった。
 自らの手に持つデュランダルは紛れもない秘宝である。
 その腕から凄まじい力の奔流が身体を包み込み、自らの力を何倍にも高めてくれる。
 一振りすれば空を裂き大地を割れる。そう確信させる力がある。
 自分の愛剣は、このデュランダルに出会わなければ世界で最高の相棒だと信じてやまなかった。
 素晴らしい剣なのは間違いない。
 しかし、今手に持つ剣と比べてしまうと、物足りなさを感じてしまう。

 その剣が、自分と対峙するヴァリィの手で、輝いていた。
 輝いているように見えた。
 自分なら決してさばくことが出来ないだろうデュランダルの剣戟を、逆らうこと無く、舞うように捌いていく。
 重厚な防御も食い破る一撃が、デリカにまるで羽のように降り注いでくる。
 自分の愛剣を、別次元で、文字通り、使いこなされている現実。
 長年の修業の日々でたどり着けなかった境地、極地をそこに見た気がした。

 一方、自分は剣の力に使われているだけ……
 その事実が、デリカの心に嫉妬にも似た爆発を起こしてしまった。
 聖騎士として鍛錬に明け暮れ、積み重ねた日々が大きかった分、思わぬ着火をしてしまった。

「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 裂帛の気合で今デリカが持てる力の全てを乗せて振り下ろす。

 ……振り下ろしてしまった……

 デリカは模擬戦であることを忘れ、自らが持つ剣の力に溺れてその力を振り下ろしてしまったのだ。

(しまった!!)

 自らの浅慮を悔いた。
 ユキムラのお仲間を殺してしまった。
 自らが掴んでいた剣の力はデリカにそう思わせるほどに強力だった。

「あ、ああ、あああああああ……」

 デリカは自らの手を見る。今、無辜むこの人を激情に任せて切り捨てた掌を……

「……剣が……」

 そこに握られていた剣が、無かった。

「急に雑になったわよーデリカちゃん」

 目の前にデリカの愛剣とデュランダルを持ったヴァリィが立っている。
 力任せの一撃はヴァリィにとっては隙だらけの雑な一撃、力を利用して絡め取り剣ごとデリカの手から奪い取っていたのだ。

「……これが、鍛錬の先……究極と言うことか……」

「なーに言ってるのよ。
 私なんてまだまだよ、ホントは剣なんて得意じゃないからユキムラちゃんの真似してみただけだし。
 あのね、デリカちゃん。
 自分の限界なんて勝手に決めちゃ駄目。
 断言してあげる。
 貴方ならユキムラちゃんと数ヶ月一緒に鍛えれば、今の私なんかよりずっと上に行くわ。
 もちろん!私もその時にはもっと前にいるよう努力してる。
 今までの世界なんてね、ユキムラちゃんが簡単に壊してくれるから!」

 ヴァリィなりのエールだ。ヴァリィ好みの渋いおじ様だったからと言うのもある。
 デリカとキーミッツの心と魂には、これ以上無いエールだった……
 その後、ソーカとキーミッツも立ち会う。
 結果はソーカの圧勝だ。
 二人はまるでつきものが落ちたようにスッキリとしていた。
 武具の性能など鍛錬の言い訳にしかならない。
 そして、さらなる成長をユキムラが見せてくれる。

((ついていこう、この御方に……))

「当然、能力が同じ場合は武具の性能差が勝負をつけるけどね」

 ユキムラは空気を読まない男だ。
 だが、そんなもので、今の二人の信仰は揺らぐことはない。

「ふーーー、実は結構危なかったから緊張しちゃった!
 ちょっとビールにしよっと」

「はい、キンキンに冷えたビールだよ!」

「キャーユキムラちゃん気が利くー!」

 ユキムラからジョッキが凍りつくほどキンキンに冷えたビールを受け取るヴァリィ。
 一気に口をつけるとグビッグビッと飲み干してしまう。

「んんーーーーーー! 旨い! もう一杯!!」

「あいよ!」

 妙に息が合う二人である。
 あまりにも美味しそうにヴァリィが飲むのでデリカとキーミッツもビールを飲み直す。
 運動の後のキンキンに冷えたビール教に二人が入信した瞬間であった。

 コテージの快適な室内に驚きながらも二人は充実した日々に感謝をしながら眠りにつく。
 素晴らしい寝心地の布団に包まれて極上の睡眠を取っていた二人にカンカンと早朝の白狼隊の鍛錬の音が届く。
 ユキムラとソーカの模擬戦。
 わざと早さを押さえた打ち合いだ。
 体捌きがきちんと出来なければスピードに任せた雑な攻撃になってしまう、こういった基礎的な反復練習もユキムラは重要と考えている。
 まるで二人で舞う踊りのように、木刀が小気味よい音を立ててコンコンとぶつかりあう。
 デリカやキーミッツ程の達人になると、この打ち合いがどれほど凄まじいことをやっているのかをすぐに理解する。
 一切のよどみ無く打ち合い、体幹もブレること無くまるで吸い込まれるように木刀同士が踊っている。
 何合打ち合ったのかわからないが、ユキムラの木刀がそっとソーカの首元に添えられる。

「ふー、また負けてしまいましたね……」

「いやいや、押しても引いても崩せないからもうちょっとしたら無理やり攻めちゃってたよ」

「えー、後ちょっとだったんですか……我慢が足りないなぁ私は……」

「ソーカちゃん凄かったわよー。ほらあっちの二人なんか驚きすぎて口開けてよだれタレそうよ」

「い、いやはや凄まじいものを見せていただいた……」

「なんというか、ここまで美しい組手は見たことがありませんでした」

「お二人もやりますか?」

「よろしいのですか!?」

「デリカさんはヴァリィ、キーミッツさんは俺とやりましょう」

 デリカもキーミッツも意気揚々と準備をする。
 しかし、数合打ち合った時点で自らの未熟さを思い知らされる。
 緩やかな打ち込みを続けることで身体はブレる。
 ブレれば隙ができる。そこを攻められて崩される。
 ほんの10合も手合わせが保たないのだ。

「大丈夫ですよ、白狼隊隊士は最初の頃3合保たせるのが入隊条件ですから」

 ユキムラの言葉通り、一手で崩され、次の一手で詰められ、3手で決まる。
 それを超えるだけでも一定以上の使い手と言ってよかった。
 白狼隊メンバーはユキムラ相手でも3桁くらいは安定して打ち合える。
 遥かに高い頂きを見せられて、キーミッツとデリカは興奮していた。
 自分のこのような高みに到れる可能性を見せられたからだ。

「お二人も頑張りましょうね」

 ユキムラの言葉が何よりも二人の心を高揚させるだった。
 

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