老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

249話 ソーカのお気に入り

 ザンゲツ町の建物は平屋が多く、サナダ商店として抑えた建物も商店としての平屋造になっており、ユキムラたちの宿泊は別に宿を押さえてある。
 サナダ商店で働く従業員には平屋の家を複数購入して従業員用の拠点として利用してもらっている。
 宿の朝食は米に味噌汁、焼き魚に煮物。
 典型的な和食の朝食でユキムラは非常に喜んでいた。
 特にお米に関してはテンゲンで日常的に食べられている米の中では人気の米どころだそうで、ソーカが唸りを上げておかわりをするほどだった……
 呪われた古都周囲に非常に田園に適した土地が広がっているので、今回の白狼隊のおかげで数年後にはさらに美味しく、そしてたっぷりの米俵が積まれることだろう。

 朝食を終えた一同はサナダ商店へと向かう。そこで副隊長達と合流し、さっそく古都攻略の下調べに向かう。
 白狼隊の生粋メンバー以外が居るので、何度か途中まで侵入して慣れてから攻略というのが通例になっている。
 また、だいたいダンジョンは攻略中にそのダンジョン攻略に有意義なアイテムが手に入ることが多いので、何度か侵入してそう言ってものを集めてさらに対策を万全にするという意味もある。

「取り敢えず今日は5階層を目標にしよう。タロは悪いんだけど頑張りすぎないように抑えてね」

 死霊系だとタロはついつい張り切りすぎて他のメンバーのやることがなくなってしまう。
 特に最近はタロの戦闘能力はうなぎのぼりで、同程度のレベルの魔物だと一人で圧倒してしまう。
 死霊特攻でもついているかのようにそれこそ蒸発するように敵を滅す。
 なるべく副隊長達を中心に戦ってもらわないといけない。
 副隊長5人はヒーラー、タンク、アタッカー(物理)、アタッカー(魔法)、ジャマーとバランスがいい。
 それぞれの部門の一番優れた人物を副隊長にしたのだから当然といえば当然なのだが……

 死霊系との闘いはまだ豊富ではないので最初はおっかなびっくりとしたスタートだったが、きちんと対策を取っていれば怖くないということに、慣れるのは流石に早かった。
 あっという間に今までのダンジョンと同じように問題なく戦闘を行うことが出来るようになっていた。
 ある程度の素材も集まって、攻略のめどが立つのに一月もかからなかった。

「そしたら、明後日は本格攻略に入ります。
 明日は休息日としますので、皆さん自由に過ごしてください」

 ユキムラはだいたい5日くらい鍛錬、1日は座学的な反省点の洗い直しで午前だけ、1日休息。
 というサイクルを取ることが多かった。
 ダンジョンに入ってしまうと内部時間で長いときには1月くらい篭りっきりになることも珍しくないが、訓練の時までそんな過酷な生活をしていたら異世界ライフを楽しめない。
 遊ぶ時は遊ぶ。やる時はやる。
 モニターの前で昼夜無くVOの世界で日課をこなしていた頃とは違うのであった。

「やっぱり和風の町並みは落ち着くなぁ……」

 いまユキムラはフラフラと何を目的でもなく町を歩いている。
 服装はせっかくなので着流しをヴァリィに作ってもらった。
 濃い紺色に黄色い帯、上品でユキムラの男前を強調するシンプルなデザインだ。

「ユキムラさん! あのお店は何でしょう?」

 ソーカも着物を着ている。小さな花柄だけの白い着物がソーカの美しい赤い髪を艶やかに飾る。
 そういうコンセプトの着物だ。

「あそこは……煎餅かな? 米を薄く伸ばして焼いて醤油を塗って焼くって……いいよ買っていこう。
 レンたちにもお土産もね」

 香ばしい匂いにソーカはフラフラとお店に吸い込まれていった。
 その場で食べるようの熱々の煎餅と、お土産用の物を包んでもらう。
 ソーカはハフハフ言いながらも嬉しそうに煎餅にかぶりついている。
 そんな姿をユキムラが微笑ましく眺めている。
 ゆったりとした時間だ。
 ユキムラはこういう時間にこの世界で生きていることを強く感じて、そして感謝を覚えている。
 戦闘などはどちらかと言うとVOの延長のような感覚だ、なんでもない日常。
 そこに、この世界での自分の人生を感じることが出来た。

「ザンゲツ名物わんこ蕎麦はいかがかなー!」

 調子の良い呼子の声がする。
 わんこ蕎麦と、ソーカ。
 出会ってはいけない物が出会った予感。
 ユキムラは直感する。

「ソーカ、あっちに行こうか?」

 振り返るとそこにソーカはいない。
 煎餅を食べるために手を離していたのが迂闊だったのだ。

「おじさん、わんこ蕎麦って美味しい?」

「ああ、綺麗なおねーちゃんには辛いかもしれないけど、うちの蕎麦はちゃんといい蕎麦を使った本物を食べられるから味も保証済みだぜー!」

「そ、ソーカ。煎餅を食べたばかりじゃないか、な?」

「ユキムラさんちょっとだけいいですかー?」

 頼まれると駄目とは言えない。しかも今のソーカはユキムラにとって魅力アップな着物姿。

「二名様ご案内ー!」

 もう止めることは出来ない。

「はいいらっしゃい! こりゃまたお似合いの二人だねぇ。
 いいのかい? あんまりお腹いっぱいになっちゃうとこの後イイコトできなくなっちゃうよぉ~」

 ちょうしのいい女将さんから下ネタを放り込まれたが、たぶん、このお店が営業イイコトできなくなっちゃうんだよなぁ……と、ユキムラはココロの中で思う。

「今までの最高記録は175杯! これを越えたらお代はただだよ!
 しかも一年間の食べ放題チケットもつけちゃうよ!
 彼氏さん頑張ってねー!!」

 終わったな……
 ユキムラはココロの中でこの店の持ち主に懺悔するのであった。

「おお、旨い!」

 確かにいいそば粉を使って、しっかりと打たれた蕎麦。
 つけ汁もしっかりと丁寧に出汁を取った逸品だ。
 だが、だからこそ、危険なんだ。
 ユキムラが一椀目を終えた時、すでに周囲は騒然としていた。

「おい、人集めてこい! き、消えるぞ!」

 一人の人間では渡す速度が間に合わない。
 ソーカが椀を受け取ると、すでに蕎麦は消えている……
 目の錯覚でないことは5杯目ほどで店の人間も気がつく。
 おかげでユキムラはゆっくりと蕎麦を楽しむことが出来た。

「ど、ドンドン茹でろ! ストックが無くなっちまう!」

「すっごい美味しいですね! 何杯でも食べられそう!」

 ソーカのセリフに店の人間は生きた心地がしなかっただろう。
 記録である椀数などとうの昔に終わっている。
 今は、今日残った蕎麦が無くなるか? という勝負になっている。

 勝負になんてならないのだがね……

「も、申し訳ございません! 本日の蕎麦が全てなくなってしまいました!!」

 店主が土下座している。

「あら、美味しかったので食べ過ぎちゃいました。
 おやつにちょうどよかったものでつい……」

「お、おやつ……」

 周りの店員が膝から崩れ落ちていく。

「ソーカ、先に出てて~」

「あ、はーい。そしたら向かいのお店に入っていていいですかー?」

「あ、うん。食べてていいよーちょっと作り方とか聞いてからいくよー」

 ソーカは鼻歌交じりに向かいにある甘味屋に入っていく。
 店員たちやギャラリーは何か凄いものを見るような目でソーカを見送るしか無い。

「店長さん。ちゃんとお支払しますから安心してください。
 それと、迷惑かけてしまったのでこちらを。
 この先のサナダ商店で店を出させてもらっているので、ご近所のよしみということで……」

 ユキムラが渡した金子を見て、真っ青な顔した店長の顔がみるみる明るくなる。

「その代わりと言っちゃあれなんですが、少し調理現場を見せてもらってもいいですか?
 調理道具とかもいずれ扱うので、サナダ商店をよろしくお願いしますね」

 お店の宣伝も忘れない。

 こうして一軒のわんこ蕎麦屋はソーカのお気に入りとなったのであった。

 もちろん、無料で食べた後にサナダ商会から支払いを約束してある。
 一年間食べ放題どころか、3日も来られたら蕎麦屋の命数が尽きてしまう。
 素晴らしい蕎麦の味を費やすわけにはいかないのである。




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