老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

181話 ソーカの胃袋

 港町は日が暮れてもそこらじゅうから喧騒が溢れ出して、今からがこの街の始まりだと言わんばかりに盛り上がっている。

「食べ物の店もお酒を飲むとこもたくさんありますね!」

 ソーカは鋭い目つきで各店の客が食べている食事を分析している。

「お兄さんたち見ない顔だな! 当店自慢の大盛り料理食べていかないかい!?」

 店の前で呼び込んでいるおかあさんから声をかけられる。
 店を覗くと確かにすごい量だ。ゆうに2・3人前はありそうな料理を客たちが美味そうにかきこんでいる。

「多いからって味が悪いなんてことはないよ! スペシャルメニュー食べられたら賞金も出るよ!
 そっちのでっかいおにーさん挑戦しないかい?」

 皆で顔を見合わせ、頷く。今日の戦場はこの店に決定だ。

「はい4名様! とお一人ご案内!!」

 普通に店内の席に案内された。

「タロも居ていいんですか?」

「この街には獣人もいるからそういうこと気にしたら失礼に当たるわよー」

 人懐っこい笑顔でそう言われてしまった。

「とりあえずエール2つとこの果実酒とココナッツジュースで」

「あいよ!」

「さて、食事をどうするか……ソーカ。行く?」

「この全部のせプレートですよね……い、行っていいですか?」

「もちろん!」

 サムズアップでユキムラが答える。
 それから他のメンバーもそれぞれ注文する。まぁ食べられなければ持ち帰ればいい。

 スペシャルメニューを頼んだのがヴァリィじゃなくてソーカだったことから何度も念を押されたが注文は受けてもらえた。店の中にもスペシャルメニューと言う注文が入ったことである種の緊張感が走る。
 周りの客もこっそりと挑戦者の姿を確認してくる。そして驚愕する。

「まずはシーフードドリア、それに海鮮の海賊煮、それとシーフードカレーね。スペシャルメニューはもう少し待ってね。」

 一つ一つが大きい。海鮮の海賊煮はいろいろな魚介類と野菜をスパイスで煮込んだ鍋みたいな料理だった。カレーはサラサラなタイプでその分スパイシーで辛味がびしっと効いている。

「はい、おまたせしましたー!」

 おかあさんともう一人従業員が巨大な鉄板を運んできた。
 横に特別に置かれたテーブルにドンとその料理が置かれる。
 鉄板一面に様々な料理が散りばめられている。
 ただ、その量がとんでもない、様々な種類のものがパーティの食べ放題のテーブルのような量で用意されている。
 しかし、ソーカはビビることはない。沢山の種類があることに内心ワクワクしている。
 量はあまり気にしない。

「すっごいね! 楽しい! それじゃ、いただきます!!」

「「「いただきまーす」」」

 タロには3人が少しづつ分けてあげる。
 他の3人はそれでも少し多いぐらいだ。

 周りの客のつぶやきが聞こえてくる、ありゃ無理だろ、あんな量が来るなんて普通は思わねーからな、そもそもなんであの嬢ちゃんなんだ? あっちのでかいのじゃねーのか?
 ソーカの食べっぷりを知らない人々の囀りなどソーカの耳には入らない。
 ふと、目を離した隙に一角の魚のアクアパッツァ区画が……消滅している。
 ユキムラはその食べっぷりをニコニコ見ている。
 よく食べる女の子、そして美味しそうに食事をする女性はユキムラは大好きだった。

「馬鹿な!?」

 周りがざわつき始める。
 全体からしたらあまりにも小さな変化だが、間違いなく3人前はあったであろう魚料理が一瞬で消失した。こっそり盗み見していた人たちも隠すこと無く覗き込んでくる。
 カレー地帯、フライ地帯が相次いで消滅した頃、白狼隊のテーブルの周りには人だかりができていた。

「カレーと揚げ物って最高ですよねー」

 うっとりと今食べたカレーの感想をのべるソーカ。

「すごいしっかりと煮込まれた海鮮のエキスがピリ辛のルーとの相性抜群だね」

 ユキムラも自分が食べているカレーに同じような称賛を表す。

「ドリアも優しい味で美味しいわよー」

「あ、これですね。ホントだおいし~。カレーのスパイシーさが落ち着いてきますね」

 その会話の合間に広大なドリアエリアも消失する。
 ヴァリィはまだ半分しか食べられていない。

「師匠海賊煮少し食べません? ちょっと全部は無理そうで……」

「え? レン、私それないから一口もらってあげるよ」

 レンの海賊煮をつまみ食いする余裕まである。もちろん一口と言って半分が消滅する。

「いや、でもまだまだだ全体の八分の一程度しか食べていない、一時は驚いたが全部なくなるまでが勝負だ……」

 周囲の客がとうとう解説まで始めてくる。

「あのうず高く積まれた海鮮ピラフ、あの山にいままで何人の男が犠牲になったことか……」

 壮大な話が始まっている。
 ソーカは気にせずピリ辛に炒められたエビや貝類、マリネされたイカやタコ、豆などと煮込まれた魚料理など次から次へと楽しみながら消失させていく。

「あー、なんとか食べられたー。もうお腹いっぱいー……」

 ヴァリィが完食。

「いやービールじゃなくて炭酸がないのにすればよかった」

 ユキムラも完食。

「師匠もヴァリィさんも凄いですね、ソーカねーちゃんが食べてくれなかったらちょっと無理でした」

 レンも完食する。

「ほらみろ、確かにあのお嬢さんは驚くべきスピードで食べているが、まだあの山も含めた半分は残っている。やはり人類にスペシャルプレートは早すぎたんだ」

「あれ? みんな食べ終わっちゃったんですか? せっかくスピード合わせてたのに、そしたら私も普通に食べますねー」

 周囲の客はその発言が理解できなかった。
 まるで今まで食べるスピードを抑えていたとでもいいたげなソーカのセリフを。

「ゆっくり味わってもいいよー」

「大丈夫です。ちゃんと味わっていますから」

 山が、削られる。雪崩でも起こしたかのようにピラフの山が三分の一ほど消費される。

「このピラフ、魚介の味が染み込んでいて、おいしー」

 角に残されていた揚げ物軍が消滅すると同時に更に山が削られる。

「嘘……だろ……」

 隣の客は自分の料理をそっちのけでその異次元の光景に飲み込まれている。
 鉄板の上にそびえ立つピラフの山は瞬き数度の間で完全に消滅する。

「最後はあっさりした物で……」

 素材の味をそのままに塩と軽いスパイスで味付けした串焼きの海鮮の森。最後の砦だ。
 その森はまるで最初から串が立っていたのかと勘違いしてしまうほど、なんの抵抗もなく消失する。

「ご馳走様でした」

 ソーカが手を合わせる。
 そうして初めてその場にいた客達は気がつくのだ、鉄板の上にソーカの行く手を阻むものが一兵たりとも残っていないことに……

 しばしの静寂の後に万感の拍手、嵐のような歓声があがる。
 ここに、この街の伝説の一つが完成したのだ。
 

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