老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

156話 風の女神

「師匠ーーーーー!!」

 レンが走り寄ってくる。そのままの勢いで座り込んでしまったユキムラへと抱きつく。

「師匠!! 黒い影が動いたと思ったら剣が、剣が師匠にささ、刺さったと思った……師匠、無事……なんですよね……?」

「ああ、大丈夫……みたいだね」

 ユキムラが撃ち抜いたオーブはその光を失って灰になり消えていく……
 ユキムラ自身も自分が行った事を正確に理解は出来ていなかった。
 一番離れていたところにいたヴァリィだけが見えていた。
 あの瞬間、タロの首に下げた時計が光り、ユキムラが信じられない速度で動いたことを……

「ユキムラさん! お怪我はないですか!?」

「ああ、ソーカ。大丈夫。傷は負っていないよ」

 ソーカの頭を優しく撫でる。

「さて、女神様を開放しようか。レン、離してくれないと立てないよ」

「あっ、すみません!」

 ユキムラは立ち上がると自分の体を確かめる。
 むすんでひらいて。手を握ったり腕を回したり屈伸したり。
 問題なく体は動く。
 そして全員を見回す。全員無事だ。
 魔法の反動で傷ついた腕の傷も治っている。
 ユキムラにとってそれが何よりも大事だった。皆が無事だったことが。

「さて、いこうか」

【おーい、大丈夫かー?】

 入り口の方の扉が開く。全員が身構えるが、そこにいたのは随分と小型になった風龍だった。

【物凄い力の波動を感じたから見に来てやったぞ、ってコラ! なんだ犬っころ戯れるな!】

 タロが嬉しそうにフヨフヨと浮いている風龍にじゃれついている。

【おお、あれを倒したのか!? ……さすがは吾が認めた奴らだな。そしたら風の障壁を解いてやろう】

 フワフワと女神を包み込む風の壁が消えていく。

【お、怪しいサークレットも崩れているな。やっぱりそれが原因か……】

 風龍がその力で優しく女神を地面におろしてあげている。
 風龍は言動はあれだが、おもったよりも良いやつかもしれないと全員思う。

 風の障壁がなくなり寝かされている女神は、なんというか、そっとユキムラが毛布をかけてあげるくらい凄かった。たゆ~~んという物が凄かった。
 ソーカはジト目で、「興味ないって言いましたよね!!!????」と言う目でユキムラを睨んでいる。
 ユキムラがかけた毛布では隠しきれないほどの女性らしい体つき。
 全体的に柔かそうで、出るところはとんでもなく出ていて、引っ込むところもそれなりの安定感は感じさせて、出過ぎてはいない。
 薄い緑色の髪、おっとりとした優しそうな顔で健やかに眠っている。

【う、う~ん……あ~れ~ここは~~?】

 目を覚ました女神が起き上がりきょろきょろとあたりを見回す。
 せっかく毛布をかけて隠した場所が顕になり、キョロキョロと見回すという行動とともに波打っている。

【フェルちゃーん!!】

 誰よりも早く反応したのが風龍だった。
 先程までの威厳有る声とはまるで違う可愛らしい幼子のような声で女神の胸に飛び込んでいった。
 いや、その胸という意味ではないのだが、まぁ、いい。

【あれ~~? シルちゃん? どうしたのー?】

【フェルちゃんずっと寝ちゃうし変なのがフェルちゃん襲うし一生懸命護ってたんだよー!】

【そうだったんだ~、ありがとね~いいこいいこ】

 風龍はシルちゃんと呼ばれてその胸に包まれながらナデナデされている。
 白狼隊のメンバーは完全に置いてけぼりだ。

「あのー女神様ですよね?」

【あ、は~い。風と包容の神 フェルシェルと申します~。えっと~、はじめまして?】

 何とも言えない独特のテンポをお持ちの女神様だ。

「ゆ、ユキムラ殿! 女神様って女神様なのか?」

「だからリンガーさん最初に言ったじゃないですか女神の加護があるって」

 ユキムラの代わりにレンが答えてくれていた。
 そう言われたら納得するしか無い。目の前にいる人物が女神であることを。

「えーっとアルテス様ー」

 ユキムラがアルテスに問いかけると同時に周囲がいつもの静寂の空間に包まれる。
 リンガーは凍りついたように止まってしまう。

【はいはーい……フェルシェル……久しぶりね】

 なぜか妙にテンションの低いアルテスが現れる。
 今回は1人みたいだ。

【ん? ア~ル~テ~ス~ちゃんだ~~!!】

 フェルシェルはアルテスに抱きついている。
 とんでもないものがとんでもなくなっている。

【相変わらずねングッ……ほんとにっんぐ……相変わらずン!、ええいでかい!! 邪魔だあぁ!!】

 アルテスがフェルシェルの豊かなものをボインボインと持ち上げる。

【も~~やめてよ~~アルテスちゃん~~】

【窒息するんだよ!】

 確かにアルテスより背の高いフェルシェルが抱きつくと見事に顔が埋まる高さになる。
 と、いうかフェルシェルは包容の神の名に恥じず背が高い。

【ユキムラ、新たな女神の解放ありがとう。あなた達なら試練を乗り越えてくれると思っていました。
 フェルシェル、貴方の力をクロノスの時計に注いでもらえますか?】

【クロノスちゃんいるの~~!! きゃ~! 今日から抱っこして眠っちゃう~~!】

【止めなさい、また窒息死寸前のクロノスを助けるのは誰だと思ってるの!】

【え~~~】

【いいから早く!】

 それからフェルシェルは自らの力をタロの首に下げたクロノスの時計に注ぎ込む。

【ユキムラ、気がついたと思うけど最後の一撃、あの【穢れ】の集団の速度に追いつく力、これでパーティ全員が発揮できます。
 【穢れ】の浄化はまだわかりませんが、あなた方の方法でなんとか滅せるので、なんとか頑張ってください】

 それからいくつかの注意点などを教えてもらったり、現状の情報交換を行う。
 アルテスもだいぶ楽になってきてユキムラ達には感謝しているそうだ。

【貴方が助けてくれたユキムラ君ね、これあげる~】

 胸の間から一つの石を取り出して手渡してくる。

「これは……転移石ワープストーン!」

【そう~よく知ってるね~。
 今は無理だけど、世界が繋がったらそれで皆移動できるからね~】

 VOでも存在する転移石、一度行った街なら一瞬で移動できる。転移門もいらない。
 パーティメンバーも移動できる優れものだ。

【今はクロノスの力で世界はこの大陸だけで閉じられているから、この時間を遡る一連の旅が終われば使えるわよ】

 アルテスが補足説明をしてくれる。

【さて、フェルシェル。皆が待ってるから行きましょう】

【は~~い】

【行っちゃうのか? フェルちゃん……】

 もの凄く寂しそうに風龍がわかりやすく落ち込んでいる。

【貴方もどうぞ、女神の使者として歓迎しますよ風龍シルフェニア、貴方のお陰でフェルシェルも守られました】

 風龍の顔がみるみる明るくなりフェルシェルの首に巻き付く。

【そしたらユキムラ、次のダンジョンでも期待してますよ】

 いつものように女神たちは光りに包まれて消えていく。
 停止した時間が動き出し、突然目の前からフェルシェルが消えたことに驚くリンガーに説明をすることになる。
 また女神の仲間を一人取り戻せたのだった。

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