老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

127話 帰還

 サイレンは酒が抜けるとユキムラとの再戦を希望した。
 屋敷の中庭で模擬戦は執り行われる。

「あの薬は凄いな、予備に持っておきたいくらいだ。
 さてと、鈍ってないといいがな……よろしくお願いする」

 両手剣を携え礼をするサイレン。以前よりも気合が入っていることがユキムラにも伝わる。

「こちらこそお願いします」

 ユキムラは片手剣。腰に携え礼を返す。

「はじめ!」

 ソーカが声をかける。
 以前とは異なりサイレンが突っ込む。

「フンっ!!」

 巨大な両手剣が恐るべき速度で空を唸らせてユキムラに迫る。

(これで牽制か……)

 ユキムラは舌を巻く。カウンターは合わせられない。
 もちろんまともにガードしても上手くない、丁寧にクリティカルガードを繰り返す。
 片手剣に弾かれる両手剣。しかしサイレンに動揺はない。
 ユキムラを自分よりはるか格上だと理解している。
 サイレンは弾かれた勢いを消すことなく次の一撃へとスピードを乗せていく、恐ろしい斬撃が加速していく。
 ユキムラもついけんに回って受け始めてしまったがこれは悪手だった。
 大きく距離を取る隙は与えてくれない、かといってカウンターを入れる隙もない。
 ジリジリと受けながらも後退することになる。
 この嵐のような攻撃がずっと続きはしない、どこかで必ず大きな攻撃が来る。

「ぶはぁ!」

 その時さすがの連続攻撃にも限界がある。サイレンが大きく呼吸する。
 嵐が途切れる。
 絶好のチャンスだ。
 しかし、ユキムラは距離を取るだけで攻めには転じなかった。

「バレてたか……」

「バレバレです」

 レックスや屋敷の使用人はなぜユキムラが攻撃に転じなかったか理解できなかった。
 白狼隊のメンバーはサイレンの意図を理解していた。

「やだやだ、化物揃いだな……迫真の演技だったと思ったんだがな」

「少し餌が美味しすぎですよ、もっと僅かな差だったほうが思わず食いついちゃったかもしれません」

「よく言うぜ、それも見切るんだろ。しゃーない、いざ参る!」

 その後サイレンの渾身の一振りをユキムラが見事にカウンターを合わせて模擬戦は幕を閉じる。

「いててて……容赦ねーな……」

「手を抜くなんて失礼なこと出来ないですよ」

「ああ、そのほうがスッキリする。よし! 決めた! 俺は冒険者に戻る!」

 突然のサイレンの発言にその場にいた全員が驚かされる。

「な、何言ってんだサイレン! ギルドはどうするんだ?」

「パックが戻ってきたらアイツに任せる。
 ガレオンさんにたっぷり絞ってもらっただろうし、一回りでかくなって帰ってくるだろう」

「ず、ずりーぞ! お前ばっか! くっそー! お前が行くなら俺もついてくからな!」

「何言ってんだ!? そんなの無理に決まってんだろ? 領主だろお前は?」

「お前だってギルドマスターだろうが、俺の仕事は、あれだ! カイツに押し付ける!」

 使用人たちも自分たちの主人が急にとんでもないことを言い出してオロオロしている。
 その後も二人は言い争っていたが、結局すぐには辞められないという常識的な結論になった。

「だが、諦めたわけじゃない。いつの日かまた旅に出る。それは決めた」

「抜け駆けするなよ?」

 そこには領主とギルドマスターではなく、過去の冒険者仲間の二人がいた。


 レックスやサイレンに送られてユキムラ達はジュナーの街を後にする。

 目指すはサナダ街。

 ジュナーサナダ間の道路は完璧に整備されている。
 現代日本と似たようなアスファルトによる舗装のされた道路だ。
 周囲との一体化のためかアスファルトは白く染色されている。
 緑の草原に真っ白な道がまっ平らにまっすぐ続いている。
 なかなか絵になっている。
 車を走らせると塩採掘場、現在は重油も少量産出されている。
 ちょっとでも採掘ポイントがあればいくらでも生み出せる。
 まさに生産系チートだ。
 以前は小規模な村だったが今では小さな町ぐらいに発展している。
 たくさんの商店が立ち並び人も行き交って活気にあふれている。
 ユキムラ達は自分たちが行くとちょっとした騒ぎになることを考慮して、遠目に確認して迂回して進んだ。

「現在塩採掘場も住人が約300人になっています。
 塩は各地に特に山間部方面へ多く輸出しています。
 沿岸部との交渉も済んでおり、価格面を抑える見返りに各種魔道具を格安で輸出しています」

 レンとソーカが街につくまでに現状をユキムラへと説明している。
 少しは治世者としての自覚が出てきたのか、ユキムラは真面目に聞いている。

「サナダ街も順調に発展してはいるのですが、人口の増加はそこまで急激には進んでおりません。
 各地からの流入も一つの落ち着きを見せています。
 ただ出生率は素晴らしい伸びをしており、ユキムラ様の指示の通り、出産に関わる費用は医療費も含めてすべて街が負担しています。
 出産一時金もでることもあってあと20年もすれば労働人口は跳ね上がると思います」

「食料自給率とのバランスは取れそう?」

「衣食住は問題ないです。教育面で不安はありましたが、ケラリス教国からの人的支援を受けられるようになり、そちらも解決できそうです」

「あんまり極端な宗教支配はこまるんだけどなぁ……」

「ケラリス教が信仰する女神は……その……我々は逢ってますからねぇ……
 いざとなれば女神様に託けていただければ、それこそケラリス教国をユキムラさんの物にすることも……」

「ストップソーカ、そういう危険な発想はやめよう。
 今まで通り、嫌がる人への無理矢理の布教だけ禁止の方向で」

「あら、もしかしてあれが街かしらぁ?」

 車を運転してくれたヴァリィがサナダ街城壁が見えてきたことを教えてくれた。
 ユキムラ、久々のサナダ街への帰還である。

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