老舗MMO(人生)が終わって俺の人生がはじまった件

穴の空いた靴下

20話 教育と洗脳

 柄にもなく教育についてユキムラは考えていた。
 成長した大人たちに教育するのは、言ってみれば集団生活におけるルールを改めて設定するようなものなのでそこまでの不安はない。
 問題は幼い子どもたちへの教育だ。
 基本的な読み書き、四則演算、生物知識や科学知識、周囲の地理、この国の歴史などはいいとして、問題は道徳的な授業だ。
 この教育は難しい、ユキムラは正義とか常識とか善意とかと言った言葉が嫌いだった。
 しかし同時に傲慢、高圧的、暴力そういったものはもっと嫌いだった。
 そこら辺を個人個人が自分自身で考えて自然と形づかれていく道徳心と言うものを大事にしたかった。

 ユキムラは引きこもり生活をしながらテレビやインターネットを通して、教育によって歪んだ日本を感じていた。
 外に出ないで他者と接していなかったせいで余計にはっきりと感じ取っていた。

 VOには日本だけでなく世界中の人々がいた。
 同時翻訳システムによってなんの問題もなく世界の人々とリアルタイムでチャットができる。
 リアルの人間関係がないユキムラにとってそれが対人関係の全てであった。
 そして外国の人にいつも聞かれる。
 なぜ日本人は謙虚を通り越して卑屈な人間が多いんだ? と。
 その原因は小さい頃から自分自身に徹底して自信を持たせないように、社会に逆らわないように目立たないように、揃った製品を作るかのような教育に有ると何度か議論になった。

 教育だけじゃない、報道やテレビやインターネットで流れる情報も、そういったバイアスがかけられており、半ば洗脳されている。そうユキムラは感じていた。
 黒幕が居て巨大な組織がなどという陰謀説に傾倒するつもりはないが、敗戦国である日本を徹底して敗者にしたい存在はあるのかもしれない。そう考えることは少なくなかった。

 少し思考の方向がそれてしまったなとユキムラは最初の問題にもどる。

 子供への道徳教育だ。

 一晩悩んでユキムラが出した答えはまとまりのないものだった。

 ・他人にされて嫌なことは他人にしない。他人からされて嬉しかったことを他人にしてあげよう。
 ・えばらない、謙虚に、だが自信を持って。
 ・自分の頭で考えて、自分の行動がどういう影響をまわりに与えるかを考えた上で行動すること。
 ・一人ひとりが集まってみんなになるということを忘れない。
 いくつかの箇条書きでその想いを書き連ねた。
 すべては村の人々に穏やかに過ごして欲しい、ただそれだけの思いだった。

 小さな子どもに完全に自分の考えを押し付けることはしない。
 これを頭の片隅にでも置いておいてほしいな、それくらいのものにしようとユキムラは思っていた。
 結局この教えは子々孫々までこの村の基本的な教えになっていく。

 教育部門を立ち上げたいことをガッシュへ伝えると、ガッシュが多忙を極めてはいるが是非これを仕切らせて欲しいと言ってくれた。人の親として教育という大事な問題に意欲が湧いたのだろう。
 その代わり政務に近いところは村長とその息子が中心で取り仕切ることになった。
 村長の息子は街で暮らしていたが戻ってきてくれていた。
 街で役所づとめをしていたので実直で真面目な男で、これから長きに渡り誠実に職務を全うすることになる。

 ユキムラはこの教育に関して考えたり調べている時に今更ながらな気がついた。
 話している言語、文献などで用いられているのが全て日本語だ!!
 ついついこの世界の楽しさに没頭してそんな異常な事に気がつくのが遅くなってしまった。
 まぁ、だからどうということはなかったんだが……

「ほんとに、ここはなんなんだろう……」

 この疑問は何度もユキムラを悩ませた。
 しかし、答えも出ないし日々やることは山積みだ。
 現実のヒデオだったら全てを放棄してゲームに打ち込んでいるだろう。
 しかし、すでにゲームの中だ。
 何故かゲームの中のユキムラはVOのなかでのユキムラのように勤勉で真面目だ。
 ヒデオの本質も勤勉で真面目で優しい男なのだ。
 不幸な出来事が重なり結果40年にもわたりMMOに頭のてっぺんから爪先まで浸かっただけなのだ。
 15歳までの時間を立派な父と母、素敵な友人に恵まれて培ったヒデオという人間は、ゲームの中ではあるが今再び本来歩むべき人生を取り戻していた。

 最初のきっかけは不幸が重なった、不運でしかなかった。
 ただ一度つまずくとなかなか立ち上がることは難しい。
 彼にはチャンスが今与えられている。
 そして彼自身の足で立ち上がり、そのチャンスへとつながる長い道を歩きだしているのであった。
 その歩みはどこまで続くのかわからないが、一歩でも踏み出せば、その分前に進んでいく。
 ユキムラの人生がどこに繋がるかは誰にもわからない。
 それでも彼は選んだ。
 一歩一歩前に進んでいくことを。

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