88の星座精鋭(メテオ・プラネット)

果実夢想

無力~優と劣の狭間で~

 放課後。
 本日の授業が全て終わり、俺はいつものように小春の待つ橙組へと向かう。

 「おーい、ハル」

 教室の外から小春の名を呼ぶと、すぐに俺のもとへ駆け寄ってくる。
 ネイサンの件があったから少し心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。
 見たところ外傷も精神的な問題もなさそうで安心だ。

「にぃ、体は大丈夫ですか?」

 こちらを見上げ、心配そうに訊ねてくる。
 ネイサンを相手にかなり苦戦してしまっているところを目の前で見ていた、数少ないうちの一人だからな。
 心優しい小春は、きっと俺のことが気がかりだったのだろう。
 もっと、自分のことも心配するべきだとは思うが。

「ありがとな、俺はもう全然大丈夫だ」

「そ、そうですか……よかったです」

 できるだけ心配させまいと頭を撫でながら笑顔で言うと、小春は若干頬を赤らめて微笑む。
 ネイサンのことは残念だったが、とにかく小春と三冬が無事でよかった。
 おそらく俺一人じゃ、こう上手くはいかなかっただろう。
 癪だけど、姉貴のおかげだと言える。癪だけど、感謝しないとな。癪だけど。

「ん……?」

 と、不意に。視界の端に映り込んだ人影に、俺は訝しむ。
 窓の外。校庭のベンチに、一人の女生徒が浮かない顔をして座っている。
 話したこと自体は少ないものの、俺と同じクラスに属している女子だ。
 少し気になってしまい、俺たちは校庭に向かう。
 すると、俺と小春が近づいてきていることに気づいたのか、少女はこちらを振り向く。

「……あ、吹雪。どうしたの?」

 彼女の名は――木染こぞめ神楽かぐら
 俺と同じ紅組の生徒で、確か俺と同様に〈十二星座〉の姉妹がいたはず。
 その人とは会ったことがないから、どんな人なのかは知らないけど。

「いや、ちょっと気になってな。何かあったのか?」

「んー……まあ、ね」

 ベンチの上で両脚を抱え、自分の膝辺りに顔を埋める木染。
 ちなみに、だが。女子の制服は一応スカートとなっており、そんな体勢をしていると当然あれが見えてしまいそうになる。
 というか、もう太ももは見えてしまっている。色々と目のやり場に困るからやめていただきたい。

「うち、妹がいるんよ。〈十二星座〉の、木染こぞめ神無かんな。たとえ会ったことはなくても、さすがに名前くらいは知ってるっしょ?」

「あ、知ってますっ。確か、最年少で〈十二星座〉に選ばれたとか……」

「あー、そうそう、それ」

 俺も、名前は聞いたことがある。
 そもそも、八十八人の中からかなりの実力者である者のみが〈十二星座〉になるわけで、それに選ばれた人が暫く話題になるのも仕方ないことだろう。
 もし、その選ばれた人が、まだ子供と言える年齢だったとしたら。
 名前が有名になるのも、当然のことだ。

「妹はね、うちより二つ年下で。この島に来たのは、うちと全く同じ日だった。一緒にいたときに星座に当たって、この島に来てからも授業とか鍛錬とか、あんまり大差のないことをしてきた……つもりだった」

 どこか翳りのある表情で、木染は自分と妹のことを話す。
 概ね、俺や小春と相違ない。兄妹姉妹であることも、星座に当たった日や島に来た日が同じであることも、ほとんど。
 ただ唯一違うのは、二人の間に生じた――圧倒的な力の差か。

「何でだろうね。うちと妹、何が違ったんだろうね。妹はどんどん成長して、どんどん強くなっていて、今では〈十二星座〉の中でも引けを取らないくらいになってるっぽいし。なのに、うちは。姉のくせに、全然だめで。妹に追いつくどころか、どんどん差が離れていってる気がして。そこに、劣等感を覚えずにはいられないっていうか、もう、ほんとどうしようかなー……って考えてたところなんよ」

 気持ちは、痛いほど分かる。
 鏡を見ているかのように、共感してしまった。
 俺は木染の隣に腰を下ろし、口を開く。

「俺にも〈十二星座〉の姉貴がいるから、よく分かるよ。無意識のうちに比べてしまって、自分が情けなくなるんだよな」

「はは、そっか。そうだね」

 木染には、〈十二星座〉の妹。
 俺と小春には、〈十二星座〉の姉。
 多少の差異はあれど、俺たちは似た者同士と言っても過言ではなかった。

「あ、あの……どういう能力なんですか?」

「んー? うちの能力?」

「はい、そうです。実は、わたしもあまり強い能力じゃないので。にぃとかねぇの能力と比べて、もっと強い能力だったらなぁ……って思うこともありましたし」

 俺からしてみれば小春も結構いい能力を持っていると思うのだが、どうやら本人は自分の能力が少し不服だったらしい。
 自分が今持っているものに満足できず、相手のものを羨む。
 これこそが、まさにないものねだりってやつなのかもな。

「あー、なるほどね……。でも、うちの能力なんか、しょーもないよ? 使いどころに困るし、ちょー不便だし」

「そうなんですか?」

「ん。それに、可哀想だしね……って、あ」

 と、途中で木染が何かに気づいたかのように、視線を明後日の方へ向けた。
 訝り、俺も小春も木染の視線を追う――と。

 そこでは、一羽の鳥が地面を歩いていた。
 犬や猫などといった動物は空星島には存在しないけど、鳥なら本島のほうから飛んでくることも有り得るだろう。
 木染は、忍び足で近づく。
 やがて至近距離にまで到達したところでしゃがみ込み、そっと鳥に触れた。

「――〈小獅子座レオ・ミノル〉。“吹雪の頭の上に乗ってくれるかな”」

 その、言葉を聞いて。
 鳥は瞬時に目が赤く紅く染まり、空を飛ぶ。
 やがて俺の頭上まで来て、頭の上に乗った。

「これが、うちの能力――〈小獅子座レオ・ミノル〉なんよ。さっきやったみたいに、手で触れて命令を口にするだけで、その動物に言うことを聞かせることができんの。でも解除するときにも触れなくちゃいけないし、そもそもこの島には動物なんて全然いないし、その場にいない動物を召喚とかもできないし、人間には効かないし……ね、不便っしょ?」

 人間以外の動物を使役する能力か。
 確かに制約は多いようだが、本人がそこまで言うほど悪くないと思う。
 ライオンや虎など強い動物を使役すれば、かなり戦いにも役立つだろう。
 とはいえ空星島にはいないから、あまり意味はないのかもしれないけど。

「す、すごいじゃないですかっ! むしろ羨ましいくらいです」

「え? そ、そう?」

 瞳を輝かせて賛美する小春に、木染は照れたように頬を朱に染めた。
 自分の能力に満足していないようだから、まさか褒められるとは思わなかったのだろう。
 木染は俺のもとまで歩み寄り、背伸びをして鳥に触れ、再び能力名を口にして解除する。
 すると、鳥は羽を広げ、海の彼方へと飛び去っていく。

 それから、一言二言言葉を交わし。
 俺たちは別れ、寮へと戻った。

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