88の星座精鋭(メテオ・プラネット)
惨状~再び訪れた事件~
――ネイサンが牢獄に捕まった、翌日の朝。
俺は、久しぶりに誰にも起こされず、一人で起床を果たした。
時計で時間を確認すると、もうすぐで八時だった。
今までにも、姉貴が起こしに来なかったことはある。
しかも、ネイサンがあんな事件を起こしたばかりなんだ。〈十二星座〉の姉貴が、忙しくなってしまってもおかしくはない。
だから大して気にも留めず、起き上がって制服に着替える。
そして適当に朝食を済まして、俺は本校舎のある学園へと向かった。
これから生じる異変のことなど、一切考えずに。
§
「……あれ? 今日は、あんた一人なのね」
紅組の教室に入ると、紅葉が訝しみながら訊いてきた。
別に初めてではないのに、姉貴と一緒に来るというイメージがついてしまっているのだろうか。遺憾なり。
「ああ、今日は来なかった。多分ネイサンのことで忙しいんだと思う」
「そっか……あんなことがあったんだもんね。あんたは大丈夫なの?」
大丈夫――というのは、戦闘によって負ってしまった怪我のことか。それとも、友人が犯人だったことによる、精神的なものか。
おそらく、両方だろう。
「大丈夫だ。そこまで重傷でもなかったし、な」
「そうなの? それなら、いいんだけど」
本当は体中に針を刺され、かなりの出血量だったのだが……無駄に心配させる必要もない。
その場におらず、俺の怪我を実際には見ていない紅葉は、俺の言葉を信じてくれた。
やがて、授業が始まるチャイムの音が鳴り響き、生徒たちは全員自分の席につく。
しかし――担当である姉貴が、未だに教室に来ていない。
いや、姉貴だけではない。
紅組に属している〈十二星座〉が、二人もこの場にいなかった。
クラスの数は四つ。〈十二星座〉のメンバーは十二人。つまり、各クラスに〈十二星座〉のメンバーが三人ずつ割り当てられている。
その〈十二星座〉が、三人中二人も教室に来ていないなんてことは、今日が初めてのことだった。
当然、生徒たちに蝉騒が広まっていく。
何故だかは分からないが、妙に嫌な予感がした。
姉貴も含む〈十二星座〉が、複数集まること自体、滅多にない。
それはつまり、何かしらの事件があったということではないだろうか。
ネイサンの件より、もっと危険な、何かが――。
「静かに。僕が説明するよ」
――と。
ざわめく生徒たちに言い放ち、一人の男が前に出た。
紅組に所属している〈十二星座〉は、今三人中二人がいないわけだが……この男は、残りの一人である。
ブルーノ・アクセル。
ドイツ人の能力者で、確か〈双子座〉を司っていたはずだ。
「ほとんどの〈十二星座〉は今、大事な用があって学園に来ていない。各クラスに一人ずつ〈十二星座〉を残し、他の八人は別の用事があるんだよ。だから、今日は晩夏さんの代わりに僕が君たちの授業を見るよ」
〈十二星座〉がいないのは、紅組だけではなかったのか。
八人も集まるなんて、一体どんな用事だというのだろう。
その中には、もちろん姉貴も含まれているわけで。
俺の中にある嫌な予感が、ますます膨らんでいく。
「……あ、そうだ。吹雪くん、晩夏さんが呼んでいたよ」
ふと、ブルーノが俺に言ってくる。
「え? 姉貴が?」
「ああ。今頃は牢獄にいるはずだから、行ってきてあげたらどうかな?」
「……分かった」
どうして、姉貴が牢獄なんかにいるのか。
どういった理由で、俺を呼んでいるのか。
気になることは沢山あったけど、それは本人に直接訊こうと思い、俺は席を立つ。
そして校舎から出て、牢獄へと向かう。
一度だけ姉貴と行ったことがあるから、なんとか道は覚えている。
牢獄に到着すると、地下へと続く階段の前に姉貴が立っていた。
「来たか、吹雪。お前に訊きたいことがある」
開口一番に、そんなことを言ってきた。
とても真剣な表情だ。
その面持ちは、今から話すのがいかに深刻な内容なのかを呈している。
「お前は一応、当事者だしな。本当は見せないほうがいいのかもしんねえけど、お前は特別だろ。ついて来い」
そう言って、階段を下りていく姉貴。
何のことか全く分からないが、訝しみながらも俺はついて行く。
前来たときと同じように椅子にテレサさんが座っていたけど、今回は寝ていなかった。
だから、俺たちの姿に気づくと、声をかけてくる。
「あれ、どうしたの~?」
「あれを、こいつに見せようと思ったんだよ。吹雪だって、知っておくべきだろ」
「そっか~。吹雪くん、気を落とさないようにね~?」
「え? あ、はい」
気を落とさないように、などとテレサさんに言われても、俺は意味が分からずにそんな素っ頓狂な返事を返すのみ。
さっきから何の話をしているのか、さっぱり分からない。
「こっちだ、吹雪」
姉貴は、俺を導きながら歩を進める。
次々と通り過ぎていく牢屋の中には、誰もいない。
当然だ、この島に悪人はネイサンしかいないのだから。
姉貴の足は、どんどん奥へ向かっていく。
奥へ――ネイサンが捕まっているはずの、牢屋へと。
もしかして、姉貴はネイサンに会いに行くのだろうか。だけど、俺に訊きたいことがあるっていうのと、どう繋がりがあるのかが甚だ疑問だった。
そんなことを考えているうちに、俺と姉貴は一番奥までやって来て。
ネイサンが捕まっている、右側の牢屋を見る――と。
「え……?」
そこにあったのは――大量に広がる赤だった。
真っ赤な血が、牢屋内の壁や床を赤黒く染めている。
更に、人の形にも見える肉塊が、壁にもたれ掛かるようにして転がっていた。
まさに、殺人現場といった様相だった。
それも、かなり凄惨で残酷な。
「な、なん、だ、これ……」
なんとか絞り出せた声は、たったそれだけだった。
ここで何が行われたのか薄々察しつつも、それを想像したくなくて。
だけど、それでも目の前の光景が如実に現実を突きつけてくる。
そんな俺に、姉貴は淡々と告げた。
「ここに捕まっていた、ネイサン・マティスは――何者かに、殺害された。正体不明の、誰かにな」
殺害された。しかも、こんな酷い惨状になるほどに。
どうしてこうなってしまったのか、俺には到底分かるわけもなかった。
「誰が、こんなこと……」
「さあな、見当もつかねえ。私以外の〈十二星座〉も調査はしているが、手がかりが見つかるかどうか定かじゃねえし」
そうか、〈十二星座〉の人たちが学園に来ていないのは、調査中だからだったのか。
この島で、この牢獄で――事件が起きた。
それはつまり、犯人は当然この島の住人ということになる。
俺の、知り合いかもしれないのだ。ネイサンのときのように、親しくしている人が犯人かもしれないのだ。
俺だって、そんなこと思いたくもないけど。
「だから、お前に聞きたい。小春が拉致されたとき、またはマティスと戦っているとき、何か変わったことはあったか?」
どうやら、それが俺を呼んだ理由らしい。
姉貴は外に調査しに行くのではなく、俺から情報を貰おうとしているのだろう。
妹を拉致され、それでネイサンと戦闘しただけの俺が当事者といえるのかは疑問だが。
「変わったことって言ってもな……。いつもみたいにハルや三冬と話してたら、急にハルが消えちまったんだよ」
当時のことを思い出しながら、姉貴に話す。
あれは、本当に唐突だった。予測など、できるわけもなかった。
「ちょっと待て。消えたって、どういうことだ」
「言葉の通りだよ。何の前触れもなく、いきなりハルの姿が消えたんだ」
「…………」
俺の言葉を聞いて、姉貴は若干俯き気味になって何事かを考え込む。
「……おかしい」
やがて発せられたのは、そんな一言だった。
怪訝に思っていると、姉貴は更に続く。
「ネイサン・マティスの能力は、物体を縮小させるというものだった。対象の姿を消す能力や、物体を転移させる能力なんて持っていなかったはずだ」
言われて、はたと気づく。
確かに、姉貴の言ったことは一理ある。
そもそも、ネイサンはどうやって小春を拉致したのか。
どうやって、小春の姿を消したのか。
ネイサンの能力では、おそらく不可能だろう。
それは、つまり――。
「やっぱり、私の推測は正しかったみたいだな。間違いなく、マティスには仲間がいた。そいつの能力で、小春を拉致したんだろ。んで、多分だが――マティスを殺ったのも、おそらくそいつだ」
「な、何でだ? 仲間だったんだろ?」
「さあな。用済みだったんじゃねえのか」
「そんな……」
悲しかった。ネイサンに共感はできないけど、それでも死ぬ必要なんかなかったはずだ。しかも、用済みなんて、あまりにも酷すぎる。
腹が立った。おそらく、小春を拉致するように命令したのも、その人なのだろう。それなのに、利用するだけ利用して、用が済んだら命を奪うなんて。
正体はまだ分からないが、そんな人は明らかに――正真正銘の、悪人だ。
ネイサンよりも、遥かに。
「姉さん、そんな能力を持ってる人っているか? 物体を転移したりできるような、さ」
「いるにはいるが……私だって、詳しいわけじゃない。それに、一人じゃねえしな」
一応いるのか。しかも複数人も。
だとしたら、その中の誰かが犯人だという可能性もあるわけか。
「言っとくが、吹雪。敵だって、一人や二人だけとは限らない。もっと大勢のやつらが協力してやがるかもしんないんだ。つっても、そんなこと考えたくもないけどな」
確かに、その通りではある。
小春を拉致した人物と、ネイサンを殺害した人物が別人かもしれない。
でも、そこまでいちいち考えていたらキリがないだろう。
容疑者が八十人以上だなんて、さすがに御免だ。疑ってばかりもいられないし。
「気をつけろよ、吹雪」
不意に、姉貴が神妙な様子で告げる。
「誰なのかは分かんねえけど、お前を狙っている可能性が高い。小春が拉致されたときのことを思い出してみろ。マティスは、お前を呼び出したんだろ。お前の能力を知るために」
ネイサンは小春を拉致し、そして一枚の紙によって俺をトレーニングルームへと呼び出した。
それは、俺の能力に関する資料が、資料室に存在しなかったから。
だから俺の能力を知るために、そうしたんだ。
だけど、それは俺だけを狙っているわけではないだろう。
何故なら、あいつは言っていた。
最強になる――と。
他の能力の詳細を全て知り尽くした上で全員を殺し、自分が一番強くなる――と。
つまりネイサンは俺だけでなく、ここで暮らしている能力者全員を狙うつもりだったのだろう。
ただ、俺が他のみんなよりも早かったというだけ。
「別に、俺だけを狙ってるわけじゃないと思うぞ。俺ら能力者を全員殺すって、言ってたんだから」
「それ、マティスが言ってたのか?」
「あ、ああ、そうだけど」
姉貴の問いに、俺は頷く。
そもそも、俺一人を狙うメリットなどないだろう。
そう、思ったのだが。
「ネイサン・マティスの目的と、そいつらの目的が違うかもしんねえだろ。ただでさえ、お前の能力は強力なんだ。狙われたって、おかしいことじゃねえはずだ」
俺の能力が強力だというのには納得せざるを得ないけど、一体目的は何なのだろう。
ネイサンと同じように、強くなりたいからなのか。
それとも、姉貴の言うように、また別の理由があるのか。
俺には皆目見当もつかないが、よからぬことを企んでいるのは容易に想像できた。
「ま、つってもただの推測に過ぎねえけどな。今、んなことを考えてたって、どうしようもねえ。私の用は以上だ、わざわざ悪かったな」
言って、姉貴は踵を返す。
牢獄から出ていこうとする姉貴の背中に向かって、俺は問いかける。
「姉貴は、どうすんだ?」
すると、姉貴はその場に立ち止まり、こちらを振り向くこともせずに答えてくる。
「あ? 決まってんだろ。私っつーか、〈十二星座〉全員の見解だ。学園長は、私たち能力者をまるで正義のヒーローみてえに、善の象徴として育成しようとしている。だから、平気でこんな惨い殺人を犯すような奴を、放っておけるわけもない。だから――」
そして、言い放つ。
肩越しに、こちらを振り向いて。
睨んでいるかのように、鋭い眼光で。
「――私たち〈十二星座〉が全力で正体を暴き、懲らしめてやるんだよ」
その声は――いつもよりも暗く、冷たく、どこか憎悪を孕んでいるような感じがした。
今まで見たことがない姉貴の顔に、俺は遠のいていく彼女の背中を見つめたまま立ち尽くしてしまっていた――。
俺は、久しぶりに誰にも起こされず、一人で起床を果たした。
時計で時間を確認すると、もうすぐで八時だった。
今までにも、姉貴が起こしに来なかったことはある。
しかも、ネイサンがあんな事件を起こしたばかりなんだ。〈十二星座〉の姉貴が、忙しくなってしまってもおかしくはない。
だから大して気にも留めず、起き上がって制服に着替える。
そして適当に朝食を済まして、俺は本校舎のある学園へと向かった。
これから生じる異変のことなど、一切考えずに。
§
「……あれ? 今日は、あんた一人なのね」
紅組の教室に入ると、紅葉が訝しみながら訊いてきた。
別に初めてではないのに、姉貴と一緒に来るというイメージがついてしまっているのだろうか。遺憾なり。
「ああ、今日は来なかった。多分ネイサンのことで忙しいんだと思う」
「そっか……あんなことがあったんだもんね。あんたは大丈夫なの?」
大丈夫――というのは、戦闘によって負ってしまった怪我のことか。それとも、友人が犯人だったことによる、精神的なものか。
おそらく、両方だろう。
「大丈夫だ。そこまで重傷でもなかったし、な」
「そうなの? それなら、いいんだけど」
本当は体中に針を刺され、かなりの出血量だったのだが……無駄に心配させる必要もない。
その場におらず、俺の怪我を実際には見ていない紅葉は、俺の言葉を信じてくれた。
やがて、授業が始まるチャイムの音が鳴り響き、生徒たちは全員自分の席につく。
しかし――担当である姉貴が、未だに教室に来ていない。
いや、姉貴だけではない。
紅組に属している〈十二星座〉が、二人もこの場にいなかった。
クラスの数は四つ。〈十二星座〉のメンバーは十二人。つまり、各クラスに〈十二星座〉のメンバーが三人ずつ割り当てられている。
その〈十二星座〉が、三人中二人も教室に来ていないなんてことは、今日が初めてのことだった。
当然、生徒たちに蝉騒が広まっていく。
何故だかは分からないが、妙に嫌な予感がした。
姉貴も含む〈十二星座〉が、複数集まること自体、滅多にない。
それはつまり、何かしらの事件があったということではないだろうか。
ネイサンの件より、もっと危険な、何かが――。
「静かに。僕が説明するよ」
――と。
ざわめく生徒たちに言い放ち、一人の男が前に出た。
紅組に所属している〈十二星座〉は、今三人中二人がいないわけだが……この男は、残りの一人である。
ブルーノ・アクセル。
ドイツ人の能力者で、確か〈双子座〉を司っていたはずだ。
「ほとんどの〈十二星座〉は今、大事な用があって学園に来ていない。各クラスに一人ずつ〈十二星座〉を残し、他の八人は別の用事があるんだよ。だから、今日は晩夏さんの代わりに僕が君たちの授業を見るよ」
〈十二星座〉がいないのは、紅組だけではなかったのか。
八人も集まるなんて、一体どんな用事だというのだろう。
その中には、もちろん姉貴も含まれているわけで。
俺の中にある嫌な予感が、ますます膨らんでいく。
「……あ、そうだ。吹雪くん、晩夏さんが呼んでいたよ」
ふと、ブルーノが俺に言ってくる。
「え? 姉貴が?」
「ああ。今頃は牢獄にいるはずだから、行ってきてあげたらどうかな?」
「……分かった」
どうして、姉貴が牢獄なんかにいるのか。
どういった理由で、俺を呼んでいるのか。
気になることは沢山あったけど、それは本人に直接訊こうと思い、俺は席を立つ。
そして校舎から出て、牢獄へと向かう。
一度だけ姉貴と行ったことがあるから、なんとか道は覚えている。
牢獄に到着すると、地下へと続く階段の前に姉貴が立っていた。
「来たか、吹雪。お前に訊きたいことがある」
開口一番に、そんなことを言ってきた。
とても真剣な表情だ。
その面持ちは、今から話すのがいかに深刻な内容なのかを呈している。
「お前は一応、当事者だしな。本当は見せないほうがいいのかもしんねえけど、お前は特別だろ。ついて来い」
そう言って、階段を下りていく姉貴。
何のことか全く分からないが、訝しみながらも俺はついて行く。
前来たときと同じように椅子にテレサさんが座っていたけど、今回は寝ていなかった。
だから、俺たちの姿に気づくと、声をかけてくる。
「あれ、どうしたの~?」
「あれを、こいつに見せようと思ったんだよ。吹雪だって、知っておくべきだろ」
「そっか~。吹雪くん、気を落とさないようにね~?」
「え? あ、はい」
気を落とさないように、などとテレサさんに言われても、俺は意味が分からずにそんな素っ頓狂な返事を返すのみ。
さっきから何の話をしているのか、さっぱり分からない。
「こっちだ、吹雪」
姉貴は、俺を導きながら歩を進める。
次々と通り過ぎていく牢屋の中には、誰もいない。
当然だ、この島に悪人はネイサンしかいないのだから。
姉貴の足は、どんどん奥へ向かっていく。
奥へ――ネイサンが捕まっているはずの、牢屋へと。
もしかして、姉貴はネイサンに会いに行くのだろうか。だけど、俺に訊きたいことがあるっていうのと、どう繋がりがあるのかが甚だ疑問だった。
そんなことを考えているうちに、俺と姉貴は一番奥までやって来て。
ネイサンが捕まっている、右側の牢屋を見る――と。
「え……?」
そこにあったのは――大量に広がる赤だった。
真っ赤な血が、牢屋内の壁や床を赤黒く染めている。
更に、人の形にも見える肉塊が、壁にもたれ掛かるようにして転がっていた。
まさに、殺人現場といった様相だった。
それも、かなり凄惨で残酷な。
「な、なん、だ、これ……」
なんとか絞り出せた声は、たったそれだけだった。
ここで何が行われたのか薄々察しつつも、それを想像したくなくて。
だけど、それでも目の前の光景が如実に現実を突きつけてくる。
そんな俺に、姉貴は淡々と告げた。
「ここに捕まっていた、ネイサン・マティスは――何者かに、殺害された。正体不明の、誰かにな」
殺害された。しかも、こんな酷い惨状になるほどに。
どうしてこうなってしまったのか、俺には到底分かるわけもなかった。
「誰が、こんなこと……」
「さあな、見当もつかねえ。私以外の〈十二星座〉も調査はしているが、手がかりが見つかるかどうか定かじゃねえし」
そうか、〈十二星座〉の人たちが学園に来ていないのは、調査中だからだったのか。
この島で、この牢獄で――事件が起きた。
それはつまり、犯人は当然この島の住人ということになる。
俺の、知り合いかもしれないのだ。ネイサンのときのように、親しくしている人が犯人かもしれないのだ。
俺だって、そんなこと思いたくもないけど。
「だから、お前に聞きたい。小春が拉致されたとき、またはマティスと戦っているとき、何か変わったことはあったか?」
どうやら、それが俺を呼んだ理由らしい。
姉貴は外に調査しに行くのではなく、俺から情報を貰おうとしているのだろう。
妹を拉致され、それでネイサンと戦闘しただけの俺が当事者といえるのかは疑問だが。
「変わったことって言ってもな……。いつもみたいにハルや三冬と話してたら、急にハルが消えちまったんだよ」
当時のことを思い出しながら、姉貴に話す。
あれは、本当に唐突だった。予測など、できるわけもなかった。
「ちょっと待て。消えたって、どういうことだ」
「言葉の通りだよ。何の前触れもなく、いきなりハルの姿が消えたんだ」
「…………」
俺の言葉を聞いて、姉貴は若干俯き気味になって何事かを考え込む。
「……おかしい」
やがて発せられたのは、そんな一言だった。
怪訝に思っていると、姉貴は更に続く。
「ネイサン・マティスの能力は、物体を縮小させるというものだった。対象の姿を消す能力や、物体を転移させる能力なんて持っていなかったはずだ」
言われて、はたと気づく。
確かに、姉貴の言ったことは一理ある。
そもそも、ネイサンはどうやって小春を拉致したのか。
どうやって、小春の姿を消したのか。
ネイサンの能力では、おそらく不可能だろう。
それは、つまり――。
「やっぱり、私の推測は正しかったみたいだな。間違いなく、マティスには仲間がいた。そいつの能力で、小春を拉致したんだろ。んで、多分だが――マティスを殺ったのも、おそらくそいつだ」
「な、何でだ? 仲間だったんだろ?」
「さあな。用済みだったんじゃねえのか」
「そんな……」
悲しかった。ネイサンに共感はできないけど、それでも死ぬ必要なんかなかったはずだ。しかも、用済みなんて、あまりにも酷すぎる。
腹が立った。おそらく、小春を拉致するように命令したのも、その人なのだろう。それなのに、利用するだけ利用して、用が済んだら命を奪うなんて。
正体はまだ分からないが、そんな人は明らかに――正真正銘の、悪人だ。
ネイサンよりも、遥かに。
「姉さん、そんな能力を持ってる人っているか? 物体を転移したりできるような、さ」
「いるにはいるが……私だって、詳しいわけじゃない。それに、一人じゃねえしな」
一応いるのか。しかも複数人も。
だとしたら、その中の誰かが犯人だという可能性もあるわけか。
「言っとくが、吹雪。敵だって、一人や二人だけとは限らない。もっと大勢のやつらが協力してやがるかもしんないんだ。つっても、そんなこと考えたくもないけどな」
確かに、その通りではある。
小春を拉致した人物と、ネイサンを殺害した人物が別人かもしれない。
でも、そこまでいちいち考えていたらキリがないだろう。
容疑者が八十人以上だなんて、さすがに御免だ。疑ってばかりもいられないし。
「気をつけろよ、吹雪」
不意に、姉貴が神妙な様子で告げる。
「誰なのかは分かんねえけど、お前を狙っている可能性が高い。小春が拉致されたときのことを思い出してみろ。マティスは、お前を呼び出したんだろ。お前の能力を知るために」
ネイサンは小春を拉致し、そして一枚の紙によって俺をトレーニングルームへと呼び出した。
それは、俺の能力に関する資料が、資料室に存在しなかったから。
だから俺の能力を知るために、そうしたんだ。
だけど、それは俺だけを狙っているわけではないだろう。
何故なら、あいつは言っていた。
最強になる――と。
他の能力の詳細を全て知り尽くした上で全員を殺し、自分が一番強くなる――と。
つまりネイサンは俺だけでなく、ここで暮らしている能力者全員を狙うつもりだったのだろう。
ただ、俺が他のみんなよりも早かったというだけ。
「別に、俺だけを狙ってるわけじゃないと思うぞ。俺ら能力者を全員殺すって、言ってたんだから」
「それ、マティスが言ってたのか?」
「あ、ああ、そうだけど」
姉貴の問いに、俺は頷く。
そもそも、俺一人を狙うメリットなどないだろう。
そう、思ったのだが。
「ネイサン・マティスの目的と、そいつらの目的が違うかもしんねえだろ。ただでさえ、お前の能力は強力なんだ。狙われたって、おかしいことじゃねえはずだ」
俺の能力が強力だというのには納得せざるを得ないけど、一体目的は何なのだろう。
ネイサンと同じように、強くなりたいからなのか。
それとも、姉貴の言うように、また別の理由があるのか。
俺には皆目見当もつかないが、よからぬことを企んでいるのは容易に想像できた。
「ま、つってもただの推測に過ぎねえけどな。今、んなことを考えてたって、どうしようもねえ。私の用は以上だ、わざわざ悪かったな」
言って、姉貴は踵を返す。
牢獄から出ていこうとする姉貴の背中に向かって、俺は問いかける。
「姉貴は、どうすんだ?」
すると、姉貴はその場に立ち止まり、こちらを振り向くこともせずに答えてくる。
「あ? 決まってんだろ。私っつーか、〈十二星座〉全員の見解だ。学園長は、私たち能力者をまるで正義のヒーローみてえに、善の象徴として育成しようとしている。だから、平気でこんな惨い殺人を犯すような奴を、放っておけるわけもない。だから――」
そして、言い放つ。
肩越しに、こちらを振り向いて。
睨んでいるかのように、鋭い眼光で。
「――私たち〈十二星座〉が全力で正体を暴き、懲らしめてやるんだよ」
その声は――いつもよりも暗く、冷たく、どこか憎悪を孕んでいるような感じがした。
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