88の星座精鋭(メテオ・プラネット)

果実夢想

流血~加害者に制裁を~

「――〈蛇遣い座オフィウクス〉ッ!!」

 その言葉を叫んだ途端、全身から血が沸き上がってくるような感じがした。
 いける……この感覚だ。
 何とか、俺も自分の能力を発動することができたのだ。

「……? 何も、変わったところはないみたいだけど?」

 ネイサンが、怪訝そうに言う。
 無理もない。この能力は、見ただけでは通常と何も違わないのだから。

 だけど、すぐに分かるだろう。
 この能力を発動したことによる、決定的な違いというものが。

「……ネイサン。お前の能力は物体を縮小するものみたいだけど、攻撃する方法はないのかよ?」

「何言ってるんだい。そんなもの、あるに決まってるだろう?」

「だったら――してこいよ。どっからでもいいからさ」

 俺の、ネイサンを煽る発言。

 もちろん、ただの挑発ではない。
 ネイサンの攻撃を避けられる自信が、俺にはある。
 そしてそれを、彼は知らない。

「……ッ! いいよ、後悔しても知らないからねッ!」

 ネイサンはそう言うと、ポケットから何かを取り出す。
 あれは……何だ。俺の場所からだと、遠くてよく見えない。

 訝しんでいると、ネイサンは俺に向かってそれを投げた。
 何なのかは分からないが、攻撃であることに相違はないだろう。
 それなら、当然みすみす食らうつもりはない。

 だから、俺は――

「……なッ!?」

 ネイサンの顔が、驚愕に歪む。
 ただ避けただけでは、ネイサンはここまで驚きはしないだろう。
 でも俺の場合は、ただ避けただけではない。

 おそらくネイサンの視界だと、俺が消えたように見えたはずだ。
 単に、サイドステップをして躱しただけなのにも拘らず。
 俺の、能力によって。

「……なるほど、針か。でも、そんな避けやすい攻撃じゃだめだと思うぞ?」

 ネイサンが投げた針が刺さった壁を見て、俺は余裕綽々と告げる。

 俺の能力――〈蛇遣い座オフィウクス〉は。
 出血量が多ければ多いほど、身体能力が向上していくというもの。
 つまり、能力を発動するには必ず血を流さなければいけないわけで。

 そうなると、やっぱり痛いのだ。
 だから、俺はできれば能力なんか使いたくはなかった。
 こんな状況にさえ、ならなければ。

「ほら、どんどん来いよ」

「くっ……その余裕な態度がムカつくなあッ!」

 露骨に苛立っている様子で、手を前に振りかぶる――が。
 投げたものが見えないということは、その物体を縮小したことによって避けにくくしたのだろうか。

 だけど、そんなことをしたって無駄だ。
 何故なら――今度は、避けるつもりなど毛頭ないのだから。

「ぐっ……がは……ッ」

 投げてきたのは針一本だけではなかったらしく、俺の両肩と両脚、腹部などに数十本に至るほどの針が突き刺さった。
 予想以上に多くて、激痛が走る。当然、口からも体からも血が吹き出てしまっている。

 だけど、これでいい。
 俺は次々と押し寄せてくる痛みを必死に耐えながら、体に刺さった針を一本一本抜いていく。
 その際、傷口からも血が溢れてきた。

 俺は注射が嫌いなのだが、今のこの痛みは明らかに注射より何十倍も痛い。
 でも、耐えなければいけない。こんなところで、倒れるわけにはいかない。
 せめて、ネイサンを懲らしめるまでは。

「……どうして、避けない」

 体を自分の血で汚す俺を見て、ネイサンが不審がる。
 今のネイサンの攻撃は、躱そうと思えば簡単に躱せるものではあった。

 それでも、躱さなかったのは。
 発動中の能力を、今以上に強化するためだ。
 血を出せば出すほど、どんどん身体能力が向上していくのだから。

「ごめんな、ネイサン。ちょっと――手加減はできないかもしんない」

「えっ――?」

 ネイサンが、訝しんだ刹那――。
 俺は力強く床を蹴り、高速で彼に肉薄する。

 自分では普通に走ったつもりなのだが、俺はかなりの速度で身を動かしており――数瞬後には、ネイサンのすぐ目前にまで迫っていた。

「な、速……ッ」

 ネイサンが驚愕の声をあげるが、反応できた頃には時既に遅し。
 俺は、右手に拳を作り。
 高速で走った勢いに任せて、ネイサンの頬を力一杯殴り飛ばした。

「ぐぁ……ッ!」

 数メートルほどぶっ飛び、悲痛な悲鳴を漏らしながらネイサンは倒れる。
 いける。暫く使っていなかったとはいえ、なんとか扱えている。
 これなら――勝てる。

「……痛いじゃないか、吹雪。絶対に許さないよ」

 ネイサンは恨めしそうに言いながら立ち上がり、口元に付着した血を手の甲で拭う。
 さっきまでの様子だと、ネイサンの能力は物体を縮小して相手の攻撃を弱体化したり、攻撃を見えにくくしたりするもの。

 つまり、能力自体に攻撃方法はない。
 だからこそ、針などの道具を使うしかないのだろう。
 だったら、道具を取り出すような隙を与えなければいい。
 俺の〈蛇遣い座オフィウクス〉なら、それができる。

「何が、絶対に許さない、だよ。小春を拉致して、三冬のことも傷つけて……。俺は、絶対にお前を許せねえよ」

 こんな戦いを、長引かせるつもりはない。
 ここには、小春も三冬もいる。
 二人に俺たちの醜い争いなどあまり見せたくはないし、もう一度、今までの平穏を取り戻すために――。

 俺は、ネイサンに向かって駆け出した。
 そして――。

「……! ぐ、ぅ、がぁ……ッ!?」

 頬と腹部を殴打し、そのあとで間髪入れずに回し蹴りをお見舞いすると、ネイサンは軽く吹っ飛んでいく。

 俺の能力は、とても派手だとは言えない。
 だけど――いや、だからこそ。
 俺の〈蛇遣い座オフィウクス〉は強い。

 こんなやつに、負けるわけがないんだ。

「お前の力は、そんなもんか? ネイサン」

 あえて、相手を煽るようなことを言ってみる。
 今の出血量はそこまで多くないから、身体能力も少ししか上がっていない。

 それでも、ネイサンに勝つには充分すぎる。
 小春が無傷で済んでよかった。三冬も、重傷を負わずに済んでよかった。

 いや、それだけじゃない。
 ネイサンを放っておいたら、おそらく他の生徒たちにまで危害が及んでしまうだろう。

 だから、そうなる前に。
 俺が、今ここでネイサンをやっつける。

「はぁ……はぁ……今分かったよ、吹雪。君は強い。でもね、おいらのことをあんまり舐めないでほしいなあッ!」

 すると――ネイサンは両手をポケットに突っ込み、すぐに何かを取り出して投げてくる。

 ……さっきまでと同様の針だ。
 唯一違うのは、先ほどと比べて圧倒的に数が多いこと。
 ざっと見て、三十本以上はありそうだ。
 ネイサンのポケットの中には、一体どれだけの針が入ってるんだよ。

「……ッ」

 俺は躱すことなど一切考えず、瞼を閉じてその時が来るのを待つ。
 やがて――腕、脚、肩、腹……体の至るところに、鋭い痛みが走った。

 目を開ければ、体中に沢山の針が突き刺さっており、そこから赤い血が溢れていた。
 正直、物凄く痛い。

 小さいとはいえ、全身に幾つもの穴が開いてしまったのだ。
 もはや体の感覚が分からなくなってしまいそうなほど、体の神経が痛楚つうそに支配されている。

 でも、この痛みのおかげで。
 そして、この血のおかげで――俺は、今以上に強くなれる。

「……何で、避けないんだよ。おいらの攻撃なんか、避けるまでもないって言うのか!?」

 ネイサンは、俺の能力の詳細を知らない。
 そのため、俺が能力を発動するには自分の血が必要であるということも知らず、そんなことを叫んだ。

 たとえそうだったとしても、俺は律儀に能力の説明をしてやる気なんてない。
 さっきので、出血量はかなり増した。
 気を抜くと、すぐに倒れてしまいそうになるくらい痛むが……。

 今なら、もっと速く、もっと強力な一撃を与えられる。
 だから――俺は駆ける。
 そろそろ、終わらせるために。

「っ!?」

 自分でも驚くくらいの速度が出てしまったようで、一秒もかからずにネイサンの背後へと回り込む。
 そのことに気づき、ネイサンはすぐさま振り向いてくる――が。
 反応できた頃には、もう遅い。

「か、ぁ――ッ」

 拳骨で腹を突くように力一杯殴ると、ネイサンは口から唾を吐いて俺の腕にしなだれかかる。

 しまった……少しやりすぎたか。
 ネイサンは思っていたより、戦闘には長けていなかったらしい。
 今まで俺たちの日常はずっと平穏で、敵なんてものはなかったのだから当然と言えば当然だが。

 気を失ったネイサンを床に寝かせ、俺は三冬や小春のもとへ向かう――と。

「にぃ、後ろっ!」

 小春が、咄嗟に叫んだ。
 ネイサンに背を向けていた俺は、背後で何が行われようとしているのか知る由もなくて。

「え――?」

 そんな素っ頓狂な声をあげながら振り向いたときには、既に遅かった。
 そこには、こちらに掌を向けてニヤリと不敵な笑みを浮かべるネイサンが、床で寝転がっていた。

 いつの間に目を覚ましていたのか。いや、もしかしたら気を失ってすらいなかったのかもしれない。
 でも、俺の意識は、そんなことを気にしている余裕など疾うになかった。

「あ、あれ……?」

 周りにあるものが、全て徐々に大きくなっていく。
 床に倒れているネイサンも、少し離れたところで椅子に拘束されている小春も、その傍らで立っている三冬も。
 トレーニングルームの壁も、床の模様も、扉も。
 全ての景色が、大きく、増大し、拡大していく――。

 そこで、はたと気づいた。
 周りが大きくなっているのではない。
 俺が――小さくなっているのだ。
 ネイサンの〈顕微鏡座ミクロスコピウム〉によって。

「わぁー、お兄ちゃんすっごい小さい! 可愛いなぁー」

 何やら瞳を輝かせて、三冬が駆け寄ってくる。
 走るたびにドスンドスンしてるし、でかいから凄く怖いのだが……。

「そんなこと言ってる場合かっ! いいから助け――っ!?」

 と、言葉の途中で俺は固まってしまった。
 まずい。この状態は色々とまずいですよ。

 今更だが、空星学園の女子制服はスカートである。そして、今の俺はかなり小さくなっており、三冬は小さくなった俺を覗き込むように、両膝を立てて床に座っている。

 なので、当然――パンツが見えてしまっているのだ。

「……ん? どうかした?」

 しかも、本人は何も気づいていない。それが幸か不幸かは分からないけども。
 ちくしょう、何で縞パンなんだよ。二次元だけのものではなかったのか。

「な、何でもない! とにかく助けてくれ……」

「って言ってもなぁ……小春ちゃん、お兄ちゃんを元に戻せる?」

「い、いえ。わたしの能力では、無理だと思います。そもそも、この状態だと何もできませんし」

 小春は、未だに椅子に拘束されたままだ。
 三冬の能力は水龍を放つものだし、俺のは身体能力をあげるだけ。
 つまり、完全に手詰まりである。

 更に、それだけではなかった。
 唐突に、俺の視界が、ぐるぐると回る。

 何だ、これ。久しぶりに能力を使って、無茶をしてしまったからだろうか。
 倒れるわけにはいかない。今ここで俺が倒れてしまうと、三冬と小春が襲われてしまう。
 それなのに、俺の体に募っていた疲労が凄まじく。

「お兄ちゃんっ!?」

「にぃっ!」

 三冬と小春の、驚愕の叫び声を最後に。
 俺は――そこで、意識を手放してしまった。


 遠のいていく意識の中で、聞こえたような気がする。
 ゆっくりとした足音と。

「あとは、私に任せろ」

 そんな、頼りがいのある女性の声が。

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