88の星座精鋭(メテオ・プラネット)
葛藤~修羅場の果てに~
翌日の放課後。
俺は、授業が終わっても教室から出ずに自分の席で考え込んでいた。
もちろん、昨晩に姉貴から言われたことだ。
――ここから逃げて、一人で本土に帰るか。
――何が起こるか分からない空星島に滞在し続けるか。
俺にとっては、究極の二択だ。
できれば逃げたい。でもそれだと小春や姉貴たちと別れることになってしまう。
どうすればいいんだ、ちくしょう。
「にぃー、何してるんですかー?」
ふと、そんな声がしたほうを振り向くと。
教室の扉のところで、小春が立っていた。
考え事をしていたせいで、小春を待たせてしまったらしい。
俺は急いで小春のもとへ向かう。
「ごめん、待ったか?」
「待ったけど、大丈夫です。すごく待ちましたけど、全然気にしてません」
だめだ、めちゃくちゃ気にしている。拗ねたように唇を尖らせているのが可愛い。
「なにニヤニヤしてるんですか」
「うぇ!? い、いや、何でもない」
考えていたことが顔に出てしまったのか、小春に半眼で指摘された。
我が妹が可愛すぎて、つい口角が上がってしまったようだ。俺は悪くない。
何はともあれ、俺たちは肩を並べて廊下を歩く。
教室や廊下の光景、窓から見える空星島の景色、そして小春たちとの楽しい会話……。
俺が一人で本土に帰れば、それら全ては失われてしまう。
俺は、どうすればいいんだろう。
「……にぃ。どうしたんですか、難しい顔して」
不意に、小春が俺を見上げて問いかけてきた。
俺、そんなに考えていたことが表情に出やすいのだろうか。
「何か考え事ですか? わたしでよければ、何でも聞きますよ」
俺の妹は優しい。俺が悩んでいたりすると、いつでもこうやって話を聞いてくれる。
だけど、今回はそういうわけにはいかない。
小春に話せば、絶対に俺を本土に帰すべきだって言うに決まっている。
自分のことは全く構わずに、俺の安全を確保しようとするに決まっている。
でも――それじゃだめだ。
「何でもないよ、ありがとな」
言って、小春の頭を撫でる。
妹に気を遣われるなんて、自分が情けない。
小春や姉貴を連れて行けるなら、迷わずに本土に帰るほうを選択しただろう。
だけど、そうじゃない。あくまで帰ることができるのは、俺だけだ。
他のみんなは――俺と違って自由に能力を使用できる生徒たちは、この島に必要だから。
必要のない俺は、帰るべきなのだろうか。
それが、誰にも迷惑をかけず、誰にも心配されない、一番いい方法なのではないだろうか。
と、俺の思考を遮るように。
「おにぃぃちゃぁぁぁぁぁんっ!」
そんな叫びが、後ろから聞こえてきた。
さすがに声と呼び方だけで、誰なのか分かる。
ゆっくり背後を振り向く――と。
「やっと見つけたーっ!」
声の主――鳥待三冬が、俺の首に両腕を回して抱きついてくる。
距離感がかなり近いのだが、他の男にも同じようなことしてるのだろうか。見たことないけど。
「ちょっと、三冬さん。いい加減、にぃから離れてください!」
俺に抱きつく三冬を見て、小春が物申した。
そこでようやく小春もいることに気づいたのか、三冬は一瞬だけ小春を一瞥し、すぐに俺の顔へと視線を戻す。
「……で、おにいちゃん。いつ初えっちする?」
「ちょっと! 無視しないでくださいよっ!」
「あ、いたの?」
「いましたよっ! さっき、わたしのほう見ましたよねっ!?」
小春が怒鳴っても、三冬は意にも介さない。
馬鹿にしているというか、ただ単に無視しているだけというか。三冬はいつもこういう態度だから、小春や姉貴たちとは未だに仲良くなれていないのだ。
まあ、三冬は仲良くする気すらないみたいだけど。
「もう、うるさいなぁ。ふゆとおにいちゃんの邪魔しないでよ」
「邪魔ってなんですか! 三冬さんが割り込んできたんじゃないですかっ」
「おにいちゃんは、ふゆだけのおにいちゃんだもんねぇ?」
「違いますよっ! にぃは、わたしのにぃです!」
「とらないでよ、泥棒猫」
「誰が泥棒猫ですか! 三冬さんが、わたしからにぃをとってるんじゃないですか!」
「おにいちゃんはね、ふゆと生涯を誓い合ったんだよ。他の女が入り込む余地なんてないの」
「う、嘘言わないでください! にぃは、三冬さんなんか見向きもしてませんから!」
「むっか。そんなことないしっ! ふゆとおにいちゃんは、子作りだってしちゃうんだから!」
「こ、こづ――っ!? い、いいいきなり何言ってるんですか!」
相変わらず仲の悪い二人である。
ここまで好かれたり懐かれたりするのは正直物凄く嬉しいのだが、間に挟まれるとどうしたらいいのか分からないから困る。
アニメの修羅場シーンを見て妬んだこともあったけど、実際に自分が体験すると思っていたより大変だ。
頼むから、もうちょっと仲良くしてください。ほんとに。
「……お前ら、会う度に喧嘩してないで仲良くしろって」
「無理言わないでよ!」
「できるわけないです!」
どうやら、それは不可能だったらしい。変なところで息を合わせやがって。
この二人、前世は犬と猿だったに違いない。
「おにいちゃんは、ふゆのことしか愛してないんだよ! 真実はいつもひとつなんだから! ね、おにいちゃん!」
「……どこのバーローだよ。真実じゃないからな、そんなの」
「まーたまたー、照れちゃってー」
「照れてるわけじゃねえ!」
やっぱり三冬の相手をしていると猛烈に疲れる。
さっきまでシリアスな感じで悩んでいたつもりだったのに、三冬が現れた途端に一気にギャグの雰囲気へと変わってしまった。
でも――げんなりとしつつも、俺は心の中で三冬に感謝していた。
三冬がこうして明るく元気にしてくれているからこそ、俺も元気をもらっている。
そうじゃなかったら、きっと今頃深く考え込んでいただろう。元気なんて、出なかったことだろう。
たとえ無意識だったとしても、三冬のこういうところは素直に好きだった。
本人に言ったら調子に乗りそうだから、絶対言えないけど。
「むう……にぃは、わたしのにぃなのに……。にぃもにぃです。もっと突き放したらいいじゃないですか」
小春が唇を尖らせ、今度は俺に抗議してくる。
三冬とは全然そんな関係じゃないのにも拘らず、いちいち嫉妬する小春が本当に可愛い。
「にぃがそんな態度だから、三冬さんが勘違いして付け上がるんですよっ!」
「勘違いなんかしてないし! っていうか、あんたには関係ないじゃん!」
「関係ありますよ! わたしは、にぃの妹なんですから!」
「でも、実妹でしょ? エロゲじゃないんだから、付き合うことも結婚もできないじゃん。それなのに、おにいちゃんのこと好きなの? 一人の男として?」
「べ、別にそういうわけじゃありませんけど! 男としてとか、そんなわけないじゃないですか!」
「じゃあ、ふゆの邪魔する権利ないよね?」
「あ、あります! 唯一の妹として――」
「だから。ただの妹が、ふゆの恋愛に口を挟んでこないでって言ってるの!」
「む、むうう……っ」
怖い。女同士の喧嘩、怖い。二人とも幼女のくせに、なんか怖い。
このままだと、殴り合いに発展しそうだ。小春と三冬は、そんなに粗暴な幼女ではないと信じたいが。
「な、なあ……お前ら、お互いのこと嫌いなのか?」
「大っっっっっ嫌い!!」
「あまり言いたくはありませんけど、嫌いです」
大変困った。嫌よ嫌よも好きのうちとは言うが、二人の場合は本気で嫌っていそうである。
どうしよう。簡単に人のことを好きにはなれないし、元々の感情が嫌い寄りならば尚更だ。
とはいえ、小春と三冬なら仲良くなれそうな気もするんだけどな。ただ、二人とも素直じゃないというか、むしろ正直すぎるというだけで。
……でも俺は、小春や三冬とのこういうやり取りも嫌いではなかった。
正直愉快で、楽しくて、面白くて――そんな風に感じていたせいで、注意力が散漫になってしまっていた。
だから――気づけなかった。
俺たちのもとに、確かに敵とやらが迫ってきていたことに。
「……えっ?」
不意に、小春が素っ頓狂な声を漏らして。
俺たちが、訝しむ暇もなく――消滅した。
瞬時に、跡形もなく。
つい数瞬前には俺の目の前にいたはずの小春が、まるでテレビの電源を切ったときのように、突如として姿を消してしまった。
「な……こは、る……?」
愕然として、俺は思わず今にも嗄れてしまいそうな声で名を呼ぶ。
だけど、それに答えてくれる声などどこにもなかった。
目の前で起きた事実が理解できなくて。
ただただ、さっきまで小春が立っていた虚空を見つめるばかり。
「……どこに、行っちゃったの……?」
俺と同じように、喫驚して三冬が呟く。
俺には、その問いに答えることなんてできない。当然だ、俺だって知りたいくらいなのだから。
消えた小春――。
そこから更に追い打ちをかけるように――上から、一枚の紙が落ちてきた。
怪訝に思いつつ拾い上げ、そこに書かれていた文字を読んでみる――と。
「んだよ、これ……ッ」
そんなことをする理由はないだろうけど、これが小春のイタズラならよかった。
何かのドッキリだったなら、笑って許すことができたのに。
それなのに――こんなペラペラな一枚の紙ごときに、俺の願いは打ち崩されてしまった。
「なんて書いてあるの?」
三冬が爪先立ちをして、俺が持っている紙を覗き込む。
そこに、書かれているのは――。
『貴君の妹君は、預からせてもらった
返してほしければ、今すぐにトレーニングルームに来い』
そんな、ワープロ文字だった。
俺は、授業が終わっても教室から出ずに自分の席で考え込んでいた。
もちろん、昨晩に姉貴から言われたことだ。
――ここから逃げて、一人で本土に帰るか。
――何が起こるか分からない空星島に滞在し続けるか。
俺にとっては、究極の二択だ。
できれば逃げたい。でもそれだと小春や姉貴たちと別れることになってしまう。
どうすればいいんだ、ちくしょう。
「にぃー、何してるんですかー?」
ふと、そんな声がしたほうを振り向くと。
教室の扉のところで、小春が立っていた。
考え事をしていたせいで、小春を待たせてしまったらしい。
俺は急いで小春のもとへ向かう。
「ごめん、待ったか?」
「待ったけど、大丈夫です。すごく待ちましたけど、全然気にしてません」
だめだ、めちゃくちゃ気にしている。拗ねたように唇を尖らせているのが可愛い。
「なにニヤニヤしてるんですか」
「うぇ!? い、いや、何でもない」
考えていたことが顔に出てしまったのか、小春に半眼で指摘された。
我が妹が可愛すぎて、つい口角が上がってしまったようだ。俺は悪くない。
何はともあれ、俺たちは肩を並べて廊下を歩く。
教室や廊下の光景、窓から見える空星島の景色、そして小春たちとの楽しい会話……。
俺が一人で本土に帰れば、それら全ては失われてしまう。
俺は、どうすればいいんだろう。
「……にぃ。どうしたんですか、難しい顔して」
不意に、小春が俺を見上げて問いかけてきた。
俺、そんなに考えていたことが表情に出やすいのだろうか。
「何か考え事ですか? わたしでよければ、何でも聞きますよ」
俺の妹は優しい。俺が悩んでいたりすると、いつでもこうやって話を聞いてくれる。
だけど、今回はそういうわけにはいかない。
小春に話せば、絶対に俺を本土に帰すべきだって言うに決まっている。
自分のことは全く構わずに、俺の安全を確保しようとするに決まっている。
でも――それじゃだめだ。
「何でもないよ、ありがとな」
言って、小春の頭を撫でる。
妹に気を遣われるなんて、自分が情けない。
小春や姉貴を連れて行けるなら、迷わずに本土に帰るほうを選択しただろう。
だけど、そうじゃない。あくまで帰ることができるのは、俺だけだ。
他のみんなは――俺と違って自由に能力を使用できる生徒たちは、この島に必要だから。
必要のない俺は、帰るべきなのだろうか。
それが、誰にも迷惑をかけず、誰にも心配されない、一番いい方法なのではないだろうか。
と、俺の思考を遮るように。
「おにぃぃちゃぁぁぁぁぁんっ!」
そんな叫びが、後ろから聞こえてきた。
さすがに声と呼び方だけで、誰なのか分かる。
ゆっくり背後を振り向く――と。
「やっと見つけたーっ!」
声の主――鳥待三冬が、俺の首に両腕を回して抱きついてくる。
距離感がかなり近いのだが、他の男にも同じようなことしてるのだろうか。見たことないけど。
「ちょっと、三冬さん。いい加減、にぃから離れてください!」
俺に抱きつく三冬を見て、小春が物申した。
そこでようやく小春もいることに気づいたのか、三冬は一瞬だけ小春を一瞥し、すぐに俺の顔へと視線を戻す。
「……で、おにいちゃん。いつ初えっちする?」
「ちょっと! 無視しないでくださいよっ!」
「あ、いたの?」
「いましたよっ! さっき、わたしのほう見ましたよねっ!?」
小春が怒鳴っても、三冬は意にも介さない。
馬鹿にしているというか、ただ単に無視しているだけというか。三冬はいつもこういう態度だから、小春や姉貴たちとは未だに仲良くなれていないのだ。
まあ、三冬は仲良くする気すらないみたいだけど。
「もう、うるさいなぁ。ふゆとおにいちゃんの邪魔しないでよ」
「邪魔ってなんですか! 三冬さんが割り込んできたんじゃないですかっ」
「おにいちゃんは、ふゆだけのおにいちゃんだもんねぇ?」
「違いますよっ! にぃは、わたしのにぃです!」
「とらないでよ、泥棒猫」
「誰が泥棒猫ですか! 三冬さんが、わたしからにぃをとってるんじゃないですか!」
「おにいちゃんはね、ふゆと生涯を誓い合ったんだよ。他の女が入り込む余地なんてないの」
「う、嘘言わないでください! にぃは、三冬さんなんか見向きもしてませんから!」
「むっか。そんなことないしっ! ふゆとおにいちゃんは、子作りだってしちゃうんだから!」
「こ、こづ――っ!? い、いいいきなり何言ってるんですか!」
相変わらず仲の悪い二人である。
ここまで好かれたり懐かれたりするのは正直物凄く嬉しいのだが、間に挟まれるとどうしたらいいのか分からないから困る。
アニメの修羅場シーンを見て妬んだこともあったけど、実際に自分が体験すると思っていたより大変だ。
頼むから、もうちょっと仲良くしてください。ほんとに。
「……お前ら、会う度に喧嘩してないで仲良くしろって」
「無理言わないでよ!」
「できるわけないです!」
どうやら、それは不可能だったらしい。変なところで息を合わせやがって。
この二人、前世は犬と猿だったに違いない。
「おにいちゃんは、ふゆのことしか愛してないんだよ! 真実はいつもひとつなんだから! ね、おにいちゃん!」
「……どこのバーローだよ。真実じゃないからな、そんなの」
「まーたまたー、照れちゃってー」
「照れてるわけじゃねえ!」
やっぱり三冬の相手をしていると猛烈に疲れる。
さっきまでシリアスな感じで悩んでいたつもりだったのに、三冬が現れた途端に一気にギャグの雰囲気へと変わってしまった。
でも――げんなりとしつつも、俺は心の中で三冬に感謝していた。
三冬がこうして明るく元気にしてくれているからこそ、俺も元気をもらっている。
そうじゃなかったら、きっと今頃深く考え込んでいただろう。元気なんて、出なかったことだろう。
たとえ無意識だったとしても、三冬のこういうところは素直に好きだった。
本人に言ったら調子に乗りそうだから、絶対言えないけど。
「むう……にぃは、わたしのにぃなのに……。にぃもにぃです。もっと突き放したらいいじゃないですか」
小春が唇を尖らせ、今度は俺に抗議してくる。
三冬とは全然そんな関係じゃないのにも拘らず、いちいち嫉妬する小春が本当に可愛い。
「にぃがそんな態度だから、三冬さんが勘違いして付け上がるんですよっ!」
「勘違いなんかしてないし! っていうか、あんたには関係ないじゃん!」
「関係ありますよ! わたしは、にぃの妹なんですから!」
「でも、実妹でしょ? エロゲじゃないんだから、付き合うことも結婚もできないじゃん。それなのに、おにいちゃんのこと好きなの? 一人の男として?」
「べ、別にそういうわけじゃありませんけど! 男としてとか、そんなわけないじゃないですか!」
「じゃあ、ふゆの邪魔する権利ないよね?」
「あ、あります! 唯一の妹として――」
「だから。ただの妹が、ふゆの恋愛に口を挟んでこないでって言ってるの!」
「む、むうう……っ」
怖い。女同士の喧嘩、怖い。二人とも幼女のくせに、なんか怖い。
このままだと、殴り合いに発展しそうだ。小春と三冬は、そんなに粗暴な幼女ではないと信じたいが。
「な、なあ……お前ら、お互いのこと嫌いなのか?」
「大っっっっっ嫌い!!」
「あまり言いたくはありませんけど、嫌いです」
大変困った。嫌よ嫌よも好きのうちとは言うが、二人の場合は本気で嫌っていそうである。
どうしよう。簡単に人のことを好きにはなれないし、元々の感情が嫌い寄りならば尚更だ。
とはいえ、小春と三冬なら仲良くなれそうな気もするんだけどな。ただ、二人とも素直じゃないというか、むしろ正直すぎるというだけで。
……でも俺は、小春や三冬とのこういうやり取りも嫌いではなかった。
正直愉快で、楽しくて、面白くて――そんな風に感じていたせいで、注意力が散漫になってしまっていた。
だから――気づけなかった。
俺たちのもとに、確かに敵とやらが迫ってきていたことに。
「……えっ?」
不意に、小春が素っ頓狂な声を漏らして。
俺たちが、訝しむ暇もなく――消滅した。
瞬時に、跡形もなく。
つい数瞬前には俺の目の前にいたはずの小春が、まるでテレビの電源を切ったときのように、突如として姿を消してしまった。
「な……こは、る……?」
愕然として、俺は思わず今にも嗄れてしまいそうな声で名を呼ぶ。
だけど、それに答えてくれる声などどこにもなかった。
目の前で起きた事実が理解できなくて。
ただただ、さっきまで小春が立っていた虚空を見つめるばかり。
「……どこに、行っちゃったの……?」
俺と同じように、喫驚して三冬が呟く。
俺には、その問いに答えることなんてできない。当然だ、俺だって知りたいくらいなのだから。
消えた小春――。
そこから更に追い打ちをかけるように――上から、一枚の紙が落ちてきた。
怪訝に思いつつ拾い上げ、そこに書かれていた文字を読んでみる――と。
「んだよ、これ……ッ」
そんなことをする理由はないだろうけど、これが小春のイタズラならよかった。
何かのドッキリだったなら、笑って許すことができたのに。
それなのに――こんなペラペラな一枚の紙ごときに、俺の願いは打ち崩されてしまった。
「なんて書いてあるの?」
三冬が爪先立ちをして、俺が持っている紙を覗き込む。
そこに、書かれているのは――。
『貴君の妹君は、預からせてもらった
返してほしければ、今すぐにトレーニングルームに来い』
そんな、ワープロ文字だった。
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