88の星座精鋭(メテオ・プラネット)
予兆~逃走か滞在か~
――夜。
俺は、姉貴に呼ばれて外までやって来ていた。
ここは学生寮から少し離れた崖岸で、海を見渡すことができる。どの学生寮からも離れているし、わざわざこんなところに来る人なんてあまりいないから、人気は皆無だ。
そんな場所で、俺は姉貴と並んで立っている。
「……で、姉さん。話って何だよ?」
俺が問うと、さっきまで黙って海を見ていた姉貴は、ようやくこちらを振り向く。
何だろう。いつもより、真剣な表情だ。
「吹雪、お前には決意してもらわないといけなくなる……と思う。だから、今訊いておきたい――もう能力使いたくないか?」
それは、俺が内心ずっと思ってきたことだ。
たとえ強力だろうが、条件がある使い勝手の悪い能力なんか、使いたくなんかないと思ってきた。
だけど、どうしてそんなことを訊くのか、さっぱり分からなくて。
答えを返す前に、俺は姉貴に問いかける。
「何で、そんなこと訊くんだ?」
「これから、どうしてもお前には能力を使ってもらわないといけなくなるかもしれないんだ。だけど、どうしても嫌だってんなら――お前だけ、本土に返してやる」
「……え?」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。
――俺だけを、本土に返す。
それはつまり、能力のことなんか忘れて普通の日常を過ごすということだ。一般人と一緒に。
でも、そうなると姉貴や小春、ここにいる者とは別れることになってしまう。
答えられずにいる俺に、姉貴は更に続く。
「今までみたいに、能力を使わずにこの島に滞在することは難しいかもしれない。だから、お前に決めてもらいたい」
「どういうことだよ。もっとちゃんと説明してくれよ」
何が何だか、わけが分からない。
これまで、俺は能力を使わなくても暮らしてこれたんだ。この、能力者だらけの島でも。
それなのに、今更能力を使わなければ暮らせなくなるなんて言われて、俺だってどうすればいいのか分かるわけがない。
「確証はない。でも――悪事を企んでやがる奴がいるかもしれないんだよ」
「悪事?」
「ああ。学園長が言ってた。資料室に、何者かが侵入した痕跡があったって」
空星学園の学園長は、〈十二星座〉に属している十二人しか直接会ったことがない。そのため、どんな人なのかは分からないが、どうやら姉貴は学園長のことを信用も信頼もしているらしかった。
そして、空星学園の中にある資料室には、普段は鍵がかかっている。どんな能力でも壊せないような、頑丈な鍵が。
その鍵は学園長だけが持っていて、学園長しか入ってはいけないことになっている。
俺も入ったことはないから詳しくは知らないが、資料室には俺たちの能力に関する事柄など、色々な資料があるらしい。
そんなところに、無断で入った人がいるのか? それはまさに侵入で、当然よからぬ理由で入ったのだろう。
だけど、何を企んでいるというんだ。資料室に、一体何の用があるというんだろう。
「入ったことのないお前でも知ってるだろ。あそこには、大切な資料がいっぱい入ってんだ。私たちの能力のことも、発動条件や効果、そして弱点まで書いてあるものまで存在する。んなとこに侵入する動機なんて、何か悪事を企んでるとしか思えないだろ」
確かに、その通りだ。
……でも。
この島は人口が少ないから、ほとんどの人が知り合いなのだ。その中に、犯人がいるなんて信じたくない。
「ただのイタズラかもしんないだろ?」
「そうだといいんだけどな……でも、嫌な予感がすんだよ。私たちの弱点を知って、奇襲でも仕掛けるつもりかもしれない」
「奇襲って、そんな……」
バトルアニメじゃないんだから。ファンタジーじゃないんだから。
そう言いかけて、途中で口を閉じた。
俺たちは、五年前に特殊能力が身に宿った。それからはもう、常識なんて通用しない。
どの能力も、凄まじいものばかりなのだ。それを悪事に利用しようとしている者がいてもおかしくはない……のだけど。
いくら能力に目覚めたとはいえ、俺たちの日常は平穏のままだと思っていたのに。
「このことは、他のみんなには内緒にしておけよ。知っているのは、学園長と〈十二星座〉の十二人、あとはお前だけだ」
「何で、俺に話したんだ?」
「もし私の推測が確かなら、能力者全員が危機に陥る可能性が高い。そうなると、いつでも能力を発動できるわけじゃない吹雪は、まともに戦えないだろ。下手すると、死んじまう可能性もある。だから、そうなる前に――お前だけでも、本土に返してやりたい」
いつもの姉貴らしくない、俺を気遣った言葉。
心配してくれて、正直凄く嬉しかった。
だけど、それでもどうすればいいのか分からなくて。
「……ごめん。考えていても、いいかな」
俺は姉貴に、そう言っていた。
今すぐに答えを出すことは、俺にはできない。
本土に行けば、また平和な日常が待っているのであろう。それは、魅力的ではある。
だけど空星島には、仲のいい人もいっぱいいる。そんな人たちと――特に小春や姉貴と別れるなんて、俺は嫌だ。
単純な二択。されど究極の選択肢。
目の前に提示された選択から、逃げるつもりはない。
ただ、時間がほしい。今すぐに決めるなんてこと、俺にはできそうにないから。
「そうか、分かった。あんまり猶予がないことは忘れんなよ」
「ああ、ありがとな姉さん」
猶予がないというのは、いつ犯人が企てた行動を起こすのか分からないからだろう。
できれば、明日中には決めておいたほうがいいかもしれない。
「それだけだ。じゃあな、吹雪」
用事が済み、姉貴は立ち去っていく。
ずっと、いつまでも平和な日々が続くのだと思っていた。
そう信じていたかった。
だけど、それは俺の愚かな理想に過ぎなかったのかもしれない。
五年前――地球に星座が落下し、俺たちに特殊能力などというものが身に宿ってから。
俺たちに平穏なんてものは許されていなかったのかもしれない。
最初から、非日常へと身を投じる運命だったのかもしれない。
そんなの、逃げ出したいに決まっている。俺には、つい先ほどそれが許された。
許されて、しまった。
逃げたい。しかし逃げてはいけない気がする。
逃げたい。だけど心の中は逃げたくないと告げている。
そんな、二律背反の感情に支配されて。
俺はどうすることもできず、ただただ立ち尽くしていた。
俺は、姉貴に呼ばれて外までやって来ていた。
ここは学生寮から少し離れた崖岸で、海を見渡すことができる。どの学生寮からも離れているし、わざわざこんなところに来る人なんてあまりいないから、人気は皆無だ。
そんな場所で、俺は姉貴と並んで立っている。
「……で、姉さん。話って何だよ?」
俺が問うと、さっきまで黙って海を見ていた姉貴は、ようやくこちらを振り向く。
何だろう。いつもより、真剣な表情だ。
「吹雪、お前には決意してもらわないといけなくなる……と思う。だから、今訊いておきたい――もう能力使いたくないか?」
それは、俺が内心ずっと思ってきたことだ。
たとえ強力だろうが、条件がある使い勝手の悪い能力なんか、使いたくなんかないと思ってきた。
だけど、どうしてそんなことを訊くのか、さっぱり分からなくて。
答えを返す前に、俺は姉貴に問いかける。
「何で、そんなこと訊くんだ?」
「これから、どうしてもお前には能力を使ってもらわないといけなくなるかもしれないんだ。だけど、どうしても嫌だってんなら――お前だけ、本土に返してやる」
「……え?」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。
――俺だけを、本土に返す。
それはつまり、能力のことなんか忘れて普通の日常を過ごすということだ。一般人と一緒に。
でも、そうなると姉貴や小春、ここにいる者とは別れることになってしまう。
答えられずにいる俺に、姉貴は更に続く。
「今までみたいに、能力を使わずにこの島に滞在することは難しいかもしれない。だから、お前に決めてもらいたい」
「どういうことだよ。もっとちゃんと説明してくれよ」
何が何だか、わけが分からない。
これまで、俺は能力を使わなくても暮らしてこれたんだ。この、能力者だらけの島でも。
それなのに、今更能力を使わなければ暮らせなくなるなんて言われて、俺だってどうすればいいのか分かるわけがない。
「確証はない。でも――悪事を企んでやがる奴がいるかもしれないんだよ」
「悪事?」
「ああ。学園長が言ってた。資料室に、何者かが侵入した痕跡があったって」
空星学園の学園長は、〈十二星座〉に属している十二人しか直接会ったことがない。そのため、どんな人なのかは分からないが、どうやら姉貴は学園長のことを信用も信頼もしているらしかった。
そして、空星学園の中にある資料室には、普段は鍵がかかっている。どんな能力でも壊せないような、頑丈な鍵が。
その鍵は学園長だけが持っていて、学園長しか入ってはいけないことになっている。
俺も入ったことはないから詳しくは知らないが、資料室には俺たちの能力に関する事柄など、色々な資料があるらしい。
そんなところに、無断で入った人がいるのか? それはまさに侵入で、当然よからぬ理由で入ったのだろう。
だけど、何を企んでいるというんだ。資料室に、一体何の用があるというんだろう。
「入ったことのないお前でも知ってるだろ。あそこには、大切な資料がいっぱい入ってんだ。私たちの能力のことも、発動条件や効果、そして弱点まで書いてあるものまで存在する。んなとこに侵入する動機なんて、何か悪事を企んでるとしか思えないだろ」
確かに、その通りだ。
……でも。
この島は人口が少ないから、ほとんどの人が知り合いなのだ。その中に、犯人がいるなんて信じたくない。
「ただのイタズラかもしんないだろ?」
「そうだといいんだけどな……でも、嫌な予感がすんだよ。私たちの弱点を知って、奇襲でも仕掛けるつもりかもしれない」
「奇襲って、そんな……」
バトルアニメじゃないんだから。ファンタジーじゃないんだから。
そう言いかけて、途中で口を閉じた。
俺たちは、五年前に特殊能力が身に宿った。それからはもう、常識なんて通用しない。
どの能力も、凄まじいものばかりなのだ。それを悪事に利用しようとしている者がいてもおかしくはない……のだけど。
いくら能力に目覚めたとはいえ、俺たちの日常は平穏のままだと思っていたのに。
「このことは、他のみんなには内緒にしておけよ。知っているのは、学園長と〈十二星座〉の十二人、あとはお前だけだ」
「何で、俺に話したんだ?」
「もし私の推測が確かなら、能力者全員が危機に陥る可能性が高い。そうなると、いつでも能力を発動できるわけじゃない吹雪は、まともに戦えないだろ。下手すると、死んじまう可能性もある。だから、そうなる前に――お前だけでも、本土に返してやりたい」
いつもの姉貴らしくない、俺を気遣った言葉。
心配してくれて、正直凄く嬉しかった。
だけど、それでもどうすればいいのか分からなくて。
「……ごめん。考えていても、いいかな」
俺は姉貴に、そう言っていた。
今すぐに答えを出すことは、俺にはできない。
本土に行けば、また平和な日常が待っているのであろう。それは、魅力的ではある。
だけど空星島には、仲のいい人もいっぱいいる。そんな人たちと――特に小春や姉貴と別れるなんて、俺は嫌だ。
単純な二択。されど究極の選択肢。
目の前に提示された選択から、逃げるつもりはない。
ただ、時間がほしい。今すぐに決めるなんてこと、俺にはできそうにないから。
「そうか、分かった。あんまり猶予がないことは忘れんなよ」
「ああ、ありがとな姉さん」
猶予がないというのは、いつ犯人が企てた行動を起こすのか分からないからだろう。
できれば、明日中には決めておいたほうがいいかもしれない。
「それだけだ。じゃあな、吹雪」
用事が済み、姉貴は立ち去っていく。
ずっと、いつまでも平和な日々が続くのだと思っていた。
そう信じていたかった。
だけど、それは俺の愚かな理想に過ぎなかったのかもしれない。
五年前――地球に星座が落下し、俺たちに特殊能力などというものが身に宿ってから。
俺たちに平穏なんてものは許されていなかったのかもしれない。
最初から、非日常へと身を投じる運命だったのかもしれない。
そんなの、逃げ出したいに決まっている。俺には、つい先ほどそれが許された。
許されて、しまった。
逃げたい。しかし逃げてはいけない気がする。
逃げたい。だけど心の中は逃げたくないと告げている。
そんな、二律背反の感情に支配されて。
俺はどうすることもできず、ただただ立ち尽くしていた。
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