死の花が咲いた日
終章 花束
「……という顛末だよ」
僕は今までの話をそう締めくくった。
祈祷師会議のこと、そしてその後始末のことについてずっと『彼女』に話をしていた。
今、僕の目の前にあるのはアルナの墓だ。墓、と言ってもこの国は地位ごとに巨大な共同墓地が存在しており、その中でも最高級の――本来であれば僕も入ることが出来ないくらい――墓地に彼女は入っていた。
じゃあ、なぜ入ることが出来たかといえば、それは――国王陛下の温情あってのことだと思う。
祈祷師会議の後、各国は新たな祈祷師の選出に追われているという。当然だろう。この国の行く末、或いは世界の行く末を決める立場にある彼女たちのことを、国は放置することなど出来ない。独り立ちなど、出来るわけがない。
「……この国は、祈祷師が死んだからって悲しむ余裕は無いんだね」
僕はアルナに語り掛ける。
実際、壮大な国葬が三日前に行われた後、直ぐに国王陛下は新たな祈祷師を選出し始めている。本来は祈祷師が居て、その祈祷師が誰になるのか神から思し召しを貰うらしい。
だが、今回は違う。祈祷師が全員死んでしまった、所謂最悪のパターンだった。
その場合は『階級選別』なる儀式によって決定される。それは場合によっては奴隷から貴族に、逆に言ってしまえば貴族から奴隷にもなりかねない悪魔の儀式だった。
詳細ははっきり言って解らない。僕自身、小さい時に受けたのだけれど、すっかりそれを忘れてしまっていた。
ただ一つだけ言えるのは、それを受けるのは人生で二回までということ。一回目は国からの強制、そして二回目は本人からの申請で実現できる。その二回目で、僕は騎士になることが出来た。それははっきり言って、やっぱり偶然だと言えることだった。
「アルファス、ここに居たのか」
そう僕に語り掛けたのは騎士団長だった。騎士団長も右手に花束を持っていた。
僕は俯いたまま、それに答えることは出来なかった。
「……辛いのは解るが、それではいつまで経っても前には進めないぞ」
騎士団長は僕の肩をぽん、と叩き言った。
それは、解っていた。
けれど、彼女のことを忘れてしまいそうで、辛かった。
「……お前の経験をしたわけではないから、はっきりと助言することは出来ないかもしれないが、」
騎士団長はそう言って、花束をアルナの墓に置き、手を合わせて頭を下げる。
「ただ、お前は頑張った。祈祷師を殺した相手を、死の花を使って倒したのだろう? それも、祈祷師から直々に死の花を受けた。それは、お前の身体に祈祷師が生きているということ……そうとも考えられないか?」
僕の中にアルナが生きている。
アルナは――僕の中で生きている。
「ま、取り敢えずあまり難しく考えないことだな。今日はゆっくり休め、仕事は明日からでも別に構わない。……でも、『彼女』との会話はしっかりとしておけよ」
そう言って、また騎士団長は肩をぽんと叩いた。
そうして僕に手を振って、騎士団長は墓地を後にした。
また、僕だけになった。
再び、アルナの墓と対面する。
「……アルナ、今回はほんとうにいろいろとあった。僕の記憶の中でも考えられないことだらけだったよ。もしかしたら、次は別の祈祷師を守ることになると思う。今回のようなことがまた起きるかも……、いや、起こさせないよ。君のような犠牲を、絶対に二度と生み出さない」
目を瞑り、考える。ナユシー、ミルシア、ミネア、アルナ――今回の祈祷師会議で犠牲になった祈祷師の顔が僕の頭に浮かび上がる。
そして、僕は長い言葉をこう締めくくった。
「アルナ、僕は君のことを、絶対に忘れない。だから、僕も前を向いて生きるよ。君の分まで。死の花を与えてくれた――君の分まで」
花束を置いて、僕は立ち去る。
僕はあの日を一生忘れることはないだろう。
アルナの身体に咲いた――あの黒い花を。
死の花が、咲いた日のことを。
僕は今までの話をそう締めくくった。
祈祷師会議のこと、そしてその後始末のことについてずっと『彼女』に話をしていた。
今、僕の目の前にあるのはアルナの墓だ。墓、と言ってもこの国は地位ごとに巨大な共同墓地が存在しており、その中でも最高級の――本来であれば僕も入ることが出来ないくらい――墓地に彼女は入っていた。
じゃあ、なぜ入ることが出来たかといえば、それは――国王陛下の温情あってのことだと思う。
祈祷師会議の後、各国は新たな祈祷師の選出に追われているという。当然だろう。この国の行く末、或いは世界の行く末を決める立場にある彼女たちのことを、国は放置することなど出来ない。独り立ちなど、出来るわけがない。
「……この国は、祈祷師が死んだからって悲しむ余裕は無いんだね」
僕はアルナに語り掛ける。
実際、壮大な国葬が三日前に行われた後、直ぐに国王陛下は新たな祈祷師を選出し始めている。本来は祈祷師が居て、その祈祷師が誰になるのか神から思し召しを貰うらしい。
だが、今回は違う。祈祷師が全員死んでしまった、所謂最悪のパターンだった。
その場合は『階級選別』なる儀式によって決定される。それは場合によっては奴隷から貴族に、逆に言ってしまえば貴族から奴隷にもなりかねない悪魔の儀式だった。
詳細ははっきり言って解らない。僕自身、小さい時に受けたのだけれど、すっかりそれを忘れてしまっていた。
ただ一つだけ言えるのは、それを受けるのは人生で二回までということ。一回目は国からの強制、そして二回目は本人からの申請で実現できる。その二回目で、僕は騎士になることが出来た。それははっきり言って、やっぱり偶然だと言えることだった。
「アルファス、ここに居たのか」
そう僕に語り掛けたのは騎士団長だった。騎士団長も右手に花束を持っていた。
僕は俯いたまま、それに答えることは出来なかった。
「……辛いのは解るが、それではいつまで経っても前には進めないぞ」
騎士団長は僕の肩をぽん、と叩き言った。
それは、解っていた。
けれど、彼女のことを忘れてしまいそうで、辛かった。
「……お前の経験をしたわけではないから、はっきりと助言することは出来ないかもしれないが、」
騎士団長はそう言って、花束をアルナの墓に置き、手を合わせて頭を下げる。
「ただ、お前は頑張った。祈祷師を殺した相手を、死の花を使って倒したのだろう? それも、祈祷師から直々に死の花を受けた。それは、お前の身体に祈祷師が生きているということ……そうとも考えられないか?」
僕の中にアルナが生きている。
アルナは――僕の中で生きている。
「ま、取り敢えずあまり難しく考えないことだな。今日はゆっくり休め、仕事は明日からでも別に構わない。……でも、『彼女』との会話はしっかりとしておけよ」
そう言って、また騎士団長は肩をぽんと叩いた。
そうして僕に手を振って、騎士団長は墓地を後にした。
また、僕だけになった。
再び、アルナの墓と対面する。
「……アルナ、今回はほんとうにいろいろとあった。僕の記憶の中でも考えられないことだらけだったよ。もしかしたら、次は別の祈祷師を守ることになると思う。今回のようなことがまた起きるかも……、いや、起こさせないよ。君のような犠牲を、絶対に二度と生み出さない」
目を瞑り、考える。ナユシー、ミルシア、ミネア、アルナ――今回の祈祷師会議で犠牲になった祈祷師の顔が僕の頭に浮かび上がる。
そして、僕は長い言葉をこう締めくくった。
「アルナ、僕は君のことを、絶対に忘れない。だから、僕も前を向いて生きるよ。君の分まで。死の花を与えてくれた――君の分まで」
花束を置いて、僕は立ち去る。
僕はあの日を一生忘れることはないだろう。
アルナの身体に咲いた――あの黒い花を。
死の花が、咲いた日のことを。
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