死の花が咲いた日
第21話 死の花
倒れていくアルナの姿を見て、僕は一瞬それが現実かどうか理解することが出来なかった。
しかし徐々に血が引いていき、冷静になるにつれて――事の重大さを理解できた。
僕の頭の中には、アルナが死んだという事実が埋め尽くされていた。
「貴様あああああああ!!!!」
アルナを殺したのは、紛れもなくエレンだった。僕はエレンの身体をそのまま剣を使って真っ二つに切り裂いた。
彼女の身体だったものから滴り落ちる血、それにアルナの血が交じり合う。
二つの死体から、黒い花が咲いていた。
「おやおや、彼女は最後にヘマをしてしまった、ということですか」
声が聞こえた。
何かがいるようで、見たことのないような何か。
しかし今度は既視感がある。
「貴様、不条理か……!」
「その通り。まあ、今回僕が直接手を下したわけではありませんが。潰された未来の可能性を、せめてもの手向けにするために祈祷師を殺すためにこの世界にやってきた。しかしながら、僕は干渉することが出来ない。具体的に言えば、身体的干渉は出来ないんだ。しかし、精神的干渉は出来る。だから今回、そのパーサーとして彼女を使った、というわけだ」
エレンの死体を蹴り上げて、不条理は笑みを浮かべる。
「いやはや……、それにしてもこんな簡単に計画が失敗するとは、思いもしなかったね? まあ、実際のところ僕が出てくる必要は無かったとはいえ、彼女と僕の繋がりを詮索されてしまっては困る。それに、君は僕と一度邂逅していることだし、変なことを言われてしまっては困るわけだよ」
ゆっくりと歩き出し、やがてドアの前で立ち止まる。
まるでここから逃がすまいと言っているかのようだった。
「アルファス……」
アルナの声が聞こえた。
アルナは、僕の身体にしがみつくような感じで僕を見上げていた。
口から血を吐きながら、目は虚ろ、しかしながら目線は僕を捉えていた。
「……大丈夫だ、アルナ。すぐに僕が助けてあげる。だから、君はしっかり休んでいて」
「違う。違うの……。アルファス。よく聞いて」
アルナは血の塊を吐き捨てて、僕に言った。
「――私を殺して、私の花を食べて」
その言葉を聞いて、僕の思考が停止した。
アルナは僕の表情を見ていた。表情がきっと変わっていただろうに、それでも何一つ言わずにそのまま僕を見つめていた。
きっと彼女は、僕が表情を激変させてしまうだろうということを理解していたのだろう。だからこそ、それは想像の範囲内ということになる。
彼女を殺すということ。
それによって花が生まれる。花が生まれて、それを食べることができれば、僕はその分の経験値を得ることが出来る。
彼女は良いと言った。けれど僕は嫌だった。
いくら目の前にいる悪を倒すためとはいえ――彼女を殺すことは出来ない。
「どうした? 上級騎士クン。何もやることが無いのかね。だとすれば非常に僕としては嬉しいことだけれどねえ、目の前で君の最愛の祈祷師が死ぬのを見ていればいいよ」
一歩、また一歩と不条理はアルナのほうへ向かって歩き出す。
とはいえ、僕とアルナはほぼゼロ距離に居る。この状態でアルナを殺すということは僕からアルナを引っぺがす必要がある。
でも、エレンの花は不条理によって踏み潰されてしまった。
だとすれば、あとは――確かにアルナの言う通り、彼女を殺すしかない。
今僕にできることは、それしかなかった。
「アルナ、ほんとうにいいのかい?」
僕は、アルナに問いかける。
アルナは直ぐに大きく頷いた。
「うん。アルファスに殺されるなら、アルファスに花を食べてもらえるなら、それは構わないよ。だって、私がずっとアルファスの中で生きていく、ってことでしょ」
アルナは屈託のない笑顔で、そう答えた。
「さあ、どうする。祈祷師と上級騎士クン。いずれにせよ、唯一の出入り口は僕が塞いでいる状態。そして僕の野望は祈祷師を殺すこと。そして最後の祈祷師はもう息も絶え絶えになっている。……上級騎士クン、君は動かずそのまま立っていればいいんだよ。そうして僕が祈祷師を殺せば、あとは君に罪を擦り付けるだけ。とっても簡単なロジックとは思わないかい?」
「ごめんね――アルナ」
そして、僕は。
アルナの心臓に、剣を突き立てた。
「……うん?」
それを一番驚いたのは、外野でそれを眺めていた不条理だっただろう。
しかし、今の僕にはそんなこと関係なかった。
涙を流す暇なんて到底与えられるわけもなかった。
剣を抜き、倒れ行く彼女の姿を眺める。
そうして、斃れた彼女の死体から、芽が出て――そして黒い花びらが開く。
死の花。今まで生きた人間の経験値が詰まった花で、それを食べることでその経験値を一時的に補充しておくことが出来る。
その花を躊躇無く摘み、僕はそれを口に入れた。
飲み込んで、目を瞑る。
彼女を感じる。
アルナを――僕の中に感じる。
そして、僕は不条理に目線を合わせて、ゆっくりとその剣を構えた。
しかし徐々に血が引いていき、冷静になるにつれて――事の重大さを理解できた。
僕の頭の中には、アルナが死んだという事実が埋め尽くされていた。
「貴様あああああああ!!!!」
アルナを殺したのは、紛れもなくエレンだった。僕はエレンの身体をそのまま剣を使って真っ二つに切り裂いた。
彼女の身体だったものから滴り落ちる血、それにアルナの血が交じり合う。
二つの死体から、黒い花が咲いていた。
「おやおや、彼女は最後にヘマをしてしまった、ということですか」
声が聞こえた。
何かがいるようで、見たことのないような何か。
しかし今度は既視感がある。
「貴様、不条理か……!」
「その通り。まあ、今回僕が直接手を下したわけではありませんが。潰された未来の可能性を、せめてもの手向けにするために祈祷師を殺すためにこの世界にやってきた。しかしながら、僕は干渉することが出来ない。具体的に言えば、身体的干渉は出来ないんだ。しかし、精神的干渉は出来る。だから今回、そのパーサーとして彼女を使った、というわけだ」
エレンの死体を蹴り上げて、不条理は笑みを浮かべる。
「いやはや……、それにしてもこんな簡単に計画が失敗するとは、思いもしなかったね? まあ、実際のところ僕が出てくる必要は無かったとはいえ、彼女と僕の繋がりを詮索されてしまっては困る。それに、君は僕と一度邂逅していることだし、変なことを言われてしまっては困るわけだよ」
ゆっくりと歩き出し、やがてドアの前で立ち止まる。
まるでここから逃がすまいと言っているかのようだった。
「アルファス……」
アルナの声が聞こえた。
アルナは、僕の身体にしがみつくような感じで僕を見上げていた。
口から血を吐きながら、目は虚ろ、しかしながら目線は僕を捉えていた。
「……大丈夫だ、アルナ。すぐに僕が助けてあげる。だから、君はしっかり休んでいて」
「違う。違うの……。アルファス。よく聞いて」
アルナは血の塊を吐き捨てて、僕に言った。
「――私を殺して、私の花を食べて」
その言葉を聞いて、僕の思考が停止した。
アルナは僕の表情を見ていた。表情がきっと変わっていただろうに、それでも何一つ言わずにそのまま僕を見つめていた。
きっと彼女は、僕が表情を激変させてしまうだろうということを理解していたのだろう。だからこそ、それは想像の範囲内ということになる。
彼女を殺すということ。
それによって花が生まれる。花が生まれて、それを食べることができれば、僕はその分の経験値を得ることが出来る。
彼女は良いと言った。けれど僕は嫌だった。
いくら目の前にいる悪を倒すためとはいえ――彼女を殺すことは出来ない。
「どうした? 上級騎士クン。何もやることが無いのかね。だとすれば非常に僕としては嬉しいことだけれどねえ、目の前で君の最愛の祈祷師が死ぬのを見ていればいいよ」
一歩、また一歩と不条理はアルナのほうへ向かって歩き出す。
とはいえ、僕とアルナはほぼゼロ距離に居る。この状態でアルナを殺すということは僕からアルナを引っぺがす必要がある。
でも、エレンの花は不条理によって踏み潰されてしまった。
だとすれば、あとは――確かにアルナの言う通り、彼女を殺すしかない。
今僕にできることは、それしかなかった。
「アルナ、ほんとうにいいのかい?」
僕は、アルナに問いかける。
アルナは直ぐに大きく頷いた。
「うん。アルファスに殺されるなら、アルファスに花を食べてもらえるなら、それは構わないよ。だって、私がずっとアルファスの中で生きていく、ってことでしょ」
アルナは屈託のない笑顔で、そう答えた。
「さあ、どうする。祈祷師と上級騎士クン。いずれにせよ、唯一の出入り口は僕が塞いでいる状態。そして僕の野望は祈祷師を殺すこと。そして最後の祈祷師はもう息も絶え絶えになっている。……上級騎士クン、君は動かずそのまま立っていればいいんだよ。そうして僕が祈祷師を殺せば、あとは君に罪を擦り付けるだけ。とっても簡単なロジックとは思わないかい?」
「ごめんね――アルナ」
そして、僕は。
アルナの心臓に、剣を突き立てた。
「……うん?」
それを一番驚いたのは、外野でそれを眺めていた不条理だっただろう。
しかし、今の僕にはそんなこと関係なかった。
涙を流す暇なんて到底与えられるわけもなかった。
剣を抜き、倒れ行く彼女の姿を眺める。
そうして、斃れた彼女の死体から、芽が出て――そして黒い花びらが開く。
死の花。今まで生きた人間の経験値が詰まった花で、それを食べることでその経験値を一時的に補充しておくことが出来る。
その花を躊躇無く摘み、僕はそれを口に入れた。
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