死の花が咲いた日

巫夏希

第18話 懐疑心

「なん……だって?」

 僕はその言葉を聞いて、絶句した。
 ナユシーは盲目だった。それは初耳の情報だ。というか、どうして彼女はその情報を知っていて、今まで話してくれなかったのか。
 アルナを追及すると、アルナはつまらなそうな表情をしてこう言った。

「だって、聞いてくれようとはしなかったでしょう?」

 そういわれてしまってはそこまでだった。取り敢えず過ぎたことはしょうがないので、もうこれ以上言わないことにしておこう。
 僕たちは前に進まなければならない。
 アルナは話を続けた。

「ナユシーはああ気取ってはいたけれど、目が見えなかった。そうして、それは祈祷師のみんなの中では常識と言っても過言では無かったの。まあ、それについて特に気にしなかったし。答紙はこのような会議でしか使わないから、彼女の国では答紙を使わずに、誰かに代筆させるとか言っていたような気がする。もちろん、それは代々そうなっているのではなくて、目が見えない彼女のために成立した制度なだけ」
「成る程、つまりナユシーは目が見えなかったとしても、決して落ち込むことは無かった、と」

 それ程に、強い意志を持っていたのだろう。なんというか心意気を感じる。祈祷師はもう少し別の立ち位置に居て、自分たちが考えることの出来ないような、そんな特別な『何か』を感じていた。

「その通り。だからこそ、今回の彼女の行動にははっきり言って疑問しか浮かばない。まるで、彼女を犯人と仕立てあげるような『カラクリ』があったはず。でも、それが出来るのはただ一人」
「何の話をしているのですか?」

 空気がぴんと張り詰めた。
 彼女が、エレンが、会話に入っただけで、まるで静寂に満ちていた水面に石が投げられたような感覚が押し寄せてきた。

「……何があったのですか。私にも聞かせてほしいですね、その話を。何せ私は紅茶を淹れていたので、その話を一文字も聞けていないのですから」
「あなたに言う必要は無いわ。これは、私とアルファスだけの、大切な話」
「また私だけ、邪魔者ですか」

 矢継ぎ早にエレンは言った。
 エレンのその言葉は、今までもそのような機会が何度もあったかのような、トラウマを掘り起こされたような、そんな憎悪を感じ取れた発言にも思えた。

「……邪魔者ではありません。簡単に言ってしまいましょうか。とどのつまり、今まで私とアルファスがしていた話はあなたに聞かれると『困る』話をしていたのだから」
「……そうですか。それが聞けないのは、非常に残念ですね。まあ、そう言われてしまうのは仕方ない話ではあるのですが。どうも私はあなたに好かれていないようですから」

 エレンの言葉にアルナは何も反応しなかった。
 はっきり言って、僕は彼女のことを侮蔑するつもりは無かった。何故なら祈祷師というのは、どうしてかは解らないが、かなり変わり者が多い……というよりも変わり者しか居ない。それを考えると、エレンがそういう感情を抱くのも仕方がなかった、と言えるだろう。

「……違いますよ、アルファス。あなたはどこまでお人好しなのですか。彼女は、私にとって敵そのものなのですから」

 敵そのもの?
 それっていったいどういうことなんだ……そんなことを思っていた。
 しかし、それよりも早く、アルナは言った。

「答紙をあなたに渡しましょう、アルファス。これはついさっき得た、思し召しです」

 そう言って。
 アルナは四つ折りにされた紙を僕に差し出した。

「……見ていいのか?」
「ええ。アルファス以外に、誰が見るというのですか。その答紙を」

 ここまで念を押されてしまっては見るしか無いだろう。そう思って僕は、答紙を開いていく。
 そこには彼女の、アルナの文字で、はっきりとこう書かれていた。

「……エレンが、真犯人…….だって?」

 その言葉を見て、僕は目を丸くした。そして、エレン自体も耳を疑っていることだろう。恐らくは、そんなことを言われるなんて思っていなかっただろうから。
 しかしながら。
 僕の予想と裏腹に、エレンは冷静だった。ずっと立ちっ放しだったが、ゆっくりと腰掛け、僕に持っていたティーカップのうち一つを差し出す。僕は一礼して、それを受け取った。
 エレンは深い溜息を吐いたのち、僕を睨み付けるように見つめて、

「……その紙には、それ以外に何か書かれているのですか?」

 本人にとっては冷静なつもりでいるのだろうけれど、僕には解る。
 エレンの言葉には、今怒りが満ちていた。

「いいや。それ以外にも書かれているな。それぞれの祈祷師が殺された方法が事細かに書かれているぞ。例えば……ミネアはナイフでめった刺しにした、と書かれているな」
「そんな馬鹿な!」

 エレンは机を叩き、立ち上がる。

「ナイフは見つかっていないはずでしょう! それに、私が殺したなんて証拠は……!」
「今の動揺が、その証拠だと思うぞ」

 さて、僕は悪い事をしてしまったな。
 まあ、でも、正義を貫くためだ。致し方あるまい。そう思いながら、僕は答紙をエレンに見せつけた。

「……そんな、馬鹿な……!」

 答紙には、確かにエレンが犯人であると書かれていた。
 でも、それだけ。
 それ以外は……、正確に言えば、それぞれの祈祷師を殺した方法なんて一文字も書かれてはいなかった。


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