死の花が咲いた日
第08話 分岐点
その日の夜。
僕とアルナはベッドの中にもぐっていた。
誤解のないように言っておくと、僕とアルナは別々のベッドで眠ることとなっている。それは僕が懇願したものであり、国王陛下も溜息を吐きつつも何とか了承してくれたものだった。
それは我侭になってしまうのかもしれないが、しかしながら、それはきっとわざとやっているのかもしれない。実際、僕はアルナと同じベッドで眠りたくないかと言われるとそうではない。だが、何か起きてしまったら――あるいは何か起きる可能性が少しでもあるのならば――それはできる限り払拭したかった。僕はただの騎士で、アルナは祈祷師だ。地位的にはその差は圧倒的。はっきり言ってアルナは僕を顎で使ってもらっても問題ないほど地位の差があるわけだが、それでも彼女は昔のまま僕と接している。
それはきっと、彼女の中での僕はまだあの頃の……一緒に過ごしてきたころの僕のままなのだろう。
「……アルファス」
背後から声が聞こえた。
起き上がり、僕はそちらを見る。そこに立っていたのは枕を抱えたアルナだった。アルナは眠たいのか、重い瞼を擦っている。
「どうしました?」
「……眠れないの。怖い夢を見たの」
聞いたことがある。祈祷師は神様から思し召しを受けることがあるが、その思し召しが時に暴走してしまうことがあるのだという。その仕組みは如何にも理解できないものではあるが、夢の中の内容が不思議なものになるのだとか。即ち、俗に言う『悪夢』として脳内に残ってしまうのだという。
祈祷師もまだまだ子供なんだな――ってことを思いながら、僕はそれを断ることができなかった。もしただの他人だったら断っていたかと思うが、やはり彼女と僕は幼馴染として過ごしてきた。それを考えると、そう簡単に断ることはできなかった。
「……ほら、入るといいよ」
結局、僕はぶっきらぼうにそれを受け入れるしかなかった。
アルナはゆっくりと僕のベッドに入り、枕を置いた。そしてそこに頭をのせる。
それで眠ってくれるものかと思って――僕は再び彼女に背を向けた。
しかし、同時に彼女の腕が僕の身体に巻き付いた。
「……」
僕は何も言わなかった。
アルナは僕の背中に顔を埋めて、小さく呟いた。
「今日だけ……今日だけでいいの。これで寝させて……」
「……怖いのか?」
「怖い、というよりも悲しいと言えばいいのかな。今日の祈祷師のみんな、見ていてどうだった?」
これは、正直に答えるべきなのだろうか。
「……別に気にならなかったが。まあ、強いて言うならば自由奔放だったな、ということくらいか」
「そう。そこ。祈祷師は自由奔放すぎる。なぜなら、選定をされてから、自らの職業が祈祷師だと自らが理解するようになってから、縛られるものが無くなってしまったからなの。祈祷師は思し召しを受けることが仕事。だけど、だけれど、それ以上は何もしなくていい。何をする必要もない。傍から見れば非常に簡単な仕事だと思われるかもしれないけれど、結局、その仕事は簡単な仕事ではない。いつまでかかっても思し召しがなかったら、仕事をしていないと疑われてしまうんだもの。思し召しはいつやってくるのか、それは神様の気まぐれにすぎないのだから」
「……祈祷師は、それでも、世界の行く末を見ることができる唯一の存在じゃないか」
「それを知って、どうすると? 未来を知ることができるのは、周りから見れば確かに素晴らしいことが分かるかもしれない。けれど、祈祷師がそれをわかったところでどうすればいいのか、それは私たちではできないこと。祈祷師がどのように世界を救うのか、なんてことまではわからない。私たち祈祷師が思し召しでわかるのは、世界の未来……それも確定してしまった未来しかわからないのだから」
つまり。
祈祷師の見た未来は、どう頑張っても変えることができない。そういうことだろうか。
しかしそうだとすれば、どうやってそれを避けるようにしているのだろうか。決して避けることのできない確定的な未来ならば、それを受け入れるのも一つの選択肢ではないのだろうか。
「うん。それも選択肢の一つだよ。まぎれもない、選択の一つ」
アルナはまたも僕の心を読んで、それに答えた。
「けれど、祈祷師が教える未来は決して逃げられない未来じゃない。未来への分岐点、それを教えているのが私たちであり、神様だということ。即ち、思し召しがあった日は世界の分岐点といっても過言ではないのよ」
「世界の分岐点? でも、未来は変えられない、って……」
「それは簡単に言えば『戦争が起きること』は変えられないかもしれないけれど、『それで一万人死ぬ』のを『五千人』にすることはできるかもしれない。戦争が起きることを予め予見しておくことで死ぬかもしれなかった人が死なないかもしれない。私たち祈祷師が思し召しをして、国王陛下にお伝えするのはそれが目的」
「……つまり、最善の方向に進めているのが今の政治、ということか」
アルナは何も言わなかった。
きっとそれで正解だったのだろう。
だから僕もまた何も答えずに――そのまま眠りにつこうとした。
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