終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第六章31 岩漿滾る世界

「なんだよ、こりゃ……」

「これが王城……って、奴なのか……?」

 ライガと航大が漏らすのは呆然とした言葉であった。

 全身を焦がす灼熱の気候が思考能力を鈍らせているのか、航大とライガの二人は眼前に広がる光景を前にして言葉を失ってしまうのであった。

「……嫌じゃ。儂はこんなところを進むのは嫌じゃッ!」

「ちょっと、リエルッ! 嫌じゃ……じゃ、ないでしょッ!」

「……進まないと」

「こんなの無理じゃッ! ただでさえ暑いのにッ、迂回するんじゃッ、きっと道は他にあるッ!」

「あぁもう、この中で一番の年上なんでしょ? 我儘言わないのッ!」

「年上とか年下とか関係ないんじゃッ! こんなマグマが煮えたぎってる道を進めというのかッ!? 無謀じゃ、そんなのッ!」

 呆然と立ち尽くす航大とライガの僅か後方。
 そこでは喚くリエルに対してシルヴィアとユイの二人が悪戦苦闘していた。

「アンタねぇ、こんなところまで来て一人で帰れる訳ないでしょッ!」

「いーやッ、儂は帰るッ! それくらいは出来るんじゃッ!」

「……リエル、諦めよう?」

「――――」

 ユイがリエルの肩を叩き、いつもの無表情で冷酷な一言を投げつける。
 次の瞬間、リエルは絶望に目を見開いて絶句する。

 どう足掻いても自分はこの先に進まなくてはならないのだと、瑠璃色の髪を揺らす少女はそれを確信してしまったのだ。自分以外の誰もが先に進むつもりでいる。ここでいくら自分が喚き散らそうとも、先に進む、ただその事実だけは覆ることがないのである。

「…………」

 静寂が包む世界において、リエルはガクッと大きく肩を落とすと小さく縮こまった状態で無言状態になってしまう。

「さて、航大……これはどう進む?」

「そうだな……王城というのは近いんだよな?」

『うん、そうだね。アスカの魔力をすごい強く感じる』

『多分、この先に居ますね』

 航大と視覚を共有する女神のカガリとシュナは、眼前に広がる光景ではなく、更にその先に待つ仲間の存在を捉えていた。

「この先に居ることは間違いないみたいだ。ってことは、問題はどう進むか……って、ところだな」

「一応、地竜が通れるくらいの幅はあるみたいだけど……ちょっとでも道を踏み外したらマグマに向けてダイブだな」

 航大とライガの二人が見るのは、突如として姿を現した土で出来た一本道であった。

 少し前まで航大たち一行は景色が変わらない草原を進んでいたはずなのだが、道端に岩が転がるようになってくると感じた矢先に平穏な風景は一変することとなった。

 急激に体感する気温も上昇し、頭上に広がる空も分厚い雲が覆うようになった。

 既にこの時点でリエルはギャーギャーと喚いていたのだが、それに構わず歩を進めた航大たちは紅蓮に燃えたぎる『マグマ』が支配する大地へと到達したのであった。

 バルベット大陸の南方地域、その最果てに近い場所はおよそ人間が生活することが出来ない異形の大地であった。立ち尽くしているだけでも汗ばんでくるような過酷な環境において、しかし航大たち一行は先に進まなくてはならなかった。

 赤く燃えたぎるマグマが流れる川の中に幅の狭い一本道が存在していた。

 この先に進むにはこの道しか存在していないと告げているようなものであり、しかし安易に足を踏み出すべきではないと理解はしている。だからこそ、こうして足を止めて状況を把握している。

「ねぇ、これって何かの罠って可能性はないかな……?」

 全員が呆然と立ち尽くす中、シルヴィアの何気ない一言が航大たちの鼓膜を震わせる。

 目的地はすぐ近くにまで迫っている。
 だからこそ、航大たちはより一層の慎重さが求められているのだ。

「まぁ、可能性としては十分に有り得る話だよな」

「だけど、この道以外には先に進めない。それなら、俺たちが選ぶべき選択肢は一つしかないと思うけど」

 様々な可能性が脳裏に浮かぶのだが、結局のところ目に見える範囲で先に進むことが出来るのはマグマが流れる川を渡るだけである。

「……シュナとカガリはどう思う?」

『僕は進むべきだと思うね。確かに、見るからに罠って感じがするんだけど、あのアスカがそんなズルい真似をするとは思えない』

「ふむ……シュナはどうだ?」

『……やはり、私は慎重になるべきだと考えますね。私の知っているアスカさんなら、確かに罠を仕掛けるような人ではありませんが、しかし今のアスカさんは以前とはまるで違っていますから』

「確かにそれもそうだ……」

『うーん、見事に意見が真っ二つって感じだね。こうなったら、リーダーである航大くんが決めるしかないよ』

「…………」

 内に潜む女神たちにも意見を仰いでみたものの、返ってくる答えは航大が想定していたものであった。どちらの言い分も納得できる部分があるのは間違いなく、航大が投げかけた質問は堂々巡って自分のところへと戻ってくる。

「……航大」

「ん、ユイか……どうした?」

 顎に指を当てて、しばらく思考の海に身を沈めていた航大は、服の袖を控えめに引っ張る存在があることに気付いた。そちらへと目を向ければ、そこには白髪を風に靡かせる少女・ユイの姿があった。

 彼女はいつものように無表情で無感情な様子を見せながら、じっと航大の瞳を覗き込んでおり、吸い込まれるような彼女の瞳に、航大はしばし言葉を失った。

「……私は航大の選択に従う。これまでも、これからもそう」

「でも、俺が間違った時……その時は……」

「……間違えない人は、いないと思うから」

「…………」

 この状況において、航大は迷っていた。

 進むべきか否か。

 この選択の代償は自分にだけではなく、仲間の安全すら脅かすものとなるかもしれない。

「航大、何悩んでんだよ」

「……ライガ」

「俺たちはずっと一緒に戦ってきたじゃねぇか。何度も命を賭けた戦いをしてきたはずだぜ。そんな俺たちのことが信頼できないって言うのか?」

 ユイの言葉を持ってしても答えを出すことができない航大の背中を押すのは、ライガ、シルヴィア、リエルとこれまで数多の戦いを共に経てきた仲間たちであった。

「その通りッ! 私たちは航大を信頼してる。だから、どんな選択をしても私たちはそれに従うし、もし間違ってると思うなら、その時はちゃんと言うから」

 シルヴィアは優しい笑みを浮かべてくれる。

 彼女との出会いは鮮烈なものであり、今もこうして命を預けられる仲間として戦えるのが驚きでもある。金髪を揺らす彼女はいつでも笑みを浮かべていて、航大に勇気と活力をくれる存在である。

 時にムードメーカーとして、時に頼れる騎士として成長した彼女は今の航大にとって欠かせない仲間である。

「こんなところで悩むとは主様らしくない。儂たちの心配なんかはいらぬぞ。どんな時でも主様と共に戦うまでじゃ」

 次に声を掛けてくれるのは瑠璃色の髪が印象的で、北方の賢者と呼ばれる少女・リエルだった。彼女とも付き合いは長く、航大たちパーティの中で最も強い魔力を持つ彼女によって、航大は幾度となく助けられてきた。

 誰よりも長い時間を生きる彼女もまた、航大に対して全幅の信頼を寄せてくれているのである。

「…………」

「……ね、航大。みんなもそう言ってる。だから、迷うことはない」

「……そうだな」

 目を閉じれば、仲間たち全員との出会いや戦いの日々が昨日のことのように思い返すことができる。決していい思い出ばかりではないのだが、それでも航大にとってはかけがえのない時間である。

 そんな仲間たちを信頼していないのか。
 そう問いかけられたのならば、航大が返す答えはただ一つである。

「よし、みんなで進もう」

 航大が力強く宣言する。

 その様子を待ってましたとばかりに見つめていたライガ、シルヴィア、リエル、ユイの四人はそれぞれ目を合わせ、

「「「「おうッ!」」」」

 と、声を揃えるのであった。

◆◆◆◆◆


「うぅ……大丈夫とは言ったものの、やはり心配じゃ……」

「はぁ、もう諦めなさいリエル」

 マグマが流れる川にぽつんと存在する一本道。
 今、航大たちはその上を地竜に乗って慎重に前進していた。

 道幅はギリギリの状況で、少しでも地竜が足を踏み外すようなことがあれば、その瞬間に航大たちは紅蓮に輝くマグマの中に落下することとなるであろう。

 リエルとシュナの氷魔法を使うことで、マグマに接近したとしても常温でいられるように対策をしているため、普通ならば人間が存在することを許さない環境であっても、航大たち一行は普段と変わることなく歩を進めることが出来ている。

 慎重にゆっくりと進む地竜と客車の中で、リエルはガクガクと身体を震わせて自らの無事を祈っている。さすがのライガも地竜の操舵に慎重になっており、慣れた様子で地竜とコミュニケーションを取っている。

「ここを越えれば、いよいよ女神とご対面って訳か……」

「女神だかなんだか知らないけど、絶対に止めないと……」

 一步、また一步と進む度に、否応にも航大たちを緊張感包み込む。
 相手は死した街で一度敗北を喫している炎獄の女神・アスカである。

 女神としての力だけではなく、世界を破滅させんとした魔竜の力を宿した最凶の存在である。全員が一度は対峙している相手ではあるものの、彼女が持つ力は底知れないものであり、正直なところ全員の力を集結させたとしても、戦いに勝てる保証などは存在しない。

 それでも航大たちには敗北は許されない。
 動き始める不穏な影を確かに感じる中において、決して負けることは出来ないのだ。

「……航大」

 異様な静寂が包む中、不意にライガが航大の名前を呼ぶ。

 その声音が聞き慣れいものであり、何か不穏な気配を察した航大は客車から身を乗り出すと状況を確認しようとする。

「――――」

 客車から外へと身を乗り出した航大は、眼前に広がる光景を前にして言葉を失う。
 全く想像していなかった異様な光景を前に、時間が止まったかのような静寂が場を支配している。

 航大とライガだけではない。

 異変を察したシルヴィア、リエル、ユイの三人もまた外の状況を確認すると揃って絶句している。その目は強く見開かれており、その様子から全員の視界を埋め尽くす『異形』の存在がどれほどのものかを想像することが出来る。

「簡単には通してくれねぇ……って、ことか」

「どうやら、そうみたいだな……ライガ……」

 隣でライガが呟き、それに応えるのは航大である。

 マグマが流れる川のちょうど中腹、そこに差し掛かった一行の前に突如として姿を現したのは、マグマでその身体を形成した『炎龍』であった。マグマに繋がっている胴体はあまりの長さから渦を巻くようにしており、その先端には確かに竜の顔が存在していた。燃え盛る紅蓮の中に赤く輝く瞳が二つ。

 マグマから姿をあらわした炎龍は、道の先に存在する主へ近づく者を良しとはしない。

 その意図が嫌でも伝わってくるからこそ、航大たちはこの状況での戦いを余儀なくされることを覚悟した。

「全員、準備しろ」

 ライガの声音を合図に全員が臨戦態勢を整える。

 女神を前にしての戦い。
 それは新たな激戦の予感と共に幕を開くのであった。

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