終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第六章25 月下の戦いⅦ

「逃げ続けてもしょうがねぇ、やるぞシルヴィア」

「誰に命令してんのよ」

 名も知らぬ死した街。

 そこは炎獄の女神・アスカによって壊滅させられた場所であり、今では死んでも尚、街を徘徊する屍としての時間を余儀なくされた『元人間』が支配する街であった。アンデットには特徴がある。それが闇夜の中でも妖しく光る紅蓮の瞳であった。

「……お前、本当に可愛くねぇな」

「うるさいわね。私はライガに好かれたい訳じゃないし」

「俺がお前を好きになる訳がねぇだろうが。でも、同じ騎士として今この瞬間においては命を預けられるのはお前だけだ」

「……それは同じ」

 異様な静寂が支配する街において、ライガとシルヴィアの二人は死した人間である『アンデット』との戦いに身を投じていた。普通のアンデットであるならば、単体戦闘においてライガたちが遅れを取ることはない。

 しかしそれはそれぞれが単体での戦いであるならばの話である。

 今、ライガたちが置かれている状況は数えることすら億劫になるほどのアンデットたちに囲まれており、数の上では圧倒的に不利な状況である。相手は既に死した存在。人間としての感情や意志もない異形の相手である。

 恐怖や怒りの感情もなく、ただ生者を襲うことだけを粛々と遂行するだけ。

「……航大には悪いが、まずは小物から片付けないとダメみたいだな」

「でも、あのデカイのが見逃してくれると思う?」

「そこが問題だな。ここは分担するしかないか……」

「まぁ、それが最善だよねー」

 ライガ、シルヴィアの周囲には無数のアンデットが取り囲むように存在している。
 その中には一際目立つ存在があり、それは明らかに他のアンデットとは違っていた。

「あいつに力勝負は無理だろうな。真正面からぶつかればこっちが吹き飛ばされるだけだ」

「はぁ……馬鹿力なのが取り柄だったのに、それすら負けるなんて……」

「誰が馬鹿力だけが取り柄だって?」

 普通の人間が生きる屍となったアンデットとは違い、その存在だけは姿形も普通とはかけ離れていた。

 人間の中では長身な部類に入るライガですら見上げるほどの巨大な体躯をしており、更に胴体から伸びる手足には隆々とした筋肉があり血管が浮かび上がっている。人間としての形はかろうじて残しては居るものの、その姿は誰が見ても異形のもので間違いはなかった。

「しょうがねぇ、あのデカイのは俺が相手する」

「……大丈夫なの?」

「やるしかねぇだろ」

 異形の姿をした巨大なアンデットの正体は、かつて死した街の長であった『オリバー』という名の青年だった。まだ二十代半ばといった年齢だった未来ある青年は、父親から街の長である立場を譲り受け、これからの日々を生きていこうとしていた。しかしそんな日々は、突如として姿を現した炎髪の少女による殺戮行為によって閉ざされてしまった。

 その後、アンデットとして姿を変えた彼は今、ライガとシルヴィアの前に立ち塞がると、その人間離れした力を持って二人を苦しめている。

「――――ッ!」

 崩壊した街にオリバーの咆哮が轟く。
 空気を震わせるその声音と共に、地面を抉るオリバーが跳躍する。

「来たなッ、小物は任せたぞシルヴィアッ!」

「任されたッ!」

 オリバーが動き出すのと同時にライガも飛ぶ。
 それに続く形でシルヴィアがアンデットたちを駆逐するために動き出す。

「まずは私からッ!」

 オリバーとライガが飛び出すのと同時に、シルヴィアもまたその小柄な身体を生かすとライガたちを取り囲むアンデットたちを一掃しようと駆ける。

「――――ッ!」

「おりゃあああぁぁーーーッ!」

 甲冑ドレスを風に靡かせながら、シルヴィアは両手に持つ二対の剣である『緋剣』と『蒼剣』をアンデットへと振るっていく。頭上ではライガとオリバーが激しい衝突を繰り返している。

「次ッ、次ッ!」

 シルヴィアが相手しているアンデットも元はただの一般人である。

 その動きは鈍足であり、アンデットたちの爪がシルヴィアの身体へと到達することはない。甲冑ドレスを揺らしながら舞うシルヴィアは、一人、また一人とそれぞれの手に握られた剣でアンデットの身体を斬り裂いていく。

「あぁもう、次から次へとッ!」

「――――ッ!」

 シルヴィアを取り囲むアンデットたちはとにかく数が多い。

 近づくものを片っ端から切り裂くシルヴィアだが、時間の経過と共に後手を踏むことが多くなっていく。腕を切り落とし、足を切断してもアンデットたちは紅蓮の瞳を輝かせてシルヴィアへの攻撃をやめようとはしない。

「コイツらッ……くそッ……」

 今までに戦ったことのタイプの敵にシルヴィアが苦戦を強いられるのは当然のことだった。

「こうなったら……」

 このまま剣を振るっていたら終わりが見えない。

 そう判断したシルヴィアはアンデットたちから僅かに距離を取ると、右手に持った『緋剣』に力を込めていく。彼女の求めに応じ、紅蓮の炎を纏う『緋剣』がその力を発揮する。


「廻り、廻る、紅蓮の炎――紅蓮の刃・フレイム・イグニッション・ロンドッ!」


 炎を纏った『緋剣』を手にシルヴィアがその場でくるくると廻りだす。

 純白の甲冑ドレスをひらりと宙に舞わせ、金色の髪が月明かりを受けて綺羅びやかに輝く。一人の少女が優雅に廻る姿は幻想的であり、そんな少女の身体を取り囲むのは、こちらもまた眩い輝きを放つ紅蓮の炎だった。

「――――ッ!?」

 シルヴィアが廻り、それと共に炎も廻る。
 触れるものを焦がす炎はアンデットたちの身体を等しく焦がしていく。

「よし、これでッ――」

 自分たちを取り囲んでいたアンデットの大部分が炎に包まれ、地面に倒れ伏すと動かぬ死体へと姿を変えていく。猛々しく怒る炎を見ながら、シルヴィアが一息をつこうとした瞬間だった。彼女のすぐ脇で轟音が響いたかと思えば、地面が大きく抉れる。

「ぐあぁッ……」

「って、ライガッ……大丈夫ッ!?」

「俺の心配は後だッ、上から来るぞッ!」

「――――ッ!」

 突如として上空から落下してきたライガに驚く暇もなく、シルヴィアの視線が頭上へと向けられた瞬間だった。満月を隠すようにして巨体が落下してきている光景が映り、それと同時にシルヴィアは咄嗟の判断でライガを蹴り上げる。

「もう、邪魔ッ!」

「ぐぉッ!?」

 まさか、シルヴィアから蹴られると思ってなかったライガは一切の受け身もなく腹部に蹴りを貰うと地面を転がっていく。

「てっめぇッ!」

「うっさいわねッ、私が居なかったらアンタぺちゃんこだったんだけど?」

「だからって蹴ることはないだろうがッ!」

「ふん、いつまでも寝転がってるのが悪いの」

「可愛くねぇ……このこと、航大に報告してやるからな」

「はぁッ!?」

「知ってるんだぜ、お前……航大の前では大人しくしてるってこと」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 咆哮を上げて落下してきたオリバーが噴煙の中に姿を消している間にも、ライガとシルヴィアの二人はいつもの様子で口論を繰り広げる始末。まさに犬猿の仲であるといった様子を見せる二人の前に、その巨体を誇ったアンデット・オリバーは再びの咆哮を上げる。

「――――ッ!」

「ったく、うるせぇな……」

「アンタってば、またコイツにやられた訳?」

「しょうがねぇだろうが、デカイ癖にすばしっこいんだよ」

「それは見れば分かる。とりあえず、邪魔者も片付けたし……そろそろコッチの反撃といきますかね」

「お前……覚えておけよ……」

 ひとしきり言い争いを終え、ライガとシルヴィアが睨みつける先に立つのは、その身体に一切の傷を追わず仁王立ちするオリバーの姿があった。

「――――ッ!」

 咆哮を上げるオリバーが地面を蹴って再び跳躍する。

「ここで倒すッ、いけるかシルヴィア?」
「いけるに決まってるでしょッ!」

 ライガとシルヴィアもまた地面を蹴って跳躍する。

 視界を覆い尽くす巨体を誇るオリバーを相手にも、二人は一切の怯みを見せることなく立ち向かっていく。

「神速、暴風、風を纏いし、戦う――風装神鬼ッ!」
「お願い、私に力を貸して――聖剣・ハールヴァイトッ!」

 その言葉をトリガーにシルヴィアの身体が眩い輝きに包まれる。
 闇夜が支配する街を照らす希望の光。

 光が少女の身体に収束すると、そこには神竜から力を授かった剣姫たる存在の最終型である『剣聖姫』へと姿を変えたシルヴィアの姿がそこにはあった。

「うおぉ、なんだよそれッ!?」

「こんくらいで驚いてるんじゃないわよッ!」

「だって、お前……羽とか生えちゃってんじゃんッ、驚くなって方が無理だろッ!」

「うるさいッ、いくわよッ!」

 純白の甲冑ドレスには金色の鎧が装備され、シルヴィアの背中には自らの身体を包み込めるほど大きく、そして美しい純白の翼が生える。そして、彼女の右手に握られているのは、かつて初代剣姫が愛用した聖剣・ハールヴァイトが存在していた。

 剣を愛し、剣に愛されし存在が剣聖姫である。
 彼女が到達するのは世界を守護する力の最終型。

「――――ッ!」

 突進してくるオリバーが狙うは、突如として膨大な力をその身に宿したシルヴィアである。アンデットへと変化し、人間としての知能も感情も失ったオリバーだが、自らの脳が訴えかけてくる本能的な警戒に従って標的を絞る。

「遅いッ!」

 翼を持った剣聖姫・シルヴィアは魔力を必要としない形で、自在に空を滑空する力を得た。翼が大きく羽ばたき、すると少女の身体は凄まじい速度で空を飛ぶ。

「一閃ッ!」

「――――ッ!?」

 目にも留まらない速さで滑空するシルヴィアは、聖剣・ハールヴァイトでオリバーに斬りかかっていく。オリバーが振るう爪は空を切り、その直後、自らが振るった腕に深い切り傷が刻まれていく。

 この戦いにおいて、初めて刻まれた明確な傷跡に、オリバーはその口を大きく開いて咆哮を上げる。

「すげぇぞ、シルヴィアッ!」

「あんたも働きなさいよッ!」

「へっ、分かってるって……神剣・ボルカニカ、お前が持つ力を、解き放て――烈風風牙ッ!」

 腕を切られて怯んでいるオリバーへ、今度はライガがありったけの力を込めて大剣・ボルカニカを振り下ろしていく。暴風を纏った刀身から放たれるのは、万物を切り裂く真空の刃である。

「――――ッ!?」

 シルヴィアの攻撃によって怯む今のオリバーは、ライガが仕掛ける攻撃に対して意識が向いていなかった。そのため、一切の防御態勢を取ることなく風刃の直撃を受けてしまう。

 ライガが放つ風刃はオリバーの脇腹を掠めるように切り裂き、切り裂かれた部位から鮮血が溢れ出してくる。

「よしよし、攻撃が通るようになってきたなッ!」

「まだまだッ、油断しちゃダメッ!」

 痛みに苦しみ藻掻くオリバーを見て、ライガは確かな手応えを感じるが、シルヴィアはそんなことに喜ぶ暇もなく追撃を仕掛ける。

「――――ッ!」

 再び接近してくるシルヴィアに対して、オリバーはやけくそ気味ではあるが自らの爪を振るって小柄な少女を撃ち落とそうとする。

「させねぇよッ!」

 その前に立ち塞がったのは茶髪を剣山のよに立たせた青年・ライガである。

 風の武装魔法・風装神鬼によって凄まじい速度を手に入れたライガは、その瞬速を生かしてオリバーの爪を受け止めた。

「いけッ、シルヴィアッ!」


「世界を包め、全てを守護する、三日月の光よ――皇光の一刀セイクリッド・ブレイズッ!」


 それは剣聖姫が持つ聖剣・ハールヴァイトが持つ光の一撃。

 再び街に希望の光を灯した聖剣によって放たれるは、巨大な三日月の形をした光の斬撃。悪を滅する究極の一撃がオリバーの身体を両断しようと直進する。

「――――ッ!」

 斬撃の軌道上に存在していたライガが姿を消し、自由な身動きを手に入れたオリバーだったが、その視界が映すのは超巨大な斬撃である。既に回避することは不可能。迫る斬撃を前にしてオリバーは悲痛な咆哮を上げる。

「――――」

 鼓膜を震わせる咆哮が響き渡った直後、街全体を揺るがす凄まじい衝撃が周囲を包み込む。シルヴィアが放つ斬撃がオリバーに直撃した証拠であり、その強すぎる聖なる一撃は周囲に産卵していた瓦礫を吹き飛ばしたことはもちろん、僅かに原型を留めていた全ての物体を吹き飛ばしていく。

「やったかッ!?」

「直撃はしたはず……これなら……」

 今度こそライガとシルヴィアは確かな手応えを感じていた。
 これまでとは比較にならない絶大なる光の一撃が直撃すれば、どんな魔獣も無事で済む訳がない。

「…………」

 噴煙が立ち込める中、オリバーの状況を把握することは難しい。
 しかし、咆哮が轟くこともなければ、噴煙の中から巨体が飛び出してくることもない。

「ど、どうなったんだ……?」

「静かに、ライガ……噴煙が消える……」

 異様な静寂が包む中、オリバーを包んでいた噴煙が消えようとしていた。

 その中に見えるのは見上げるほどの巨体を持ったオリバーであり、その姿を見てシルヴィアたちは絶句する。

「これ、生きてんのか……?」

「普通なら死んでるんだろうけどね……」

 噴煙が完全に消失し、再び姿を現したオリバーの身体は凄惨を極めていた。

 両手を上半身の前でクロスさせた状態で停止するオリバーは、左肩から右腰に掛けてシルヴィアの斬撃によって両断されていた。身体に一筋の線が刻まれており、じわりと鮮血が零れだしている。

「…………」

 シルヴィアの斬撃を受けたオリバーは沈黙を保っている。
 一切の身動きを見せることなく、静寂を保っている。

 生きているのか、死んでいるのか。

 その判断すら難しく、更に下手に近づくことも危険であることを承知しているからこそ、ライガたちは立ち尽くすことしかできない。

「なんか嫌な予感がする」

「嫌な予感ってなんだよ、シルヴィア?」

 異様な静寂と停止するオリバーを見て、シルヴィアの表情が険しくなる。

「アイツ、まだ死んでない……」

「おいおい、マジかよ」

 オリバーの身体からは未だに凄まじい魔力が漏れ出ている。
 その様子を素早く察したシルヴィアは警戒の体勢を整えていく。

「で、でもよ……あんな状態で動いたら……身体が落ちるぞッ!?」

「…………」

 その時だった、シルヴィアはオリバーではなく周囲に視線を向けていた。

「まずいかも、コレ……」

「なんだよコレッ……血、か……?」

 周囲を確認すると、先ほどシルヴィアが斬り裂いたアンデットたちから零れ出た鮮血が宙に浮いている。鮮血は静かにオリバーの元へと集まり出し、その数、量共に凄まじいものであった。

「魔力が高まってる……」

「んだよ、それ……血を吸って強くなってるってのかよ……」

 アンデットたちから溢れ出た膨大な量の血液がオリバーの身体へと吸収されていく。その直後、オリバーの身体に異変が現れる。

「…………」

 筋肉が脈動し、シルヴィアの斬撃によって生まれた傷が瞬時に癒えていく。

 更にその巨体を覆っている筋肉が一回り大きく、強靭なものへと変化を遂げており、数多の命を取り込み、オリバーは最終形態へと進化しようとしていた。

「……ライガ、これはマジでやらないとダメかも」

「マジかよ」

 先ほどとは比べ物にならない力を得て、オリバーは再びその紅蓮の瞳を見開くのであった。

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