終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第六章20 月下の戦いⅡ
「まだ足りない。私を滅するには、まだ力が足りていないようだ」
満月の光が照らす死する街での戦い。
アンデットが支配する街で、航大たち一行は異形の存在と対峙していた。
皺が目立つ初老の男性・クロウと戦うのは航大とユイの二人である。航大は女神の力を纏い、隣に立つユイは英霊・ブリュンヒルデの力を手にして、紅蓮の瞳を持つクロウとの戦いに身を投じていく。
クロウは紅蓮に瞳を瞬かせて跳躍し、それを迎撃したのは英霊・ブリュンヒルデだった。彼女の手に握られた白銀の槍は、眩い輝きと共にクロウの身体を貫いた。
たった一撃で勝負は決したように見えた。
事実、ブリュンヒルデの槍はクロウの身体を貫いており、夥しい量の鮮血が宙を舞って地面へと垂れ落ちていく。普通であるならば、この一撃によって戦闘は終了しているはずであり、しかしそれは正常な環境下における戦いであるならばといった話である。
「どういうことだよ、それッ……」
一連の攻撃を間近で観察していた航大は、信じられない光景を前にして忌々しげに舌打ちを漏らす。
こうなることは容易に予測することができた。
この街は既に死んでいて、そこら辺を徘徊する人間ですら生きる屍であるのだから。屍と同じ紅蓮の瞳を持つクロウもまた、普通の人間ではないのだ。
「死者。アンデット。生きる屍。コイツは不死身だとでも言うのか……ッ!?」
「ブリュンヒルデッ、とにかく今は退けッ、体勢を立て直す――」
「そうはさせませんよ?」
一瞬で危険を察したブリュンヒルデはその美しい表情を歪ませると、クロウから距離を取ろうとする。しかし、その動きを予測していたクロウもまた地面に着地するのと同時に大きく一步を踏み出す。
「くそッ、こちらの動きを読んでるッ!」
「主よッ、私なら大丈夫だ。主は主が成すべきことをッ!」
後退しようとするブリュンヒルデとの距離を瞬時に詰めてくるクロウ。彼はその手に持った『刀』によく似た刃を振るって英霊をその手で葬り去ろうとする。
クロウが放つ斬撃は一切の無駄が存在しておらず、瞬時に繰り出される連撃はその太刀筋すら相手に見せない達人の領域に達しようとしていた。
「ほう、ほうッ……私の斬撃を受けますか……やはり、貴方たちなら私の期待に応えることができそうですね」
「剣を使うとは……厄介な……ッ!」
凄まじい連撃を前にして、ブリュンヒルデは防戦一方な展開を強いられる。相手は手数の多さを武器に攻撃を仕掛けてきており、対するブリュンヒルデが持っている武器は槍である。相手を貫くことに特化した武器では、ほぼ零距離にまで接近された状態を覆すのは難しいと言わざるを得ない。
「ブリュンヒルデッ、頭を下げろッ!」
「――――ッ!?」
名も知らぬ街の大通りで初老の男・クロウと剣戟を繰り広げるブリュンヒルデ。
劣勢になりつつある彼女の鼓膜を震わせたのは、背後から迫る航大の声音だった。
「万物を砕け、大地を切り裂け、氷牙の前に敵はなし――氷牙業剣ッ!」
夜の街を疾走する航大は、その両手に自分の背丈を越える超巨大な氷の剣を生成すると、怒号と共にそれを横に薙ぎ払っていく。
「ほう、素晴らしい連携ですな」
「喰らええええぇぇぇッ!」
「しかし、まだ甘いッ」
それは航大とユイの関係性が成せる技であるのか、英霊たる人智を超えた力が成せる技なのか、超人的な反射神経を見せるブリュンヒルデはあと僅かでもタイミングが遅れれば胴体を真っ二つにされかねない絶妙なタイミングで体勢を低くすることで、頭上を通過する氷剣の被弾を避ける。
英霊・ブリュンヒルデと剣戟を繰り広げていたクロウは、航大と英霊が見せる連携に笑みを浮かべ、こちらもまた超人的な反射神経を持って上半身を思い切り後ろに反らすことで剣を回避する。
「マジかよッ、それ直角に曲がってんじゃねぇかッ!」
「ふふ、今の私ならばこれくらいは容易いことですよ」
上半身を思い切り反らし、腰から背中にかけて直角に曲げるクロウは、自身の目の前を氷剣が通り過ぎていく様を見守る。普通の人間ならば構造的に不可能な回避手段ではあるのだが、紅蓮の瞳を灯らせ人間とは似て非なる存在へと変わった彼だからこそ出来る芸当である。
「驚いている暇はありませんよ?」
「くそッ……ブリュンヒルデ、退くんだッ!」
「間に合わな――ぐううぅッ!?」
航大とブリュンヒルデが見せた連携技は完璧だったはずだった。
しかし、航大たちが対峙する初老の男は想像の遥か上をいく動きを見せたことで、一瞬の隙が生まれてしまう。
すぐさま体勢を立て直したクロウはやはりその顔に笑みを浮かべてすぐさま次なる攻撃へと移っていく。人間離れした柔軟な身体を鞭のように撓らせることで、目の前で無防備な姿を晒しているブリュンヒルデの脇腹に強烈な蹴りを見舞っていく。
防御態勢すらままならない状況でクロウの蹴りを受けるブリュンヒルデは、苦悶の声音と共に小柄な身体を後方へと吹き飛ばされ、後ろに存在していた航大を巻き込んで地面を転げ回る。
「ごほっ、けほッ……」
「いてて……ブリュンヒルデ、大丈夫かッ!?」
「はぁ、はぁ……くっ、ごほッ……大丈夫だ……」
激しく地面を転げ回ることとなった航大とブリュンヒルデは、すぐさま立ち上がって継戦の準備を整える。今は命を賭けた戦いの最中であり、地面に寝転がっている暇などは存在しないのだ。
クロウの蹴りを至近距離で受け身もなく直撃したブリュンヒルデは、白銀の甲冑鎧の突き抜ける衝撃に苦悶の表情を浮かべている。よく見れば、彼女の身体を覆っている甲冑鎧は脇腹の部分が僅かに欠けており、対峙するクロウが放つ攻撃の凄まじさを物語っている。
「これまでの戦いの常識は通用しないってことか……」
「そのようだ。あんな動き、今までに見たこともない……」
「まだ戦えるか、ブリュンヒルデ?」
「……ふん、誰に物を言っている、主? 私は戦乙女ワルキューレの一人、この程度で倒れるほどやわではないッ」
彼女の身体には確かなダメージが刻まれている。
しかし、英霊たる彼女は決して戦いを諦めることはなかった。
「よし、それなら今度は俺が先に行く。ブリュンヒルデも一緒に戦ってくれるか?」
「それが主の命令であるのならば、私はこの身が朽ち果てるその時まで戦い続けるのみッ!」
航大とブリュンヒルデの瞳に再びの輝きが灯る。
決して未来を諦めない。
屈せぬ心を体現する力強い瞳が捉えるのは、現世に捕らわれし哀れな傀儡。
「……やはり、私の目に狂いはなかった。貴方たちならば、この朽ち果てし老いぼれに引導を渡してくれるのかもしれない。しかし、私とて簡単に敗北する訳にはいかぬ定め。ここからは全力で行かせて貰いましょう」
英霊と対峙する死者たる存在・クロウは、紅蓮に光る瞳に僅かな希望を抱いて、更なる激戦を覚悟する。
自らの意志など関係ない。
絶え間なく込み上げてくる戦いの欲求に従って彼は飛ぶ。
「――――ッ!」
死者が支配する名もなき街。
月明かりだけが照らす静かなる舞台にて、戦いは新たな局面を見せるのであった。
満月の光が照らす死する街での戦い。
アンデットが支配する街で、航大たち一行は異形の存在と対峙していた。
皺が目立つ初老の男性・クロウと戦うのは航大とユイの二人である。航大は女神の力を纏い、隣に立つユイは英霊・ブリュンヒルデの力を手にして、紅蓮の瞳を持つクロウとの戦いに身を投じていく。
クロウは紅蓮に瞳を瞬かせて跳躍し、それを迎撃したのは英霊・ブリュンヒルデだった。彼女の手に握られた白銀の槍は、眩い輝きと共にクロウの身体を貫いた。
たった一撃で勝負は決したように見えた。
事実、ブリュンヒルデの槍はクロウの身体を貫いており、夥しい量の鮮血が宙を舞って地面へと垂れ落ちていく。普通であるならば、この一撃によって戦闘は終了しているはずであり、しかしそれは正常な環境下における戦いであるならばといった話である。
「どういうことだよ、それッ……」
一連の攻撃を間近で観察していた航大は、信じられない光景を前にして忌々しげに舌打ちを漏らす。
こうなることは容易に予測することができた。
この街は既に死んでいて、そこら辺を徘徊する人間ですら生きる屍であるのだから。屍と同じ紅蓮の瞳を持つクロウもまた、普通の人間ではないのだ。
「死者。アンデット。生きる屍。コイツは不死身だとでも言うのか……ッ!?」
「ブリュンヒルデッ、とにかく今は退けッ、体勢を立て直す――」
「そうはさせませんよ?」
一瞬で危険を察したブリュンヒルデはその美しい表情を歪ませると、クロウから距離を取ろうとする。しかし、その動きを予測していたクロウもまた地面に着地するのと同時に大きく一步を踏み出す。
「くそッ、こちらの動きを読んでるッ!」
「主よッ、私なら大丈夫だ。主は主が成すべきことをッ!」
後退しようとするブリュンヒルデとの距離を瞬時に詰めてくるクロウ。彼はその手に持った『刀』によく似た刃を振るって英霊をその手で葬り去ろうとする。
クロウが放つ斬撃は一切の無駄が存在しておらず、瞬時に繰り出される連撃はその太刀筋すら相手に見せない達人の領域に達しようとしていた。
「ほう、ほうッ……私の斬撃を受けますか……やはり、貴方たちなら私の期待に応えることができそうですね」
「剣を使うとは……厄介な……ッ!」
凄まじい連撃を前にして、ブリュンヒルデは防戦一方な展開を強いられる。相手は手数の多さを武器に攻撃を仕掛けてきており、対するブリュンヒルデが持っている武器は槍である。相手を貫くことに特化した武器では、ほぼ零距離にまで接近された状態を覆すのは難しいと言わざるを得ない。
「ブリュンヒルデッ、頭を下げろッ!」
「――――ッ!?」
名も知らぬ街の大通りで初老の男・クロウと剣戟を繰り広げるブリュンヒルデ。
劣勢になりつつある彼女の鼓膜を震わせたのは、背後から迫る航大の声音だった。
「万物を砕け、大地を切り裂け、氷牙の前に敵はなし――氷牙業剣ッ!」
夜の街を疾走する航大は、その両手に自分の背丈を越える超巨大な氷の剣を生成すると、怒号と共にそれを横に薙ぎ払っていく。
「ほう、素晴らしい連携ですな」
「喰らええええぇぇぇッ!」
「しかし、まだ甘いッ」
それは航大とユイの関係性が成せる技であるのか、英霊たる人智を超えた力が成せる技なのか、超人的な反射神経を見せるブリュンヒルデはあと僅かでもタイミングが遅れれば胴体を真っ二つにされかねない絶妙なタイミングで体勢を低くすることで、頭上を通過する氷剣の被弾を避ける。
英霊・ブリュンヒルデと剣戟を繰り広げていたクロウは、航大と英霊が見せる連携に笑みを浮かべ、こちらもまた超人的な反射神経を持って上半身を思い切り後ろに反らすことで剣を回避する。
「マジかよッ、それ直角に曲がってんじゃねぇかッ!」
「ふふ、今の私ならばこれくらいは容易いことですよ」
上半身を思い切り反らし、腰から背中にかけて直角に曲げるクロウは、自身の目の前を氷剣が通り過ぎていく様を見守る。普通の人間ならば構造的に不可能な回避手段ではあるのだが、紅蓮の瞳を灯らせ人間とは似て非なる存在へと変わった彼だからこそ出来る芸当である。
「驚いている暇はありませんよ?」
「くそッ……ブリュンヒルデ、退くんだッ!」
「間に合わな――ぐううぅッ!?」
航大とブリュンヒルデが見せた連携技は完璧だったはずだった。
しかし、航大たちが対峙する初老の男は想像の遥か上をいく動きを見せたことで、一瞬の隙が生まれてしまう。
すぐさま体勢を立て直したクロウはやはりその顔に笑みを浮かべてすぐさま次なる攻撃へと移っていく。人間離れした柔軟な身体を鞭のように撓らせることで、目の前で無防備な姿を晒しているブリュンヒルデの脇腹に強烈な蹴りを見舞っていく。
防御態勢すらままならない状況でクロウの蹴りを受けるブリュンヒルデは、苦悶の声音と共に小柄な身体を後方へと吹き飛ばされ、後ろに存在していた航大を巻き込んで地面を転げ回る。
「ごほっ、けほッ……」
「いてて……ブリュンヒルデ、大丈夫かッ!?」
「はぁ、はぁ……くっ、ごほッ……大丈夫だ……」
激しく地面を転げ回ることとなった航大とブリュンヒルデは、すぐさま立ち上がって継戦の準備を整える。今は命を賭けた戦いの最中であり、地面に寝転がっている暇などは存在しないのだ。
クロウの蹴りを至近距離で受け身もなく直撃したブリュンヒルデは、白銀の甲冑鎧の突き抜ける衝撃に苦悶の表情を浮かべている。よく見れば、彼女の身体を覆っている甲冑鎧は脇腹の部分が僅かに欠けており、対峙するクロウが放つ攻撃の凄まじさを物語っている。
「これまでの戦いの常識は通用しないってことか……」
「そのようだ。あんな動き、今までに見たこともない……」
「まだ戦えるか、ブリュンヒルデ?」
「……ふん、誰に物を言っている、主? 私は戦乙女ワルキューレの一人、この程度で倒れるほどやわではないッ」
彼女の身体には確かなダメージが刻まれている。
しかし、英霊たる彼女は決して戦いを諦めることはなかった。
「よし、それなら今度は俺が先に行く。ブリュンヒルデも一緒に戦ってくれるか?」
「それが主の命令であるのならば、私はこの身が朽ち果てるその時まで戦い続けるのみッ!」
航大とブリュンヒルデの瞳に再びの輝きが灯る。
決して未来を諦めない。
屈せぬ心を体現する力強い瞳が捉えるのは、現世に捕らわれし哀れな傀儡。
「……やはり、私の目に狂いはなかった。貴方たちならば、この朽ち果てし老いぼれに引導を渡してくれるのかもしれない。しかし、私とて簡単に敗北する訳にはいかぬ定め。ここからは全力で行かせて貰いましょう」
英霊と対峙する死者たる存在・クロウは、紅蓮に光る瞳に僅かな希望を抱いて、更なる激戦を覚悟する。
自らの意志など関係ない。
絶え間なく込み上げてくる戦いの欲求に従って彼は飛ぶ。
「――――ッ!」
死者が支配する名もなき街。
月明かりだけが照らす静かなる舞台にて、戦いは新たな局面を見せるのであった。
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