終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第六章10 炎獄の激戦Ⅳ

「業火よ猛れ、業炎よ我を包め、手にするは破壊の炎神――武・業火炎舞」

 バルベット大陸の南方に存在する田舎街・レント。

 普段は平和な宿街として旅人に愛用された街も、今では業炎と絶対零度の氷が支配するこの世の地獄と姿を変えていた。南方地域に広がっていた『噂』は真実であった。

 ――炎髪を揺らす悪魔が街を破壊する。

 当初、そんな噂は一蹴されており、誰もが真実だと認めることはなかった。それというのも、そんな悪魔の姿を見た者が存在しなかったからである。正しくは姿を見て生き永らえた人間が存在しなかったのである。

 炎髪を揺らす悪魔と邂逅を果たした人間は、ただ一人の例外もなく業炎に包まれて命を落とした。残虐非道な行いが王国に報告されることはなく、その果てに多くの人々が命を落とすこととなった。

 そして、炎髪を揺らす悪魔の次なる標的となったのが、南方地域に存在する小さな田舎街・レントであった。平和な時を謳歌していた街は、何の前触れもなく姿を現した悪魔の手によって瞬く間に業炎へと包まれることとなった。

 炎はまず街の外周を包んだ。

 街の人間が外に逃げないようにするためであることは明白であった。南方大陸を襲った破壊行動は衝動的なものではなく、明確な殺意からなるものであることを証明する。

「あれが、炎獄の女神・アスカの真の姿っていうのかよ……」

 炎髪の悪魔と呼ばれる少女。

 その正体はかつて世界を魔竜の手から救った女神の一人であった。
 紅蓮の輝きを放つショートヘアーに、強い意志を放っているつり目の双眼。

 その身から放つ敵意と殺意を隠そうともしない女神の姿に、駆けつけた航大たち一行は驚きを禁じ得なかった。それもそのはずであり、航大たち一行がバルベット大陸の南方を目指したのは、女神であるアスカの力を借りるためだったからである。

 女神とはかつて世界を魔の手から救い出し、今の時代にあっても世界の平穏と均衡を保つために存在し続けているものとされていた。だからこそ、そんな彼女が罪もない人々を襲うことなど到底信じられることではなかったのだ。

『……そういうことになるねー。僕も久しぶりに見たよ、アスカのあの姿をね』
『そうですね。まさか、敵としてあの姿を見ることになるとは、思いもしませんでした』

 航大とシュナの力によって、業炎が包んでいた死の街・レントは絶対零度の氷が支配する氷獄の世界へと姿を変えた。炎に身を焼かれ苦しむ人々を瞬間的な凍結状態にすることで、少しでもその苦しみを緩和することに成功した。

 しかし、人々が落とさなくてもいい命を落としていることに間違いはなく、女神の凶行を止めることができなかった後悔の念が航大の胸を締め付ける。

「どうするんだよ、アレ……」

『どうするもなにも、戦うしかないよね。向こうはやる気満々みたいだし?』

『航大さん、ここは戦うしかないかと……』

 小さな田舎街・レントを襲った炎獄の女神・アスカ。

 彼女は我を失った様子で殺戮を繰り返している。止めに入った航大は自らの内に存在する氷獄の女神・シュナの力を行使することで、一時的にアスカの動きを止めることに成功した。しかしそれは、炎髪を揺らす少女に更なる成長のきっかけを与えることとなってしまったのだ。

「……邪魔をするモノは、全て壊す」

 炎の武装魔法を身に纏った炎獄の女神・アスカは、その姿を大きく変化させていた。

 身体の至る部分を紅蓮の炎で包み、背中には巨大な炎の翼が生えている。華奢な身体を包む炎はまるで甲冑の鎧を身に纏っているかのようであり、紅蓮の光を放つ女神に相応しい神々しい姿に戦慄を禁じ得ない。

「やるしかないのか……」

『気合いを入れるんだよ、航大くん……じゃないと、多分一撃で死んじゃうから』

「……おい、物騒なことを言うな」

『残念ながら航大さん、カガリさんの言うことは間違ってはいません。それほどまでに、アスカの武装魔法は強いということです』

「…………」

 絶対零度の氷と、新たに生まれし業炎が存在する対極の街・レント。
 南方地域に存在する小さな街で今、氷獄の女神と炎獄の女神が正面からぶつかろうとしていた。

「…………」

 嵐の前の静けさとでも言うのだろうか、田舎街・レントは異様な静寂に包まれていた。近くで火の粉が舞う音が連鎖する以外には、なんの音も聞こえてはこない。あれほどにまで木霊していた人々の悲鳴も消え去り、真の意味で街は死を遂げようとしているのだ。

 過ぎた現実を戻すことはできないが、これからの未来を守ることはできる。

「――――ッ!」

 どちらかが合図をした訳ではない。
 航大とアスカはほぼ同時に地面を蹴って跳躍を開始する。
 互いに逃げるという選択肢は存在せず、真っ向から衝突するという選択をする。

「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、氷双龍の力を持って、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙・双ッ!」

 今までに感じたことのない魔力を帯びる炎獄の女神・アスカに対して、航大はこれまでの攻撃では力が足りないことを本能的に理解する。だからこそ、いつも以上に魔力を引き出して既存の魔法を強化していく。

 万物を貫き、触れる物全てを凍結させる氷魔法最上位の攻撃魔法。
 それを即座にバージョンアップさせた航大は、一度にそれを二本生成する。

「――――ッ!」

 猪突猛進といった様子で突っ込んでくるアスカに対して、航大は容赦なく氷槍を投擲する。全力の力で放たれる氷槍は風を切って一直線に飛翔していく。

「曲がれ、氷槍ッ!」

「――――ッ!?」

 ただ一直線に進むのではなく、航大の声に呼応して二本の槍が空中を自在に滑空する。

 目にも留まらぬ速さで右に左、上に下と軌跡を残しながら動き続ける氷槍。これまでと違う氷槍の動きに炎獄の女神・アスカは僅かに眉を顰めるが、しかしそれでも航大を目掛けて突進する動きを止めることはない。

「今だッ、いけッ!」

 アスカの頭上と背後の位置をキープした氷槍を見るなり、航大は右手を振り下ろしてその動きに命令を下す。すると自由に空を滑空していた氷槍が直角的に動きを変える。

 その矛先を紅蓮纏う少女へと固定し、これまた超高速でその身体を貫こうと飛翔する。

「猛る業火よ我を守護せよ、絶対の牙城は崩れることなし――守・業火炎舞」

 接近する氷槍に対してアスカは特別動きを見せず、その右手を伸ばすと小さな声音で詠唱を口にする。すると、彼女の背中で圧倒的な存在感を見せている炎の翼に変化が現れる。

「嘘だろ、おいッ……」

 翼を形成する紅蓮の炎が勢いを増したかと思えば、次の瞬間には迫る氷槍へ向かって攻撃を開始する。武装魔法を纏う際に出現した炎渦が持っていた防御性能を炎の翼も持っており、その翼は一時的に『炎蛇』へと姿を変えると、氷槍を撃墜しようと空へ向かって伸びていく。

「あれって、そんな使い道もあったのか……ッ!?」

 炎蛇となって氷槍を包み、そして破壊していく様子を見て、さすがの航大も驚きに声を禁じ得ない。

『まさに攻防一体……といったところかな?』
『私もあの姿をしっかりと見るのは初めてです……あんなことまで……』

 アスカの背中から伸びる『炎蛇』は凄まじい破壊力を持ってして氷槍を瞬時に融解させていく。

「とにかく攻撃あるのみだッ、相手に攻撃をさせないッ!」

 あっという間に消失した氷槍を見て舌打ちを漏らす航大は、すぐさま次なる行動へと移っていく。

「無限の氷剣、貫き、破壊せよ――無限氷剣ッ」

 次なる攻撃。
 それは氷で作られし剣を無限に生成し続け、対象の身体へと放つ氷魔法。

 航大の詠唱に呼応して彼の周囲に無数の氷剣が姿を現す。剣の切っ先はアスカの身体を捉えており、航大の意思が命じる通りに飛翔を開始する。

「…………」

 氷槍龍牙と違い、一本あたりのダメージは微々たるものであるが、その代わりに攻撃の手数であるならば氷槍を遥かに凌ぐものとなる。雨のように降り注ぐ氷剣がアスカの身体に集中する。

「――――」

 今度こそアスカの身体を捉えたと手応えはあった。
 しかし、炎獄の女神・アスカは航大たちの想像を遥かに越えていく。

 氷剣が迫る中でも努めて冷静に振る舞うアスカは表情一つ変えることなく、何の前触れもなしにその場でくるりと優雅に一回転する。

「……マジかよ」

 優雅に一回転することでアスカはその背中に生やした『炎蛇』を全方位に伸ばして氷剣を全て破壊していく。背中に生える翼だけならば氷剣を防ぐことは難しい。しかしその場で回転することによって翼は攻撃範囲が小さいという欠点を補うことができる。

『あはは、こりゃ驚いたね。あの翼にはそんな使い方があるんだね』
『……カガリさん、笑い事じゃないですよ』

 どこか緊張感に欠けるカガリの声音にため息を漏らすのは氷獄の女神・シュナだった。
 航大が放つ氷剣はその全てを『炎蛇』によって叩き落される。

「まずいぞ、こりゃ……」

『アスカが動くよ、航大くんッ!』

 雨のように続く攻撃の合間を塗って、炎獄の女神・アスカは跳躍を開始すると一気に航大との距離を詰める。これまで異様なほどに静かで受け身に回っていた女神も、敵意が込められた瞳に光を灯すと、反撃へと打って出る。

「猛る業火よ全てを壊せ、炎神ここに参る――破・業火炎舞ッ」

 背中に生やした『炎蛇』を再び翼の状態に変化させると、アスカは地面すれすれを滑空すると攻撃態勢を整えていく。

「業火業炎を纏い、敵を砕く――炎獄瞬弾ッ!」

 両手両足に業炎を纏う炎獄の女神・アスカ。
 更に跳躍する速度を上げるとアスカは思い切り拳を振り下ろす。

「女神の加護を受けし氷壁よ、今ここにあらゆる攻撃を防ぐ盾となれ――絶対氷鏡ッ!」

 迫るアスカの速度は尋常ではない。もちろん振り返って逃げる時間などは存在せず、航大は舌打ちを漏らしながら防御の体勢と整えていく。唱えるはあらゆる攻撃から身を守る氷の守護防壁。

 しかしその判断は致命的に間違っていたのだと、航大は次の瞬間に知ることとなる。

『航大さん、それはダメですッ!』

「それってどれッ!?」

 脳内に響くのは切羽詰まった様子で叫ぶシュナの声音。
 それに反応を返している間に、気付けば眼前にアスカが迫っていた。


「一発、断罪ッ!」


 そんな声音と共に振るわれる業炎を纏いし拳。
 輝く小さな太陽のごときその一撃は、航大が展開する氷の防壁をいとも容易く砕くのであった。

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