終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第六章5 炎獄の女神

「どういうことだよ……」

「…………」

「リエルたちの言っていることが正しいのだとしたら……女神が何の罪もない人たちを殺してるってことになるんだぞ……」

 航大の震える声音が響く。

 彼の言葉に全員が沈痛な表情を浮かべて俯いているばかりであり、誰もが返答に窮している。それは航大の体内に息づく女神たちも同様であり、かつて世界を救うため共に戦った仲間が無実の人に危害を加えているのが事実なのだとしたら……まだ憶測の段階ではあるものの、とてもじゃないが女神たちにとっても信じ難い話しなのである。

「今、南方は危機的状況にある。俺が住んでいる街だけじゃない、他にも存在するいくつかの街があの女にやられたって聞いてる」

「そんな馬鹿な……王国ではそんな話しは全く……」

「……それは街が壊滅して、そこに住まう誰もが命を落としているからだ。王国にこの事を伝えようと思っても、それが出来ていない」

「…………」

「こうして俺が逃げることが出来たのも、奇跡的なことなんだ。紅蓮の女はいつもまず最初に逃げ道を塞ぐ。街を取り囲むように消えない炎を生み出して、後は残された人々を無残に殺す」

「…………」

「最初は噂レベルの話しだったんだ。誰も信じはしなかった。だけど、ここ最近で南方の街に出向いた人が帰って来なかったりして……確実に被害は広がっている」

「それを女神がやったって言うのかよ……」

『まだ断定はできないけどね、その可能性が高いってこと』

「……何にしても、誰かが暴れてるってならそれを止めないと」

「あの女は目についた街を襲ってる。そして、少しずつ北へ移動していることから、レジーナに到達する日も近い……」

「アンタが襲われた街の近くに、ターゲットになりそうな場所はあるのか?」

「……俺が住んでいた街とレジーナのちょうど中間にある、レントって街が危ないかもしれない」

「レント……分かった。急ごう、ライガ」

「あぁ、そうだな。噂が本当でも嘘でも……誰かを傷つける奴がいるのなら、野放しにはできねぇ」

「うむ、儂も急いで向かうことに賛成じゃ」

「私も、今すぐに出発した方がいいと思う」

 航大の言葉にライガたち全員が賛同する。

「おいおい……全部、喋った後に言うもんじゃないけど、アンタたち本気であの女と戦う気なのか……?」

 全員が今にも立ち上がりそうな雰囲気の中、青年が震える声音で航大たちに問いかける。自分に降り掛かった悲劇の話はした。それを聞いても尚、立ち向かおうとする航大たちの姿に最悪の結末を想像してしまったのだ。

「大丈夫だ。俺たちは王国から派遣されてきた騎士だからな。そう簡単にはやられはしないって」

「騎士って、マジかよ……」

「それに街を襲ってる人間は、俺たちが探してる奴かもしれないしな」

「分かった。とにかく気をつけてくれ」

「……あぁ」

 青年の言葉に背中を押されるような形で、航大たち一行は旅の支度を整えていく。
 向かうはレジーナから南方へ進んだ先にある田舎街・レント。
 厄災から人々を守るため、航大たち一行はすぐさま飛び出していくのであった。

◆◆◆◆◆

「…………」

 レジーナより南へ下ること少し、田舎街・レントを目指して航大たちは進んでいた。

 地竜が引く客車の中には、航大、リエル、ユイ、シルヴィアの四人が滞在しているのだが、その空気は重苦しいものになっていた。つい先日までの空気は一変しており、客車の中は異様な緊張感に包まれているのだった。

「ねぇ、本当に街を襲ってるのが……その……女神ってことがあるのかな……?」

 異様な緊張感が支配する客車の中で、そんな声音を漏らすのはシルヴィアだった。

 道端で倒れ、全身に重度の火傷を負っていた青年を助けた航大たちは、その青年から驚愕の真実を告げられたのだ。

 今、南方地域には無差別に人を襲う『悪魔』が存在している。

 その悪魔は紅蓮の炎髪を持っており、その強大な力を用いて南方に存在する街を襲っているという。航大たちが助けた青年もまたその被害者であり、全身に火傷を負って瀕死な状況になりながらもレジーナへと逃げてきたのだ。

「…………」

 シルヴィアの問いかけに誰も答えることはない。

 青年は炎髪を持つ女が街を襲ったと告げた。その容姿から連想される人物、まだ憶測の域を脱しないが、その特徴から街を襲っているのは炎獄の女神・アスカである可能性が非常に高い。街を軽々と壊滅させられる力と、炎の魔法を得意とする人物。もちろん、実物を見ている訳ではなく、確信ではないのだが航大の中に存在する女神たちもまた、その可能性に無言を貫いている。

「……とにかくこの目で見るまでは確信はない」

「うむ、そうじゃな。女神様が街を襲うなんて、そんなことこの目で見るまでは信じることができん」

「うん、そうだよね……大丈夫大丈夫、何かの間違いだってッ!」

「……私も、そう思う」

 航大の言葉に全員が賛同の意を表明してくれる。
 真実はまだ闇の中であり、自分たちの目で見るまでは全てが憶測である。

「もし仮に女神だったとして、どうして人を襲ってるんだろうね?」

 そんな問いかけを漏らしたのはシルヴィアだった。
 女神はかつて魔竜の手から世界を救った存在である。

 人々のために戦い、そして世界に平和をもたらした。その存在は今この瞬間にも世界の安寧を保つために世界各地に魔力を注いでいる。今、航大の中には氷獄と暴風の女神であるシュナとカガリが居る。

「女神様は人々を救う存在のはずじゃ……抵抗もしない人間を襲うなんてことは有り得ないのじゃ……」

「…………」

 リエルは誰よりも近くで女神と共に過ごしていた。
 だからこそ、女神が人々を襲っているという話を誰よりも信じることができなかった。

「……ライガ、あとどれくらいで到着する?」

「最高速度で飛ばしてる……到着にはあと数時間は必要だな」

「これでも最高速度か……次の攻撃が始まらなければいいが……」

 航大とライガが見据える先。そこにはまだ草原が広がっているばかりであり、街の姿は一向に見えては来ない。これ以上に早い速度で移動することは難しく、回避しようのないもどかしさに航大は唇を噛む。

「何かの間違いであってくれよ……」

 ライガの隣に座って地竜が進む先を見つめる。

 航大が無意識に漏らした声音は彼らの本心である。更に女神たちもまた航大と同じ想いであると言える。

「とにかく急ぐぞ……」

 そう呟くライガは地竜を操舵する手綱を強く握りしめる。
 南方を目指す旅路は急速に緊張感を増していく。
 その先に待つのは希望か絶望か、その答えを航大たちはこの後すぐに知ることとなる。

◆◆◆◆◆

「よし、もう少しで見えてくるぞ」

「…………」

 レジーナの街を飛び出してから数時間後。

 航大たち一行は草原の中を走っていて、もうじき彼らの眼前には南方に存在する田舎街・レントが姿を現す。一刻も早く街に到達しなけれならない。そうしなければ、また罪もない人々が襲われてしまう。

「もう少し早くならないのか……」

「これが限界だ。これ以上酷使すれば、地竜がバテちまう」

「……くそッ」

 風を切って草原を進む。
 地竜は息を切らしながらも、その速度を落とさないように動き続けている。

「目の前にある丘を越えれば……街が見えてくる」

 今、航大たちは小高い丘を駆け上っている。
 この丘を越えれば、目指す田舎街が見える。

「もう少し……もう少しで……」

 緊張が高まっていく。

 丘を越えた後、既に街が火の海になっていたらどうしよう。そんな不安が航大の中で肥大化していき、一秒、また一秒と時間が経過していく度に緊張は極限に向けて高まっていく。

「よし、丘を越えるぞッ!」

「――――ッ!」

 航大たちが乗る地竜が丘の頂上へと到達する。
 次の瞬間、急速に視界が開けて遠く広がる草原が飛び込んでくる。
 変わらない景色が続く中で、遙か先に小さな街を確認することができた。

「あれがレントか?」

「だろうな。地図が間違ってなければ」

「今のところ、煙が上がったりはしてない……間に合ったか……?」

「とにかく急ぐぞッ」

 丘を駆け上りその後は下りが続く。
 ライガが手綱を強く握りしめ、地竜の速度を更に上げていく。

 航大たちが目指す田舎街・レントはすぐそこである。見えている限りでは異常を認めることはできず、炎髪を持つ女の手が及ぶ前に街へ到達しなければならない。

 安堵したのも束の間で、航大たちは気を引き締め直すとレントへ向けて一直線に進んでいく。

「……来ると思うか?」

「なんだよ、急に……?」

「いや、もしかしたらレント以外の街に行ってたりとかがあるのかなってさ……」

「…………」

 レントが見えてきて、ライガの当然ともいえる不安が航大の鼓膜を震わせる。

 南方地域にはレント以外にも街がたくさんあるはずだ。近くの街が襲われたのは事実であるが、次に炎髪の女がレントを標的にするとは限らない。もしかしたら、レントを飛ばしてレジーナを先に狙う。そういった可能性だって存在するのは確かである。

「もし仮にレジーナへ向かったのだとしたら、俺たちとすれ違ってるはずだ」

「まぁ、そうだな……」

「今はとにかくレントの無事を見届けよう――」

 地竜は進む。

 丘を下りて、少しずつ近づいてくる街へ見つめながら、航大とライガがそんな会話を交わした直後だった。

「――――ッ!?」

 それはあまりにも突然のことだった。

 遠目から見る分には一切の違和感を認めなかったレントの街が突如として黒煙を上げたのだ。黒煙が姿を現す少し後、凄まじい轟音が航大たちの鼓膜を震わせた。

「んなッ……まさかッ……」

「おいおい、嘘だろ……」

 視覚、次に聴覚、そして最後に爆発の衝撃が航大たちの身体に襲い掛かってくる。

「ちょっと、今の音はなにッ!?」

「主様、あれは……」

「……爆発?」

 壮絶たる音と衝撃に地竜が引く客車の中からリエルたちが顔を出してくる。そして航大と同じ光景を見て絶句する。

「なに、あれ……」

「まさか、間に合わなかったのか……?」

「……すごい魔力を感じる」

 シルヴィア、リエル、ユイの順番でそれぞれが声音を漏らす。
 それは恐れていた最悪の事態。

 目の前に立ち込める黒煙は、航大たちが到着するその僅か先に炎髪を持った女が街に到達し、早速の攻撃を仕掛けていることの証明であった。巨大なキノコ雲となった黒煙は、航大たちにそんな絶望を突き付けてくる。

「まずいぞ、ライガ……急げ……ッ!」

 轟音は断続的に続いている。
 一つの音が響けば、次の瞬間には新たな黒煙が街から上がる。

「もう少しで着く……全員、戦闘準備を整えておけッ!」

 ライガが握る手綱にありったけの力が込められる。
 そして吐き出される言葉に全員の緊張感が極限にまで高まっていく。

「突入したら、即戦闘だぞッ!」

 航大たちが乗る地竜が猛烈な速度を維持して田舎街・レントへと突入していく。

◆◆◆◆◆

「全員、住人の安否を確認しつつ、敵を探すんだッ!」

 レントへと突入した航大たち一行。
 街の入口である門を越えるなり地竜から飛び降りて行動を開始する。

「ユイ、リエルッ、魔力の元……分かるかッ!?」

 レントの街は破壊が続いていた。
 街に入るなり目に飛び込んでくるのは逃げ惑う人々と崩壊した民家である。

「……強い魔力、街の中心から」

「ふむ、やはり一人で攻撃を続けているようじゃ」

 航大の問いかけに険しい顔つきでユイとリエルが答える。

「くッ、街の入り口が……」

 後ろを振り返れば、先ほど通過した街の門が業炎に包まれていた。

 青年の言葉は正しく、街を襲う何者かはこの場からの脱出する手段をまず最初に潰してくる。そして、破壊の続けながら命あるもの全てを蹂躙する気なのである。

「くそ、煙がすごいなッ……」

「主様、急ぐのじゃッ!」

「分かってる……ライガ、シルヴィアッ!」

 リエルとユイが先に進もうと航大を呼ぶ。
 今すぐに駆け出したい気持ちを抑えて、航大はシルヴィアとライガにも声をかける。

「俺たちは住民を避難させる。すぐに終わらせて合流するぜッ!」

「こっちは任せてッ! 航大たちはこの元凶を叩いてッ!」

「……任せたぞッ!」

 街を破壊する大元をどうにかするのも大事だが、それと同じくらいに人命を救うことも大事である。既にかなりの数の住民が怪我で苦しんでいる。周りを取り囲む炎と煙は勢いを増していくばかりであり、早く救助しなければ全滅する可能性だったある。

「いくぞリエル、ユイッ!」

 住民をライガとシルヴィアに預け、航大、ユイ、リエルの三人が駆け出していく。
 向かうは街の中心部。
 もっとも魔力が濃厚になっているエリアである。

「くそッ……どうしてこんな酷いことを……」

「禍々しい魔力じゃ……」

「……うん、すごく嫌な感じ」

 街中を進むと、航大たちの視界に飛び込んでくる被害状況は悪くなるばかりである。街を構成していたあらゆるものが破壊されており、道端には攻撃を真近くで受けて絶命した住民の亡骸が転がっている。その全てが全身を焦がされた火傷によって死しており、凄惨たる光景の連続に吐き気を催す。

「街が小さいのが幸いしたな……もう少しで接敵するぞ……ッ!」

「もうじきで見てくる……全員、気を引き締め――」

 リエルの言葉が最後まで紡がれようとした瞬間だった、航大たちの前に業炎の中で立ち尽くす人影が飛び込んできた。


「――全てを破壊、崩壊、滅亡させる。それこそ、私が果たすべき使命なり」


 火の粉舞う業炎の中で、その人物は圧倒的な存在感と共に君臨していた。

 その立ち姿はとても美しく、そして力強い、業炎の中で輝くのは短く切り揃えられた炎髪であり、強気な印象を受けるつり目が快楽に潤んでいる。

「……信じたくはなかった」

 立ち尽くす航大の隣に立つリエルが声音を震わせる。

『まさか、本当に君だとはね……』
『炎獄の女神・アスカ』

 航大の体内に存在する他の女神たちもまた、炎髪を持って立ち尽くす少女の姿を見て低い声音を漏らす。その声はリエルと同じで信じたくはないという想いの他に、同じ女神として許せないといった怒りも孕んでいる。

「細かい話は後だ、相手は話を聞いてくれる様子はないぞ」

 戦闘準備を整えていく。
 どんな現実が目の前に現れようとも、航大は戦いの覚悟を整えていた。
 その相手で探し求めていた女神だとしても、一般市民に危害を加えるのであれば倒すだけ。

「全員、気を引き締めて戦え」
「承知」
「分かった」

 相手は女神。
 近くに立っているだけで全身の肌を濃厚な魔力が突き刺してくる。
 南方で女神を探す旅路、それは最悪の展開を見せるのであった。

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