終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章92 凱旋の時
「…………」
砂塵での壮絶なる戦いの連続。
航大、ライガ、リエル、シルヴィア、ユイの五人は全員が無事に全ての試練を突破することに成功した。永きに渡る戦いの数々で疲弊している航大たちは今、アケロンテ砂漠のすぐ近くに存在するデミアーナ村まで戻り、更にそのまま地竜が引く客車に乗り込んでハイラント王国を目指していた。
すぐにでも南方の地を目指すことも考えた航大たちであったが、航大の安否を心配する存在が王国にも存在していた。
「い、いやぁ……それにしても、エレス……無事でよかったなぁ……」
「あはは、まさか私だけがこの村に戻されて、皆さんの手助けをできなかったなんて……こんなこと、レイナ王女に報告したら間違いなく怒られますね……」
行きと同じように地竜を操舵しているのは、ライガとエレスの二人である。
デミアーナ村へ航大たちが戻った際、真っ先に出迎えてくれたのがコハナ大陸に存在するアステナ王国の近衛騎士・エレスだった。彼も航大を救い出すためにライガたちと同行していたのだが、砂塵の中で受けた攻撃によって彼だけが砂塵の中からはじき出されてしまったのだ。
砂塵に突入するための手段を失った彼は、航大を救い出すためにここまでやってきたというのに、何もすることができず、呆然とした時間を過ごすこととなってしまった。
「はぁ……今から、アステナ王国に帰るのが嫌になってきましたよ……」
「ま、まぁ……しょうがないって。こうして航大は無事だったんだしさ、王女にはいい感じに報告しちゃえよ」
「……私は嘘がつけない性格でして、なんでかすぐに嘘が見破られてしまうんですよね」
「お前も真面目なんだな……」
地竜を操舵するエレスは露骨に肩を落として落胆の色を隠せない。
彼の存在を忘れていたライガもまた、そんな彼にかける言葉が見つけられない。
「それにしても、本当に航大が無事でよかったよ、俺は」
「あはは、そうですね。私も彼の元気な姿が見れて、ほっと胸を撫で下ろしました。しかし、今の状況で彼は本当に無事といえるのでしょうかね?」
「…………まぁ、航大なら何とかするんじゃないか?」
地竜を操舵する二人のすぐ後方には、異様な静寂に包まれている客車が存在している。今、あの中にいるのは航大、リエル、シルヴィア、ユイの四人だけ。
いつもならシルヴィア辺りの声が聞こえてきてもおかしくはないのだが、今の客車からは何ら物音がしない。その原因となる現象に心当たりがあるライガなのだが、彼は本能的にそこへ首を突っ込んではいけないと理解していた。だからこそ、こうして地竜の操舵に集中して、自分へ飛び火がないことを祈ることしかできないのであった。
「砂漠で何があったんですか?」
砂塵での試練、その後の戦いについて知らないエレスは、沈痛な表情を浮かべるライガに問いかけを投げかける。彼からしたら至極真っ当な疑問ではあるのだが、ライガはどう説明したらいいのかを悩んでいた。
「あぁ、まぁ……男女が持つ痴情のもつれというか……新たな火種の登場というか……」
「…………?」
「とりあえず俺の口から言えるのは、航大は今、男としての度量が試されている……ってことだけだな」
「ふむ……本当に貴方たちは退屈させないですね」
「俺もそう思う時があるよ」
外から見ていても重苦しい雰囲気を発する客車。
ライガは最後にチラッとそちらを見て、心内で航大に頑張れと呟くのであった。
◆◆◆◆◆
「「「…………」」」
場所は変わって、地竜に引かれる客車の中。
そこには航大、リエル、シルヴィア、ユイの四人が身を寄せ合っており、航大を除く全員の表情が重く険しいものになっている。客車に乗ってから航大以外は誰も口を開いてはおらず、今までに感じたことのない重苦しい空気に、航大はただ苦笑いを浮かべているだけなのであった。
砂漠の村を出発してから一日が経過した。
着実にハイラント王国へと近づいている航大たちであったが、まだ到着にはしばらくの時間が必要となる。
「え、えーと……その……みんな、無事でよかったな……?」
「…………」
「あぁ、えっと……そのぉ…………」
航大が場を盛り上げようとしても、リエルたちは無言を貫くばかりである。
出発してからずっとこの調子であり、いくら航大が声をかけても彼女らは全員が無言を貫くばかりである。
『おい、シュナ……シュナってば……』
このままでは埒が明かないと判断した航大は、自らの中に存在する女神・シュナへと助けを求める。
『……はい』
航大が助けを求めると、そんな冷たい声音が脳裏に返ってくる。
『俺はこの状況……どうすればいいんだッ!?』
『……知りません』
『……へっ?』
頼みの綱であったシュナも、航大の助けに関して冷たく一言を返すだけ。彼女の言葉からも感情が感じ取れない航大は嫌な予感を感じながらも、助言を求める。
『知りませんじゃなくてさぁ……助けてくれよぉ……シュナ……』
『はぁ……航大さん、貴方はちょっと鈍感過ぎます』
『鈍感って言われても……』
『こんな様子じゃ、リエルたちが怒るのも分かる気がしますね。航大さんの未来の為にも、私はだんまりを決め込みます』
『え、えぇ……だんまりを決め込むって……そんなぁ……』
頼みの綱であるシュナも航大を切り捨てる発言をする。
これで今の彼が頼れる存在は完全に潰えてしまった。
『航大くん、僕が助けてあげよっか?』
『マジかッ!?』
『まぁ、ここで僕が飛び出していったら……きっと……客車の中は血が舞う地獄に姿を変えるかもしれないけどね』
『…………』
八方塞がりである。
頼みの女神たちでも、この状況を変えることはできない。
「……航大」
「あ、はいッ!?」
絶望的な状況に項垂れていた航大に声をかけたのは、彼のすぐ隣に座っている白髪の少女・ユイだった。彼女もまたいつもの無表情を貫きながら、航大へと声をかける。
彼女の呼びかけに救われた気持ちになった航大は、緊張した様子で返事をする。
「……あの時、女神と何してたの?」
「な、なにって……?」
「……私たちの位置からはよく見えなかった。二人が抱きしめあって……その後、何かしてた」
ユイが言っているのは砂漠での最後、航大とカガリが二人で話をしていた時のことを指していた。あの時、航大はカガリの力を受け継いでいたのだが、忘れようにも忘れられない衝撃的な事実があったのも事実である。
「そうじゃ、主様。あの時、儂たちからは死角になる位置で、何があったのか……それを説明してもらおう」
「うんうん。私たちは航大を助けるために命を賭けて頑張った訳だし、それくらい教えてくれてもいーよね?」
ユイが切り出した言葉を皮切りに、リエル、シルヴィアの二人がずずいっと身を乗り出してくる。
「お、お前ら……近いぞ……」
「……すんすん。今もあの女の匂いがする」
航大の身体に鼻を寄せて匂いを嗅ぐユイ。
上目遣いに睨みつけてくる彼女は、航大の身体に付着した暴風の女神・カガリの残滓にムッとした表情を浮かべる。
「あ、あの女って……」
「暴風の女神・カガリ……主様は、あの小娘と抱き合っておったのじゃ」
「抱き合ったって……アレは向こうから突然に……」
「突然って言うけど、航大はそれを遠ざけなかったよねー?」
「そ、それは……押しのけるって訳にもいかないだろう……?」
ユイ、リエル、シルヴィアの三人がこれでもかと身体を近づけてくる。
狭い客車の中で逃げ場所は多くない。
航大はあっという間に隅っこへと追いやられてしまい、ゆらゆらと体を揺らしながら近づいてくる三人の少女に慄く。妖しく目を光らせ、ユイたちは航大とカガリの間にあった事実を暴こうとしている。
『あははー、モテる男は大変だねぇー』
『うるっせぇ……元はといえば、お前が変なことをしなければ……』
『真実を言っちゃえばいいのに。僕と抱きしめあって、キスをしましたって』
『この状況で言えるわけないだろうがッ!』
カガリが茶々を入れてきている間にも、航大は逃げることが不可能な状況へと追いやられてしまう。
「……航大」
「……主様」
「……航大―?」
ユイ、リエル、シルヴィアの三人が航大を取り囲む。
全てを明らかにする訳にもいかない。
しかし、この状況を突破するための手段も思いつかない。
異界に転移して、最も絶望的な状況に追いやられてしまった航大、絶体絶命の彼を救ったのは、急停車する客車と、その後に鼓膜を震わせる声音なのであった。
「あ、えーと……取り込み中のところ悪いんだけどさ、そろそろ王国に着くぜ?」
客車の窓を開けて、ライガがハイラント王国へ到着したことを知らせる。
「そ、そうか……ッ!」
「あ、あぁ……だからそろそろ準備をな――」
「――――ッ!」
混沌とする客車の中に顔を出したライガへ、ユイたちの明確な敵意と殺意が込められた鋭い眼光が送られる。
「ひぃッ!?」
浴びせられる眼光を受けて、ライガは情けない声と共に地竜の操舵へと戻る。
後に、彼は人生の中で最も命の危機を感じたのはいつか……そんな問いかけに対して、この時のことを説明するのだが、それはまた別の話である。
◆◆◆◆◆
「……それじゃ、私はアステナ王国へと戻ります」
ハイラント王国の城下町へと続く巨大な石造りの門を前にして、ライガたちに別れを告げるのはアステナ王国の近衛騎士であるエレス・ラーツィットであった。彼もまた王女側近の騎士として、自らが居るべき場所へと帰らなければならなかった。
「最後の砂漠ではお力になれず、申し訳ありませんでした」
「いや、俺を助けるために手間を掛けさせちまった……エレナにも謝っておいてくれ」
「謝るなんて、そんな……貴方たちはアステナ王国を救って頂いた英雄的な人たちです。お礼はしても、お礼をされるようなことはありませんよ」
エレスと言葉を交わすのは航大だった。
ガッチリと力強く握手を交わして、彼らは互いの信頼感を露わにする。
「帝国が魔竜を狙っていると分かった今、アステナ王国も急ピッチで体勢を立て直す必要があります。今のアステナ王国では、再び帝国騎士が攻めてきた時に対応できませんからね」
「あぁ……俺たちも準備が整ったら、一度アステナ王国へ出向くよ。エレナにもまた会いたいしな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。エレナ様もきっと喜ぶと思います。では、私はこれで失礼いたします……貴方たちに幸運がありますように……」
その言葉を残して、エレスはアステナ王国へ向けて旅立っていった。
航大たちはエレスの姿が見えなくなるまで、門の前で立ち尽くす。
新たな仲間との出会いがあれば、また別れもある。
どうしても寂しい感情が拭い去ることができないのだが、また再び相まみえることがあると確信して、航大たちは最後までその顔に笑みを浮かべていた。
「よし、とりあえず女王様に報告しに行くか」
「おうッ!」
ライガの言葉を合図に、航大たち一行は門をくぐり抜ける。
その先に待っているのは、最も人で賑わうハイラント王国城下町の一番街である。
「なんか、めちゃくちゃ久しぶりな感じがするなぁ……」
「帝国ガリアを出て、俺たちは一度王国に戻ってるから、そうでもないけど……航大はずっと眠ってたからな」
城下町を歩きながら、航大は久しぶりに帰ってきた街並みに笑みを浮かべる。
「……航大、後で私とデート」
「えっ? デート?」
「むっ、ユイだけ抜け駆けはさせんぞッ!」
「私だって航大とデートしたいッ! 絶対にッ!」
ユイの一言で再び女同士の戦いが勃発する。
ユイ、リエル、シルヴィアの誰が一番最初にデートをするのか、三つ巴の戦いが始まる。
その戦いの行方は、結局航大が教えたじゃんけんで決められ、順番としてはリエル、シルヴィア、ユイといった順番になるのであった。
◆◆◆◆◆
「航大さん……無事に帰ってきて、本当によかった……」
「……はい。ご心配をおかけしました」
「全くです。帝国ガリアから傷だらけで戻ってきた貴方たちを見て、私がどれだけ心配したか……」
「あ、えっと……その……すみません……」
「挙句の果てには、航大はお腹にすごい傷を受けて眠り続けるばかりだし……どれだけ、どれだけ心配したか……」
「あ、あの……シャーリー王女? 言葉遣いがちょっと……そのぉ……」
「こんなことならば、アステナ王国に行かせるべきではなかったです。何度、判断を下した自分を呪ったか……」
「あー、えっとぉ……」
無事に戻ってきた航大を見て安堵したのか、シャーリーは玉座に座りながら延々と愚痴を零し続けた。いつも謁見の間で航大と会うときは王女としての威厳を崩すことはなかったシャーリーだが、今この瞬間においては素の彼女が前面に飛び出てしまっている。
「たくさんお話したいことはありますが、今はとりあえずこれだけを言わせてください……お帰りなさい、航大」
愚痴を零してスッキリしたのか、最後にシャーリーは慈愛に満ちた笑みと共に航大たちの帰還を労ってくれる。その言葉が航大たち一行に心の安寧をもたらし、今この瞬間をもって永きに渡る旅路が一つの区切りをつけたのだと実感した。
「……またすぐに旅立つのですか?」
「はい。今度は南方を目指します」
しばしの沈黙があってから、シャーリーは王女としての様子を取り戻して問いかけを投げかける。僅かに心配の色が滲み出てしまっていることについて、航大たちはもちろん、王国の関係者も指摘を入れることはなかった。
「南方……アルデンテ地方になりますね」
アルデンテ地方。
それはバルベット大陸の南方を指す地方の名称であり、南方には活発な火山が数多く存在するという。
「南方のアルデンテ地方、あそこもまた北方の大地と一緒で過酷な環境にある場所です。向かうのならば、しっかりとした準備を行うようにしてくださいね」
「はい。心得ております」
「何か足りないものがあれば仰ってください。ハイラント王国は貴方たちの味方です。なんでも協力しましょう」
「ありがとうございます……」
片膝をつき、王女の言葉に頭を垂れる航大たち一行。
「ライガ、シルヴィア……次の旅路も、航大さんに同行して頂けますか?」
航大と同じように頭を垂れるライガとシルヴィアへ、シャーリーはお願いを投げかける。
「もちろんです、王女様」
「きっと、ご命令がなかったとしても、私たちは航大に同行するつもりでした」
王女・シャーリーの言葉にライガとシルヴィアは即答する。
その様子にシャーリーはくすっと一つ笑みを浮かべる。
「それでは、航大さんの護衛……任せましたよ」
「「はッ!」」
ぴったりと息の合った返事が謁見の間に木霊する。
こうして、航大たちが次に目指す場所が確定した。
目指すはバルベット大陸南方の地・アルデンテ地方。
活発な火山が数多く存在する灼熱の大地である。
「出発する日時が決まりましたら、改めてご連絡をいただければと……それまで、航大さんたちは王城のお部屋を使ってください」
「ありがとうございます」
「……気をつけてくださいね。それでは、私はこれで失礼します」
もう少し航大と話がしたかったという名残惜しさを残しながらも、シャーリーは最後に王女としての威厳を見せて謁見の間から退出する。
こうして、航大、ライガ、リエル、シルヴィア、ユイの旅は一つの区切りを迎えた。
しばしの休息を取った後、一行は炎獄の女神・アスカに会うため南方の地を目指す。
終末へと向かう世界。
彼らの物語はまだ終わりを迎えそうにはないのであった。
砂塵での壮絶なる戦いの連続。
航大、ライガ、リエル、シルヴィア、ユイの五人は全員が無事に全ての試練を突破することに成功した。永きに渡る戦いの数々で疲弊している航大たちは今、アケロンテ砂漠のすぐ近くに存在するデミアーナ村まで戻り、更にそのまま地竜が引く客車に乗り込んでハイラント王国を目指していた。
すぐにでも南方の地を目指すことも考えた航大たちであったが、航大の安否を心配する存在が王国にも存在していた。
「い、いやぁ……それにしても、エレス……無事でよかったなぁ……」
「あはは、まさか私だけがこの村に戻されて、皆さんの手助けをできなかったなんて……こんなこと、レイナ王女に報告したら間違いなく怒られますね……」
行きと同じように地竜を操舵しているのは、ライガとエレスの二人である。
デミアーナ村へ航大たちが戻った際、真っ先に出迎えてくれたのがコハナ大陸に存在するアステナ王国の近衛騎士・エレスだった。彼も航大を救い出すためにライガたちと同行していたのだが、砂塵の中で受けた攻撃によって彼だけが砂塵の中からはじき出されてしまったのだ。
砂塵に突入するための手段を失った彼は、航大を救い出すためにここまでやってきたというのに、何もすることができず、呆然とした時間を過ごすこととなってしまった。
「はぁ……今から、アステナ王国に帰るのが嫌になってきましたよ……」
「ま、まぁ……しょうがないって。こうして航大は無事だったんだしさ、王女にはいい感じに報告しちゃえよ」
「……私は嘘がつけない性格でして、なんでかすぐに嘘が見破られてしまうんですよね」
「お前も真面目なんだな……」
地竜を操舵するエレスは露骨に肩を落として落胆の色を隠せない。
彼の存在を忘れていたライガもまた、そんな彼にかける言葉が見つけられない。
「それにしても、本当に航大が無事でよかったよ、俺は」
「あはは、そうですね。私も彼の元気な姿が見れて、ほっと胸を撫で下ろしました。しかし、今の状況で彼は本当に無事といえるのでしょうかね?」
「…………まぁ、航大なら何とかするんじゃないか?」
地竜を操舵する二人のすぐ後方には、異様な静寂に包まれている客車が存在している。今、あの中にいるのは航大、リエル、シルヴィア、ユイの四人だけ。
いつもならシルヴィア辺りの声が聞こえてきてもおかしくはないのだが、今の客車からは何ら物音がしない。その原因となる現象に心当たりがあるライガなのだが、彼は本能的にそこへ首を突っ込んではいけないと理解していた。だからこそ、こうして地竜の操舵に集中して、自分へ飛び火がないことを祈ることしかできないのであった。
「砂漠で何があったんですか?」
砂塵での試練、その後の戦いについて知らないエレスは、沈痛な表情を浮かべるライガに問いかけを投げかける。彼からしたら至極真っ当な疑問ではあるのだが、ライガはどう説明したらいいのかを悩んでいた。
「あぁ、まぁ……男女が持つ痴情のもつれというか……新たな火種の登場というか……」
「…………?」
「とりあえず俺の口から言えるのは、航大は今、男としての度量が試されている……ってことだけだな」
「ふむ……本当に貴方たちは退屈させないですね」
「俺もそう思う時があるよ」
外から見ていても重苦しい雰囲気を発する客車。
ライガは最後にチラッとそちらを見て、心内で航大に頑張れと呟くのであった。
◆◆◆◆◆
「「「…………」」」
場所は変わって、地竜に引かれる客車の中。
そこには航大、リエル、シルヴィア、ユイの四人が身を寄せ合っており、航大を除く全員の表情が重く険しいものになっている。客車に乗ってから航大以外は誰も口を開いてはおらず、今までに感じたことのない重苦しい空気に、航大はただ苦笑いを浮かべているだけなのであった。
砂漠の村を出発してから一日が経過した。
着実にハイラント王国へと近づいている航大たちであったが、まだ到着にはしばらくの時間が必要となる。
「え、えーと……その……みんな、無事でよかったな……?」
「…………」
「あぁ、えっと……そのぉ…………」
航大が場を盛り上げようとしても、リエルたちは無言を貫くばかりである。
出発してからずっとこの調子であり、いくら航大が声をかけても彼女らは全員が無言を貫くばかりである。
『おい、シュナ……シュナってば……』
このままでは埒が明かないと判断した航大は、自らの中に存在する女神・シュナへと助けを求める。
『……はい』
航大が助けを求めると、そんな冷たい声音が脳裏に返ってくる。
『俺はこの状況……どうすればいいんだッ!?』
『……知りません』
『……へっ?』
頼みの綱であったシュナも、航大の助けに関して冷たく一言を返すだけ。彼女の言葉からも感情が感じ取れない航大は嫌な予感を感じながらも、助言を求める。
『知りませんじゃなくてさぁ……助けてくれよぉ……シュナ……』
『はぁ……航大さん、貴方はちょっと鈍感過ぎます』
『鈍感って言われても……』
『こんな様子じゃ、リエルたちが怒るのも分かる気がしますね。航大さんの未来の為にも、私はだんまりを決め込みます』
『え、えぇ……だんまりを決め込むって……そんなぁ……』
頼みの綱であるシュナも航大を切り捨てる発言をする。
これで今の彼が頼れる存在は完全に潰えてしまった。
『航大くん、僕が助けてあげよっか?』
『マジかッ!?』
『まぁ、ここで僕が飛び出していったら……きっと……客車の中は血が舞う地獄に姿を変えるかもしれないけどね』
『…………』
八方塞がりである。
頼みの女神たちでも、この状況を変えることはできない。
「……航大」
「あ、はいッ!?」
絶望的な状況に項垂れていた航大に声をかけたのは、彼のすぐ隣に座っている白髪の少女・ユイだった。彼女もまたいつもの無表情を貫きながら、航大へと声をかける。
彼女の呼びかけに救われた気持ちになった航大は、緊張した様子で返事をする。
「……あの時、女神と何してたの?」
「な、なにって……?」
「……私たちの位置からはよく見えなかった。二人が抱きしめあって……その後、何かしてた」
ユイが言っているのは砂漠での最後、航大とカガリが二人で話をしていた時のことを指していた。あの時、航大はカガリの力を受け継いでいたのだが、忘れようにも忘れられない衝撃的な事実があったのも事実である。
「そうじゃ、主様。あの時、儂たちからは死角になる位置で、何があったのか……それを説明してもらおう」
「うんうん。私たちは航大を助けるために命を賭けて頑張った訳だし、それくらい教えてくれてもいーよね?」
ユイが切り出した言葉を皮切りに、リエル、シルヴィアの二人がずずいっと身を乗り出してくる。
「お、お前ら……近いぞ……」
「……すんすん。今もあの女の匂いがする」
航大の身体に鼻を寄せて匂いを嗅ぐユイ。
上目遣いに睨みつけてくる彼女は、航大の身体に付着した暴風の女神・カガリの残滓にムッとした表情を浮かべる。
「あ、あの女って……」
「暴風の女神・カガリ……主様は、あの小娘と抱き合っておったのじゃ」
「抱き合ったって……アレは向こうから突然に……」
「突然って言うけど、航大はそれを遠ざけなかったよねー?」
「そ、それは……押しのけるって訳にもいかないだろう……?」
ユイ、リエル、シルヴィアの三人がこれでもかと身体を近づけてくる。
狭い客車の中で逃げ場所は多くない。
航大はあっという間に隅っこへと追いやられてしまい、ゆらゆらと体を揺らしながら近づいてくる三人の少女に慄く。妖しく目を光らせ、ユイたちは航大とカガリの間にあった事実を暴こうとしている。
『あははー、モテる男は大変だねぇー』
『うるっせぇ……元はといえば、お前が変なことをしなければ……』
『真実を言っちゃえばいいのに。僕と抱きしめあって、キスをしましたって』
『この状況で言えるわけないだろうがッ!』
カガリが茶々を入れてきている間にも、航大は逃げることが不可能な状況へと追いやられてしまう。
「……航大」
「……主様」
「……航大―?」
ユイ、リエル、シルヴィアの三人が航大を取り囲む。
全てを明らかにする訳にもいかない。
しかし、この状況を突破するための手段も思いつかない。
異界に転移して、最も絶望的な状況に追いやられてしまった航大、絶体絶命の彼を救ったのは、急停車する客車と、その後に鼓膜を震わせる声音なのであった。
「あ、えーと……取り込み中のところ悪いんだけどさ、そろそろ王国に着くぜ?」
客車の窓を開けて、ライガがハイラント王国へ到着したことを知らせる。
「そ、そうか……ッ!」
「あ、あぁ……だからそろそろ準備をな――」
「――――ッ!」
混沌とする客車の中に顔を出したライガへ、ユイたちの明確な敵意と殺意が込められた鋭い眼光が送られる。
「ひぃッ!?」
浴びせられる眼光を受けて、ライガは情けない声と共に地竜の操舵へと戻る。
後に、彼は人生の中で最も命の危機を感じたのはいつか……そんな問いかけに対して、この時のことを説明するのだが、それはまた別の話である。
◆◆◆◆◆
「……それじゃ、私はアステナ王国へと戻ります」
ハイラント王国の城下町へと続く巨大な石造りの門を前にして、ライガたちに別れを告げるのはアステナ王国の近衛騎士であるエレス・ラーツィットであった。彼もまた王女側近の騎士として、自らが居るべき場所へと帰らなければならなかった。
「最後の砂漠ではお力になれず、申し訳ありませんでした」
「いや、俺を助けるために手間を掛けさせちまった……エレナにも謝っておいてくれ」
「謝るなんて、そんな……貴方たちはアステナ王国を救って頂いた英雄的な人たちです。お礼はしても、お礼をされるようなことはありませんよ」
エレスと言葉を交わすのは航大だった。
ガッチリと力強く握手を交わして、彼らは互いの信頼感を露わにする。
「帝国が魔竜を狙っていると分かった今、アステナ王国も急ピッチで体勢を立て直す必要があります。今のアステナ王国では、再び帝国騎士が攻めてきた時に対応できませんからね」
「あぁ……俺たちも準備が整ったら、一度アステナ王国へ出向くよ。エレナにもまた会いたいしな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。エレナ様もきっと喜ぶと思います。では、私はこれで失礼いたします……貴方たちに幸運がありますように……」
その言葉を残して、エレスはアステナ王国へ向けて旅立っていった。
航大たちはエレスの姿が見えなくなるまで、門の前で立ち尽くす。
新たな仲間との出会いがあれば、また別れもある。
どうしても寂しい感情が拭い去ることができないのだが、また再び相まみえることがあると確信して、航大たちは最後までその顔に笑みを浮かべていた。
「よし、とりあえず女王様に報告しに行くか」
「おうッ!」
ライガの言葉を合図に、航大たち一行は門をくぐり抜ける。
その先に待っているのは、最も人で賑わうハイラント王国城下町の一番街である。
「なんか、めちゃくちゃ久しぶりな感じがするなぁ……」
「帝国ガリアを出て、俺たちは一度王国に戻ってるから、そうでもないけど……航大はずっと眠ってたからな」
城下町を歩きながら、航大は久しぶりに帰ってきた街並みに笑みを浮かべる。
「……航大、後で私とデート」
「えっ? デート?」
「むっ、ユイだけ抜け駆けはさせんぞッ!」
「私だって航大とデートしたいッ! 絶対にッ!」
ユイの一言で再び女同士の戦いが勃発する。
ユイ、リエル、シルヴィアの誰が一番最初にデートをするのか、三つ巴の戦いが始まる。
その戦いの行方は、結局航大が教えたじゃんけんで決められ、順番としてはリエル、シルヴィア、ユイといった順番になるのであった。
◆◆◆◆◆
「航大さん……無事に帰ってきて、本当によかった……」
「……はい。ご心配をおかけしました」
「全くです。帝国ガリアから傷だらけで戻ってきた貴方たちを見て、私がどれだけ心配したか……」
「あ、えっと……その……すみません……」
「挙句の果てには、航大はお腹にすごい傷を受けて眠り続けるばかりだし……どれだけ、どれだけ心配したか……」
「あ、あの……シャーリー王女? 言葉遣いがちょっと……そのぉ……」
「こんなことならば、アステナ王国に行かせるべきではなかったです。何度、判断を下した自分を呪ったか……」
「あー、えっとぉ……」
無事に戻ってきた航大を見て安堵したのか、シャーリーは玉座に座りながら延々と愚痴を零し続けた。いつも謁見の間で航大と会うときは王女としての威厳を崩すことはなかったシャーリーだが、今この瞬間においては素の彼女が前面に飛び出てしまっている。
「たくさんお話したいことはありますが、今はとりあえずこれだけを言わせてください……お帰りなさい、航大」
愚痴を零してスッキリしたのか、最後にシャーリーは慈愛に満ちた笑みと共に航大たちの帰還を労ってくれる。その言葉が航大たち一行に心の安寧をもたらし、今この瞬間をもって永きに渡る旅路が一つの区切りをつけたのだと実感した。
「……またすぐに旅立つのですか?」
「はい。今度は南方を目指します」
しばしの沈黙があってから、シャーリーは王女としての様子を取り戻して問いかけを投げかける。僅かに心配の色が滲み出てしまっていることについて、航大たちはもちろん、王国の関係者も指摘を入れることはなかった。
「南方……アルデンテ地方になりますね」
アルデンテ地方。
それはバルベット大陸の南方を指す地方の名称であり、南方には活発な火山が数多く存在するという。
「南方のアルデンテ地方、あそこもまた北方の大地と一緒で過酷な環境にある場所です。向かうのならば、しっかりとした準備を行うようにしてくださいね」
「はい。心得ております」
「何か足りないものがあれば仰ってください。ハイラント王国は貴方たちの味方です。なんでも協力しましょう」
「ありがとうございます……」
片膝をつき、王女の言葉に頭を垂れる航大たち一行。
「ライガ、シルヴィア……次の旅路も、航大さんに同行して頂けますか?」
航大と同じように頭を垂れるライガとシルヴィアへ、シャーリーはお願いを投げかける。
「もちろんです、王女様」
「きっと、ご命令がなかったとしても、私たちは航大に同行するつもりでした」
王女・シャーリーの言葉にライガとシルヴィアは即答する。
その様子にシャーリーはくすっと一つ笑みを浮かべる。
「それでは、航大さんの護衛……任せましたよ」
「「はッ!」」
ぴったりと息の合った返事が謁見の間に木霊する。
こうして、航大たちが次に目指す場所が確定した。
目指すはバルベット大陸南方の地・アルデンテ地方。
活発な火山が数多く存在する灼熱の大地である。
「出発する日時が決まりましたら、改めてご連絡をいただければと……それまで、航大さんたちは王城のお部屋を使ってください」
「ありがとうございます」
「……気をつけてくださいね。それでは、私はこれで失礼します」
もう少し航大と話がしたかったという名残惜しさを残しながらも、シャーリーは最後に王女としての威厳を見せて謁見の間から退出する。
こうして、航大、ライガ、リエル、シルヴィア、ユイの旅は一つの区切りを迎えた。
しばしの休息を取った後、一行は炎獄の女神・アスカに会うため南方の地を目指す。
終末へと向かう世界。
彼らの物語はまだ終わりを迎えそうにはないのであった。
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