終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章90 決着の瞬間
「俺は二度と負けねぇ。そして、全部を守ってやる」
砂塵の防壁を抜けた先、そこに存在するのは暴風の女神・カガリが住まう魔力を帯びた塔なのであった。しかしそれも、ライガ、シルヴィア、リエルの三人による壮絶な戦いの果てに跡形もなく崩壊してしまった。
「その言葉……ハッタリじゃないか、確かめさせてもらうよ」
暴風の女神・カガリは航大を助けるための条件として、ライガたちに最後の試練を与えた。試練の内容は至ってシンプルであり、女神たるカガリを討ち倒す、ただそれだけ。
言葉だけならば簡単そうに思える試練だったが、相手はかつて世界を混沌に陥れた魔竜を滅ぼした女神の一人である。普通の人間が太刀打ちできる存在ではないのだ。
「…………」
ライガたちも砂塵の試練によってそれぞれ成長を遂げた。
以前と比べれば圧倒的なまでの力を身に着けたライガたちだったが、暴風の女神・カガリは彼らとの戦いでも終始、優位な立場を維持し最終的には全員を退けることに成功していた。
「…………」
女神と呼ばれる存在がどれほど強大な力を持っているのか、ライガたちは為す術もなくそれを痛感することとなった。
一人、無傷で立ち尽くす航大は周囲の光景をしっかりとその目に焼き付ける。
無力で何も成すことができなかった航大を助けるために、ライガ、シルヴィア、リエルの三人は過酷な試練を乗り越えてここまでやってきた。結果的に、航大はカガリの手によって復活を遂げるのだが、航大は彼らを助けることを契約によって禁じられていた。
この仕打ちは航大にとって、非常に辛いものであったことは間違いない。
自分を助けるために仲間たちが傷つき倒れていく。
航大はその様をただ黙って見ていることしかできなかったのだから。
「「――――」」
静寂が場を支配する。
月明かりが照らすアケロンテ砂漠には、暴風の女神・カガリと、氷獄の女神・シュナの力を身に纏った少年の二人しか存在していない。
互いの吐息だけが時折聞こえてくる中で、女神・カガリが突きつける試練は最後の瞬間を迎えようとしていた。どちらに軍配が上がろうと、この戦いが終われば永き試練も本当の意味で終幕を迎える。
航大、ライガ、シルヴィア、リエル。
全員が先に進むために、航大は世界を守護する女神を打ち倒さねばならない。
「――いくぞッ」
「おいで」
先に動くのは、氷獄の女神・シュナとシンクロした航大だった。
地面を蹴り、高く飛び上がると眼下に暴風の女神・カガリを見据える。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
右手を突き出す航大が生成するのは、巨大な氷の槍だった。
これまでの戦いにおいて、数多く登場した氷魔法。
「今まで見てきたものとは違うね」
「暴風の女神・カガリ、お前を倒すッ!」
満月を背に飛び上がる航大が生成する氷槍は、確かにこれまで見てきたものとは一線を画していた。リエルが使った時とも、シュナが使って見せた時ともその大きさは遥かに上回っている。
女神が持つ力を最大限に引き出し、そして深層世界での鍛錬を経て航大もまた成長を遂げていた。普通であるならば常人が使うことなどできない女神の魔力を、異界の少年は完璧に引き出して見せているのだ。
「――――ッ!」
大きく息を吐き、航大は槍をカガリに向けて投擲する。
風を切り、不気味なほど静かに巨大な氷の槍は対象目掛けて飛翔する。
「貫き、壊せ、風の一閃――風閃一柱ッ!」
自らの身体を破壊しようと接近する氷槍に対して、カガリも見ているだけではない。
口元を僅かに歪ませると、右手を突き出して迎撃の体勢を取る。短い詠唱を終え、サイドポニーの形で結ばれた茶髪を揺らしながら、カガリは凝縮された風の魔力を射出する。
「――――」
航大が放つ氷の槍。
カガリが放つ風の一閃。
両者が虚空で真正面から激突し、そして周囲に凄まじい衝撃を発生させる。
「…………」
砂が舞い、塔を形成していた瓦礫を跡形もなく吹き飛ばしていく。
二人の衝突は航大とカガリの二人による戦いの面を見せつつ、その実、女神同士の戦いという一面も持っている。
暴風の女神と氷獄の女神。
過去、世界を混沌に陥れた魔竜を滅ぼし、今も世界に安寧をもたらすためにその力を使う女神同士の戦い。それは人類が築いてきた長い歴史において、全く初めての事象であった。だからこそ、この戦いがどのような結末を迎えるのか、それは誰も予測することができないのであった。
「僕の魔法と相打ちになるなんて、本当に君は女神の力をものにしたんだね」
「まだまだ、こんなもんじゃないぜ」
互いの魔法が真正面からぶつかり、周囲に暴風と膨大な魔力を撒き散らしながら消失していく。砂漠の砂が抉れて大きなクレーターのようなものを形成している。
「威勢がいいね、君も…………螺旋に廻れ、螺旋に流れよ、我が生み出すは破壊の螺旋――風魔螺旋」
自分と同等の力を持つ相手と戦うことができる。
そんな事実が暴風の女神を次第に本気な状態へと昇華させていく。
小柄な身体から生み出されるのは、膨大な魔力を内包した螺旋状に回転する球体だった。この魔法はライガたちとの戦いでも使用していたのだが、その時とは比べ物にならないくらいに巨大な螺旋が無数に生まれようとしていた。
「無限の氷剣、貫き、破壊せよ――無限氷剣ッ!」
対する氷神・航大も魔法を詠唱し、自身の周囲に無数の氷剣を生成する。
相手が手数でくるのならば、こちらも手数で応戦する。
互いに女神が持ち得る圧倒的な魔力をもって生成した氷剣と螺旋は、その一つ一つが触れれば明確な死を与えるほどの破壊力を持っていた。
「…………」
「…………」
静寂と異様な緊張感が場を支配する。
両者が動き出したのは全くの同時であった。
「「――――」」
螺旋の球体と氷剣がぶつかり、激しい音を響かせながら消失する。
音と破壊が連鎖する。
想像を絶する壮絶な光景が広がる中で、二つの人影が疾走していく。
「考えることは、」
「同じってことだなッ!」
互いに遠隔攻撃を繰り出しながらも、それが決定打にはならないと理解していた。だからこそ、自らが動き、自らの手によって対象を倒さなければならないと考えていた。
「万物を砕け、大地を切り裂け、氷牙の名前に敵はなし――氷牙業剣ッ!」
「剛打連撃、全部吹き飛ばせッ――風牙剛拳ッ!」
螺旋と氷剣が自在に飛び交う中において、二つの人影は僅かに存在する隙間を縫うようにして跳躍を続ける。そして、両者ともに近距離攻撃に適した魔法を詠唱し、その直後に激突する。
「「――――ッ!」」
航大とカガリ。
両者ともに一步も引かないで激突する。
「こんのッ!」
「ぐぬぬッ!」
航大が振るうは、氷で生成された氷剣。
本来ならば、見上げるほど巨大な氷剣も、より機動性と破壊力を重視して魔力を凝縮した小型化を実現している。今、航大が振るう氷牙業剣も、彼の背丈ほどに縮小しており、しかしその破壊力は数段高くなっている。
「力比べなら、負けないよッ!」
対するカガリが振るうは、魔力による強化を施した自らの拳。
風の魔力によって生まれし暴風を拳に纏い、身軽な動きから繰り出されるのは、あらゆるものを破壊する脅威のパンチ。
「――――ッ!」
「――――ッ!」
一度目の衝突があった後、そこからは両者退かぬ連撃の応酬だった。
激突して弾かれ、激突しては弾かれての連続。空中でぶつかり、地上でぶつかり、弾かれ砂の上を転げ回りながらも、即座に体勢を立て直して次の攻撃へと移っていく。
「くっそッ、しぶといなッ!」
「それはこっちの台詞ッ!」
何度ぶつかっても、両者は一瞬の隙すら見せてはくれない。
氷剣を振るい、それを暴風の拳が真っ向から迎え討つ。
暴風の拳が連打を見せるも、航大は氷剣を盾にしてカガリの連打を確実に防いでいく。
「このままじゃ埒が明かないなッ」
「それは、どうかなッ!?」
剣と拳がぶつかり合い膠着状態の様子を呈してきた頃、戦いに変化を与えたのは暴風の女神・カガリだった。
「えいッ!」
「んなッ!?」
拳を振るいながら、カガリは周囲に展開していた螺旋を航大へ向けて突進させる。
「てめぇッ、卑怯だぞッ!」
「卑怯もなにも、折角使ってるんだから使わないと勿体無いよ?」
「そっちがその気なら――」
「そうはさせないッ!」
航大も負けじと氷剣を操ろうとするが、それを黙って見ている訳にはいかないのがカガリである。どんなに優れた魔法使いであっても、遠隔攻撃系の魔法を完全にコントロールすることは難しい。
「くっそッ……」
女神の力を受けたとはいえ、航大はつい最近まで魔法に全く縁のなかった少年である。どうしても魔法を使おうとすれば、その身体に一瞬の隙が生まれてしまい、この戦いにおいて一瞬でも隙を見せることはそのまま敗北へと直結しかねない事態なのである。
「ほらほら、早く何とかしないときつくなっちゃうよ?」
魔法の扱いに四苦八苦する航大に対して、暴風の女神・カガリは生まれてから永い時を魔法と共に生きてきた人物である。内包する魔力量も、魔法を使役するための実力も航大とは比較にならないほど極限にまで達している。
「ぐッ、くぁッ……くッ……うッ……!」
カガリは流れるような動作で拳を繰り出しつつ、航大を倒そうと自らが産んだ螺旋を投げつけてくる。彼女の拳を捌くだけでも精一杯だった航大へ、触れれば甚大なダメージは避けられない螺旋が次々に襲い掛かってくる。
最初の内はカガリをやり過ごしながら、氷剣を盾にして螺旋を防いでいた航大だったが、絶え間なく襲い掛かってくる攻撃の雨を前にして、次第に後手を踏んでしまう。
「ほら、こっちががら空きッ!」
「――――ッ!?」
螺旋の相手に集中してしまえば、露呈する隙を目掛けてカガリが暴風の拳を叩きつけてくる。一瞬、がら空きになった脇腹へカガリの拳がめり込んでくる。脇腹を中心に骨が不気味な音を鳴らす。
あまりの破壊力に身体がくの字に曲がり、開かれた口からは唾液が飛び散る。
「くそがッ……」
「このまま終わらせるよッ!」
暴風の拳と螺旋が飛び交う中で、航大はまだ勝負を諦めてはいない。
『航大さん、大丈夫ですかッ!?』
「これが大丈夫にッ……見えるかッ!?」
『女神に勝つには……アレを使うしかありません……ッ』
「…………」
目まぐるしく変化する状況の中で、航大に話しかけるのは彼の中で確かに息づくもう一人の女神・シュナ。彼女もまた完全なる劣勢にある中で、航大にもリスクを負って戦うべきだと進言する。
『自分を信じて、これまでの鍛錬を信じて使えば……航大さんなら大丈夫です』
「はぁ、はあぁ……俺も、かなり信用されてるみたいだな」
『伊達に毎日、貴方を見ていませんからね』
「…………」
『貴方はここで倒れるべき人ではありません。もっと前に、未来へと進む資格があるんです』
「……わかったよ。俺もシュナを信じるしかねぇ。頼む、力を貸してくれッ!」
航大が両手に握る氷剣はもうボロボロだった。
圧倒的な破壊力を持つ攻撃を、想像を絶する手数で連撃を放つカガリを前にして、女神の魔力で作られし氷剣も崩壊の一歩手前まで追い詰められていた。
絶望的なまでの戦いにおいて、航大もまた反撃するために行動を開始する。
「神をも凍てつかせる氷輪よ、我に力を与え、全てを穿て――氷輪魔神ッ!」
残されたありったけの魔力を動員し、航大は氷魔法の中でも最高クラスの武装魔法を唱えていく。これまで、シュナとリエルの二人のみが使役することができた武装魔法であり、これを自在に使うには相当な魔力量を必要とされる。
この試練でリエルも使役したが、その完成度は高くはなかった。結果的にカガリを退けることに失敗したのだが、航大はそんなリエルも越える魔法の完成度を見せることに成功していた。
「おっとッ!?」
「穿つは悪を断罪せし、氷獄の十字――絶氷十字ッ!」
全身に氷の鎧を纏い、その背中に巨大な氷の翼を生やす航大。
究極の武装魔法をその手にした航大は、その力でカガリを吹き飛ばし、即座に反撃の体勢を整えていく。
「なんだなんだッ!?」
砂の上を転げ回ったカガリも、即座に立ち上がる。
氷を纏った航大は、その手に巨大な十字架を持っている。月明かりを受けて輝く十字架は、異様なまでの静けさと共に空中を滑空する。
「……へっ?」
航大の手にあった十字架が、気付けばグルグルと拘束で回転しながらカガリへと飛んでいく。航大が投げたからそうなっているのであって、まさか十字架を投げるなんて想像にもしていなかったカガリは咄嗟の反応が遅れてしまう。
「まさかの攻撃だけど……これくらい――」
凄まじい勢いで接近する十字架に対して、カガリはニヤリと口元を歪めて真正面から迎え討とうとする。暴風が纏いし右手に力を込めて、全力のパンチで十字架を破壊しようとする。
「おりゃああああぁぁぁぁーーーーーーッ!?」
十字架にカガリの拳が触れた瞬間、彼女の身体を中心にして氷山が生成される。
先端が鋭利に尖った氷が重なるようにして形成された氷山の中心には、先ほど航大が投擲した十字架が突き刺さっている。
「…………」
彼が放るのは絶対の破壊と、触れた者を氷山へと封印する氷魔法。
この攻撃への対処として最善であるのは、出来る限り十字架から離れるようにして逃げること。氷の十字架は触れるだけで破壊と封印の力を行使する。だからこそ、逃げることが最も確実な回避手段である。
しかしそれも、普通の相手であるならば、の話である。
「うりゃああぁぁッ!」
砂漠を静寂が包んだのも一瞬、氷山を破壊しながら飛び出してくるのは、暴風の女神・カガリだ。彼女はその身体に無数の裂傷を刻みながらも、十字架から生きて飛び出してきた。
「…………」
これまで、どんな攻撃を前にしてもカガリはほぼ無傷に近い状態で乗り切ってきた。
しかし、今回ばかりはそうとはいかなかった。
「ぜぇ、ぜえぇ……さすがに今回はちょっと……死ぬかと思ったよ……」
「よく生きて出てきたな?」
「……この魔法、どんなカラクリが?」
「それは……コレから、嫌というほど分かるはずだぜ?」
航大が再び手を夜空へ突き上げる。
すると、音もなく巨大な十字架が無数に姿を見せる。
「うっそぉ……一本だけでも、相当にしんどかったんだけど?」
「……これで決めるッ!」
航大の腕と連携して、無数の十字架がカガリ目掛けて滑空を開始する。
「……マジの本気にならないと、やばいかもね」
視界を埋め尽くす十字架を見て、この試練の中で最初ともいえるカガリが真剣な表情を浮かべる。立ち尽くしてはいけない。そう直感的に判断したカガリは、空中を走り出す。
「世界を包む風よ、我は全てを拒絶する――風絶連花ッ」
風の魔力を自在に操り、カガリは空中を自在に駆ける。
接近する十字架の全てを躱し、仮に触れたとしても大丈夫なように防御魔法の展開も忘れない。
「……甘いッ!」
凄まじい速度で走るカガリに対して、航大も十字架へ再び魔力を注ぐ。
「――――くッ!?」
航大の魔力を受け、直進するだけだった十字架の動きに変化が現れる。
カガリを確実に捉えようと十字架の動きが直角的に変化していく。
「――――ッ!」
縦横無尽に動く十字架の先端が僅かにカガリへと触れる。
すると、次の瞬間には十字架が眩い輝きを放ちながら『爆発』する。
「くうううぅぅぅぅッ!?」
暴発する十字架は空中で氷山を生成する。
間一髪で直撃を避けたカガリだったが、彼女が展開する防御魔法の一部がごっそりと消失していた。
「やっぱり……この十字架、触れるものの魔力を無力化する……ッ!」
「その通り……ッ!」
防御魔法を無力化され、カガリの右腕に再び裂傷が刻まれる。
鮮血が夜空を漂う中で、しかしそれでも暴風の女神・カガリは航大目掛けて走る動きを止めない。
「くッ……活動時間も、そろそろ限界か……」
カガリは歯を強く食いしばる。唇の端から鮮血が滲み出してくるが、それも気にした様子を見せずにカガリは飛ぶ。
「大地を裂き、空気を凍てつかせる、氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――真・氷獄氷刃ッ!」
「風の精霊よ、我に力を――風霊憑依ッ!」
大地を両断する巨大な氷剣を生成する氷神・航大に対して、カガリもまた女神たる意地を見せるために究極の武装魔法を展開していく。
小柄な身体を包むのは、風の魔法によって生成された精霊。
精霊がカガリの身体を包み、彼女に力を与える。
「これでッ」
「終わりッ!」
二つの人影が重なり、この日一番の衝撃が広がる。
眩い輝きが生まれ、膨張していく。
「――――」
今、この瞬間。
永きに渡る試練が終幕を迎えようとしていた。
砂塵の防壁を抜けた先、そこに存在するのは暴風の女神・カガリが住まう魔力を帯びた塔なのであった。しかしそれも、ライガ、シルヴィア、リエルの三人による壮絶な戦いの果てに跡形もなく崩壊してしまった。
「その言葉……ハッタリじゃないか、確かめさせてもらうよ」
暴風の女神・カガリは航大を助けるための条件として、ライガたちに最後の試練を与えた。試練の内容は至ってシンプルであり、女神たるカガリを討ち倒す、ただそれだけ。
言葉だけならば簡単そうに思える試練だったが、相手はかつて世界を混沌に陥れた魔竜を滅ぼした女神の一人である。普通の人間が太刀打ちできる存在ではないのだ。
「…………」
ライガたちも砂塵の試練によってそれぞれ成長を遂げた。
以前と比べれば圧倒的なまでの力を身に着けたライガたちだったが、暴風の女神・カガリは彼らとの戦いでも終始、優位な立場を維持し最終的には全員を退けることに成功していた。
「…………」
女神と呼ばれる存在がどれほど強大な力を持っているのか、ライガたちは為す術もなくそれを痛感することとなった。
一人、無傷で立ち尽くす航大は周囲の光景をしっかりとその目に焼き付ける。
無力で何も成すことができなかった航大を助けるために、ライガ、シルヴィア、リエルの三人は過酷な試練を乗り越えてここまでやってきた。結果的に、航大はカガリの手によって復活を遂げるのだが、航大は彼らを助けることを契約によって禁じられていた。
この仕打ちは航大にとって、非常に辛いものであったことは間違いない。
自分を助けるために仲間たちが傷つき倒れていく。
航大はその様をただ黙って見ていることしかできなかったのだから。
「「――――」」
静寂が場を支配する。
月明かりが照らすアケロンテ砂漠には、暴風の女神・カガリと、氷獄の女神・シュナの力を身に纏った少年の二人しか存在していない。
互いの吐息だけが時折聞こえてくる中で、女神・カガリが突きつける試練は最後の瞬間を迎えようとしていた。どちらに軍配が上がろうと、この戦いが終われば永き試練も本当の意味で終幕を迎える。
航大、ライガ、シルヴィア、リエル。
全員が先に進むために、航大は世界を守護する女神を打ち倒さねばならない。
「――いくぞッ」
「おいで」
先に動くのは、氷獄の女神・シュナとシンクロした航大だった。
地面を蹴り、高く飛び上がると眼下に暴風の女神・カガリを見据える。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
右手を突き出す航大が生成するのは、巨大な氷の槍だった。
これまでの戦いにおいて、数多く登場した氷魔法。
「今まで見てきたものとは違うね」
「暴風の女神・カガリ、お前を倒すッ!」
満月を背に飛び上がる航大が生成する氷槍は、確かにこれまで見てきたものとは一線を画していた。リエルが使った時とも、シュナが使って見せた時ともその大きさは遥かに上回っている。
女神が持つ力を最大限に引き出し、そして深層世界での鍛錬を経て航大もまた成長を遂げていた。普通であるならば常人が使うことなどできない女神の魔力を、異界の少年は完璧に引き出して見せているのだ。
「――――ッ!」
大きく息を吐き、航大は槍をカガリに向けて投擲する。
風を切り、不気味なほど静かに巨大な氷の槍は対象目掛けて飛翔する。
「貫き、壊せ、風の一閃――風閃一柱ッ!」
自らの身体を破壊しようと接近する氷槍に対して、カガリも見ているだけではない。
口元を僅かに歪ませると、右手を突き出して迎撃の体勢を取る。短い詠唱を終え、サイドポニーの形で結ばれた茶髪を揺らしながら、カガリは凝縮された風の魔力を射出する。
「――――」
航大が放つ氷の槍。
カガリが放つ風の一閃。
両者が虚空で真正面から激突し、そして周囲に凄まじい衝撃を発生させる。
「…………」
砂が舞い、塔を形成していた瓦礫を跡形もなく吹き飛ばしていく。
二人の衝突は航大とカガリの二人による戦いの面を見せつつ、その実、女神同士の戦いという一面も持っている。
暴風の女神と氷獄の女神。
過去、世界を混沌に陥れた魔竜を滅ぼし、今も世界に安寧をもたらすためにその力を使う女神同士の戦い。それは人類が築いてきた長い歴史において、全く初めての事象であった。だからこそ、この戦いがどのような結末を迎えるのか、それは誰も予測することができないのであった。
「僕の魔法と相打ちになるなんて、本当に君は女神の力をものにしたんだね」
「まだまだ、こんなもんじゃないぜ」
互いの魔法が真正面からぶつかり、周囲に暴風と膨大な魔力を撒き散らしながら消失していく。砂漠の砂が抉れて大きなクレーターのようなものを形成している。
「威勢がいいね、君も…………螺旋に廻れ、螺旋に流れよ、我が生み出すは破壊の螺旋――風魔螺旋」
自分と同等の力を持つ相手と戦うことができる。
そんな事実が暴風の女神を次第に本気な状態へと昇華させていく。
小柄な身体から生み出されるのは、膨大な魔力を内包した螺旋状に回転する球体だった。この魔法はライガたちとの戦いでも使用していたのだが、その時とは比べ物にならないくらいに巨大な螺旋が無数に生まれようとしていた。
「無限の氷剣、貫き、破壊せよ――無限氷剣ッ!」
対する氷神・航大も魔法を詠唱し、自身の周囲に無数の氷剣を生成する。
相手が手数でくるのならば、こちらも手数で応戦する。
互いに女神が持ち得る圧倒的な魔力をもって生成した氷剣と螺旋は、その一つ一つが触れれば明確な死を与えるほどの破壊力を持っていた。
「…………」
「…………」
静寂と異様な緊張感が場を支配する。
両者が動き出したのは全くの同時であった。
「「――――」」
螺旋の球体と氷剣がぶつかり、激しい音を響かせながら消失する。
音と破壊が連鎖する。
想像を絶する壮絶な光景が広がる中で、二つの人影が疾走していく。
「考えることは、」
「同じってことだなッ!」
互いに遠隔攻撃を繰り出しながらも、それが決定打にはならないと理解していた。だからこそ、自らが動き、自らの手によって対象を倒さなければならないと考えていた。
「万物を砕け、大地を切り裂け、氷牙の名前に敵はなし――氷牙業剣ッ!」
「剛打連撃、全部吹き飛ばせッ――風牙剛拳ッ!」
螺旋と氷剣が自在に飛び交う中において、二つの人影は僅かに存在する隙間を縫うようにして跳躍を続ける。そして、両者ともに近距離攻撃に適した魔法を詠唱し、その直後に激突する。
「「――――ッ!」」
航大とカガリ。
両者ともに一步も引かないで激突する。
「こんのッ!」
「ぐぬぬッ!」
航大が振るうは、氷で生成された氷剣。
本来ならば、見上げるほど巨大な氷剣も、より機動性と破壊力を重視して魔力を凝縮した小型化を実現している。今、航大が振るう氷牙業剣も、彼の背丈ほどに縮小しており、しかしその破壊力は数段高くなっている。
「力比べなら、負けないよッ!」
対するカガリが振るうは、魔力による強化を施した自らの拳。
風の魔力によって生まれし暴風を拳に纏い、身軽な動きから繰り出されるのは、あらゆるものを破壊する脅威のパンチ。
「――――ッ!」
「――――ッ!」
一度目の衝突があった後、そこからは両者退かぬ連撃の応酬だった。
激突して弾かれ、激突しては弾かれての連続。空中でぶつかり、地上でぶつかり、弾かれ砂の上を転げ回りながらも、即座に体勢を立て直して次の攻撃へと移っていく。
「くっそッ、しぶといなッ!」
「それはこっちの台詞ッ!」
何度ぶつかっても、両者は一瞬の隙すら見せてはくれない。
氷剣を振るい、それを暴風の拳が真っ向から迎え討つ。
暴風の拳が連打を見せるも、航大は氷剣を盾にしてカガリの連打を確実に防いでいく。
「このままじゃ埒が明かないなッ」
「それは、どうかなッ!?」
剣と拳がぶつかり合い膠着状態の様子を呈してきた頃、戦いに変化を与えたのは暴風の女神・カガリだった。
「えいッ!」
「んなッ!?」
拳を振るいながら、カガリは周囲に展開していた螺旋を航大へ向けて突進させる。
「てめぇッ、卑怯だぞッ!」
「卑怯もなにも、折角使ってるんだから使わないと勿体無いよ?」
「そっちがその気なら――」
「そうはさせないッ!」
航大も負けじと氷剣を操ろうとするが、それを黙って見ている訳にはいかないのがカガリである。どんなに優れた魔法使いであっても、遠隔攻撃系の魔法を完全にコントロールすることは難しい。
「くっそッ……」
女神の力を受けたとはいえ、航大はつい最近まで魔法に全く縁のなかった少年である。どうしても魔法を使おうとすれば、その身体に一瞬の隙が生まれてしまい、この戦いにおいて一瞬でも隙を見せることはそのまま敗北へと直結しかねない事態なのである。
「ほらほら、早く何とかしないときつくなっちゃうよ?」
魔法の扱いに四苦八苦する航大に対して、暴風の女神・カガリは生まれてから永い時を魔法と共に生きてきた人物である。内包する魔力量も、魔法を使役するための実力も航大とは比較にならないほど極限にまで達している。
「ぐッ、くぁッ……くッ……うッ……!」
カガリは流れるような動作で拳を繰り出しつつ、航大を倒そうと自らが産んだ螺旋を投げつけてくる。彼女の拳を捌くだけでも精一杯だった航大へ、触れれば甚大なダメージは避けられない螺旋が次々に襲い掛かってくる。
最初の内はカガリをやり過ごしながら、氷剣を盾にして螺旋を防いでいた航大だったが、絶え間なく襲い掛かってくる攻撃の雨を前にして、次第に後手を踏んでしまう。
「ほら、こっちががら空きッ!」
「――――ッ!?」
螺旋の相手に集中してしまえば、露呈する隙を目掛けてカガリが暴風の拳を叩きつけてくる。一瞬、がら空きになった脇腹へカガリの拳がめり込んでくる。脇腹を中心に骨が不気味な音を鳴らす。
あまりの破壊力に身体がくの字に曲がり、開かれた口からは唾液が飛び散る。
「くそがッ……」
「このまま終わらせるよッ!」
暴風の拳と螺旋が飛び交う中で、航大はまだ勝負を諦めてはいない。
『航大さん、大丈夫ですかッ!?』
「これが大丈夫にッ……見えるかッ!?」
『女神に勝つには……アレを使うしかありません……ッ』
「…………」
目まぐるしく変化する状況の中で、航大に話しかけるのは彼の中で確かに息づくもう一人の女神・シュナ。彼女もまた完全なる劣勢にある中で、航大にもリスクを負って戦うべきだと進言する。
『自分を信じて、これまでの鍛錬を信じて使えば……航大さんなら大丈夫です』
「はぁ、はあぁ……俺も、かなり信用されてるみたいだな」
『伊達に毎日、貴方を見ていませんからね』
「…………」
『貴方はここで倒れるべき人ではありません。もっと前に、未来へと進む資格があるんです』
「……わかったよ。俺もシュナを信じるしかねぇ。頼む、力を貸してくれッ!」
航大が両手に握る氷剣はもうボロボロだった。
圧倒的な破壊力を持つ攻撃を、想像を絶する手数で連撃を放つカガリを前にして、女神の魔力で作られし氷剣も崩壊の一歩手前まで追い詰められていた。
絶望的なまでの戦いにおいて、航大もまた反撃するために行動を開始する。
「神をも凍てつかせる氷輪よ、我に力を与え、全てを穿て――氷輪魔神ッ!」
残されたありったけの魔力を動員し、航大は氷魔法の中でも最高クラスの武装魔法を唱えていく。これまで、シュナとリエルの二人のみが使役することができた武装魔法であり、これを自在に使うには相当な魔力量を必要とされる。
この試練でリエルも使役したが、その完成度は高くはなかった。結果的にカガリを退けることに失敗したのだが、航大はそんなリエルも越える魔法の完成度を見せることに成功していた。
「おっとッ!?」
「穿つは悪を断罪せし、氷獄の十字――絶氷十字ッ!」
全身に氷の鎧を纏い、その背中に巨大な氷の翼を生やす航大。
究極の武装魔法をその手にした航大は、その力でカガリを吹き飛ばし、即座に反撃の体勢を整えていく。
「なんだなんだッ!?」
砂の上を転げ回ったカガリも、即座に立ち上がる。
氷を纏った航大は、その手に巨大な十字架を持っている。月明かりを受けて輝く十字架は、異様なまでの静けさと共に空中を滑空する。
「……へっ?」
航大の手にあった十字架が、気付けばグルグルと拘束で回転しながらカガリへと飛んでいく。航大が投げたからそうなっているのであって、まさか十字架を投げるなんて想像にもしていなかったカガリは咄嗟の反応が遅れてしまう。
「まさかの攻撃だけど……これくらい――」
凄まじい勢いで接近する十字架に対して、カガリはニヤリと口元を歪めて真正面から迎え討とうとする。暴風が纏いし右手に力を込めて、全力のパンチで十字架を破壊しようとする。
「おりゃああああぁぁぁぁーーーーーーッ!?」
十字架にカガリの拳が触れた瞬間、彼女の身体を中心にして氷山が生成される。
先端が鋭利に尖った氷が重なるようにして形成された氷山の中心には、先ほど航大が投擲した十字架が突き刺さっている。
「…………」
彼が放るのは絶対の破壊と、触れた者を氷山へと封印する氷魔法。
この攻撃への対処として最善であるのは、出来る限り十字架から離れるようにして逃げること。氷の十字架は触れるだけで破壊と封印の力を行使する。だからこそ、逃げることが最も確実な回避手段である。
しかしそれも、普通の相手であるならば、の話である。
「うりゃああぁぁッ!」
砂漠を静寂が包んだのも一瞬、氷山を破壊しながら飛び出してくるのは、暴風の女神・カガリだ。彼女はその身体に無数の裂傷を刻みながらも、十字架から生きて飛び出してきた。
「…………」
これまで、どんな攻撃を前にしてもカガリはほぼ無傷に近い状態で乗り切ってきた。
しかし、今回ばかりはそうとはいかなかった。
「ぜぇ、ぜえぇ……さすがに今回はちょっと……死ぬかと思ったよ……」
「よく生きて出てきたな?」
「……この魔法、どんなカラクリが?」
「それは……コレから、嫌というほど分かるはずだぜ?」
航大が再び手を夜空へ突き上げる。
すると、音もなく巨大な十字架が無数に姿を見せる。
「うっそぉ……一本だけでも、相当にしんどかったんだけど?」
「……これで決めるッ!」
航大の腕と連携して、無数の十字架がカガリ目掛けて滑空を開始する。
「……マジの本気にならないと、やばいかもね」
視界を埋め尽くす十字架を見て、この試練の中で最初ともいえるカガリが真剣な表情を浮かべる。立ち尽くしてはいけない。そう直感的に判断したカガリは、空中を走り出す。
「世界を包む風よ、我は全てを拒絶する――風絶連花ッ」
風の魔力を自在に操り、カガリは空中を自在に駆ける。
接近する十字架の全てを躱し、仮に触れたとしても大丈夫なように防御魔法の展開も忘れない。
「……甘いッ!」
凄まじい速度で走るカガリに対して、航大も十字架へ再び魔力を注ぐ。
「――――くッ!?」
航大の魔力を受け、直進するだけだった十字架の動きに変化が現れる。
カガリを確実に捉えようと十字架の動きが直角的に変化していく。
「――――ッ!」
縦横無尽に動く十字架の先端が僅かにカガリへと触れる。
すると、次の瞬間には十字架が眩い輝きを放ちながら『爆発』する。
「くうううぅぅぅぅッ!?」
暴発する十字架は空中で氷山を生成する。
間一髪で直撃を避けたカガリだったが、彼女が展開する防御魔法の一部がごっそりと消失していた。
「やっぱり……この十字架、触れるものの魔力を無力化する……ッ!」
「その通り……ッ!」
防御魔法を無力化され、カガリの右腕に再び裂傷が刻まれる。
鮮血が夜空を漂う中で、しかしそれでも暴風の女神・カガリは航大目掛けて走る動きを止めない。
「くッ……活動時間も、そろそろ限界か……」
カガリは歯を強く食いしばる。唇の端から鮮血が滲み出してくるが、それも気にした様子を見せずにカガリは飛ぶ。
「大地を裂き、空気を凍てつかせる、氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――真・氷獄氷刃ッ!」
「風の精霊よ、我に力を――風霊憑依ッ!」
大地を両断する巨大な氷剣を生成する氷神・航大に対して、カガリもまた女神たる意地を見せるために究極の武装魔法を展開していく。
小柄な身体を包むのは、風の魔法によって生成された精霊。
精霊がカガリの身体を包み、彼女に力を与える。
「これでッ」
「終わりッ!」
二つの人影が重なり、この日一番の衝撃が広がる。
眩い輝きが生まれ、膨張していく。
「――――」
今、この瞬間。
永きに渡る試練が終幕を迎えようとしていた。
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