終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章87 最終試練

「女神である僕の力を使えば、そこの少年を助けてあげることができる」

 西方への道を遮断する砂塵の防壁を抜けた先、そこには静かな砂漠が広がっていて、月明かりが差す夜の砂漠に不思議な魔力を帯びた塔は存在していた。

 砂塵で繰り広げられた過酷な試練を突破したライガたち一行は、暴風の女神・カガリが支配するこの塔へと集結を果たした。

「ライガ、シルヴィア、ユイ……あの方は本物の女神じゃ。かつて世界を混沌に陥れた魔竜との戦いにおいて、儂の姉様である女神・シュナと共に戦ったお人じゃ」

 暴風の女神・カガリについて詳しいリエルは、険しい表情とともにライガたちへ戦いの危険性を説明する。リエルもまた、女神の守護者として魔竜と女神の戦いを目の当たりにしていたからこそ、女神と戦うことの無謀さを誰よりも理解している。

「……これからの戦いは、険しい道じゃぞ?」

「今更、なに言ってんだよ。今までも十分、険しい道だったさ。何よりも、大切な友達を助ける唯一の道があるんだ。どんな険しくても俺は進むぜ」

 リエルの問いかけに対して真っ先に反応を返したのはライガだった。

 女神と対峙しても尚、彼の顔には恐怖や恐れといった色は一切存在しない。むしろ、強敵と戦うことが楽しみでしょうがないといった自信に満ちあふれている。

 砂塵の試練では自分の父親であり、ハイラント王国の英雄と謳われるグレオ・ガーランドと本気で刃を交えた。結果、彼はグレオの前に敗れてしまうのだが、敗北の中で彼なりに成長する道を見出すことができた。

「どんなに険しい道って奴が現れようとも、私は私が信じた道を進むだけ。私が進む道は、航大が示してくれる。今、航大を助けられるのが私たちだけならば、立ち止まっている暇なんてないッ」

 次にリエルの問いかけに応えたのはシルヴィア・ハイラントだった。

 彼女は砂塵の試練でライガと同じように母であり、初代剣姫であるリーシア・ハイラントと刃を交えた。グレオと同じで過去の世界で英雄と呼ばれたリーシアを相手に、彼女は自分が新たなる時代に生きる剣姫であることを証明し、強大な力に打ち勝ってみせた。

「……航大が行く道。それが私の道だから」

 最後にリエルの問いかけに答えるのは、この世界において最も長い時間を航大と共に過ごしている白髪の少女・ユイだった。異界の英霊をその身に宿し、これまでの戦いにおいて最前線で戦い続けてきた。しかし、帝国ガリアではその力が災いし、この世界で最も愛する存在である航大に重傷を負わせてしまった。

 誰よりも航大を助けたいと願う彼女は、身体に不調を感じながらも力強く立ち上がり、そして対峙する暴風の女神・カガリを見据えている。

「……野暮な質問じゃったか」

「いいねー、全員がやる気に満ちてるのがよく分かるよ。それじゃ、答えも出たところで……始めようか?」

 ライガたちの前に立ち塞がるのは、世界を守護する暴風の女神・カガリ。

 茶髪をサイドポニーの形で結び、露出が激しい格好をしているのが印象的な少女は、小柄な身体から膨大で濃厚な魔力を放出させている。砂漠に存在する塔に充満していく魔力がライガたちを襲う。

「…………」

 静寂が塔を支配する。
 誰かが動き出せば、その瞬間に戦いは幕を開く。


「「まずは――」」


「俺が行くッ!」
「私が行くッ!」

 突如として響き渡った二つの声音が静寂を切り裂く。 
 そして真っ先に飛び出してくいのは、その手に両刃の剣を持ったライガとシルヴィアの二人だった。


「「はあああああぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!」」


 地面を蹴り、低い体勢で跳躍する二人は全く同じ速度、タイミングで暴風の女神・カガリへと剣を振り下ろしていく。

「うんうん、仲がいいのは良いことだよね」

 猪突猛進といった様子で突っ込んでくるライガとシルヴィアを前にして、それでもカガリは顔に浮かべる笑みを緩めることはない。

「あの馬鹿者たちッ、女神を相手に何の策も突っ込むなんて……死ぬ気かッ!?」

 咆哮を上げて突っ込んでいくライガたちを見て、リエルもまた唖然とした様子で立ち尽くすことしかできない。しかし、瞬時に脳をフル回転させてあらゆる状況にも瞬時に対応できるように準備を整えていく。

「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――氷雪結界ッ!」

 咄嗟の方法としてリエルが選択するのは、先程よりも広範囲に渡る氷の結界を生成することだった。リエルを中心として半円状のドーム形に結界が広がっていく。

「無策で突っ込んでくるべきではないよね、さっきとは違って、僕はちょっと真面目なんだから――」

 カガリの視線はリエルではなく、突き進んでくるライガとリエルに向けられている。

「風の刃よ、廻り切り裂け――風刃円舞」

 カガリが詠唱するのは、ここまでの戦いで見せた風の魔法。
 炎上に高速回転する風刃を対象へ飛ばし、触れたものを切り裂く攻撃魔法である。

「へッ、何度も同じ魔法に引っかかるかよッ!」
「女神だからって、あまりこっちを舐めないでよッ」

 突進するライガとシルヴィアに向けて投げられる円状の風刃。
 しかしそれを見ても、ライガとシルヴィアは突進する速度を落とすことはない。

 二人は息を合わせて接近する風刃を軽く飛び越える感じで回避しようとする。

「はぁ、君たちはよく今まで死なずに生きてこれたね」

 ライガとシルヴィアは地面を強く蹴り、空中に飛び上がることでカガリの攻撃を躱そうと試みた。事実、カガリが放った風刃は虚空を切り裂くのみであり、彼女の攻撃は失敗に終わったのは間違いない。

 このまま数秒もすれば、ライガとシルヴィアが振るう刃がカガリの身体を切り裂くのだが、自分の身に危機が迫っているにも関わらず、カガリは重く深い溜息を漏らすだけなのであった。

「吹き荒れる風よ、全てを吹きとばせ――風牙流円」

 落胆を隠そうともしないカガリが魔法の詠唱を唱えた瞬間、彼女が立つ周囲の大地が淡い光を帯び始める。

「――あっ?」
「――えっ?」

 カガリの詠唱がライガとシルヴィアの鼓膜を震わせた次の瞬間、二人の身体は凄まじい暴風によって吹き抜けとなっている塔内部を上方向へと吹き飛ばされていく。

「風の女神を相手にして、不用心に空を飛ぶのはオススメしないよ?」

 カガリが唱えたのは設置型の魔法であった。

 任意の場所に魔法を設置し、自らのタイミングで発動する。設置型魔法の強みとしては、相手に魔力の存在を察知されにくいといった点に集中している。魔法を使う者同士の戦いでは、相手の魔力を察知することで戦いの方法を変えていくのが常套手段である。

 そんな戦いの中で有用なのが、設置型の魔法なのである。

「くっそッ、さっきから卑怯な手を使いやがってッ」
「正々堂々、私たちと戦いなさいよッ!」

 突如発生した竜巻によって為す術もなく上空へと巻き上げられるライガとシルヴィア。
 吹き荒れる竜巻に巻き込まれ、二人は完全に体のコントロールを失ってしまっている。

「戦いっていうのはね、千差万別なんだよ。それぞれが自分に合った戦いをするものさ。まず、君たちは人に何かを言う前に、自分の無事を心配した方がいい」

「やっべッ……アレが来るッ!」
「……くッ」

 虚空へと吹き飛ばされたライガたちへ迫るのは、先程カガリが放った円状に高速回転する風刃なのであった。二人に躱された風刃であったが、その存在を維持したまま軌道を変えてライガたちへと接近する。

「シルヴィアッ、なんとか出来るかッ!?」

「こんな状況で、どうしろって言うのよッ……ライガ、あんたこそ同じ風の魔法が使えるんでしょ? なんとかしてよッ!」

「無茶言うなってッ……さっきの戦いで俺の魔力は限界なんだ」

「はぁ? アンタって、本当にいざって時に使えないわね」

「ああぁッ!? 誰が使えないってッ!?」

 風にもみくちゃにされながら、ライガたちはぎゃーぎゃーと言い争いを続ける。
 そんなことをしている間にも、二人の身体を切り裂こうと風刃は進み続けている。

「……お主ら、少しは反省するんじゃぞ」

「え、リエル?」
「なんでお前……」

 身動きが取れないライガとシルヴィアと、接近を続ける風刃の間に現れたのは、瑠璃色の髪を暴風に靡かせる少女・リエルだった。彼女はライガたちが飛び出した直後に詠唱した氷雪結界によって得た瞬速を活かして風刃よりも先回りすることが可能だった。

「砕け、大地を切り裂け、氷牙の前に敵はなし――氷牙業剣ッ!」

 リエルが唱えるのは巨大な氷の剣を生成する魔法。
 彼女の両手が光りに包まれ、次の瞬間には巨大な氷の剣がその姿を現す。

「はああぁぁぁぁッ!」

 怒号と共に氷の剣を薙ぐ。凄まじい破壊力を持つ氷剣は、ライガたちを切り裂こうとした風刃をいとも容易く破壊していく。

「おぉ……久しぶりに見たよ、その魔法。やっぱり君は、シュナの妹だね」

 地上で状況を見守っていたカガリは、リエルが躍動する姿を見て楽しげな笑みを浮かべている。

「ふん、貴方はいつもそうやって笑っている。しかし、今回ばかりは勝たせてもらいますよッ!」

 地面に足をつけて笑っているカガリへ向けて、リエルはその手にもった巨大な氷剣を思い切り投擲する。

「おや、これはこれは……」

 カガリが生成した暴風を切り裂きながら落下していく氷剣。
 巨大な剣が迫ってくる中で、カガリは驚きからその目を丸くしている。

「こうして本気で君と戦える日が来るなんて、不老不死の女神ってものに飽きてたけど……長生きをするのも悪くはない」

 遥か昔。
 世界を守るために戦った戦友が残した妹。

 姿は変わってはいないが、短い瑠璃色の髪はカガリに懐かしさという感情を生み出してくれる。

「――――」

 カガリが何かを呟こうとした瞬間、リエルが投擲した巨大な氷剣が地面に到達する。
 凄まじい轟音と破壊が連鎖する音が塔の内部に木霊する。

「おぉ、すっげぇなコレ……」

 ライガたちの眼下で粉塵が立ち込める。カガリの姿はすぐに見えなくなり、束の間の静寂が場を支配する。

「お主ら、体勢を立て直せ。すぐに次の行動へ移るぞ」

「アレが直撃してもダメージがないなんて……女神ってのは、そこまで強いの?」

 粉塵の中心、そこには氷剣を受け止めているカガリの姿があった。

「中々に良い攻撃だ。シュナが現役だった時を思い出すよ」

 瓦解していく氷剣。

 その切っ先部分に立つカガリは、右手一本と円状に高速回転する風刃の力だけでリエルの攻撃を完全に封殺していた。これまで攻撃に使ってきた風刃も、使い方によっては強力な防御の手段になる。

「さぁ、次はどんな攻撃を見せてくれるのかな?」

 静かに落下してくるライガ、シルヴィア、リエルの三人。

 暴風の女神・カガリはそんな三人を見て、大きく両手を広げてまだ始まったばかりの戦いの行く末に笑みを浮かべるのであった。

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