終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章85 白銀の騎士

「…………すごい」

 砂塵を抜けた先に存在する魔力を帯びた塔。
 そこでユイ、ライガの前に立ち塞がるのは、女神を自称する少女・カガリだった。

 長い茶髪をサイドポニーの形で結び、胸元がたるんだシャツと太腿を大胆に露出したホットパンツという出で立ちで、おおよそ戦いの場にはふさわしくない露出の激しい服装をしているのが印象的だった。

 快活な印象を与える顔立ちをしたカガリは、ライガとの戦いにおいて笑みを崩すことはない。ハイラント王国の騎士であるライガが唯一使役できる武装魔法・風装神鬼を簡単にコピーするだけには飽き足らず、武装魔法へ自らの魔力をプラスすることで、風装神鬼が持つポテンシャルを最大限に活かしていた。

「あはッ、君にはまだ進化の余地があるんだね?」

「るっせぇッ、油断してると痛い目みるぜ?」

 自らの魔法をコピーされても尚、ライガは進化を止めることはなかった。

 風装神鬼の上位互換である『神速神鬼』を生み出し、それを使うことでカガリが見せるスピードを越えていく。

「すごいね。さすがにあの試練を越えてきただけはあるよ」

「……まさか、お前が俺たちに試練なんてもんを与えたのか?」

「それは君が僕に勝ったら教えてあげるよ」

 天高く聳え立つ塔の内部を縦横無尽に飛び回りながら衝突を繰り返す二つの影。それぞれの手には鋭利な剣が握られており、一瞬の隙でその身体に大きな一撃を当てるものだった。

「剣で斬り合うのも疲れたなー、こういうのはどうかな?」

「なにをする気だ……?」

「風の剣よ、僕と共に戦えッ」

 剣の腕はほぼ互角。

 武装魔法によって両者は神速とも言えるスピードを手に入れたが、それが故に戦いは膠着状態へと陥っていた。互いに一瞬の隙すら見せない斬撃が繰り返される中で、サイドポニーを揺らすカガリが戦いに変化を与えようとする。

 何も持たない左手を虚空に突き出し、詠唱をスキップして魔法を使役する。

 女神を自称する少女が唱えるのは、右手に持つ風の剣と同等のものを生み出すものだった。生み出された風の剣は持ち主が存在しなくとも、虚空でしっかりと制止しており、その動きは全てカガリによってコントロールされる。

「これで手数なら僕の方が上かな?」

「……これだから魔法使う奴は厄介なんだ」

 カガリが見せた戦いの変化。
 ただその一手が膠着状態だった戦況を一転させる。

「ほらほらぁ、僕よりも速いんでしょ? それなら、これくらい躱せないとね?」

「ぐッ、あぁッ……ぐぅッ……右に左に……めんどくせぇッ!」

「右や左だけじゃないよ? 上も下もあるんだからさ」

「――――ッ!?」

「頑張って対処してることは認めてあげるよ。でもね、反撃すらままならない。君の武装魔法はまだ完全じゃないよね? 時間は誰にでも平等に過ぎていく。長続きするのかな?」

 自身の周囲に無数の剣を生成し、風装神鬼による速度を落とすこともなくライガへ飛ばす。二つの影が衝突するのと同時に、カガリの周囲に展開された風の剣もライガの身体を切り裂こうと跳躍する。

「くっそ……厄介すぎるぜ……」

 カガリ一人の相手をするのにもギリギリだったライガ。そんな彼に襲いかかるのは少女だけではない。死角となる部分から身体を切り裂こうと跳躍する風の剣に対応することは難しい。

 カガリと剣を交える度にライガの身体には、風の剣による裂傷が無数に刻まれていく。

「どんなにスピードを手に入れたところで……このままじゃ……」

「――何してんの、ライガッ!」

 最悪の展開がライガの脳裏を過ぎった瞬間、塔の内部に突如として少女の声音が響き渡った。その声はライガがよく知るものであり、声が鼓膜を震わせるのと同時にライガの表情は驚きに変化する。

「おや、また新しい仲間がご到着かな?」

「新たなる時代の剣姫……私の名前はシルヴィア・ハイラントッ!」

 神速の世界で戦うライガとカガリの中に、三つ目の人影が乱入してくる。

 武装魔法によって強化された二人の動きについてくる存在があるなんて、新たに乱入してきた存在にライガとカガリはそれぞれの反応を見せる。

「普通の人間ならば、目で捉えることすら難しいというのに……」

「シルヴィア、ハイラントって……お前、シルヴィアなんだよなッ!?」

「ふん、そんなの当たり前でしょ。この私がシルヴィア以外の誰に見えるってのよ!」

 乱入してきたのはライガたちと共に砂塵へ挑戦したもう一人のハイラント王国騎士であるシルヴィアだった。彼女は剣姫としての力を有しており、そのちからが顕現した際には白銀に輝く甲冑ドレスをその身に纏う。

 右手には緋剣。
 左手には蒼剣。

 肩上まで伸ばした金髪を風に靡かせるシルヴィアの姿は、ライガが知っているそれとは違うもののように感じた。彼女もまた砂塵の試練によって世界を守護する剣姫として進化を遂げていた。

「いや、お前……ハイラントって……」

「細かい話は後ッ、今はコイツを倒すんでしょ?」

「君もまた、砂塵の試練をクリアすることができたんだね」

「アンタは倒す。だけど、その前に感謝してあげる」

「……感謝?」

「試練を与えてくれたおかげで、私はもっと強くなることができた」

「あはッ、誰に感謝されたのは久しぶりだよ」

 睨み合うカガリとシルヴィア。
 シルヴィアはその瞳を鋭く光らせてカガリに感謝の言葉を述べる。

 対するカガリは相変わらずその顔に余裕そうな笑みを浮かべるばかりであり、へらへらとした軽い様子でシルヴィアの言葉を受け止めている。交互の視線が交わり、バチバチと火花を散らしている。

「シルヴィア、お前……アイツ、すっげぇ強いぞ」

「ふん、そんなのさっきまでの戦いを見てれば分かるっての。それでも、私たちはここで退く訳にはいかない」

「アイツが本当に女神なのかは知らないが、そうだよな。アイツを倒さないと航大が……」

「……女神? あんな子供が?」

「おい、シルヴィア。その言葉は――」

 シルヴィアが口にした『子供』というワード。
 それが茶髪をサイドポニーにする少女の鼓膜を震わせた時、塔を包む魔力の濃度が急速に濃くなる。

「ふーん、君も僕を子供って言うんだね?」

「見たまんまを言っただけじゃない。その程度で怒ってるようじゃ、女神なんてのも嘘ってところね」

「…………」
「…………」

 衝突する視線同士の火花が一段と激しくなる。
 女同士の激しい口撃を目の当たりにして、ライガはその間に割り込むことができない。

「――――ッ!」

「ライガ、足を引っ張らないでよッ!」

「るっせぇ、お前こそ簡単にやられるんじゃねぇぞッ!」

 互いに合図はない。
 しかし、ほぼ同時に二つの人影が跳躍を開始する。

 一つは茶髪を揺らす少女・カガリ。
 一つは白銀の甲冑ドレスを風に靡かせる少女・シルヴィア。

 「「――――ッ!」」

 小細工はいらない。
 最初の衝突は真正面からの力比べだった。

「あら、その周りを飛んでる剣は使わないの?」

「こっちはね……あっちに使おうと思ってねッ!」

 シルヴィアと剣を交えながらも、カガリは視線の動きだけで風の剣を操り、それらを同じく跳躍しているライガへと放つ。

「くッ!」

「君以上にこの子は気に入らない。だから、僕は直接お仕置きをしてあげないといけないんだ。邪魔しないでくれる?」

「お仕置きを受けるのはアンタよ……はあああああぁぁぁぁぁーーーーーッ!」

「おっとッ!?」

 膠着状態に見えた状況も、シルヴィアが咆哮と共に剣を押し込む力を増すことで瓦解する。緋剣と蒼剣を操るシルヴィアは力でカガリを圧倒すると、そのまま切り捨てようと両刀を振り払う。

 押し込まれる形になったカガリだが身軽な身のこなしで後方へと退く。

「見た目から想像できなかったけど、結構な馬鹿力なんだね?」

「……コロス」

「あはッ、僕は真実を言ったまでさッ!」

 カガリが漏らした何気ない一言でシルヴィアもこめかみを敏感に反応させる。
 そして地面が抉れるほどの踏み込みから、カガリへ向けて再びの跳躍を開始する。

「もう飽きたから、同じ手は使わないよ。風の刃よ、廻り切り裂け――風刃円舞ッ!」

 左手を突き上げ、手の平に円形に高速回転する風の刃を生成する。
 それは以前にライガへ放ったものと同一であり、それをシルヴィアへ見舞おうとしていた。

「気をつけろ、シルヴィアッ!」

「ライガ、アンタは自分の心配をしてなさい」

「くすッ……さっきと同じと思ったら痛い目みるよ?」

 左手を振り払う。
 その動きに連動してカガリが生み出す円状の刃がシルヴィアを目掛けて飛翔する。

「――神竜。私に力を貸して――聖剣・ハールヴァイトッ!」

 対するシルヴィアは両手に持った緋剣と蒼剣を一つに重ねることで、金色に輝く聖剣を生み出す。それはかつて世界を守護するために戦った初代剣姫・リーシアが愛用した世界最強の聖剣。

「いけない、カガリ様ッ!」

「そ、それはッ!?」

 塔内部に広がる眩い輝き。
 それを目の当たりにしてアリーシャとカガリが驚きの声を上げる。

「世界を包め、全てを守護する、三日月の光よ――皇光の一刀セイクリッド・ブレイズッ!」

 空高く舞い上がったシルヴィアは白銀の甲冑ドレスを風に靡かせる。そして世界を守護する聖剣・ハールヴァイトを振り下ろすことで、全てを消し去る必殺の一撃を見舞う。

「――――」

 刹那の静寂が支配した後、凄まじい衝撃が塔を、砂漠を駆け抜けていく。

 瞬く間に粉塵が塔の内部を支配し、収まりきらないものが塔の窓を突き抜けて外へと飛び出してく。あらゆるものを破壊する一撃は塔の一部すらも破壊する。その影響で塔が僅かに傾く。

「うおおぉ……なんだ、これぇ……ッ!?」

「…………」

 暴風と粉塵が支配する塔において、ライガとユイもまた状況を把握できずに立ち尽くすしかない。
 誰もが自分以外の存在を確認できない静寂の中、粉塵が晴れることでようやく状況が明らかになる。

「そ、そんな……」

 そんな声音を漏らしたのは白銀に輝く甲冑ドレスを身に纏った少女・シルヴィアだった。

 右手に握られる黄金の聖剣・ハールヴァイトはそのままに、シルヴィアの視線はある一点に捕らわれていた。

「ふぅ……さすがに今のは危なかったね?」

「……はい。カガリ様」

 粉塵が残る中、シルヴィアたちの前に姿を現すのは二つの人影だった。

「おい、どういうことだよ……こりゃ……」
「……ま、守った?」

 その光景を見て、ライガとユイも信じられないものを見たと愕然としてしまう。

 何故ならばあれほどの一撃を受けても尚、カガリは無傷で生存していたからだ。更にそれだけではなく、無傷で笑みを浮かべるカガリを守るようにして存在するもう一つの人影があった。

 それは砂塵に挑戦する前、ライガたちを案内した謎の少女・アリーシャだった。彼女はシルヴィアが放つ一撃からカガリを守り、そしてその身体の半身を吹き飛ばすという絶望的なまでの重傷を負っていたのだった。

「ごめんね、アリーシャ。君をこんな形で使ってしまって……」

「いいんです、カガリ様。こうすることが、私の役目なの、です……から……」

 右腕、右腰、そして右頭部が消し飛んでいる。夥しい量の鮮血を周囲に撒き散らしながらも、アリーシャは残った両足でしっかりとその場に立ち尽くし、最後の瞬間までカガリを守ろうとしていた。

 最後の言葉を交わすことすら奇跡的な状況。

 世界を守護するための一撃が人の命をいとも容易く奪う。その瞬間を目の当たりにして、シルヴィアの唇は小刻みに震える。

「さて、これで僕も奥の手を一つ消費してしまった訳だ」

「奥の手……だと……?」

 ゆっくりと倒れ伏すアリーシャ。

 右半身しか残されていない状態でも、アリーシャは最後まで主を守ることができた達成感に笑みを浮かべて事切れていた。そんなアリーシャに視線を投げることもなく、カガリは自らの服に付着した土埃を払いながら変わらず軽い声音を漏らす。

 その言葉を信じられないというった様子で聞くライガとシルヴィア。

「てめぇ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ?」

 怒りを露わにするライガ。

「ふざけてなんてないけど?」

 それに対してあっけらかんとした様子で応えるカガリ。

「絶対に許さねぇ……」
「珍しく意見が一致したね、ライガ」

 ライガの隣に立つのはシルヴィア。
 彼女もまたその瞳に強い怒りを灯していた。

「簡単に捨てていい命なんてものはなぁ……存在しないんだよッ」
「……カガリ、貴方は許されない」

 力強く一步を踏み出すライガとシルヴィア。
 そんな二人を前にしてもカガリはその顔から余裕な笑みを消さない。

「怖いね。今の時代に生きる者たちはすぐに怒る。その感情こそが終わらない争いを生むんだよ。さぁ、この戦いに終止符を打つとしよう」

 カガリは両手を広げる。
 それを合図に塔を激しい振動が襲いかかる。

「なにごとだッ!?」
「すごい魔力を……感じる……」

 濃厚な魔力を感じる頭上へ視線を向けると、そこには暴風を内包した巨大な球体が存在していた。

「風の魔力をありったけ凝縮した玉。これが爆発したらどーなるでしょうか?」

 楽しげに笑うカガリはその身体を浮遊させて風の玉の影響を受けない場所まで移動する。

「ふん、そんなところで制止してるような玉……切り裂いてやるッ!」

「シルヴィア、行くぞッ!」

「光の一閃、全ての悪を葬り去れ――聖なる剣輝シャイニング・ブレイドッ!」
「神剣・ボルカニカ、お前が持つ力を、解き放て――烈風風牙ッ!」

 迫る危機に対して、シルヴィアとライガは先手を取ろうと同時に攻撃を放っていく。

「…………」

 ライガとシルヴィアが放つ攻撃を前にして、カガリはなんら動きを見せようとはしない。自らが生み出した風の玉を守ることもなく、静観を決めつけようとしていた。

「――――」

 二人の攻撃が風の玉を直撃したその直後、凝縮された風の魔力が暴発して、地面に風の刃として降り注ぐ。

「しまったッ!?」
「これ、罠ッ……!?」

 ライガたちが壊した風の玉。それは最初から直撃させることが目的のものではなかった。わざと攻撃をさせ、それを破壊させることで地獄がこの世に顕現する。

「ライガッ、頭切り替えてッ!」
「くそがッ、分かってるって……ッ!」

 降り注ぐ風の刃。
 それは雨のように多く、そして触れるものを全て切り裂いていく。

 咄嗟に身を隠そうとするライガたちであったが、空洞となっている塔の内部に身を隠す場所なんてものは存在しない。

「――――」

 まともな防御手段を編み出す暇も与えず、カガリが放つ広範囲に渡る凶悪な攻撃が二人を直撃する――。

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