終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章82 苦しみ、藻掻く

 砂塵を抜けた先。
 そこには噂とは違う闇夜に静まるアケロンテ砂漠が広がっていた。

 砂嵐もない、魔獣もいない。
 満天の星空と満月だけが砂漠を優しく照らしていた。

 砂塵を背中に砂漠を少し進むと、そこに存在するのは異様な魔力を帯びた巨大な塔だった。静寂が支配する砂漠において、明らかに人工的な建造物は異質であり、しかし砂塵を抜けた者たちを魅了する力を秘めていた。

「どんな相手であっても、全力を出すだけ……」

 名も知らない塔へ足を踏み入れた白髪の少女・ユイは、そこで探し求めていた少年・航大を発見するのだが、航大へ接近することを阻む存在があった。

 一人は、全身をフードマントで覆った謎の少女。
 もう一人は、砂塵へ挑む前のユイたちに声をかけてきた少女・アリーシャだ。

 フードマントの少女は楽しげな声音でユイに自分と戦うという試練を与えようとする。試練をクリア出来ないのであれば、航大を返すことはできない。そんな条件を提示され、航大を見捨てていくことなど、ユイには出来ないのだ。

 航大が残してくれた異界の英霊・アーサー王の力を用いて、フードマントの少女と戦うユイだったが、そこへ現れたのがアリーシャだ。

 彼女が何故フードマントの少女を助けるのかは分からない。

 それでも、ユイがクリアするべき試練はアリーシャの登場によって、より厳しいものになったと言わざるを得なかった。

「来るよ、アリーシャちゃん」
「……分かってます」

 どんなに不利な状況にあっても、自分のせいで倒れ伏す航大を残して逃げる選択肢など、ユイの中には存在しない。

「ふぅ……私がすべきこと……それは、目の前の敵を倒すこと……」

 再びアーサー王とシンクロを果たすユイ。
 その身に膨大な魔力を纏うと、右手に持った黄金の剣を構える。

「楽しい戦いになるといいねー」
「そう悠長なこと言ってる余裕は、なさそうですよ?」

 軽口を漏らすフードマントの少女は、アーサー王を前にしても恐れる様子はない。しかし、そんな様子とは裏腹に瞳は鋭い眼光にてアーサーの一挙手一投足を捉えている。

 そんな少女の隣に立つアリーシャは険しい表情を浮かべて、相対する少女の力量に最大限の警戒をしている。

「――――」

 一瞬の静寂が支配した後、先に動いたのはアーサー王だった。

 自分を中心とした地面を抉りながら跳躍を開始したアーサー王は、一直線にアリーシャたち目掛けて突進する。その動きを見逃さないアリーシャたちもまた、即座に迎撃の体勢を整えていく。

「アリーシャちゃん、防御は任せたよ?」
「……了解です」

 フードマントの少女とアリーシャは短い会話で互いの役割を明確にする。
 そしてまず動くのはアリーシャだった。

「世界を覆いし太古の大地よ、我を守りたまえ――土壁結界アース・シェルッ!」

 登場時にも見せた魔法を繰り返す。
 大地に両手をつき、魔力を注いで意のままに操ることで、自身の目の前に分厚い土の壁を生成する。

「定められし勝利、宿命たる頂へと我を誘え――宿命の勝利シャイニング・ブレイドッ!」

 突進を続けるアーサー王は自らの視界からアリーシャたちを隠す大地に驚くことはない。直進を続けながら、右手に持つ黄金の剣に魔力を注いでいく。

 眩い輝きを放つ黄金の剣、ありったけの魔力を内包した剣を振るうことで、数多の斬撃が土壁を打ち破ろうと飛翔する。

「……くッ!」

 黄金の剣から放たれた斬撃が土壁へ到達する。
 すると、凄まじい衝撃を周囲に撒き散らしながら土壁を破壊していく。

「すごい力、こんなの抑えられないッ……」

「そこをどいてえええぇぇぇッ!」

 アーサー王の斬撃を受けても尚、土壁は限界まで耐えようとしていた。
 しかし、土壁まで到達したアーサー王の斬撃を受けて壁は瓦解する。

「……まずいッ!?」

 土壁が完全に崩壊し、粉塵が立ち込める中をアーサー王は直進する。
 魔法を打ち破られたアリーシャは突き進むアーサー王の動きを止めることができない。

「あらあらぁー、久しぶりの戦いで勘が鈍ったのかな?」

「……くッ」

 土壁を突破するアーサー王。しかし、その先には誰の姿もない。

 軽い声音が響いたのはアーサー王の頭上からであり、視線を向ければそこには暴風を身に纏ったフードマントの少女が存在していた。

 アーサー王が土壁を突破してくることを想定していたフードマントの少女は、僅かに見える口元を意地悪く歪ませると、再び風の魔法を繰り出していく。

「風の刃よ、廻り切り裂け――風刃円舞ッ!」

 空中に飛び上がったフードマントの少女は、短い詠唱を終えて円状に高速回転する真空の刃を生成する。アーサー王が自分を見つけるまでの僅かな間に見せた隙を見逃さず、少女は右手を振るうことで風の刃を投擲する。

「負けないッ!」

 接近する風の刃に対して、アーサー王はその手に持つ黄金の剣で受け止める気でいた。

「その意気や良しッ!」

「はあああああぁぁぁぁぁーーーーーッ!」

 真っ向からぶつかろうとするアーサー王に対して、フードマントの少女も声色を高くする。

「――――ッ!」

 双方の声音が響いた後、何度目か分からない衝撃が塔に広がっていく。
 粉塵が立ち込め、アーサー王の姿が消える。

「この程度で――」
「終わらないッ!」

 手応えがなかった訳ではない。フードマントの少女が放ったのは、触れれば命を落とす本気の風魔法である。しかし、フードマントの少女は本能で理解していた。この程度の攻撃で金色の甲冑ドレスを身に纏う少女が倒れるはずがないと。


「振るうは黄金の剣、もたらすは絶対の勝利、聖なる輝きよ悪を滅せ――」


 粉塵から飛び出してきたアーサー王は、そのままの勢いで聖なる斬撃を放とうとする。フードマントの少女はまだ虚空を漂っている。このタイミングであるならば、アーサー王が放つ斬撃を躱すことはできないはず。

「あまり甘く見ないで欲しいな。風刃よ、万物を切り裂き、悪を討て――絶風神刃ッ!」

 対するフードマントの少女も、放たれるアーサー王の攻撃に対して受け身で居続けるつもりはない。すぐさま魔力を充填して次なる攻撃を繰り出していく。

 彼女が唱えるは過去、風の女神も使役した風魔法の最上位に位置する攻撃魔法。
 真空によって生成された数多の刃を解き放ち、対象へ雨を降らせるような連撃を見舞うものだった。

「――――ッ!?」

 アーサー王とフードマントの少女。
 互いの力がぶつかろうとした瞬間だった。


「……え?」


 空中を飛翔していたアーサー王に異変が訪れる。

 白髪と混じっていた金髪が消失し、彼女の身体を覆っていた金色の甲冑ドレスもまた姿を消そうとしていた。魔力を帯びて光り輝いていた黄金の剣もまた、その輝きを失ってしまう。

「ありゃ?」

 自分へ立ち向かっていたはずの少女が見せた変化に、フードマントの少女もまた驚きを隠せない。

「……まずい」

 異界の英霊・アーサー王とのシンクロが突如として途切れてしまった。
 その事実をユイが認識するのと、自分へ接近する風の刃が到達するのは同時だった。

「――――」

 空中で少女と風の刃が衝突する。
 幾度となく凄まじい衝撃音が周囲に広がり、粉塵がユイの小さな身体を包み込んでいく。

「……くぁッ」

 そんな粉塵から飛び出してくるユイ。

 消えかけている金色の甲冑ドレスは、至る所が切り裂かれており、その奥にある白いユイの肌には夥しい数の裂傷が刻まれている。力なく落下するユイは、なんら受け身を取ることもできずに地面へ衝突する。

「はぁ、はあぁ……どうして、力が……ぐぅッ!」

 目に見えて分かるほどの重傷を負って地面へ落下するユイは、よろめきながらも立ち上がる。アーサー王とのシンクロが消えかけている。その事実はユイに大きな衝撃を与えた。

「あっ、ぐッ……身体がッ……あぁッ、ぐううぅぅッ!」

 すぐさま戦いに戻らなくてはならない。
 頭では理解していても、身体が言うことを聞いてくれない。

 激しい頭痛と、全身を襲う鋭い痛みの連続。

 これまでも英霊の力を使役した後に同様の現象が襲いかかってきたことがある。しかし、今回の痛みはそのどれをも上回るものであった。常人には耐えることができない、想像を絶する痛みを受けてユイは片膝をついて項垂れてしまう。

「何があったのかは知らないけど、さっきも言ったよね? これは命を賭けた戦いだって……」

「……はぁ、ぐっ……あっ……どうして、今……なのッ……」

 ゆっくりと近づいてくるフードマントの少女。

 その手には風の魔力で生成した刃を持っており、その刃を使ってユイの命を切り裂こうとしているのは見るも明らかだった。

「…………」

 最早、立ち上がることすらできない。
 力を使った代償がこのような形で現れ、ユイはここにきてまた自分の無力さを呪う。

 大切な人が目の前にいる。
 倒すべき敵が目の前にいる。

 戦う力を授かっているにも関わらず、それを自由に使うことすらできない。
 あまりにも不甲斐ない自分の姿に苛立ちすら覚える。


 立て、立ち上がれ、戦え、敵を倒せ。


「これでお終い、かな?」

 苦しみ続けるユイの前まで到達したフードマントの少女。

 その手に持った風の刃が振り上げられる。抵抗する力すらない今のユイには、向けられる攻撃を回避する術はない。

「――――」

 唇に血が滲むほどに強く噛みしめる。
 ここで終わってしまう自分を呪い、助けられなかった自分を恨む。

 怨嗟の言葉を吐き出したい気持ちに駆られながらも、ユイはその時を待つことしかできなかった。


「――ちょっと待ちなッ!」


 全てを諦めかけたその瞬間だった。
 塔に響き渡る声があった。

「……ようやく到着って感じかな」

 その声音を聞いて驚くのはユイだけだった。
 フードマントの少女は声がしてきた方向へと目をやる。

 全員の視線を集める先、そこには一人の男が立っているのであった。

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