終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章78 深層の試練

「少しはマシになってきたじゃねぇか」

「ぜぇ、はぁ……そうかよ……」

 ライガ、シルヴィア、リエルが砂塵の中で試練を受けている間、帝国ガリアでの一戦で傷つき、深い眠りにつくことを余儀なくされている神谷 航大もまた、自らの深層世界にて厳しい戦いの時間を過ごしていた。

「おら、休んでる暇はねぇぞッ!」

「分かってるよッ!」

 航大が対峙するのは、深層世界を支配するもう一人の自分である。

 背丈や体躯は自分と全く同じ、しかし対峙する少年は全身を『影』で覆われていた。顔も影で覆われているので、細かい表情を窺い知ることはできない。

 神谷 航大という存在が持つ負の感情の権化とも言える『影の王』は、その右手にこれまた漆黒の剣を握っている。

 この先に待ち受ける厳しい戦いを前に、航大は女神の力を借りずとも戦えるようになる必要があった。今、この瞬間も深層世界で影の王と戦い続けているのもそのためであった。

「…………」

 氷都市・ミノルアで帝国騎士の襲撃によって身体を失ったものの、女神が持ちうる膨大な魔力と共に航大の中で息づいていた。女神・シュナは自らの宿主である航大に対して、これまでの戦いで魔力を貸し出すという形で支援をしていた。

 しかし、ただの人間である航大の身体には女神の大きすぎる魔力は身体への負担が大きく、このまま使役を続ければ航大の身に待っているのは明確な『破滅』である。

「おらおらおらああああぁぁぁぁッ!」

「くっそッ……相変わらず、勢いだけはすげぇなッ!」

 航大の中に住まう女神・シュナは、深層世界で繰り返し続けられる戦いを黙って観察していた。その表情は険しく沈黙を貫き続けている。

 影の王は大きなモーションで航大に対して剣を振るう。
 対する航大もまた歯を食いしばって剣を上手く使って対処を続ける。

 この戦いが始まってからかなりの時間が経過しており、最初は影の王に対して圧倒的な劣勢を強いられた航大だったが、それも時間と共に目覚ましい成長を見せていた。

「次は右、そして左ッ!」

「おっとッ、くッ……はああぁッ……ッ!」

「ふん、そんなへなちょこの剣が当たるかよッ!」

「お前は剣を振りすぎだッ!」

 相変わらず影の王が勢いそのままに剣を振るう。
 深層世界に幾度となく甲高い剣戟の音が響き渡る。

「隙ありだッ!」

「ちッ!」

 影の王が一瞬でも隙を見せれば、そこを的確に突いていく航大。

 彼の剣が王の身体に到達することはまだないが、少しずつ、そして確実に航大が振るう剣の切っ先は相手に近づこうとしていた。対峙する影の王もまた、凄まじい成長速度を見せる航大に苛立ちを感じていた。まさか自分がこのままやられるはずがないという慢心が、王の動きに隙を生んでいるのだ。

「そこだッ!」
「させるかよッ!」

 再び航大が剣を突き出していく。
 自らの剣を盾に、影の王は航大の剣を弾き返す。

 少し前ならこの程度の動きで航大は体勢を崩し、影の王の勝利が確信していた。

 しかしそれも今では昔の話であり、身体の使い方を会得した航大は一人前の騎士とも遜色ない動きを見せるようになっていた。

「……少し休憩しましょうか」

 拮抗となってきた戦いを見て、そんな声音を漏らすのは瑠璃色の髪を腰まで伸ばした女性・シュナだった。

「ちッ、面白くねぇ……」

「ふぅ……」

 シュナの言葉に航大と影の王が同時に緊張の糸を解す。
 全身から噴き出す汗を拭い、航大は強い疲労感に座り込んでしまう。

「動きが良くなってきましたね、航大さん」

「あぁ……シュナか……」

「少し休憩したら、また試練を再開しますよ」

「分かってる」

「ここまで頑張った航大さんに、少しだけアドバイスをしましょう」

「……アドバイス?」

 ここまでの試練において、航大に一切の助言をしてこなかったシュナは、その顔に笑みを浮かべると航大の隣に座ってゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

「ここからは魔力を意識して動いてみてください」

「……魔力?」

「人は誰しも自分の体内に魔力を持っています。それの大小が魔法を使う者としての価値を左右します」

「……なるほど」

「航大さんは、確かに保有している魔力の量は多くありませんが、それでも少なからずは存在します」

「…………」

「なので、魔法を使うのは難しくても、身体の動きを一時的に向上させることはできるでしょう。なので、次からの戦いではそこを意識してみましょう」

「意識してみるって言われても……どうすれば?」

「航大さん、この世界において魔法というものは、使用者の意思で全てが決まります」

「使用者の意思……?」

「頭の中で思い描いてください。どんな魔法を使いたいのか、それを鮮明にイメージするだけです」

「イメージするだけって……そんなんでいいのかよ……?」

「魔法を使うための基礎は教えました。後は、貴方次第ですよ、航大さん」

 再び航大が深層世界に来てから、久しぶりに優しい笑みを浮かべてくれたシュナ。そんな彼女は首を傾げる航大を尻目に立ち上がると、試練の再開を宣言する。

「ふん、なに話してたかしらねぇが、次はぶちのめしてやるからな」

「…………」

 再び影の王と対峙する航大。

 頭の中ではシュナの言葉が何度も反芻している。この世界にやってきてから、自分に魔力なんていうものが存在しているなんて考えもしなかった。魔法も剣もないこの世界とは別の世界で生まれ育ち、ひょんなことから異世界へとやってきた。だからこそ、自分になんて魔法の才能や力なんかが存在しないと決めつけていた航大だが、シュナの言葉に僅かながら希望が芽生えてきた。

「やってみるしかねぇか……」

 シュナの言葉を信じ、頭の中で魔法を想像してみる。

「俺が物語の主人公ならば、ここで一発……めちゃくちゃすごい魔法が生み出せるはず……ッ!」

「動かねぇなら、こっちから行くぜッ!」

 目を閉じ、精神を集中させる航大に対して、影の王は片手に握る剣と共に跳躍を始める。無骨なまでに直線的な動きで接近を果たす影の王に対して、航大はまだ目を閉じたままの状態で立ち尽くすばかり。

「こ、航大さんッ、魔法は自分の身の丈にあった――」

「今だッ!」

 シュナの言葉もむなしく、航大は力強く目を開くと自らが持つ魔力を解放していく。
 次の瞬間、航大の深層世界に凄まじい衝撃と轟音が響き渡る。

「な、なんだッ!?」

 航大を中心に深層世界へ粉塵が立ち込める。
 さすがの影の王も突然のことに驚きその足を止めてしまう。

「――――」

 静寂と粉塵が支配する時の中で、世界は異様な静寂に包まれているのであった。

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