終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~
第五章72 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅩ:リエルVSシャナ
「そろそろ時間だ……緊張してきたな……」
最終試験が始まってしばらくの時間が経過していた。
既に何組かの模擬戦は実施されており、レベルの高い戦いを目の当たりにしてリエルの緊張感は高まっていくばかり。もうじきで自分の出番が回ってくる。少し離れた場所で行われている模擬戦を見ながら、リエルはカリナから掛けられた言葉を何度も頭の中で反芻している。
「気をつけたほうがいい……か」
リエルの対戦相手となるのは長い黒髪と、白を基調としたオーソドックスな魔法装束に身を包んだ女性で名前をシャナという。背丈が高く、大人びた顔立ちと自分の背丈ほどはある大きな杖を持っているのが印象的な女性だった。
カリナと顔見知りのようで、いつも飄々としている彼女がシャナを見るときだけ怒気を表情に孕んでいたのが忘れられない。
「すごい良い人に見えたけどなぁ……でも、確かに不思議な感覚はした……」
シャナと出会ったときのことを思い出しているリエルは、彼女から感じた異様な雰囲気に首を傾げる。シャナは物腰柔らかでリエルたちと話している間も微笑を浮かべているような人だ。しかし、その身体からは常に魔力が発せられていて、人の身体から強い魔力を感じるなんてことはリエルにとっては初めての感覚なのであった。
「うん、気をつけよ。とにかく勝たないと……」
色々と考えることはあるが、そろそろ自分の出番が回ってくる。
王国騎士はすぐ目前まで迫っている。
今はとにかく勝つことだけを考える必要があるのであった。
◆◆◆◆◆
「よろしくお願いしますね、リエルさん」
「は、はい……ッ!」
ハイラント王国にほど近い草原にリエルとシャナの姿はあった。
リエルは若干緊張した表情を浮かべており、対するシャナは最初の出会ったときと同じようにニコニコと微笑を浮かべているだけ。模擬戦と言えどこれから人間を相手にして戦う。
「それでは、これより最終試験を始める」
対峙する二人の間に立つのは、この試験を統括しているハイラント王国の騎士である。
「これが最後だ。守護結界があるので、全力で戦ってもらって問題はない。勝負はどちらかが戦闘不能と判断されるまで続行される。結界によって命は保障されるが、戦闘によるダメージはそのまま身体へと降りかかる。説明は以上だ、何か質問は?」
「……ありません」
「大丈夫です」
試験官の問いかけにシャナ、リエルといった順番で言葉を返す。
「…………」
「…………」
場を静寂が包み込み、否応にも緊張感が高まっていく。
初めて人間を相手に戦うリエルは、対峙するシャナを真っ直ぐに見ながら生唾を飲む。
「……なんだろう、コレ」
後は試験官の言葉を待つだけとなった中で、リエルは場を包む違和感に気が付く。
今、ハイラント王国周辺は夏季となっている。周囲は暑いくらいの気候になっているにも関わらず、リエルとシャナが立つフィールドだけがヒンヤリとした冷気に包まれている。
「……寒い?」
肌寒い空気が漂ってくる。
リエルはキョロキョロと周囲を確認して冷気の発生源を探ろうとする。
周囲を漂う魔力の流れを確認するリエルの視線が辿り着いた先、そこに立っているのは長い黒髪を風に揺らして立っているシャナの姿がある。
「ふふっ、どうしましたか?」
「あっ、いえ……その……」
「もしかして、ちょっと寒かったですかね?」
「…………」
「すみません。戦いの前になると、どうしても魔力が漏れちゃうのよね」
「そんなこと……」
魔法を使う者は等しく誰もが自らの魔力というものを所有している。
より強い魔法を使役する者ほど、内包する魔力は高く、純度が高いものとなる。しかし、それが溢れ出るなどということは、リエルにとって全く想像にしていないものだった。
「今日は楽しい戦いにしましょうね」
「……えっ?」
シャナが漏らした言葉に呆気にとられるリエル。
「それでは、始めッ!」
言葉の真意を問いかけるよりも先に、草原へ響き渡るのは模擬戦の開始を告げる試験官の声だった。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
「――えっ!?」
試験官の声が響き渡った瞬間だった、リエルの鼓膜を震わすのは強大な氷魔法の詠唱だった。
「準備する時間はあったはずよ。それを待っていたのは、貴方のミスよ」
「――――ッ!?」
模擬戦が始まる直前に冷気が漂っていた原因。それはシャナが魔法の準備をしいたためだったのだ。戦いに対する姿勢の違いが如実に現れた瞬間であり、突如として虚空に出現した巨大な氷槍は、その切っ先をリエルに向けるとその身体を貫こうと飛翔を開始する。
「くッ……お願い、守ってッ!」
即座に頭を切り替え、リエルは後方へと跳躍した直後に防御魔法を展開していく。
「そんなもので、私の攻撃は守れないわよ?」
「きゃあぁッ!?」
リエルが咄嗟の判断で後ずさったことにより氷槍の直撃を免れることはできた。しかし、彼女のすぐ近くに着弾した氷槍は、地面に触れる瞬間に爆発して鋭利に尖った氷の破片を周囲に撒き散らす。
「万物を凍てつかせる氷の槍よ、全てを破壊せし大輪の花を咲かせよ――氷槍連花ッ!」
「う、うそッ!?」
大量に飛び散る氷の破片を、リエルは簡易的に展開した氷の防御壁によってやり過ごそうとしていた。しかし、そんな彼女の行動を予測していたかの如く、シャナは次なる手を打ってくる。
リエルの周囲に散る氷の破片が花へと姿を変える。
大輪の花を咲かせる氷は連鎖するように爆発を繰り返す。その威力は想像以上に大きく、強烈なものであった。一瞬にしてリエルの視界が粉塵に包まれ、全身に凄まじい衝撃を受けて草原を転がっていく。
「けほっ、けほっ……うっ……くっ……」
「魔力を増幅させて防御壁を強化した。その結果、私の魔法に耐えうることができた……あの子から聞いていた通り、かなり成長したのね」
「なにを……言って……」
草原を転がり、全身に裂傷を負ったリエルだったが、すぐに身体を起こすと痛みに堪えながらも対峙するシャナを睨みつける。
「さぁ、これで終わりではないでしょう?」
「…………」
「貴方の力、まだ何も見せてもらってないけど?」
「まだまだ……これからッ……」
このままではシャナに一撃を与えることなく敗北してしまう。リエルにはどうしてもこの戦いに勝たなくてはならない理由があった。地面を蹴って走り出すリエルは、強く握りしめた右手に力を込めていく。
「降るのは氷の雨、世界を濡らし、立ち塞がる全てを破壊せよ――氷雨連弾」
飛び出すリエルが放つのは無数に生成した両剣水晶を、対象に向けて雨のように降らす魔法だった。詠唱が終わるなり、シャナの頭上に水晶が生まれ、そして凄まじい速度で彼女に降り注いでいく。
「…………」
自らの身体に接近する水晶を見ても、シャナはその顔に変化を表さない。
「――この程度の攻撃でどうにかなるとでも?」
「えっ?」
「女神の加護を受けし氷壁よ、螺旋と共に我を守る盾となれ――無限螺旋氷壁」
リエルが放つ雨の水晶攻撃。
それを受けてシャナが唱えるのは最強の防御魔法。
突如としてシャナの身体を取り囲むように出現する氷の壁。それは螺旋を形成しながら遥か天高い場所へと伸びていく。リエルが放つ氷の雨はシャナの氷壁に全て弾かれ、彼女の身体へと到達することはない。
「くッ……それならッ……」
シャナが防御魔法を展開することはリエルも想定していた。
すぐさま次の行動へと移っていくリエルは、再び自らの身体に魔力を充填させていく。
「地上に生まれし氷の波よ、全てを飲み込み、万物を破壊せよ――氷波絶海ッ!」
並大抵の攻撃ではシャナを打ち破ることはできない。
そう判断したリエルは、戦いの早期決着を目論んでありったけの魔力をぶつけていく。頭の中で思い描いた魔法を即座に自分のものへと変換していく。それは彼女が魔法を使う者としての才能に溢れている証明になるのだが、リエル自身はそれを無意識の内に行っているため、自らの才能には一切気付いていない。
「…………」
リエルが放つのは時、場所関係なく強大な氷の津波を発生させるものだった。
大地が激しく揺れ動き、それと共にシャナが見上げるほどの巨大な津波が発生する。
「いっけええええぇぇぇッ!」
リエルの怒号が魔法に更なる力を与える。
凄まじい破壊の音を響き渡らせながら、氷の津波がシャナの身体を飲み込んでいく。
「神をも凍てつかせる氷輪よ、我に力を与え、全てを穿て――氷輪魔神」
リエルの津波を見つめながら、シャナはゆっくりと目を閉じて新たなる魔法を詠唱していく。それは究極の武装魔法。シャナの華奢な身体を青く透き通る氷の鎧が包み、そして彼女の背中に巨大な氷の翼を生成する。
「なに、それ……ッ!?」
シャナが同じ氷魔法を得意としていることは理解していた。
しかし、彼女が放つ魔法の全てはリエルの想像を遥かに凌駕しているものだった。
今、眼前で美しく輝く鎧を身に纏うシャナの姿に、リエルは目を見開いて驚きを隠すことが出来ない。これほどにまで強大で、これほどまでに完成された魔法をリエルは見たことがなかった。
「大地を裂き、空気を凍てつかせる氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――氷獄氷刃ッ!」
神をも凌駕する戦闘力を手に入れたシャナは、驚き、身を固くするリエルに対して非情な現実を突き付けていく。
黒髪を揺らす乙女が生成するのは、超巨大な氷の片刃剣。
リエルが生成した氷の津波をいとも容易く両断することができる氷の剣が、空気を切り裂きながら振り下ろされていく。
「――――ッ!?」
一瞬の静寂が支配した後、直後に響き渡るのは大地を引き裂く破壊の轟音だった。
模擬戦の舞台となった草原が瞬く間の内に崩壊していく。周囲で観戦していた人間をも巻き込んで、シャナが放つ魔法は存分にその破壊力を見せつけるのであった。
◆◆◆◆◆
「あーあ、やっちゃったよ……」
模擬戦が行われている草原からほど近い森林の中。一際背丈の高い木のてっぺんに立つのは茶髪を風に揺らす少女・カリナだった。彼女は最も草原がよく見渡せる場所を陣取ると、リエルとシャナの戦いを静かに観戦していた。
二人の衝突により、草原は辺り一面を氷が支配する世界へと変貌を遂げてしまっていた。草木も、木々も、その全てが瞬時に凍てついた極寒の世界。それを現実のものとしたのが、中心に立つ黒髪の乙女・シャナの力なのであった。
「はあぁ……恐れていた最悪の結果が現実のものに……」
夏季にも関わらず肌寒い空気を感じながら、カリナは重い重い溜息を禁じ得なかった。最初からこういった結末になることは分かりきっていたのだ。いくら鍛錬を積んで、戦いの経験を積んだリエルだとしても、あの黒髪の乙女に勝つことなどできるはずがない。
リエルの実力が遥かに劣っている訳ではない。
同年代と比較しても、そこら辺の魔法騎士と比較をしても彼女は間違いなく相当の実力を持っていると言える。
しかし、今回に限っては相手が悪すぎたのだ。
実力を持っているとは言っても、それはそこら辺の魔獣や人間を相手にして戦えるというだけ。人知を超えた力を持つ『神』にも似た存在を相手にするには、あまりにも経験と実力が足りていない。
「これじゃ、試練の合格は無理かなぁ……というか、命が無事だったらラッキーレベルだなぁ。まぁ、さすがにあの子もそこまではしないと思う…………思いたい…………けど……」
今、模擬戦の舞台となっている草原は一面を氷世界に変貌させながら白い粉塵に包まれている。
「はぁ……いざとなったら僕が出るしかないかな……」
粉塵を見つめながら、カリナは重く苦しいため息を漏らす。
決意と覚悟を秘めた最終試験。
その結末は一体、どんな姿を見せるのか。
最終試験が始まってしばらくの時間が経過していた。
既に何組かの模擬戦は実施されており、レベルの高い戦いを目の当たりにしてリエルの緊張感は高まっていくばかり。もうじきで自分の出番が回ってくる。少し離れた場所で行われている模擬戦を見ながら、リエルはカリナから掛けられた言葉を何度も頭の中で反芻している。
「気をつけたほうがいい……か」
リエルの対戦相手となるのは長い黒髪と、白を基調としたオーソドックスな魔法装束に身を包んだ女性で名前をシャナという。背丈が高く、大人びた顔立ちと自分の背丈ほどはある大きな杖を持っているのが印象的な女性だった。
カリナと顔見知りのようで、いつも飄々としている彼女がシャナを見るときだけ怒気を表情に孕んでいたのが忘れられない。
「すごい良い人に見えたけどなぁ……でも、確かに不思議な感覚はした……」
シャナと出会ったときのことを思い出しているリエルは、彼女から感じた異様な雰囲気に首を傾げる。シャナは物腰柔らかでリエルたちと話している間も微笑を浮かべているような人だ。しかし、その身体からは常に魔力が発せられていて、人の身体から強い魔力を感じるなんてことはリエルにとっては初めての感覚なのであった。
「うん、気をつけよ。とにかく勝たないと……」
色々と考えることはあるが、そろそろ自分の出番が回ってくる。
王国騎士はすぐ目前まで迫っている。
今はとにかく勝つことだけを考える必要があるのであった。
◆◆◆◆◆
「よろしくお願いしますね、リエルさん」
「は、はい……ッ!」
ハイラント王国にほど近い草原にリエルとシャナの姿はあった。
リエルは若干緊張した表情を浮かべており、対するシャナは最初の出会ったときと同じようにニコニコと微笑を浮かべているだけ。模擬戦と言えどこれから人間を相手にして戦う。
「それでは、これより最終試験を始める」
対峙する二人の間に立つのは、この試験を統括しているハイラント王国の騎士である。
「これが最後だ。守護結界があるので、全力で戦ってもらって問題はない。勝負はどちらかが戦闘不能と判断されるまで続行される。結界によって命は保障されるが、戦闘によるダメージはそのまま身体へと降りかかる。説明は以上だ、何か質問は?」
「……ありません」
「大丈夫です」
試験官の問いかけにシャナ、リエルといった順番で言葉を返す。
「…………」
「…………」
場を静寂が包み込み、否応にも緊張感が高まっていく。
初めて人間を相手に戦うリエルは、対峙するシャナを真っ直ぐに見ながら生唾を飲む。
「……なんだろう、コレ」
後は試験官の言葉を待つだけとなった中で、リエルは場を包む違和感に気が付く。
今、ハイラント王国周辺は夏季となっている。周囲は暑いくらいの気候になっているにも関わらず、リエルとシャナが立つフィールドだけがヒンヤリとした冷気に包まれている。
「……寒い?」
肌寒い空気が漂ってくる。
リエルはキョロキョロと周囲を確認して冷気の発生源を探ろうとする。
周囲を漂う魔力の流れを確認するリエルの視線が辿り着いた先、そこに立っているのは長い黒髪を風に揺らして立っているシャナの姿がある。
「ふふっ、どうしましたか?」
「あっ、いえ……その……」
「もしかして、ちょっと寒かったですかね?」
「…………」
「すみません。戦いの前になると、どうしても魔力が漏れちゃうのよね」
「そんなこと……」
魔法を使う者は等しく誰もが自らの魔力というものを所有している。
より強い魔法を使役する者ほど、内包する魔力は高く、純度が高いものとなる。しかし、それが溢れ出るなどということは、リエルにとって全く想像にしていないものだった。
「今日は楽しい戦いにしましょうね」
「……えっ?」
シャナが漏らした言葉に呆気にとられるリエル。
「それでは、始めッ!」
言葉の真意を問いかけるよりも先に、草原へ響き渡るのは模擬戦の開始を告げる試験官の声だった。
「天地を凍てつかす究極の氷槍よ、あまねく悪を穿て――氷槍龍牙ッ!」
「――えっ!?」
試験官の声が響き渡った瞬間だった、リエルの鼓膜を震わすのは強大な氷魔法の詠唱だった。
「準備する時間はあったはずよ。それを待っていたのは、貴方のミスよ」
「――――ッ!?」
模擬戦が始まる直前に冷気が漂っていた原因。それはシャナが魔法の準備をしいたためだったのだ。戦いに対する姿勢の違いが如実に現れた瞬間であり、突如として虚空に出現した巨大な氷槍は、その切っ先をリエルに向けるとその身体を貫こうと飛翔を開始する。
「くッ……お願い、守ってッ!」
即座に頭を切り替え、リエルは後方へと跳躍した直後に防御魔法を展開していく。
「そんなもので、私の攻撃は守れないわよ?」
「きゃあぁッ!?」
リエルが咄嗟の判断で後ずさったことにより氷槍の直撃を免れることはできた。しかし、彼女のすぐ近くに着弾した氷槍は、地面に触れる瞬間に爆発して鋭利に尖った氷の破片を周囲に撒き散らす。
「万物を凍てつかせる氷の槍よ、全てを破壊せし大輪の花を咲かせよ――氷槍連花ッ!」
「う、うそッ!?」
大量に飛び散る氷の破片を、リエルは簡易的に展開した氷の防御壁によってやり過ごそうとしていた。しかし、そんな彼女の行動を予測していたかの如く、シャナは次なる手を打ってくる。
リエルの周囲に散る氷の破片が花へと姿を変える。
大輪の花を咲かせる氷は連鎖するように爆発を繰り返す。その威力は想像以上に大きく、強烈なものであった。一瞬にしてリエルの視界が粉塵に包まれ、全身に凄まじい衝撃を受けて草原を転がっていく。
「けほっ、けほっ……うっ……くっ……」
「魔力を増幅させて防御壁を強化した。その結果、私の魔法に耐えうることができた……あの子から聞いていた通り、かなり成長したのね」
「なにを……言って……」
草原を転がり、全身に裂傷を負ったリエルだったが、すぐに身体を起こすと痛みに堪えながらも対峙するシャナを睨みつける。
「さぁ、これで終わりではないでしょう?」
「…………」
「貴方の力、まだ何も見せてもらってないけど?」
「まだまだ……これからッ……」
このままではシャナに一撃を与えることなく敗北してしまう。リエルにはどうしてもこの戦いに勝たなくてはならない理由があった。地面を蹴って走り出すリエルは、強く握りしめた右手に力を込めていく。
「降るのは氷の雨、世界を濡らし、立ち塞がる全てを破壊せよ――氷雨連弾」
飛び出すリエルが放つのは無数に生成した両剣水晶を、対象に向けて雨のように降らす魔法だった。詠唱が終わるなり、シャナの頭上に水晶が生まれ、そして凄まじい速度で彼女に降り注いでいく。
「…………」
自らの身体に接近する水晶を見ても、シャナはその顔に変化を表さない。
「――この程度の攻撃でどうにかなるとでも?」
「えっ?」
「女神の加護を受けし氷壁よ、螺旋と共に我を守る盾となれ――無限螺旋氷壁」
リエルが放つ雨の水晶攻撃。
それを受けてシャナが唱えるのは最強の防御魔法。
突如としてシャナの身体を取り囲むように出現する氷の壁。それは螺旋を形成しながら遥か天高い場所へと伸びていく。リエルが放つ氷の雨はシャナの氷壁に全て弾かれ、彼女の身体へと到達することはない。
「くッ……それならッ……」
シャナが防御魔法を展開することはリエルも想定していた。
すぐさま次の行動へと移っていくリエルは、再び自らの身体に魔力を充填させていく。
「地上に生まれし氷の波よ、全てを飲み込み、万物を破壊せよ――氷波絶海ッ!」
並大抵の攻撃ではシャナを打ち破ることはできない。
そう判断したリエルは、戦いの早期決着を目論んでありったけの魔力をぶつけていく。頭の中で思い描いた魔法を即座に自分のものへと変換していく。それは彼女が魔法を使う者としての才能に溢れている証明になるのだが、リエル自身はそれを無意識の内に行っているため、自らの才能には一切気付いていない。
「…………」
リエルが放つのは時、場所関係なく強大な氷の津波を発生させるものだった。
大地が激しく揺れ動き、それと共にシャナが見上げるほどの巨大な津波が発生する。
「いっけええええぇぇぇッ!」
リエルの怒号が魔法に更なる力を与える。
凄まじい破壊の音を響き渡らせながら、氷の津波がシャナの身体を飲み込んでいく。
「神をも凍てつかせる氷輪よ、我に力を与え、全てを穿て――氷輪魔神」
リエルの津波を見つめながら、シャナはゆっくりと目を閉じて新たなる魔法を詠唱していく。それは究極の武装魔法。シャナの華奢な身体を青く透き通る氷の鎧が包み、そして彼女の背中に巨大な氷の翼を生成する。
「なに、それ……ッ!?」
シャナが同じ氷魔法を得意としていることは理解していた。
しかし、彼女が放つ魔法の全てはリエルの想像を遥かに凌駕しているものだった。
今、眼前で美しく輝く鎧を身に纏うシャナの姿に、リエルは目を見開いて驚きを隠すことが出来ない。これほどにまで強大で、これほどまでに完成された魔法をリエルは見たことがなかった。
「大地を裂き、空気を凍てつかせる氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――氷獄氷刃ッ!」
神をも凌駕する戦闘力を手に入れたシャナは、驚き、身を固くするリエルに対して非情な現実を突き付けていく。
黒髪を揺らす乙女が生成するのは、超巨大な氷の片刃剣。
リエルが生成した氷の津波をいとも容易く両断することができる氷の剣が、空気を切り裂きながら振り下ろされていく。
「――――ッ!?」
一瞬の静寂が支配した後、直後に響き渡るのは大地を引き裂く破壊の轟音だった。
模擬戦の舞台となった草原が瞬く間の内に崩壊していく。周囲で観戦していた人間をも巻き込んで、シャナが放つ魔法は存分にその破壊力を見せつけるのであった。
◆◆◆◆◆
「あーあ、やっちゃったよ……」
模擬戦が行われている草原からほど近い森林の中。一際背丈の高い木のてっぺんに立つのは茶髪を風に揺らす少女・カリナだった。彼女は最も草原がよく見渡せる場所を陣取ると、リエルとシャナの戦いを静かに観戦していた。
二人の衝突により、草原は辺り一面を氷が支配する世界へと変貌を遂げてしまっていた。草木も、木々も、その全てが瞬時に凍てついた極寒の世界。それを現実のものとしたのが、中心に立つ黒髪の乙女・シャナの力なのであった。
「はあぁ……恐れていた最悪の結果が現実のものに……」
夏季にも関わらず肌寒い空気を感じながら、カリナは重い重い溜息を禁じ得なかった。最初からこういった結末になることは分かりきっていたのだ。いくら鍛錬を積んで、戦いの経験を積んだリエルだとしても、あの黒髪の乙女に勝つことなどできるはずがない。
リエルの実力が遥かに劣っている訳ではない。
同年代と比較しても、そこら辺の魔法騎士と比較をしても彼女は間違いなく相当の実力を持っていると言える。
しかし、今回に限っては相手が悪すぎたのだ。
実力を持っているとは言っても、それはそこら辺の魔獣や人間を相手にして戦えるというだけ。人知を超えた力を持つ『神』にも似た存在を相手にするには、あまりにも経験と実力が足りていない。
「これじゃ、試練の合格は無理かなぁ……というか、命が無事だったらラッキーレベルだなぁ。まぁ、さすがにあの子もそこまではしないと思う…………思いたい…………けど……」
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