終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章69 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅩⅦ:決意の共闘

「後ろにいる必要はなくなったね。リエルちゃん、僕と一緒に戦ってね」

 深夜の森林。
 リエルとカリナは王国騎士を目指して一次試験を受けていた。

 試験はパートナーであるカリナと共に定められた時間まで無事に過ごす必要があり、しかし彼女たちは最大の危機に直面しているのであった。

「あの魔獣、魔法が効かない可能性があります」

「……うん。僕もその可能性を考えたけど、そんなことただの魔獣には不可能なんだよね」

「魔法を無力化する魔獣……確かに、そんなのが居たら厄介ですもんね……」

「んー、厄介どころの話じゃないけどね。でも、きっと何か希望はある」

 復活したカリナの風魔法により、魔獣はその巨体を吹き飛ばされていた。

 木々を薙ぎ倒し、新たな獣道を作り出しながら吹き飛ばされた魔獣は、その表情に明確な殺意と怒りを滲ませながら起き上がる。

「――――ッ!」

 言葉にならない怒りの咆哮を上げる魔獣は、自身の身体を凍てつかせようとするリエルの範囲魔法すら気にした様子はなく、地面を強く蹴ると二人の少女へ向けて跳躍する。

「カリナさん、怪我は大丈夫なんですか?」

「えっ? あぁ……怪我って、さっきの?」

「はい。結構な怪我だと思ってたので……」

「まぁ、さっきのも一種のパフォーマンス的な奴なんだけど…………まぁ、大丈夫だよッ! この通り、ピンピンしてるしッ!」

「前半部分はよく聞こえなかったですけど……大丈夫なら良いです」

「あっはっは、僕の心配なんてしてる場合じゃないよ、リエルちゃん。ほら、魔獣が来た」

「――はいッ!」

「いくよ、リエルちゃんッ!」

 会話をしている間にもリエルとカリナを目掛けて魔獣は跳躍を続けている。

 封じられた記憶を取り戻し、自分が成すべきことを思い出したリエルは、凄まじい速度で接近してくる魔獣と対峙しても不思議と恐れを抱くことはなかった。それは隣にカリナという存在があるからかもしれないが、それでも先程までとは打って変わってリエルは落ち着いていた。

「さっきはよくもやってくれたねー、今度はこっちの番だよッ!」

 飛びかかってくる魔獣に対して真っ先に飛び出していくのは、茶髪を揺らす少女・カリナだった。先程、魔獣に切り裂かれて鮮血の雨を降らせていた事実が嘘のような俊敏な動きで飛び出す。自分よりも二回り以上の巨体を誇る魔獣相手にも臆することなく、カリナはその顔に絶対の自身を漲らせている。

「すごい、カリナさん……あんな魔獣を相手にしても、正面から……」

「――おりやああああぁぁぁぁッ!」
「――ッ!」

 カリナと魔獣の身体が交錯する。
 互いに咆哮を上げての一撃。

 魔獣が右腕を薙ぎ払いカリナの身体を捉えようとするも、茶髪を風に靡かせる少女・カリナはニヤリと笑みを浮かべると前に直進していた身体を急浮上させる。魔獣の目前で地面を蹴り真上へと飛ぶことで、魔獣が振るう爪の攻撃を躱す。

 小柄な身体と風魔法を操るカリナはその特性を最大限に生かすことで、魔獣の攻撃を尽く躱し続ける。

「――――ッ!」

 右、左、上、下。

 手を伸ばせば触れることができる距離にまでカリナと魔獣は接近を果たしていた。零距離での超接近戦の様子を呈している戦いにおいて、魔獣は時間と共に苛立ちを隠すことが出来ないでいた。どれだけ攻撃を仕掛けようとも、どれだけ先を予測して腕を振るおうとしても、その全てが当たらなければ何ら意味を持たない。

「軽い軽いッ!」
「――――ッ!」

「――リエルちゃんッ!」

 魔獣の意識がカリナに集中する中、背後から飛び出してくる影があった。

「氷剣、二本ッ!」

 リエルが両手に持つのは月明かりを受けて美しく輝く氷の剣。

 カリナが接近戦を仕掛けていく中において、リエルもまた強い決意と共に魔獣へと立ち向かっているのだった。

「はああああぁぁぁぁッ!」
「――――ッ!?」

 軽快に飛び回るカリナの背中から飛び出してくる瑠璃色の少女に、魔獣はその目を見開いて驚きを露わにする。魔獣にとってリエルは相手にならないと判断していた。自分が近づくだけで恐怖を露わにし、その細い足を震わせていた少女を魔獣は『敵』として認識していなかったのである。

 自分の命を危険に晒すのは眼前で飛び回る茶髪の少女だけだと思っていた。瑠璃色の髪を持つ少女はそのおまけにしか過ぎないと判断していたからこそ、彼女が強い意志で立ち向かってくる事実に驚きを隠せないでいたのだった。

「やあああぁぁぁッ!」

「――――ッ!」

「きゃッ!?」

 カリナの背後から飛び出したリエルは、その両手に持った剣を躊躇いもなく魔獣へと振り下ろしていく。月明かりを受けて輝く氷の剣。その刀身が魔獣の体毛に包まれた肌を切り裂こうとした瞬間だった、魔獣が咆哮を上げて腕を振るう。強引に、そして乱暴に振り上げられた魔獣の腕は自らの身体を傷つけようとしたリエルの剣をいとも容易く弾く。

 甲高い音が周囲に響き渡り、その直後にリエルの可愛らしい悲鳴が続く。

 最初にカリナが攻撃した時と同じで、リエルが持つ剣ですら魔獣の身体に傷をつけることができなかった。魔獣に攻撃を弾かれ、虚空を漂うリエルの身体に狙いを定めた魔獣は、再びの咆哮と共に凶悪な爪を振るっていく。

「おっと、そうはいかないよ?」

 魔獣の意識がカリナからリエルに移った直後、魔獣の後方からそんな声音が鼓膜を震わせた。

「小さな剣がダメなら……こっちはどうかな?」

 ガラガラになった魔獣の背後に立つカリナは、これ以上にない意地の悪い笑みを浮かべると、両手に持った『風の大剣』を振り上げる。

「うらあああああぁぁぁぁッ!」
「――――ッ!?」

 魔獣がカリナの存在に気付き、瞬時にリエルから意識を戻して迎撃の体勢を整えようとするも、リエルとカリナのコンビネーションによる攻撃を止めるまでには至らない。

 カリナが振り下ろす暴風を内包した風の大剣は、魔獣の身体を真っ二つにしようと脳天から振り下ろされている。反撃するには時間が足りない。魔獣はそう判断するとすぐさま防御の体勢を整えていく。

 全身を極度に緊張させ、全身を覆う筋肉を硬直させる。

 魔獣がこれまで攻撃を受けてもダメージを負わなかったのは、自身の身体を覆う人智を超越した筋肉があったからだ。

「――――ッ!」

 カリナの大剣が魔獣の身体に到達するのと、魔獣が万全な防御態勢を整えたのは同時だった。
 深夜の森林に悲痛な魔獣の咆哮が響き渡る。

 その直後、月明かりが差す中で鮮血が舞い、あれだけダメージを寄せ付けなかった魔獣の右腕が切断される。

 カリナが振るった『風の大剣』は、激しく吹き荒れる凄まじいエネルギーを持った暴風を無理矢理に剣の形に内包したものであり、最も強いエネルギーを持つ刀身部分が魔獣の腕に触れた瞬間、内に溜め込んでいたエネルギーを一気に解放した。

 狭い場所に閉じ込められていたエネルギーが突如として解放されたことで、その破壊力は瞬間的に極限にまで高められた。その結果、魔獣の腕を切断することに成功し、初めてのダメージを刻み込むことができたのであった。

「やったッ!」

「あいたた……ちょっと、想像以上に力が強くてこっちも吹き飛ばされたけど、結果オーライってところかな」

「大丈夫ですか、カリナさん」

「うん、大丈夫。ちょっと土埃がついたくらい」

「さすがですね、カリナさんッ!」

「まぁ、これくらい褒められるようなことじゃないけど、リエルちゃんが褒めたいならもっと褒めてくれていいよ?」

「すごいです、カリナさんッ!」

「ふっふーん」

 リエルが放つ賞賛の言葉にカリナは無い胸を一生懸命に張って自慢げに鼻を鳴らす。
 魔獣の身体は土埃の中に消えたままであり、その様子を窺い知ることはできない。

「――――ッ!」

 リエルたちがはしゃぐ中で、森林を揺さぶるような咆哮が響き渡る。

「さっきの一撃でやられてくれたら良かったのに……」

「あの魔獣……腕が……」

「そりゃ、僕の一撃で叩き切ってあげたからね。これで魔獣の怖いポイントが一つ減った訳だ」

「そうですね……でも、あの魔獣の目……まだ戦う気でいますね」

「この戦いも魔獣にとっては抗えない本能に従っているだけに過ぎない。彼は目的を果たすまで、その闘争本能を抑えることができないんだよ……たとえ、自分がどんな状態になったとしてもね」

「次は私も……もっと、戦力になれるようにします」

「さっきまでのリエルちゃんなら、あまり無理をしないでって言葉を投げかけたところだけど……そんな心配はいらないみたいだね」

 土埃を吹き飛ばす魔獣の咆哮。

 右腕の肩から先を喪失し、傷口から絶え間なく鮮血を零し続ける魔獣は、その紅蓮の瞳を更に怒りで滾らせている。鼻息も荒く、肩を激しく上下させているが魔獣はまだ戦意を失っておらず、むしろ怒りに任せて戦意は昂る一方である。

「さっきと同じ手は通用しないだろうね」

「……でも、さっきの剣が効くってことは魔法での攻撃は有効ってことですよね?」

「まぁ……風の大剣も魔法によるものだし……そういうことになるのかな?」

「それなら、チャンスはありますね」

 ちょっと前まで、魔獣を前にして涙ぐんでいた少女とは思えない様子を見せるリエル。彼女の表情には強い決意が漲っており、対峙する魔獣を睨みつけている。

「カリナさん、また前線で戦ってもらうことはできますか?」

「んー、全然大丈夫だと思うよ?」

「次は私がやります。時間を稼いでくださいッ!」

「この僕に時間を稼ぎを依頼するなんて、リエルちゃんも末恐ろしい娘になったねぇ」

 強気な言葉を漏らすリエルの姿に、カリナは一瞬だけ驚きに表情を変え、そしてすぐにその顔は楽しげなものへと変貌を遂げていく。娘の成長を見守るような慈愛に満ちた笑みにも見え、驚くべき速度で成長していくリエルという存在に、カリナは心が踊ってしまうのであった。

「それじゃ、最後のアタックといきますかね」

「……はいッ!」

「トドメは任せたよ、リエルちゃんッ!」

 そんな言葉を残してカリナは夜の森林を疾走する。

 向かう先には満月を背に受けて妖しく紅蓮の瞳を輝かせる魔獣が立ち塞がる。
 右腕は喪失している。しかしそれでも、魔獣は何か異様な空気を纏って存在している。

「可愛い女の子の晴れ舞台……それを邪魔する訳にはいかないからねッ!」

 森林を疾走するカリナの速度は、一秒、また一秒と時間が経過する度に鋭さを増していく。カリナが疾走した後の大地には土埃が舞う。既に彼女の姿は目視で確認することが難しいレベルにまで昇華していた。

「まずは、小手調べの一撃ッ!」

 地面を強く蹴って跳躍するカリナ。
 風を切って突き進む彼女は正面から魔獣へと殴りかかっていく。


「大地を砕けッ、大地を破壊せよッ、振るうは絶対破壊の一撃ッ――風拳絶剛ッ!」


 右腕を大きく振りかぶるカリナ。彼女が握る右拳には暴風が纏わりついており、凄まじい力を内包した一撃が魔獣に襲いかかる。

「もらったあああああああああぁぁぁぁぁッ!」

「――――ッ!」

 カリナと魔獣の咆哮は同時。
 一瞬の静寂が支配した後、森林にこれまでで一番の強烈な衝撃が走り抜ける。


「「――――ッ!」」


 右腕を失っても尚、魔獣は残された左腕を使うことでカリナの攻撃を真正面から受け止めていく。鋭利な爪がカリナの拳を受け止め、あれだけの速度で突進してきた少女の身体をしっかりと押し留めている。

「こんのおおおおぉぉぉッ!」

「――――ッ!」

 カリナの右腕を包む暴風が魔獣の爪を破壊し、唯一残された腕からも鮮血の飛沫が舞い散る。しかし、それでも魔獣はたぎる闘争本能から逃げることをしない。どこまでも真っ直ぐに、純粋に目の前の少女を殺すために自らの身体がどれだけ傷つこうとも戦い続ける。

「ウソぉッ……押し負けるッ……!?」

 最初は押し気味に進めていたカリナ。しかし、魔獣が持つ規格外の力を前に敗れ去ろうとしている。

「世界に氷輪の花が咲き乱れ、輝く光を浴びて美しく輝く、悪を穿ち、世界を救え――氷牙業剣ッ!」

 ぶつかり合うカリナと魔獣の間に割って入る存在があった。
 それは小柄な身体をしており、月明かりが差す中で瑠璃色の髪を風に靡かせる。

 少女の両手には輝く巨大な『氷の大剣』が握られており、それはカリナが生成した『風の大剣』を遥かに凌駕する大きさを誇っていた。

 美しい。あまりにも美しい氷の大剣を、魔獣は黙って見つめ続けることしかできなかった。気付けば自身の目の前に茶髪の少女は消え失せており、周囲を見渡してもその場に留まっているのは魔獣一匹だけ。

 その美しさとは反して立ち塞がる全てのものを破壊する凶悪な大剣が魔獣目掛けて振り下ろされる。

「――――」

 最早、魔獣は声を上げることすらなかった。
 自分に振り下ろされる大剣を、ただ黙って見つめ続けるのみ。


 刹那の静寂の後、大地を揺さぶる強烈な衝撃波が森林を駆け抜けていくのであった。


「……こりゃすごい。こんな強烈な一撃、そうそう見れるものじゃないよ」

「はあぁ、はぁ……今度こそ……やりましたか、ね……」

「ちょっと、地面に亀裂が走っちゃってるよ……土埃でよく見えないけど……」

 静寂の後、そんな声と共にリエルの隣に立つカリナ。彼女は自らの攻撃を遥かに上回ったリエルの攻撃を見て、驚きに感嘆していた。

「まぁ、さすがに死んだかな……これじゃ」

「はあぁ、はぁ、はぁ……よかった、です……」

「…………リエルちゃん、ちょっと……いや、かなり無理しちゃったかな?」

「そ、そうみたいですね……身体が重くて……」

「……このままじゃ、リエルちゃんの命に関わるね。ほら、横になってゆっくりして」

 強大な魔法を使った後で、リエルは自らが持つ魔力の大部分を喪失してしまった。事態としては魔導書店の地下の時よりも深刻なのだが、カリナはどこか飄々とした様子で治療を始めようとする。

「僕の魔力を分けてあげれば……なんとか……」

「はぁ、くっ……カリナさん、危ないッ!」

「――はっ?」

 リエルの攻撃に寄って生まれた土埃が消えようとしていた瞬間、リエルの鋭い声音がカリナの鼓膜を震わせる。

 その直後、粉塵の中から飛び出してくるのは、左半身だけとなった魔獣だった。

「――――ッ!」

 リエルの大剣によって身体を真っ二つに両断された魔獣はそれでも尚、命の灯火を消してはいなかった。魔獣の右半身はどこかへ姿を消しており、唯一残った左半身のみを駆使して最後の一撃を見舞おうと飛び出してきたのだ。

「しまったッ!?」

 魔獣の最期をしっかりと確認していなかったための失態。

 カリナは急いで防御の体勢を整えようとするが、それよりも僅かに早く魔獣の攻撃が二人に到達しようとしていた。


「美しき氷の華、凍てつく世界に咲き誇れ――」


「――――ッ!?」

 魔獣の攻撃が到達しようとしたその瞬間、リエルの弱々しい声音がカリナの鼓膜を震わせるのであった。

「……えっ?」

「念のためにって、結界を残しておいてよかった……です……」

 最初にリエルが展開した氷の結界。
 それが今この瞬間でも残り続けていたのであった。

 自らが内包する魔力の大部分を喪失しても尚、リエルは最後の瞬間まで『保険』を残していたのだ。結果的にそれが魔獣の身体を凍結することに成功し、夜の帳が降りる激闘に終止符を打つこととなった。

「はぁ……リエルちゃん、僕は君を過小評価していたみたいだね」

「…………」

 目と鼻の先で凍結し、その身体を粉々に瓦解させる魔獣を見ながら、カリナはそんな声音を呟く。

「これは、ちょっとした先の未来が楽しみだね」

 カリナが見上げる先には雲ひとつない夜空で輝く満月が存在していた。
 王国騎士隊への入隊を目指す一次試験。

 それは激闘の末に終局を迎えようとしているのであった。

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