終末の異世界と大罪のグリモワール ~英霊は異世界で斯く戦えり~

桜葉

第五章55 砂塵の試練ⅩⅩⅩⅩⅣ:残酷な試練

「――殺す気できてね、リエル?」

 過去の映像を見せられ、世界の命運を左右する戦いを目の当たりにしたリエル。

 彼女は女神と魔竜が戦った場に存在していたが、彼女は女神・シュナの力によって記憶を抹消されていた。姉を自分のせいで殺してしまった、崩壊した故郷の姿から少しでも彼女を遠ざけたいというシュナの気持ちからの行動であった。

 全てを理解したリエルに突き付けられるのは、実の姉を相手にした砂塵の試練であった。

 試練の内容は女神・シュナが持つ氷の杖を奪うこと。あらゆる手段を行使してでも杖を奪えという試練に、シュナは驚く様子をみせることなく、その顔に笑みを浮かべていた。

「単純明快で分かりやすい試練じゃの……姉様といっても、手加減はせんぞッ……」

「…………」

 微笑を浮かべてはいるが、今までにない明確な殺気を伴った瞳でリエルを見つめるシュナ。姉が見せる初めての顔に背筋を凍らせながらも、リエルは血気盛んに飛び出していく。

「凍てつく氷粒よ、我の意志に従え――ヒャノアッ!」

 まず最初に動くのはリエルだった。
 両足に力を込め、思い切り大地を蹴って跳躍するとすかさず魔法を詠唱していく。

 低い体勢で跳躍する自身の眼前に巨大な両剣水晶を生成すると、正面に立つシュナへと水晶を突進させていく。

「…………」

 氷輪の花を咲かせる氷杖をもつシュナはゆっくりと目を閉じると、その手に持つ杖を振るっていく。

「――――ッ!?」

 シュナは魔法を唱えてすらいない。
 しかし、振られた氷杖によってリエルが生成した両剣水晶は一瞬にして崩壊する。

「冷気を纏いし無数の水晶よ、万物を貫けッ――ヒャノア・レイッ!」

 まさか一発で決着がつくはずがなく、リエルはシュナの行動も予測していたと言わんばかりに、間髪入れずに次なる攻撃の準備を終えていく。

 自身の周囲に無数の両剣水晶を生成し、それを操り、シュナの身体へと飛翔させる。

「…………」

 風を切って接近してくる水晶に対して、シュナは未だに動きを見せない。

 氷魔法の中でも基本的なものであるのだが、賢者・リエルが放つそれは遥かに完成度が高いものであった。同じ魔法であっても、術者の傾向や力量によって、魔法は様々な姿を見せる。

 賢者とも呼ばれ、対峙する女神・シュナの守護者として生きてきた彼女が放つヒャノアは、その一撃が上級の氷魔法に匹敵する。

 しかし、そんな魔法を前にしてもシュナは動きを見せることなく、またしても氷杖を一振りするだけでリエルの魔法を瞬時に無効化させていく。

「……さすがは姉様といったところかの」

 霧散していく水晶を見て、リエルはその口を緩めて笑みを浮かべる。

 自分が姉であるシュナと戦う日が来ようとは、今この瞬間までリエルは考えたことすらなかった。自分はずっと姉の後ろにいて、女神となった彼女を守ることだけが使命だった。

 眼前に立つ女神・シュナが本物ではないことを理解していても、憧れの存在であった実の姉とこうして戦うことができるのが、リエルにとっては何よりも楽しいのであった。

「全てを凍てつかせ、全てを破壊する氷の拳、我に絶対の力を――氷拳剛打ッ!」

 シュナとの距離を詰めたリエルが唱えるのは、自らの両腕に巨大な氷で生成されたグローブを装備する武装魔法。手の平から肩までを氷が覆い、触れるものを凍てつかせ、破壊する力を得る。

「遠距離がダメならば、接近するだけじゃッ!」

「…………」

「はああああぁぁぁぁーーーーッ!」

 リエルの咆哮が響く。
 凄まじい速度でシュナに接近すると、リエルは氷で覆われた拳を躊躇うことなく振るっていく。

「女神の加護を受けし氷壁よ、今ここにあらゆる攻撃を防ぐ盾となれ――絶対氷鏡」

 リエルが放つ攻撃を前にして、ここで初めてシュナが魔法を唱えた。

 女神・シュナが唱えるのはあらゆる攻撃を防ぐと言われる氷の壁を生成する魔法だった。氷魔法の中でも最上位に位置する防御魔法であり、リエルが放つ攻撃の威力を瞬時に把握したからこそ、シュナもまた瞬間的な防御魔法を展開することができた。

「――――ッ!」

 自身の眼前に突如として現れた氷壁。

 それは普段、リエルも使うことがある魔法であるのだが、彼女は止まることはなかった。驚きの表情を浮かべるのも一瞬で、リエルはその表情に険しい色を浮かべると、歯を食いしばってそのまま氷壁へ拳を叩きつける。

「……ぐッ!」

 思い切り拳が叩きつけられ、シュナが生成する氷壁にヒビが入る。

 あらゆるものを破壊する氷拳であっても、女神が生成する防御魔法を一撃で破壊するまでには至らなかった。攻撃した側に強い衝撃が走り、リエルは苦しげな声音を漏らしながら後方への後退を余儀なくされる。

「まだまだッ……!」

 しかし、リエルもただ吹き飛ばされるだけではなく、歯を食いしばり即座に追撃の体勢を整えていく。片足が大地をしっかりと踏みしめ、シュナが新たな魔法を唱える前に再び跳躍すると、ヒビが入って脆くなった氷壁へ拳を振るっていく。

「はああああぁぁぁぁーーーーッ!」

 咆哮と共に繰り出される氷拳は、シュナが生成した防御魔法を打ち砕いていく。

「見えたッ!」

 砕け散る氷壁。
 その先に佇むのは冷淡な表情を浮かべて立ち尽くす女神・シュナ。

 彼女の姿を眼前に捉え、リエルはただ一直線に足を踏み出していた。シュナが次の魔法を準備している形跡はない。それならば、彼女が次の魔法を唱える前にリエルは自身の拳を叩きつけることができる。

「――これでッ、終わりじゃッ!」

 繰り返しの跳躍でシュナの目前にまで接近すると、女神であり実の姉であるシュナに迷いなき一撃を見舞っていく。

「……うん。すごく良い」

 一瞬の静寂が支配した後、砂塵の中に強烈な衝撃波が広がっていく。

 リエルの拳がシュナの細い身体を捉え、轟音と衝撃波が同時に発生してシュナの身体をいとも容易く後方へと吹き飛ばしていく。

 常人であるならば、リエルの拳を受けた瞬間に五体満足でいることが不可能である。

 しかし、世界を守護する女神であるシュナは、リエルの拳が触れる瞬間に無詠唱による防御魔法を自身の身体を覆うように展開しており、そのおかげで最小限のダメージで済ませることができた。

「いつも背中に隠れていた貴方がこんなにも逞しくなるなんて……姉として、とても嬉しい」

 身体が吹き飛びながらも、シュナの表情には優しい微笑が浮かんでいた。

 砕け散った氷鏡の破片と共に宙を舞うシュナは、その身体に少しの傷を負うこともなく、身軽な様子を見せていた。

「……でもね、リエル。貴方はまだ未熟。とても未熟」

「……んなッ!?」

 シュナが漏らした言葉が鼓膜を震わせ、思いがけない声音にリエルは驚きの言葉を漏らす。

「――――ッ!?」

 何か言い返してやろうと意気込むリエルだったが、女神・シュナを中心に膨大な魔力が収束していることに気付き、声が詰まってしまう。その魔力は今までのリエルが感じたことのないほど膨大であり、静寂が支配する砂塵の中においてピリピリと肌が粟立つ。

「次はこちらから行くよ?」

 魔力をその身に集めるシュナの言葉に、リエルの脳内が本能的な警笛を鳴らす。
 渦巻く魔力を目の当たりにし、リエルは即座に回避行動を取る必要があった。

「――――」

 しかし、彼女の身体は動かない。

 逃げろ。逃げろ。

 脳は警笛を鳴らし続けている。それをリエルはしっかりと理解できている。それなのに、彼女は身動きが取れないでいるのだ。

「……なんじゃ、これ?」

 ぎこちない動きで自分の足元を確認するリエル。向けられた視線の先、そこには美しく透き通った氷が存在していて、リエルの脚に張り付き、彼女が身動きを取れないようにしていた。

 シュナが集める魔力が桁違いに大きなものであり、普通ならば目に見えないはずの魔力がこうして実体化してしまっている。


「神をも凍てつかせる氷輪よ、我に力を与え、全てを穿て――氷輪魔神ッ!」


 それは女神がもつ無尽蔵な魔力から生み出される究極の武装魔法。

 リエルが両腕に装備した氷拳とは内包する魔力、完成度、破壊力、その全てで上回る武装魔法であり、かつて世界を魔竜から救った時にも彼女はこの武装魔法を身に纏っていた。

「――――」

 世界最悪の魔竜を相手に戦った力を目の当たりにして、リエルは呼吸すら忘れてその姿を変える女神に視線を釘付けにする。

 溜め込んだ魔力を解放させる女神・シュナは、その身体に輝く氷を身に纏っていく。

 全身を氷が覆い、更に背中には氷で生成された巨大な羽根が姿を見せる。虚空で制止する女神・シュナの姿は、まさに氷の騎士と呼ぶに相応しい外見をしており、その姿は絶句するほどに神々しい。

「大地を裂き、空気を凍てつかせる、氷輪の刃よ、全てを破壊し、勝利を我が手に――氷獄氷刃ッ!」

 右手に氷杖をもつ女神・シュナが生成するのは、膨大な魔力を宿した氷の片刃剣。

 シュナの身体を容易に越えていく超巨大な氷の剣。女神・シュナは実の妹を相手にしても手加減することなく、女神として己がもつ最大限の力をもってリエルを討ち倒す。

「――――くッ!?」

 全身が粟立つ感覚に襲われるリエルは、自分がこの場に留まっていては危険だと行動を開始する。
 両足を大地に縫い付けている氷を破壊し、即座に回避行動へと移る。

 しかし、リエルが必死に起こした行動も、女神・シュナが生成する氷剣が持つ力の前にはあまりにも致命的に遅れてしまったことは否めない。

 リエルの動きを予測して振り下ろされる氷の剣。
 大地を、世界を両断する斬撃。

 真横の動きでシュナの斬撃を回避しようとするリエル。彼女はシュナが放つ斬撃がただの物理攻撃であると判断しての行動だったのだが、その判断は致命的に間違っていた。

「――――ッ!?」

 大地を両断する氷剣。

 凄まじい轟音と共に大地に裂け目を生む氷剣は、ただ大地を両断するだけではなく、大地を斬りつけるのと同時に刀身へ内包した魔力を全て放出していく。

 一瞬の静寂と世界全土を照らさんばかりの閃光が砂塵の中に広がり、次の瞬間にはドーム状に広がる砂塵の中を氷の魔力が埋め尽くし、そして爆ぜていく。


 ――氷獄氷刃。


 一見、剣の形をした生成魔法であり、剣の刀身部分による斬撃攻撃がメインであると思わせながら、その実、この魔法が最も力を発揮するのはその魔力が爆ぜてからなのであった。

 氷の剣を形作っていた魔力は爆ぜると、周囲一帯に氷の暴風を形勢する。

 暴風の範囲内は数多の氷破片が吹き荒れる環境であり、どんな存在であっても逃げ切ることは不可能な絶対不可避の範囲攻撃と化す。常人であるならば、その姿を保っていることすら不可能な環境であり、その様子はまさしく『氷獄』と呼ぶに相応しい。

「さようなら、リエル。貴方にはまだ、早かった――」

 氷獄の絶対不可避である空間が消失すると、そこには砂塵に倒れ込む一人の少女が存在していた。

 少女は小さな身体に数多の裂傷を負っていた。

 倒れ込む砂塵に鮮血が滲み出ており、このままでは少女の命はそう遠くない瞬間に潰えるのは明白である。

 倒れ伏す実の妹であるリエルを見つめるシュナの表情には様々な感情が浮かんでいた。

 失望、失意、不満。

 最後に小さなため息を漏らすと、女神・シュナは踵を返し砂塵を後にするのであった。

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